第7話 しゅうまつ、りょこう。
俺たちは担当医師の事を親しみを込め、“センセ”と呼んでいた。
もちろんこれは、先生のもじりだ。
そして、俺と妹のふたりでそのセンセの帰りを待つ日々が、今日で数えて6日となった。それは、5分を待たずにに7日となるであろう。しかし、未だに連絡のひとつも無い。
とは言ったものの、それも仕方の無い事なのだ。
俺たちに残されている通信手段は、端末間通信を行なえる携帯のみである。これは個々が基地局になってネットワークを作り、通信を行なう。今はその“個々”が居らず、端末間通信という機能は無用の長物と言っても差し支えはなかった。
それでもやはり、癖になっているのだろう。時折俺は端末の通知を確認してしまうのだ。いつでもどこでも、オフラインなのに。
そしてそれは、今もまた、つい携帯の通知を確認してしまった。
時計の表示は0が4つ並んでいる。7日が来たのだ。
ふたりだけの映画鑑賞会から、一週間が経過したという事になる。センセがこの診療所を空けている日数は正味8日といったところか。
あのセンセは無理をする人だから。
また往診先で余計な世話を焼くことになってるのかもしれないし、本来の往診の範囲の他にも回っているのかもしれない。というより、既に往診というレベルではない程にその範囲は広かったのだけど。もしかしたら、ヤケクソに近い感情でもあるかもしれない。そうなると、範囲を無謀にもさらに広げようとしている可能性も否定は出来ないのだ。
通信手段が皆無故にソレを確かめることも出来ず、ややもどかしい7日間であった。
“こんな事は今までに一度もなかった”と、流石の妹も小首をかしげる。長い間この診療所でお世話になっている妹が言うのだから、そうなのだろう。
それにしてもだ、ここを空けている期間が長過ぎなのではないだろうか。俺がいなかったら、妹はずっと独りだったって事だ。
ちょっと、もう……。先生らしくもない。だから、事故でも起こしたのではないのか、バスが故障したのではないのか、先生が倒れたのか、とにかく悪い方へ悪い方へと考えがいってしまうのだ。
ただ、俺は元々楽観主義でもあるので、ある一つの解決策を考え出した。
旅ついでに探しに行こう。
道のりは決して楽な物ではないはずである。それでも、最後の最後に、こう旅行のようなものをしてみるのもいいかもなぁ、と思った。幸い妹は元気で、特に飲まなければならない薬なども無い。頓服で頭痛薬を飲むように言われているくらいか。ともかく、強行軍でなければ何の問題も無いはず。
ただ、移動手段が……。
動く車でもこの診療所にあれば一番なのだけど、自転車はあるものの自動車の類はどうやらなさそうだった。そもそも、あのバスの件を考えると、使える車はまず存在しないと言っても差し支えは無いのだろう。実際、俺は何度か道端に放置されてる車を動かそうと試みた事が何度かあるが、どれもエンジンはかからなかった。燃料も入っていたし、バッテリーがあがっていたわけでもなかった。それなのに、セルモーターが動く気配が無かったのだ。
やはり、車の電子制御装置が破壊されたからなのだろう、仕方が無い。
あ、でも、あのクラシカルなボンネットバス、俺は好きだ。エンジン音やドアの開閉音、全てがなんだか新しい。古いものなのにね。
あの商店にも古いトラックが置いてあったが、それも動くといいなぁ。まぁ、ボロボロだったけども。配達用かなぁ。
「明日はちょっと、俺出掛けてくるけど、お前、独りで大丈夫?」
「うん、だいじょうぶだよ。調子いいし。どこ行くの?」
「途中の商店にバイクか車でも置いてないかなぁ、って。ふたりでさ、先生探しに行きたいんだよね」
「なるほどぉ。いいかもね。バイク、見付かるといいね。またお菓子買ってきてね」
「まぁ、いいけどさ。ほんと食いしん坊だな、お前。食欲があるのはいい事だけどな」
実際、食が細くて心配した時期もあったので、今の妹を見てると心底安心するのだ。食べるってことは、生きるってことだから。
「バッバッバッ、バイクッ、バイク、ぶーんぶぶーーん」
「お前には運転させないからな、絶対に。お前、免許ねぇだろうが」
「えぇ、でも、警察いないし……」
「確かにそうだが、そうじゃないんだって。教習所に通って運転の仕方を教わったわけじゃないだろ? ここの先生だって、医師免許を持っていたからお前を任せてるんだ。お前だって何も知らない人に病気が治せると思わないだろ?」
「お……思わないです」
「だろ。俺はお前が大切なの。意地悪で運転させないわけじゃないからな。だけど、運転の仕方は俺が教えてやるよ。バイクも車も」
「え、いいの? ありがと」
不謹慎かもしれないけれども、こんな時だからこそ妹にはしたいことをさせてやりたいのだ。
「その代わり、俺のいう事はちゃんと聞いてくれよ」
「りょーかい」
センセは、冗談かもしれないが“往診で行き倒れるなら本望だよ”と言っていた。だから、もう会えなかったとしても、こういう終わり方であっても、俺たちは悲しまないと決めている。ただ、“だけど、待ってる人がいたら心苦しいかなぁ”とは言っていた。
俺たちは、ずっと待っていたよ。
“おやすみ”とお互いに言い合って、間仕切りのカーテンを静かに、大切な物を仕舞い込むように閉じた。




