乗れなかった〜!
一方、キラとウラは、相変わらずハシャいだフリをしながら権田原の数メートル後ろを移動していた。
「ホームに来たけど、ちょっと混んでれら。ん? ウラ見て! なんか行き先案内に事故で遅延とか出てるよ」
「あ、ほんとだ。スマホの遅延情報だと、10分遅れで徐々に平常運転に回復中だって」
「こりゃみんなハグれないように気をつけにゃ!」
キラウラの二人が数メートル先を注視すると、権田原も同様に遅延情報を確認しながらスマホを見ている。画面を何度かスワイプした権田原は体を2番線の渋谷方面側に向けた。
それを見たキラは、
「そんじゃ私たちナウなヤングは渋谷でフィーバーしようかにい」
「んだねえ、んだば次の電車で渋谷へ Go! 2番線だよ2番線〜!」
ウラの言葉を確認した上森はCチームに指示を送った。
『ターゲットは次の2番線、渋谷方面行き電車に乗る模様。Cチームはターゲットから離れた車両に乗ってください』
ヒロはそれを聞くと『ゴホン!』と一度咳払いをした。
”本日は人身事故のためダイヤが乱れてご迷惑をおかけしております。次の電車は只今お隣の駅を発車いたしました”
ホームのアナウンスが告げて3分ほどすると電車がゆっくり入って来た。ドアが開いたが降りる人はほとんどなく、ホームに溢れる人たちは、隙間のありそうなドアを狙ってドッと押し寄せる。
キラとウラはその塊になった人の後ろから、ドアの中に入ろうと必死に踏ん張ってみたが、所詮は年齢不詳女子... 多量の肉塊に弾き飛ばされドアに近づく事すらできない。
“列車は続いて到着します! 無理なご乗車はなさらず、空いている後続の列車をご利用下さい!”
気の抜けた脱力発車メロディーが鳴る中、悲鳴のような駅アナウンスが流れるが、ほとんどの人は取り憑かれたように電車に乗ろうとドアの縁に手をかけて押し相撲をやっている。
ウラがふと後方車両を見ると、権田原は早々に乗車をあきらめ、次の電車を待つ事にしたらしく、涼しい顔をしてホームに戻っている。
「ア! 私、乗るのや〜んぴ!」
ウラのわざとらしい声を聞いたキラも、チラッと後ろを見ると、
「そだね〜、次のにしましょ、次のに!」
と、トコトコとドアから離れた。
「ふ〜、危ない危ない、もうちょっとで離れ離れになっちゃうとこだったよ。って事で、キラウラ、次の電車待ちま〜す!」
キラがそう言うと上森からの指示が聞こえた。
『了解です。Cチームも車両から離れて次の渋谷方面行きを待ってください』
Dチームの二人がホッと一息ついていると、再び脱力駅メロが鳴り、電車が動き始めた。徐々に速度を増す電車を見た二人の目には、すし詰め状態のドアにビッタリと貼り付いたようなヒロとカイジの姿が一瞬映った。
「ね、キラちゃん、今一瞬、ドアんとこに押し潰されたヒロ&カイジさんが見えなかった?」
「うんうん、なんかドアガラスに顔がくっ付いて、タコ唇してたよね」
上森の慌てた声がイヤフォンから流れた。
『Cチーム、電車から降りられませんでした。次の駅で降りて待機するよう伝えます』
「アチャ〜、降り損なっちゃったのね、ハードボイルドなのに」
「だねえ、固茹系なのに、お笑い系になっちったね。ご愁傷様です、チ〜ン...」
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キラウラがそんな会話をしている時、電車の中で身動きの取れないヒロとカイジは、ギュウギュウ詰めの車内で、圧迫されてギシギシ鳴る背骨の痛さに耐えていた。
『Cチーム、次の駅で下車して後続列車に乗って追跡を続けてください。ターゲットの様子は随時報告します』
上森からの言葉に、ヒロは無理やり体を動かしてゴホンゴホンを咳をした。周囲にいるハゲちゃびんやポマード頭のオヤジ臭サラリーマン達は、病気の感染源でも見るかのような目でヒロを見つめると、できるだけ彼らの吐き出した咳の空気を吸わないようにとそっぽを向いた。
「俺ら、カッコ悪ぃかも」
「ゥス、文太兄ぃも泣いてるっす」
「お前さっき高倉健っつってなかったか?」
「ウぃす。どっちでもいいっす」
「ハァ〜...」
二人は深いため息をつくと、再び周囲の人たちは迷惑そうに顔を背けるのだった。
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ヒロ&カイジが隣の駅で開いたドアから転がり降りた頃、ターゲットとキラウラのいるホームには電車が入って来た。
「よし! 今度こそ電車に乗るにょ!」
「うっゎ、この電車はガラ空き! みんな駅のアナウンスの忠告聞きゃ良かったのにね〜!」
二人は今度こそ権田原が電車に乗るのを確認すると、一つ隣のドアに飛び乗った。
「ハァ〜、みんな電車乗れて良かったにょ」
「うんうん、次の渋谷方面行きは快適〜!」
『Cチーム次の渋谷方面行きに乗車して下さい』
「ゴホン!」
上森の指示を聞いたヒロが人のいなくなったホームで軽く咳をして答えた。
電車はゆっくりとホームに入って来る。
ヒロはガラ空きの車両を確認すると、
「渋谷方面行き来ました」
とコッソリ言う。
上森が答えた。
『OK、その電車です、後方車両に乗ってください。ターゲットの動きについてはDチームの指示に従ってください』
ヒロは軽くゴホンと咳払いをすると、電車に乗り込んだ。
テキスト送信者/カイジ:電車乗りました。7号車です。
テキスト送信者/ウラ:ようこそ、今ターゲットは一つ下り寄りのドアにいます。 こちらは3号車。ターゲット降車後は追跡よろにゃ。
テキスト送信者/カイジ:ニャ?
テキスト送信者/ウラ:気にせんといて。ターゲットは相変わらず赤いバッグを大事そうに抱えてるんで目印にしてにょ!
テキスト送信者/カイジ:ニョ?
テキスト送信者/ウラ:生きるの大変でない? おっと、ターゲット降りるかも、ちょと待って。
テキスト送信者/カイジ:ウス。
二人がそんな会話をしているうちに電車は3つほど先の駅に近づいて来た。権田原は赤いバッグを胸の前に抱いたまま、ドア近くに移動して車内表示を眺めている。キラがこれ見よがしに話し始めた。
「しゃーて、そろそろ降りるかもねえ。ね? ウラ!」
「そだね〜、ちょ〜とそんな気分にもなって来たかも」
「んじゃ、降りる準備とかしたりして」
「うんうん、じゃ、そんな気になったら降りるからね〜!」
二人の会話にヒロがテキストを返す。
テキスト送信者/ヒロ:ウス。
電車は速度を落とし、ホームに滑り込む。ドアが開くと降車する権田原が見えた。キラウラもすかさず電車を降り、
「降りた〜! さーてウラどこ行こか?」
「そだね〜、あ、前の方の出口から出よっか、早く早く!」
見ると権田原はキラウラの方に向かって来ていた。恐らくホーム前方の改札から外に出るのだろう。
それを聞いたヒロ&カイジも慌てて電車を降りると、急いでホーム前方に走った。眼前にはゆっくり歩くとキラウラの後ろ姿と、赤いバッグを持った黒服の男が見える。
二人は少し速度を緩めると、早足でキラウラを追い抜きながら、
「それじゃ」
と小声で言った。
キラはヒロの背中をポンっと軽く叩き、
「よろしく」
と言うと、
「ねえねえ、ウラ、ちと疲れちゃったからベンチで休憩しよっかにゃ?」
と、二人でベンチに座り、権田原が見えなくなるのを確認すると言った。
「Dチーム追跡完了しました。引き続きCチームが追跡続行」
『お疲れ様でした。それではお二人は今夜の ”お笑い声優王選手権” の予選、頑張って下さい。マネの増田とはテレ西ロビーにて』
「は〜い! それでは!」
二人は元気よく答えるとイヤフォンを外して何事もなかったかのように、後続電車に乗り込むのだった。