氷室さんは寄生虫がお好き
冬の夕暮れ、街灯がポツポツと点き始めたうすら寒い歩道を注意深く歩くヒロたち。幹線道路沿いとはいえ、裏道りに人通りは少ない。
彼らは権田原たちから20〜30メートルの距離をキープしつつ、会話を混ぜながら状況を報告した。
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「ターゲットは現在目黒通りに向かっています」
ヒロの言葉にカイジはボソッと
「うぁ、またあそこかよ...」
それを聞いた氷室が尋ねる。
「え? 何かあるんですか?」
「いや、こいつ寄生虫館が気持ち悪いってね」
ヒロが説明すると氷室は不思議そうな顔で言った。
「え〜? 寄生虫、可愛いじゃないですか?」
「寄生虫が可愛いの? カイジも極端だけど、それもなんだよなあ。寄生虫のどの辺が好きなわけ?」
「だって、ホラ、ニョロニョロ〜っとしたのが、お尻から出てきたりするんですよ〜!」
「お尻から! 女子高生らしからぬ、すげえフレーズだな」
「ウス、その話題もうやめて先行きましょうよ」
カイジが寄生虫館の建物から顔を背けながら前方を見ると、権田原一行は車の行き来の激しい目黒通りを強引に渡っていく。
「ターゲット、目黒通りを強引に渡りました。こちらも強引に...」
3人はそう言いながら、車のクラクション攻撃を受けつつも、必死で道を渡った。
「フ〜、ったく迷惑な奴等だな」
「でも、私たちもかなりヒンシュク買いましたね? あ、ターゲットはファミレス行きみたい」
氷室の目の先を見ると、権田原達は目の前のファミレス『ベリーズ』に入って行く。
「詐欺でお金取った割には謙虚なお食事ですこと!」
「上森さんヒロです。ターゲットは目黒通り沿いのファミレスの『ベリーズ』に入りました、指示願います」
『それでは、Cチームはファミレスでターゲット近くの席に座って、可能なら会話の音声を拾って、こちらに流してみてください。顔は悟られないようにね。氷室さんはターゲットと離れた席に座って待機していてください』
「ウス、それじゃオレら先に入りますんで」
ヒロカイジはそう言いながらファミレスに入ると、権田原達の斜め手前のボックスのように仕切られた4人がけ席に座った。
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夕食時のファミレスは、楽しげな家族や、営業に疲れたサラリーマンなどが、ゆったりしたソファー椅子に座り、ほぼ満席。店内には軽いポップスの BGM が流れ、ザワザワと賑やかだ。
少し経つと、遅れて入って来た氷室がかなり離れたテーブル席に座るのが見えた。
「ウス、ターゲットの斜め入り口寄りの席に着きました。氷室さんも離れた席に着きました。スマホに集音マイクを付けて、向こうの会話を拾ってみます。そちらにデータストリーミングしてみるっす」
カイジは小声で言うと、小さな集音マイクをスマホに取り付け、それを通路側のメニュー立ての陰にそっとセットした。
『集音マイクの音、確認しました。雑音が多いですが、こちらで斯波さんがフィルター処理*して録音します。お二人のイヤフォンに、その音声を戻しますから聞いてみてください』
(注:フィルター処理=音色を変えて音を聞きやすくする事を指している。こういった操作も前述の Protools が使われる事が多い)
テキスト送信者/カイジ:了解、斯波さん、よろしくっす
テキスト送信者/ヒロ:かけ子は電話中
『そのようですね。女の子に自慢気に話して、食事を誘ってる感じかな?』
テキスト送信者/ヒロ:金が入ったから彼女を誘うってパターン?
『そんな所でしょうね』
ザワザワと、うるさい店内だが、一度分室に送られて音声処理されたターゲットたちの会話はかなり明瞭に聞き取る事ができた。どうやら今回の詐欺の話しをしているようだ。
「フ〜、それにしても今回のバアさんは結構チョロかったな。毎回このくらいで行けると、お仕事も楽なんだがねえ...」
と、メガネの男が言うと権田原が答えた。
「今回は120、前回の金もまだ大分残ってるし、オレらかなりリッチなんでね?」
今度はネズミ男がそれに答える。
「そうっすね、真面目にお仕事を続けて、コツコツと貯めて...」
「貯めてどうすんだよ、オメエは?」
「オレっすか? う〜ん、やっぱ美味いもんイッパイ食ってっすねぇ...」
「何だよ小せえな! 男ならもっとド〜ンとだな〜!」
「じゃ、先輩はド〜ンと何するんすか?」
「い、いや考えてねえけどよ。やっぱこう、一発当ててぇじゃんかよ」
「そうっすね。真面目な勤労青年のオレら的には、もうチョイ良い生活しても怒られねえっすよねえ」
「あ〜ね〜、やっぱ地味なオレオレ詐欺じゃ」
「バ、バカバカ、テメ声でけえっての!」
「わりぃわりぃ」
「誰に聞かれてるか分かんねえんだから気をつけろっての」
「オウ、壁に耳ありクロードチありだからな」
と、権田原が、キラウラコンビに受けそうな昭和のギャグを飛ばしていると、髪の毛を金に染め、ピンクの派手な服にアクセサリーをジャラジャラ下げた軽そうな女がやって来た。彼女はモコモコのフェイクファーを脱ぎながら言った。
「シゲルがゴハン奢ってくれるってから来たし〜」
「おう、リコが来た。俺ら今日はちょっちまとまった金が入っちまったから何でも食っていいぞ!」
「なになに、なんかいいことあったわけ?」
「そうだぜ、俺らちょっと凄い事やってリトル金持ちになったからな!」
「ま、好きなもん食ってくれや」
「そういうわけだからよ、パ〜っと行こうぜ、パ〜っとよ!」
「ヘェ〜、で、何やったわけ?」
リコと呼ばれた女の言葉に3人はちょっと口ごもって、
「いや、オレは電話勧誘のアルバイトっつ〜か、んでアキヒコは〜」
「ア〜、オレ的には運送業的なアルバイト的...な?」
「フ〜ン、でショウは?」
「オ、オレは、自宅待機の連絡要員っつか、今回は...そんな感じっすかね?」
「ハァ〜、みんなマジメに仕事してんじゃん」
「な〜にが電話勧誘だってんだよな」
会話を盗み聞きしていたヒロが不愉快そうに言うと、上森がまとめた。
『今の会話を整理すると...
権田原=受け子=アキヒコ
ネズミ男=ショウ
かけ子=シゲル
かけ子の彼女=リコ
って事ですね』
「な〜んかこんがらがるな」
「ウス、でもこっちも小笠原さん=長坂トミ子、堀井さん=ユッコだし、しかもコウジは架空の人物っすから」
「ダ〜! 一覧表でも作んないと、誰が誰だか分かんなくなるよな」
二人が小声で言うと、上森は続けた。
『どうやらリコという人物は犯行と無関係のようですね。役者も揃ったようなので、こちらも氷室さんに動いてもらいましょう。分室の方は小野寺さんが待機してます。架空の人物がもう一人増えますけどね』
テキスト送信者/ヒロ:了解っす。氷室さんよろしく!




