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冬の童話祭2016

石の王子と叶わない夢

作者: アルトx黒川

 王子はちいさなころから美しい容姿で有名でした。


 勉強はなにをさせてもできました。

 運動もなにをさせてもできました。


 王様も王妃様も、誰もが期待していました。

 大きくなったら歴史に名前を残すような立派な人になるだろうと。


 しかし、いつからだったのでしょうか。

 王子にはその期待が煩わしく感じられました。


 勉強ができると「頭のいい子だ」とお付きの教師に褒められました。

 王子にはそれがご機嫌取りのように感じられました。

 廊下を歩くと、いままですれ違う時に挨拶をするだけだった者たちが、立ち止まって膝をつくようになりました。

 これも王子には、いつか自分が大きくなったときに取り入ろうとするための行動のように感じられました。


 王子が大きくなってくると、周りの人々からの期待は、より一層おおきなものとなりました。

 この頃からだったでしょうか、王子にはその期待が苦痛に感じられはじめたのは。


 月日が経つと、王子は王様のお仕事を手伝うようになっていました。

 将来に向けて国の動かし方を覚えるためです。

 王様について行って、いろんな国を訪れました。


 どこに行っても注目されました。

 どこを歩いても目立ちました。


 王子が一番困ったのは、王様に結婚相手の話をされてからでした。


 どこに行っても目を向けられているからなのでしょうか、何気なく女の人に挨拶をしただけで、妙な噂が立つようになりました。


 王子はあの女を気に入っているのではないか……?

 身分に見合った者と結婚させるべきではないか……?


 王子は思いました。

 このままでは迷惑をかけてしまうと。

 それから王子は、女の人とは誰と会っても挨拶すらしなくなりました。


 しかしそれを周りの人たちは放っておきませんでした。

 女の人と話さなくなると、男の人と話すところばかりを見られます。


 今度は、王子は女よりも男が好きなのではないかという噂が流れ始めました。

 それを聞いてしまった王子は、王様と王妃様、そして自分に色々おしえてくれた教師たちとしか話さなくなりました。


 それでも、向けられる期待は大きかったのです。

 それでも、流れる噂は尾ひれをつけて勝手に大きくなっていったのです。


 王子は思いました。

 誰からも期待なんてされたくない。

 誰からも注目なんてされたくない。

 誰にも会わなくていい、静かな暮らしがしたい。


 王子は強く強く願いました。

 するとある日、静かな夜のことでした。


 お城から忍び出して外に出て、教会の近くを散歩しているときです。

 王子の目の前に女の人が現れました。


 黒くて長い髪でした。

 今までに見たことがないくらい綺麗な人でした。

 でも、その人の頭には黒い輪がありました。

 でも、その人の背中には黒い翼がありました。

 その綺麗な女の人は、錫杖を鳴らすと王子に言いました。


 一度願ったなら、それは返せない。

 それでも願う?

 だったらそれ相応の対価を払いなさい。


 王子はとても疲れていました。

 だから王子は答えました。


 誰にも期待されない静かな暮らしをください。


 気が付いた時、王子は女の人を見上げていました。

 小さな小さな小人になっていたのです。


 これなら誰にも期待なんてされない。


 そう思った王子でしたが、数日の間に犬や子供に追い掛け回されました。

 そしてもう一度願いました。


 誰にも注目されたくない。


 今度は気が付くと、道端にいくつも転がっている小石になっていました。

 行き交う人たちは、誰も道端の小石になんて目をくれません。


 誰も小石に寄ってきません。

 誰も小石を気にしません。

 誰も小石に期待をしません。


 小石になった王子はとても満足していました。

 こうして、道端石ころになった王子は、幸せに過ごしました。




 道をゆく馬車を見上げ、時折近づいてくる動物を眺めて平穏に過ごしていました。

 石の身体はお腹がすきません。

 眠くもなりません。

 朝は鳥のさえずりと、太陽の暖かな陽でおきます。

 昼はひらひらと舞う蝶を眺め、道を走る馬を見送ります。

 夜は涼しい風に吹かれながら、静かな夜空を見上げました。


 いままでの苦痛はどこにもありません。

 誰も気にかけてくれないのだから、小石になった王子はとても穏やかでした。


 しかしそんなある日、馬車の車輪に弾かれて、荷の中に紛れてしまいました。

 ガタゴトと揺れを感じながら、遠くへ旅をしました。

 潮風を浴び、海の揺れを感じて星空を眺め、どこか遠くにたどり着きました。


 商人の荷馬車に運ばれ、小さな村で荷を降ろされるとき、小石の王子もころりと落ちました。


 しばらくすると、商品を買いに来ていた村娘は、小石の王子に目を留めました。

 しずしずと歩み寄った村娘は、小石に手を伸ばしました。

 この日、小石の王子は村娘に拾われました。

 馬車に揺られ、潮風に磨かれた小石はとても綺麗でした。


 小石は村娘の家に飾られました。

 窓の近くの棚の上です。


 王子はそこから、毎日村を眺めていました。

 村の外に薪を取りに出ていく男たち。

 洗濯や畑に向かう女たち。

 ときおり村に立ち寄る商人たち。

 そして、ただでさえ貧しい村に税を取り立てに来る兵士たち。


 小石はただ黙って眺めていることしかできませんでした。

 あんな兵士たち、すぐにでも追い払ってやりたい。

 思う小石でしたが、皮肉なものです。

 誰からも放っておいてほしいからこの姿を望んだというのに、自分は誰かを助けたいと思っている。 


 ただの小石になってしまった王子には、言葉をはっすることはできません。

 ただの小石になってしまった王子には、今すぐに駆け出していくことはできません。


 小石にはただ黙って見ているしかありませんでした。

 兵士たちは無理やりお金や食料、薪を奪い取ると、追いすがる村人たちを手に持った槍で、払い飛ばして去っていきました。


 しばらくすると村娘が家に帰ってきました。

 村人に支えられて、足にケガをして自分では歩くことができない様子でした。


 小石は憤怒していました。

 これがここの領主のやり方なのかと。

 これが守るべき人への仕打ちなのかと。

 そして小石は村娘のことが好きでした。


 毎日洗って磨いてもらえること。

 外の景色が見える棚の上においてくれたこと。


 ちっぽけなことでも、小石にはとても嬉しいことでした。

 下心のないそれが、小石にはとても嬉しいことでした。


 だから小石は願いました。

 守る力をください、と。


 しかし声は聞こえませんでした。

 あの女の人は姿を見せてくれません。


 なにも起こらないままに、何日も過ぎたある日。

 毎日村娘のために家に来ていた村人が家の掃除をしました。

 小石はそのときに一緒に村はずれに捨てられてしまいました。

 割れた石斧や、石器の破片が捨てられている場所でした。


 ああ、もうあの村娘を見ることはできないのか。


 小石は悲しみました。

 それからは寂しい夜でした。

 ごうごうと吹き抜ける風、痛いほどに打ち付ける雨、ぎらぎらと目を光らせる動物たち。


 小石は願い続けていました。

 はじめて孤独を知った小石は、誰かと一緒にいることの大切さを思い出しました。


 人であったときは誰からも期待されていた。

 人であったときは誰からも求められていた。


 誰にも気にしてもらえなくなって、はじめて独りの苦痛を知ったのです。

 あの頃の悩みがどれほど贅沢だったのかを知ったのです。


 日が流れ、また兵士たちが来ると小石は強く願いました。

 どうか守る力をください、と。


 あの日の女の人は現れました。

 そして言いました。


 願いを叶えてほしいなら、相応の代償を差し出しなさい。


 小石は言いました。


 私にある物ならなんでも差し出します。


 次の瞬間、小石の身体に変化が訪れました。

 手が伸びました。

 足が伸びました。

 少しずつ、小石の形が変わっていったのです。


 しかし、そこにはかつての美しい姿はおろか、人の形すらありませんでした。

 女の人が持って行った代償はこれだったのです。


 割れた石ころたちに触れると、それが自分の体になっていきます。

 それでも、小石でいたからなのでしょうか。

 人がこういうものだと思い出せませんでした。


 だから、王子はこう思いました。


 あの兵士たちを追い払うのになぜ人の姿がいるのだ?


 そして王子は、小石から石の化物に変わりました。

 獣の身体。

 獣の顔。

 獣の翼。

 獣の尾。


 王子はその姿で飛び出していきました。

 すると兵士たちは化物の姿に驚いて逃げていきました。

 しかし振り向いてみると、村人たちも怯えて逃げていきました。


 化物になった王子は落ち込みました。

 こんな姿ではここにいられない。

 王子はとぼとぼと村の外へ足を向けました。


 そんな王子を追いかける足音が一つありました。

 村娘でした。

 どんな化物になっても、小石でなくなったわけではありませんでした。


 おぞましい化物の額には、確かに小石の王子が残っていました。

 村娘は化物になった王子を呼び止めると、村に帰ろうといいました。


 王子は体を動かせても言葉は発せませんでした。

 だからあの場所にはいられないと、歩きました。

 それでも、村娘に尻尾を引っ張られて仕方なく村に帰りました。




 石の怪物がある家の屋根に座っていました。

 それも、村に害をなそうとする者たちへすぐに飛び掛かれるような格好で。

 通りがかる商人たちを野盗から守り、村に近づく獣を追い払うかのように。


 石の怪物は、毎日その家の娘に磨かれて綺麗でした。


 石の怪物は、もう期待されることに苦痛を感じていませんでした。


ハッピーエンドに見せかけての、恒例バッドエンド。

私の作品にハッピーエンド? はあってもハッピーエンドはないのだ。


私のほかの作品を読んでくださった方は分かると思いますが、アレ(黒い天使)が出てきた時点で”その後の運命”はどうなるかお分かりでしょう?

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