お品のない会話ですこと!
彼らがカチャカチャと音を立てて食器類と格闘していると、小野寺が会話を始める...
「しかし、皆さん勇気がおありになる。もし皆さんが偶然お通りにならなければ結子の身に何が起こっていたかと考えると身の毛もよだつ思いです」
「い、イヤ、オレら偶然通りかかっただけっすから。それに何もしねえのに相手が逃げてっただけで...」
「またまたご謙遜を! いや、しかし皆さんのような鍛えられた体をお持ちでしたら、悪人も見ただけで逃げ出すというもの! 皆さんはやはり、そう言った社会貢献をされるようなご職業におつきですか?」
彼らはちょっと戸惑ったが、シゲルが答えた。
「え、いや、あの〜、ご職業っつ〜とですね... なんつうか電話で連絡を取って色々とやり取りをしたり的な事とか、お金とかを運ぶ的な事をやるっつ〜か...」
「ほうほう、なるほど! テレフォンアポイントメントなどを担当されておられるのですね?」
「あ、そうそう、そのアポイン、アポ、アポ...」
誰かが言った。
「アッポ〜!」
だがキラウラコンビにはウケそうな昭和のギャグも、ここでは誰にも理解されず、またしても滑ったまま石造りの部屋に虚しく響き渡った。
このネタに反応した上森が言う。
『いいなあ〜、うちもお笑い部門作って彼らに手伝ってもらいたいな! 小野寺さん、ターゲットの仕事ネタを、もうちょっと掘り下げてみましょうか? 色々ボロを出しそうですし...』
上森の指示を受けて小野寺が続けた。
「しかし電話を使ってのお仕事では、相手に直接お会いするわけではないでしょうから、あれこれと神経を使って大変そうですなあ」
再びシゲルが答える。
「あ、まあオレらは電話だけじゃなくて、多少は相手にお会いするっつ〜かっすね... ま、一人暮らしの年寄りとか、寂しそうな人ん所に電話して、それなりに相談料をいただいたりとか、気をつけないと騙されるって事を実地で指導してる...的な?」
「なるほど、犯罪予防のためのボランティア活動をなさっているのですね。素晴らしい事です」
「いや、それで儲けさしてもらってるっつ〜か、楽さしてもらってるっつ〜か...」
「いえいえ、最近はコンピューターを使ったヴァーチャルな世界ばかりが注目を集めてリアルな部分が軽んじられる傾向にありますから、実地で社会的な弱者の方々に指導をするというのは大変重要なお仕事ですよ!」
「ま、オレらもそれのおかげで、今、金入ってリア充的っす...」
酔っ払い状態ながらも、あれこれネタバレしそうな話をするシゲルの言葉を聞きながら、上森は言った。
『話しぶりからすると、どうやらこのシゲルって男が詐欺の主犯格のようですね。小野寺さん、彼を責めてみましょうか』
「フムフム、私の会社でも社会的弱者の方々のお役に立てるような、リアルなセキュリティ保護関連ビジネスを展開しております。色々と皆さんとは共通する部分が多いようですねえ」
小野寺はあれこれと言っているが、シゲルが理解している様子は微塵もない... が、その方が相手をこちらのペースに乗せるのには好都合だろう。
今度はアキヒコがボソッと聞いた。
「え〜〜と、会社の名前なんだったっけ?」
「ああ、弊社の名前は『フィジカル・ロック・ソリューションズ』ですね」
「ロックって〜と、ロケンローな外田裕也みたいな?」
アキヒコの的外れな質問に、小野寺は微笑みながら答える。
「あ、いえいえ、よく間違われるんですが音楽のロックは Rock、私どものロックは Lock。日本語の発音では、どちらも『ロック』になってしまうんですよね。弊社が扱うのは『Lock』の方でして、主にセキュリティ関連のフィジカルなロックディヴァイスを扱っています」
「ハァ〜、ロックでバイス... 万力とかかな...」
(作者注:町工場でお馴染み材料を固定する万力は英語でバイスと言います)
狐につままれたような顔をしているアキヒコを無視して、小野寺の言葉攻撃は続いた。
「あ、でも最近は東南アジアの音楽関連の方々とも取り引きさせていただいていますから、音楽の方のロック=Rock とも少なからずご縁がありますねえ。まあオンラインショップの hamazon さんとも連携してるおかげですが...」
「ハァ〜、なんだか訳分かんねっす」
「え〜、でも hamazon とか有名だし〜。私も化粧品とか買ってるよ?」
「リコさん凄いっすね、ネットショッピング楽しんでんだ!」
ショウがちょっと尊敬の眼差しでリコを見つめた。
「そうですね。今や hamazon さんの売り上げはリアル店舗を超えてしまいましたからね。私たちの会社もそう言った新しい IT 分野には積極的に資金を投資しているんですよ」
「ヘェ〜、資金をねぇ。IT っつ〜となんか金が動きそうだよなぁ」
シゲルがボソッと言うと、監視カメラを見ていた上森はそれを見逃さなかった。
『フム、ターゲットのシゲルは『資金』とか『投資』って言葉に反応した表情をしてますね。小野寺さん、この路線をちょっと引っ張ってみましょうか』
小野寺は上森に『了解』の合図を出すかのように、軽く咳払いをすると、シェリー酒をちょっと口に含みながら言った。
「ええ、特に hamazon さんなどの IT 企業との連携で東南アジアの音楽ビジネス向けセキュリティーソリューションは、近年大幅な需要増になっていますから、私どもも積極的に資金を投入している状況なんです」
「ハァ〜、なんか良い話っすね。IT っつ〜と、なんか儲かりそうじゃないっすか? オレらももっと儲かるようにしたいんすよね」
「ホホウ...」
小野寺は少し考えるフリをしてから言った。
「なるほど、良いですね。弊社もセキュリティビジネスの会社ですから、皆さんのように、社会的弱者の方を支援するような正義感の強い方々に意見をお伺いするチャンスがあるというのは、大変重要な事と思います。これも何かのご縁ですから、今後ビジネス的な連携も取れると、お互いプラスになる事もあるでしょうねえ」
「いいっすね。なんか協力したいっすよ、オレらも...」
シゲルが前のめりになってそう言った時、
「失礼いたします」
と、首からメダルをかけた恰幅のいいシェフが入って来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ああ、浦上シェフ、お久しぶりです。今日は前途有望な若者を連れてシェフのお料理を堪能しに参りましたよ」
小野寺に浦上と呼ばれた温和そうなシェフは深く頭を下げると、
「三枝様、本日は私たちのヌーベルキュイジーヌ1934へ、ようこそおいでくださいました」
「こちらが先日、暴漢に襲われたうちの娘を救出してくださった勇気ある若者たちです」
なんだか話がさらに大きくなっている。それを聞いた浦上シェフは目を丸くして驚くと、両手を前に広げ、
「オオ、それは素晴らしい! そんな方々に私のお料理を食べていただけるとは、なんたる幸栄! わたくし、当レストランのシェフを務める浦上と申します。以後お見知り置きを...」
と、なんだかオペラ歌手の身振りのように、演技過剰で深く頭を下げた浦上シェフに小野寺が言う。
「今日はそのお礼を兼ねての食事なんですが、お話を伺ってみると、ビジネス的にも協力関係を結べそうで、大変有意義な場となっている所なんですよ」
シェフはさらに大げさに、
「ほうほう、三枝様のパートナーとなる方々とのビジネスマッチングの場として当レストランをご利用いただけるとは更なる幸栄! 皆様もセキュリティ関連ビジネスを?」
シェフの質問にシゲルは、さっき小野寺が言った言葉を混ぜながら、しどろもどろに答えた。
「あ〜、え〜っとっすね、オレら社会的弱者の方々にっすね、世の中の現実をお伝えする的なビジネスをっすね、ソ、ソリューションするっつ〜か、やってるってぇか、なんつうかデバイスがどうのこうの的な...」
「おお、それは三枝様のビジネスにもピッタリですね。これを機会に皆様のビジネスの益々の発展をお祈りいたします」
シェフはそう言い終わると、今度は堀井の方を向き、
「本日は結子様にもおいでいただき幸栄にございます。お友達もご一緒でございますか? お美しい方だ、俳優のお仲間でいらっしゃいますか?」
シェフは一段と声のトーンを上げた(どこまでトーンが上がるのやら)。
「しかも! 皆様は運がよろしいですよ! 今、皆さんの前にあるスープですが今日入荷した食材は特に品質が良いんです」
シェフはそう言いながらスプーンを取ると、それを少しだけスープ鍋につけ、スープを指先に垂らした。
「本日のスープに使っているブイヨンですが、フランスから届きたての、とても質の良い水と鶏ガラで作りました。御覧ください最初は水のようにサラサラですが、ほんの少し、このように指で触っていますと、突然粘度が増してベタベタになるんです。これは優れたブイヨンが完成した証でもあるのですが、本日のブイヨンはここ数年でも出色の出来なんです! ぜひ、皆さんもお試しください」
シェフが妙なオススメをするので、部屋中の人たちがスープを指の先に垂らして、親指と人差し指をペタペタとくっつけ始めた、異様な光景だ。だが、確かにシェフの言う通り、最初サラサラだったのに、突然ベタベタしてくる。
「オォ〜、なんか指がくっついたみたいになるぜ!」
「ほんとだ〜、不思議だし〜!」
「ペタペタペッタペッタ... ウヘヘヘ」
すきっ腹に食前酒の飲み過ぎで、すでに酩酊状態になっているアキヒコたちは、呪文のように訳の分からない言葉を延々と聞かされながら、指の先に視線を集中しながらペタペタやっていたので、益々目が回ってきて、なんだか目元も怪しくなってきた。
「それでは、この後も本日のコースをごゆっくりとお楽しみください」




