再び電話きた!
「はい、長坂、コウジかい?」
小笠原は間髪を入れず会話に入った。
「あ、おバアちゃん、オレ。今、会社の人に連絡したよ。そしたら、東京支社の人が直接お金を受け取りたいって」
「まあ、そうなの、わざわざ来ていただくなんて、なんだか申し訳ないねえ」
「うん、で、家まで行ってもらのも悪いからおバアちゃんちの近所の公園で渡したらどうかな? う〜んと、そこの近くの公園だと〜...」
「そうだねえ、だったら駅の近くの三笠山公園なんてどうだい? うちからも平坦な道だし... 覚えてるかい? 昔は小さなコウジの手を引いて一緒にドングリ拾いに行ったもんだねぇ...」
コウジはちょっと考えたように間を置いてから答えた。
「あ、あそうだね。懐かしいなぁ。そうだね、三笠山公園なら分かりやすいよね。そしたらさ、東京支社で、お金の回収を担当してる権田原さんっていう人が行くって言ってたから、3時にその人にお金を渡してくれるかな? 明日は濃い灰色の背広に赤っぽいネクタイをして行くって。髪の毛は角刈りでスポーツマンみたいにガッシリした体だけど、なんか目が悪いらしくてサングラスをかけてるって言ってた。お金は、何かバッグに入れてもらって権田原さんに手渡しすれば大丈夫だって。その場で領収書もくれて、借用書も破棄してくれるって言ってたよ」
小笠原はメモを書いているフリをしながら答えた。
「えぇっと、3時に三笠山公園、権田原さん、濃い灰色の背広に赤のネクタイ、角刈りでサングラス...だね?」
「うん、そうそう。」
「そうかい、分かったよ、それじゃあ明日の3時にお金を渡すから、あんたは安心してなさい。お金はコウジがいつも使ってた赤いバッグに入れて持ってってあげるよ」
「あ、ありがとう、本当にありがとう! じゃ、オレ会社に戻らなきゃいけないから、これで切るね。明日、権田原さんにお金を渡したら、この電話に連絡してくれる?」
「分かったよ。3時ちょっと過ぎには連絡するから、電話の前で待ってておくれね」
「ありがとう、そうするよ、それじゃあオバアチャンも体に気をつけてね!」
「ハイハイ、コウジも安心して、しっかり頑張るんだよ。この事は二人だけの秘密にしておこうねぇ」
「うん、そうだね。秘密にしよう。それじゃ」
コウジはそう言うと電話を切った。
「お疲れ様でした! バッチリです。こっちでプレイバック聞いてみますか?」
上森の言葉に、小笠原はすぐに隣のガラス張りの部屋に入ると言った。
「典型的なオレオレ詐欺ですね」
「そうですね。長坂トミ子さんの偽のプロフィールと電話番号を、それとなくあちこちに漏らしていた成果でしょうか。で、うちに相談のあった詐欺案件で、今の電話に合致するのがあるかどうか、今、斯波ちゃんがサーチしてます」
上森が隣を見ると、斯波は Mac を操作すると、その画面に表示されたカラーのグラフを指差して言った。
「これが今の会話を FFT 解析した声紋です。この今の会話と、うちに相談のあった案件で犯人の声がある物を照会しているところです」
「声紋って声の特徴を分析するんですよね? 相手が声色を変えてても大丈夫なんですか?」
小笠原はそう言いながら先ほどの老婆の声で、
「例えばぁ、こ〜んな感じの長坂トミ子、86歳の人の声とかぁ...」
と言ったかと思うと突然、
「小学生のスズメちゃんの声だったりなんてさ〜〜!」
と、アニメキャラの声で言った。斯波は笑いながら、
「大丈夫です。声紋っていうのは人の声帯の状態を解析してるから、声色を変えても変化しないんですよ」
上森も言った。
「トミ子さんの声を出している時も、スズメちゃんの声を出してる時も、小笠原さんの体型は変わってませんもんね」
小笠原は目をパチクリしながら言った。
「そうか、そうですよねえ。声色を変えても、喉の大きさや形は一緒ですもんねえ」
「そうそう、大丈夫です。で、ビンゴみたいですよ! この二つの声紋のスペクトル分布を見てください。ほぼ一致してるでしょう?」
そう言いながら斯波の指差すグラフを見ると、そこに淡い色で表示された曲線の位置は、右のグラフと、左のグラフでほとんど同一のように見える。
「ああ、本当だ! これは二つの録音ファイルに入ってる声の主が同じって言う事ですか?」
「そう言って問題ないと思いますね。依頼ファイルは ”M-175” です」
自信ありげな斯波の意見を聞くと、上森は手元の iPad を操作しながら言った。
「M-175、オレオレ詐欺被害。被害額は250万。依頼者は78歳の東京都内在住の女性。依頼主の希望は犯人の特定と警察への引き渡し。損害金の取り戻しは警察の判断に任せる... うん、わりとユルイ内容だね。これなら行けそうじゃないかな? 他に何かゲットできそうな情報はありますか?」
「ええ、ちょっと気になる所があるんで、聞いてもらえますか? 今、聞きやすくするのにデータを操作します」
斯波はそう言うと、Mac をチョコチョコと操作し始めた。
「... この会話なんですけど、1分20秒から57秒の間に、何か凄く小さい音だけど音楽みたいなのが聞こえるんですよ。音量が小さい所だけをセレクトしてみると...」
彼が Mac のキーボードを操作すると、画面に横長に表示されていた波の形が細かい断片に分断された。
「これで、音量の大きい会話部分は全部カットしちゃったんで、マキシマイザー*で小さい音量を拡大して、後ろで聞こえてる音楽みたいなのを抽出してみましょう」
(注:マキシマイザー=Maximizer。音量を大きく聞かせるソフト、またはハード)
斯波が電話の音を再生すると “シーーーー” というノイズの向こう側に、何か音楽と言葉が聞こえている。
「これ、廃品回収の車の流してる音かしら?」
「うん、でも歌だよね、これ... 何か歌詞が...『冬は寒いな、ハアハアハア、コタツでお鍋をフウフウフウ』って言ってない?」
「あ、そうですね。今度はセリフが聞こえる『寒い冬にはあったか灯油、灯油の灯油の大正灯油、灯油1300円』って言ってますよね?」
「斯波ちゃん、これ灯油の巡回販売の車の音だよね? あのウルサイの! うちの近くも来るんだよね!」
「上森さんとこも来ますか? うちもです、徹夜明けで帰った日に来たりすると爆弾投げたくなりますよね!」
「あ〜、皆さん被害にあってるんですね。私のうちもですよ!」
3人が激しく同意すると、斯波が思いついたように言った。
「でも、これ使えますね。電話してる場所の近くをやかましい灯油の巡回販売の車が通ったって事ですよね。ちょっと Twitter でツィートしてみましょうか。”灯油の巡回販売うるさいなう。何がお鍋をフウフウフウだよ! 誰か役所の騒音課にでもチクってくれ!”」
「あ、なるほど、その手ね。じゃ、僕も...」
上森はそう言うと iPad で
”シ〜バ〜さんってご近所ですか? うちもおんなじ灯油屋から攻撃受けてますよ! 大正灯油てか?!“
とツィートした。
「これでちょっと様子見てみよう」
「お二人とも Twitter やってるんですか? 私もやってはいるんですけど、仕事のお話をチョコチョコって書く程度なんですよねえ」
「そりゃ、あんまり細かく書くとアフレコスタジオの出待ちとかされちゃいますからね。適度に距離を保ちつつ、楽しく利用しないとね」
「そうですねえ、その辺りは難しいですねえ。仲間の声優さんたちとも時々話題に出るんですけど... 若い声優さんたちは積極的に取り組んでいますけど、どうも私たちのような世代になるとねえ」
「若い声優さんはそういうの好きですよね。今回の M-175 事案も明日から新人声優さん達に活躍してもらわないとね」
二人がそんな会話をしていると、斯波が嬉しそうな声で割って入った。
「いくつかレスが来ましたよ! "お、うちの近所もいるぞそのクソ灯油"、"死刑にして欲しい"、"民度の低さをあらわすような音だよな"、"ウ・ル・セ・エ・ぞおおおお〜〜〜〜!"」
「ははは、みんな同意見らしいね。で、位置情報入ってるのありますか?」
「ええ、3つほど... どれも目黒区の目黒通りから一本入った住宅街沿いみたいですね」
「ヘェ〜、そんな事が分かるんですか?」
小笠原がちょっと感動して言うと、斯波が説明した。
「そうですね。発言に場所のデータを入れられるんですよ。例えば美味しいラーメンを食べたツィートに、その場所のデータも一緒に埋め込むとか...」
「ああ、なるほど。すると今の怒りのツィートには、その怒った場所も記録されていると...」
「そうです。その情報がみんな目黒通り沿いらしいという事です。つまり電話をかけて来た人間は午後4時過ぎに目黒通り沿いの住宅街のどこからか電話をかけたって事ですね」
「新聞なんかによく出てる、かけ子っていうのですか?」
「そう、それです。で、明日登場予定の権田原さんは受け子ってやつですね」
「角刈りサングラスなんてなんだか怖そう!」
小笠原が肩をすくめると、上森が冷静に言った。
「ご安心ください。明日以降は若手声優さんもフル登場予定ですから、安全のために、こちらの腕っぷしの強いのが付かず離れず見てますから。それに明日はメイクさんに入ってもらって老婆に変身予定ですしね」
「まあ、安心ね! お年寄りは大切にしていただかないといけませんしね!」
「それでは、明日の小笠原さんのスケジュールは、13時に分室集合。車で三笠山公園に移動後、車内でメーク、15時に犯人に接触という段取りで。こちらは周辺に他の声優さんとスタッフを配置して待機します」
「比較的近くて良かったですよね」
「ええ、どうやらターゲットは目黒あたりを根城にしているようですから、うちの事務所から近距離ですし、スタッフ配置も機動力を生かせそうです。これは案件としてはこちらに有利と思いますよ」
上森がテキパキと説明すると、小笠原は立ち上がりながら挨拶した。
「それでは、明日。私はこれから音声舎のスタジオで CM のナレーション録りと、春アニメの打ち合わせです。お疲れ様でした」
「はい、それじゃよろしく!」
そう言いながら小笠原を見送る上森は、
「よし、じゃあ明日から作戦開始だ!」
と、指をパキパキ鳴らしながら立ち上がった。