~見慣れぬ天井~
今、何よりも重要なことが1つある。
宿を確保することだ。無一文の俺とシル。なんとかここで泊まるとこを探さなければ行けない。とりあえずギルド内にある、椅子の上でシルと話しをする。
「ギルドに登録は出来た。後は宿を確保することだ。何か良い案でもあるか?」
「困ったねー!私もリョウもお金ないもんねー」
どうすれば良いのやら。とりあえず、お互いの持ち物を出すことにする。もしかしたら、売ることが出来る物があるかもしれないと思ったからだ。その中に1つだけ売ることができそうな物があった。シルがポケットに2つだけ入れていた、チョコレートだった。シルが食べようと思っていたのか、チョコレートを2つポケットから出てきた。
「シル。お前…もしかして隠してた?」
「え?なんのこと?私、こっそり食べたりとかしてないよー」
これは確実に食べてたな。山の中で俺が飢えて困っていた時も、こいつはこっそりとチョコを食べてやがったに違いない。どれだけ飢えて死にそうだったと思っているのやら。そんなに沢山はなかっただろうから、あまり食べてはいないであろうものの。まぁ、これはお金になるかもしれない。ギルドのお姉さんに聞いてみようか。
「すいません。チョコレートって知ってますか?」
「チョコレート?申し訳ありませんが、そういった物は存じ上げませんね」
この世界にはチョコレートがないのかもしれない。でも、こちらの世界に来ても残っているということは、カカオに似ているものは存在しているのだろう。作ることが出来るのであれば、こちらの世界にも持ち込み可能ということなのだろう。
「ありがとうございました。この辺りで、食べ物を売ることが出来たりする場所ってありますか?」
「はい。隣の建物に行けば、様々な商品の買い取りを行っていますので一度行かれてみてはいかがでしょうか」
もしもチョコレートが高価なものであれば、買い取りを行って貰うことが可能なはずだ。でも、手元にあるのは2つだけ。1つは味見してもらい、1つだけを売る。今日の宿代くらいになれば良いのだが…
「うぅ…私のチョコが」
隣で恨めしそうにつぶやいている、シルが居るのだが、チョコなんかよりも今生きるための金だ。こちらの世界でも、チョコは作ることが現在可能なのだから。
「すいません。こちらで、商品の買い取りを行っていると聞いたのですが…買い取りお願いしてもいいですか?」
「ええ。もちろんです。何をお売りになられるのですか?」
受付にいる優しそうなお姉さん。このお姉さんに一通りの説明を行う。
「こちらの商品ですか…とりあえずこの1つを食べて判断を行えば良いということですね?」
「はい。それでもう1個を売りたいです」
「私は鑑定のスキルを持っていますので、正しい商品の鑑定を行うことが可能です。なので、食べることなく商品を2つ販売することが出来ますよ」
鑑定というスキルというのが、どういった物なのかがわからないが1個だけじゃなくて2個売ることが出来るというのは大きい。この紙に包まれている、チョコレートがどれだけの価値になるのか…楽しみだ。とりあえず宿代だけになってくれれば問題ない。
「それでは鑑定させて頂きます」
「お願いします」
少しの間。お姉さんがシルが持ってきた、商品を鑑定している。
「鑑定終わりました。これは非常に珍しい食べ物のようですね。珍味というカテゴリーに入っており、かなり高価で買い取りを行わせていただきたいと思います」
きた。やはりチョコレートというのはこちらの世界では珍しく高値で売ることが出来そうだ。なんとかなんとか、今日の宿を確保することが出来そうだ。
「お願いします」
「はい。それではこちらの商品を金貨10枚で買い取りさせていただきたいと思いますがよろしいでしょうか?」
金貨10枚。それがこの世界でどれだけの価値を持つのかが、まだ俺にははっきりとわからない。だが、門番のおっちゃんは高級な宿が金貨1枚と言っていたのを思い出す。2人で5日間高級な宿の方に、泊まることが可能だということだろう。十分だ。
「はい。是非それでお願いします」
「わかりました。暫しお待ち下さい」
これで今日の宿も確保することができそうだ。
「おい。やったなシル!」
「チョコという大きな犠牲を払ったけどねー。泣きそうー」
「まぁ、生きるための糧となってくれたと思えば良いだろう。思ったよりも高値で売れたわけだからさ。これで何とか宿にも泊まれて、メシも食えそうだ」
そうして、金貨10枚を受け取る。財布は持っていたから、その中に金貨10枚をいれる。よく考えたら、この財布を売ったりしてもお金になったかもしれない。まぁ、今そんなことを言いだしたらシルがまた暴れだしそうなので黙っておく。この世界は多分、硬貨だけしかないだろうからお札をいれる財布というのは不要になりそうだな。
「シル。とりあえず宿泊まるか」
「うんーあ、一緒の部屋がいい」
「分かったよ。何とか、飢えて死ぬなんてバッドエンドにはなりそうになくて安心だな」
「あははー本当それね」
軽いノリで話すシルと俺。この世界のことはまだまだ、何も知らないが、お金が入ったことで少し安心出来る。世の中金だ!とは言わないが、ある程度のお金がないと何も出来ないというのは間違いない。だって、お金がなければ泊まることも出来ない。ご飯を食べることも出来ないのだから。
「そういえば、泊まるとこどこかわからないな」
「あ、忘れてたねー。さっきのギルドの受付のお姉さんに聞いてくるよー」
ギルドからちょっと歩いたところに、ヤドリギの宿があった。暫くはこの街に滞在しながら、お金などを稼いでいく必要があるから数日くらいで宿を取ることにしよう。お風呂とかないんだろうな。お風呂に入りたい。
「泊まりたいんですけど、連泊って可能ですか?」
「いらっしゃい。可能だよ。もちろん、前払いで払って貰う形になるけど大丈夫かい?」
「大丈夫です。とりあえず2人1人部屋で5日泊まりたいんだけどおいくらですか?」
「ありがとさん。1泊銀貨2枚だからね。1人5泊で金貨1枚。金貨2枚でよろしくね」
金貨2枚か。とりあえず、5日滞在するだけでチョコの買い取り金額の5分の1はなくなってしまうという感じだな。チョコに感謝しなければ。もう少しチョコを持ってきていたら、少しはお金も出来て小金持ちくらいにはなってただろうに。シルがもう少し、色々と知っていればなぁという気持ちにもなってしまうが他人に責任を押し付けるのは良くないな。
「はい。金貨2枚です」
「問題ないね。お湯は1日1回だけ貸出可能、夜は宿の食堂で自由に食べることが出来るよ。夜だけだけどね。肉か魚か選んでくれれば、旦那が出す仕組みになっるからね。あんたたちの部屋は2階の一番奥だよ。鍵はこれね」
なんとかベッドで今日寝ることが出来そうで安心する。お湯で体を拭くことが出来るというだけでも、助かった。あとはタオルとか、そういう日常生活に必要なものは入手していかなければいけない。まだまだやることは沢山ありそうだ。とりあえず、疲れたから部屋のベッドで横になって休みたい。
「やっと落ち着くことが出来そうだな」
「本当だよーシルちゃんこんなに頑張ったの人生で初めてだもん」
確かにここまで、不安に思いながらも知らない土地で頑張ったことはない。前の世界でも旅行とかってほとんど行ったことなかったからな。国内以外で旅行なんて行ったことないから、パスポートも持ってなかったし。言葉が通じるというだけでも、かなり大きかった。もしも、これで言葉も通じないとかだったら、路頭に迷うことになっていただろう。
「部屋思ったよりも狭いな」
「安い方の宿だから仕方ないんじゃないかなぁー」
部屋は思ったよりも狭く、ベッドが2つ置いてあるだけでくつろぐことが出来るようなスペースは皆無だった。トイレなどは共用、お風呂なんてものはなく寝るだけのスペースといった感じだ。
「まぁ…雨風しのげる場所ってだけで問題ないか。ベッド2つあるけど、どうする?どっちがいい?」
「一緒がいいーーー」
2つベッドがあるのに、一緒に寝るって。一緒に寝るのは良いけど、このまま毎日一緒に寝るとかになったら、俺の我慢の限界がきてしまうかもしれない。ここはしっかりと説得して、1人で寝るようにしてもらおう。
「ベッドが2つあるわけだから、個々に寝るようにしよう。流石にこのベッドの大きさで一緒に寝たら落ちちゃうかもしれないだろう」
「えー一緒がいいのにー。リョウのぬくもりないと寝れないー」
「おいおい。俺が我慢出来なくて、変なことしたらどうするんだ?」
「シルちゃんはいつも言ってるけど、別にえっちなことしたいならしていいんだよ?」
最近の子の貞操観念はどうなっているのやら。いや、シルはこっちの世界の人間であって、こっちの世界では性に対してはオープンなのかもしれない。それなら良いのか。いや、駄目だろう。俺の中では、シルは家族だ。家族に手を出すというのは、何か間違っている。実際はまだ1ヶ月くらいの付き合いしかないものの、お互い家族も居ないという間柄。一緒に暮らしていくうちに、家族のような感覚でいる。シルはどうなのかは分からないが、俺にとっては手のかかる妹のような存在だ。
「いや、何回も確かに聞いてるがシルは俺にとって妹みたいな存在なんだよ。守ってあげたくなる系の妹みたいな」
「ん~妹かぁ~。家族ってことなのかなぁー?」
「まぁ、そんな感じだ」
「そっかぁーそうなのかぁー。リョウの家族かーそれも良いかもー」
シルは嬉しそう笑顔を浮かべている。家族という響きが、シルにとっては新鮮だったのかもしれない。家族が居ないと言ってたからな。温かい家庭みたいなものに飢えていたのだろう。俺も同じようなものだけど。
「だからだ、とりあえずベッドが2つあるんだから別々に寝るぞ。今日はお湯だけ借りて、体を拭こう。そしてご飯を食べて寝る。明日に備えないといけないからな。明日からはとうとう冒険スタートだ!」
「えいえいおーーー」
そしてお湯を借りて、体を拭く。シルがいきなり目の前で脱ぎだした時には焦った。川では見るなとか言っていたのに、いきなり服を脱ぎだすとはどういう領分だ。宿の料理は結構な名物らしく、凄く美味しくいただくことが出来た。肉料理を注文したが、どんな肉が使われてるんだろうか。もしかしたらモンスターかも…というのは考えないようにして、満腹になるまで食べた。
お腹が膨れれば、疲れが出てきてお互いベッドで休む。見慣れない天井。本当に異世界に来てしまったんだなと改めて感じてしまう。もうこの世界に慣れていかなければいけないんだ。思ったよりも俺は順応が早い方なのかもしれない。何とか無一文から宿に泊まることが出来たのだからな。
「リョウ~もう寝た?」
「いや、まだ起きてるぞ」
「私も起きてるー」
「うん。それはわかる」
シルは違うベッドで寝るということが寂しいのか、声を掛けてくる。今まで1ヶ月間はずっと同じベッドで寝ていたのだ。寂しいと思わなければ嘘になる。俺だって、少し寂しいとすら感じている。
「やっぱり、今日だけ一緒に寝ていい?」
「本当寝る時だけは甘えん坊になるな」
「だって~寂しいんだもん」
「はぁ、今日だけだぞ」
なんだかんだ言いつつも、俺もシルに甘いんだろうな。そうして、お互いの温もりを背中に感じながら宿で就寝。明日からは大変な毎日になるのだろうか。不安半分、期待半分といった気持ちで眠りにつくのだった。