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第9話 つなぐのは、クラッチとおもい

 療養所へと向かう道すがら買い物で立ち寄った、あの商店。

 その店舗兼住宅とは棟を別とする、裏手の車庫。

 そこには充満していた、人の死の臭いが。


 それは有機溶剤のように鼻を激しく突き、べったりと油汚れのごとく鼻腔へこびりつく。

 これは災厄の日以降、何度か嗅いだ事のある臭いだ。

 その都度確認こそしないものの、それが人間の放つ腐敗臭であると直感的に感じてはいた。明らかに、それらは異質のものであったからだ。


 もちろん、動物の死骸もそれなりの臭いを放ってはいた。しかし、置かれている環境や食物違いなのか、保有するるバクテリアの違いなのか、それらは人と異なっていたと俺は記憶している。


 

 それはともかく、この車庫には動物の死体が放つ臭いではない、強い臭いが空間を支配している。

 これはおそらく、そういう事なのだ。


 人の死に対して感傷的になる事は、今はもう差ほどではないのだけれども、それでも少しばかり憂鬱になる。楽しみにしていた海水浴が、雨によりお流れになったみたいに。


 ここの家主だろうか、それは古臭いトラックの傍に横たわっていた。衣服から推測するに、男性であろう。

 近くに開け放たれた工具箱やその中身が置かれている事から、おそらくは彼はそれを修理、もしくは修理を終えたところで息絶えたのだろう。

 恐らくは、あの半夏生に空より降り注いだ毒に冒され、生きながらにその体が朽ち果てていくのを感じたのだろう。死ぬ事が分かっていてもそのトラックを修理しようとした理由は、どこにあるのかは分からない。


 ただ、自分だったらこうするだろう。断たれた通信手段は忘れ、家族のもとへと向かう。

 もっとも、混乱はしばらくのうち続いていたから、辿り着く保障は無いが。


 心底嬉しかった。トラックにはキーが刺さったままだ。

 ただ、かけてみたエンジンは、思ったよりも調子は良くないようであった。


 彼の亡骸には、幌の(きれ)をかける。


 開け放ったシャッターを再び閉め、俺は商店を後にした。

 もちろん、ありったけのお金をカウンターに置き、ありったけの保存の利く食料をボロボロの幌のかかったトラックへ積み込む事は忘れはしない。そのあたりはぬかりない。


 エンジンの調子は良いとは言い難いが、スピードを時速30キロメートル以下に抑えれば、割かし安定して動作する事は分かった。思い切りアクセルを踏む事も出来るが、エンストを起こしてしまう。それでも徒歩よりは断然早いので、まぁいいかといったところではあるが。


 出来れば、スポーツカーとまではいかなくても、ぴかぴかに磨かれた大型のバンが欲しいなとは思った。しかし、古い形式の自動車だからこそ今でも乗れるわけで、今は文句を言っている場合ではない。

 それに、これはあの彼の生きようとした想いの欠片なわけで。言うなれば、彼の想いはエンジンで生きているのだ。仮に道端に高そうなスポーツカーが乗り捨てられていても、俺はこのトラックを乗り捨てたりはしないだろう。

 が、その車の座席腰掛けて、シートの具合をチェックくらいはするかもしれない。もちろんその際は、口からエンジン音をデカデカと吐き出すだろう。“ブーン”といった具合に。



 照り付ける太陽に焼かれる車体。

 エアコンは一応作動はしているが、効果は薄い。これでは、熱帯夜をしのぐ事くらいしか出来ないであろう。しかし、それで十分だ。

 今は窓を全開にしている。流れ込む空気はドライヤーの温風を思わせるほどの温度だが、意味を成さないエアコンを点けて閉め切るよりはマシであると言える。

 どっちもどっちだが、風の流れがあればそれなりに汗は乾き、不快指数はマシになる。


 乗り心地に関しても良いとは言えないが、妹はこれを我慢してくれるだろうか。

 病院のベッドよりは居心地が良ければいいのだけれども。



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