高級な個室へ
アキヒコ達が通された個室は、石造りらしき15〜6畳の部屋。その室内は天井のシャンデリアで照らされ、片隅には暖炉が設置されている。部屋の中央には燭台や花で飾られた長い木製テーブルが置かれ、そこには人数分の食器類が並べられて賓客を待ち構えていた。
隠れ家的なフランス料理の店として一部で有名なこの店、実は白三プロの誰かが出資者で、研究科声優の卵たちが修行も兼ねてアルバイトさせてもらっているという説がある... が真実は誰も知らないし、きっとそんな事は知らない方が人生は楽に生きていけそうな気がする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リコが席につこうか迷っていると高野が、
「お嬢様、どうぞこちらへ」
と、高い背もたれのついたロココ調デザインの椅子を引いてくれた。リコは戸惑いながら椅子に座る。その席の隣には堀井扮するユッコこと結子が座っていた。
白三プロの高野、堀井、小野寺は例によって Bluetooth 経由で分室と接続されたイヤフォンを耳にかけているが、3人とも髪の毛が耳にかかっているので、ちょっと見た目では何か付けているとは気付かれない。
イヤフォンから上森の指示が聞こえた。
『小野寺さん、高野君、堀井さん、お疲れさまです。今日は部屋のセキュリティーカメラで映像も見ていますから、そちらの動作も確認できますんで... それじゃ、そろそろスタートしてください』
堀井はアキヒコ達に気付かれない程度にうなずくと、高野に目をやった。ギャルソン高野は『ハッ』というような軽い相槌を打つと彼女の座っている椅子を軽く引く。
堀井は立ち上がると演技を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「皆様、一昨日は危ない所をお助けいただき、まことにありがとうございました。本日はささやかな宴ではございますが、お礼を兼ねて皆様にお食事など召し上がっていただきたく、お時間をいただきました。短い時間ではございますが、どうぞお楽しみください」
挨拶が終わり軽く頭を下げると、それを受けて小野寺が、
「さあさあ、堅苦しい話は抜きにして、皆さんどうぞおくつろぎください。君、じゃそろそろ始めてくれたまえ。まずは食前酒だけど、今日のオススメは何かな?」
と高野に聞く。今日はソムリエ役も兼ねた高野がワインボトルのラベルを見せながら言った。
「そうでございますね。アペリティフ*ですし、女性の方もいらっしゃいますからシェリー酒がよろしいかと。本日ですとヘレス産*もございますし...」
「ふむ、じゃあそれで。皆さんもそれでよろしいかな?」
(注:アペリティフ:フランス語で食前酒の事。料理を美味しく食べるために、準備としてチョコっと飲むものなので、ガブ飲みするものではありません)
(注:ヘレス産:ヘレスはシェリー酒の原産地の名前。とっても強いのですぐ酔っ払う)
アキヒコ達はそう聞かれたのだが、何を言ってるのかさっぱり分からないので『ウンウン』と首を縦に振った。でも直感でお酒を飲ませてくれるって事だけは理解しているようだ。
全員のグラスにシェリー酒が注がれると三枝がグラスを高く掲げ、乾杯の音頭を取った。
「それでは我が最愛の娘を悪の魔導師より守りし、若き騎士達に乾杯!」
と何だか RPG のフレーズのような言葉。もっとも小野寺はここの所、オンライン RPG 『ヘルケドス・サーガII/魔界からの挑戦*』シリーズのアフレコやイベントが続いているので、この手のフレーズは考えないでもスラスラと出て来る状態だ。
(注:ヘルケドス・サーガII:京都のゲーム機メーカー『満天堂本舗』のオリジナル開発 RPG シリーズ。流通の累計数は573万本(ゲームナウ誌調べ)。対面型自動対話生成バトルシステムがゲームのウリの一つ。現在 VR 版も極秘で開発中との噂もある)
小野寺や堀井がグラスに軽く口をつけると、アキヒコ達は小さなグラスのシェリー酒を『ゴッゴッゴッゴッ』という喉の音が部屋の中に響き渡るほどの勢いで、一気に飲み干した。
「ブハ〜! うめえ... のか、これ?」
「いや、いけるんでね、なんたってフランス製だし... じゃ、もう一杯!」
「先輩、このお酒、なんかすっげぇ良い感じっす!」
アキヒコ達が次々とグラスを前に出すと、そこには続きのシェリー酒が並々と注がれる。また一気飲み、また注ぐ。食事前だというのに、そんな動作が3回ほど繰り返された。
上森の少し喜んだ声がイヤフォンから聞こえる。
『いい飲みっぷりですね〜! 喉越しの音がこちらにも聞こえて来てますよ! ターゲットはシェリー酒の飲みやすさと度数はご存知ないようだ』
実は高野がわざと奨めたヘレス産シェリー酒は、食前酒としてはかなりアルコール度数の高い部類だ。アブク銭を稼いだ成金親父が若いネーちゃんを落とす時に使うのでお馴染みワインの種類でもある。
空腹なのに、そんなシェリー酒を駆けつけ3杯も飲んでしまったアキヒコ達はメインのコースが出る前に既に酔っ払い状態になっていった。
「さすがに若き騎士達ですなあ、まるでギルガメッシュの酒場を見ているようです! 勇者たちに祝杯を!」
小野寺は調子の良い事を言って、アキヒコたちにさらにお酒を勧める...
「コガモのテリーヌとズッキーニのムースでございます」
高野の言葉に続いて、全員の前に芸術的にデザインされた料理が並んだ。
ヘベレケのアキヒコたちの目には、その美しい料理もすでにボンヤリと二重写しに見えているようだ。
「オイオイ、これなんでこんな沢山ナイフとかフォークがあんだよ? 箸ね〜の? 箸...」
「で、なんだよこれ? 食えんの? 皿に絵〜描いてね?」
「デッカい皿なのに食べるもんチョビっとしか乗ってないっすよね? あ、もしかして、お代わりさしてもらえるんじゃないっすかね? この... なんだっけ? テ、テ、テリー...」
ショウがグダグダ言っていると、誰かがボソッとささやいた。
「テリーヌ伊藤」
しかし、そのつまらないダジャレは石造りの部屋を虚しく響きわたるだけだった。
実は高野は内心爆笑していたのだが、一切顔色も変えず給仕を続ける(さすが声優である)。
「ささ、皆さんご遠慮なさらずにどうぞ」
小野寺はそう言いながら食事を始めたのだが、アキヒコたちは何をどうしていいのか分からない。とりあえず小野寺の真似をしてナイフやフォークを使ってみる事にした。




