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生徒会長である私が不良もどきに言い負けるなんて有り得ないッ!!

初投稿です

 赤い夕焼けが地面を照らす下校風景。幾人もの学生が徒歩や自転車で帰宅している中、2人の男女もその中に混じり歩いていた。

 男は制服を着崩し、生意気盛りな風をしている。そんな彼は格好通りに大股で歩き、ポケットに手を突っ込んでちょい悪というファッションで粋がっているように見える。

それに対して、女子学生の方はといえば、男と正反対な風貌をしていた。

皺の1つも無いようなワイシャツにベスト、艶やかな黒髪に、合格祈願の御守だけが付いている学生鞄。学生の模範すべき手本のような外見に加え、彼女は生徒会長という存在であるのだ。

さて、そんな磁石のS極とM極のような存在が何で一緒に帰宅しているかと言えば、理由は簡単だった。

「……ねぇ、あなたはそんな格好して何が楽しいのかしら?」

「楽しいも何もねぇよ。俺が好きだからやってるだけつーのっ」

 女子学生もとい前条滋菖蒲(ぜんじょうじあやめ)は男子学生にそう話し掛ける。彼女の口調はまるで物言いの聞かない子どもに聞かせているようなニュアンスだ。

 そんな言葉を掛けられた男子学生もとい寺山英雄(てらやまひでお)は、鬱陶しそうに顔を歪め、菖蒲の言葉に対して辛辣な言葉を突き返した。

 だが、菖蒲は良くも悪くも頑固だった。

普通の学生であれば、彼の出で立ちと語気に気圧されてしまう所だろうが、彼女は飄々としていた。外側から内心を窺い知ることの出来ない彼女の様子は、生徒が普段彼女を言い表す時に使用する【鉄仮面生徒会長】というアダ名に相応しくも合った。

そう、今の会話から見れば分かる通り、菖蒲は英雄を不良から規範的な生徒に更正させようとしているのだ。

まぁ、とは言え英雄は不良と言えどもおかしな人間であった。

ワックスで髪型を決め、制服を着崩し、構内でヘッドホンを着用し音楽を聴いている彼は正しく不良と言った容貌だ。

 しかし、そんな彼は特にこれと言った悪さはしていない。勉強も学年で十番以内と優秀であるし、休日には清掃ボランティア活動をしているというのも学校内で有名な話であった。

【真面目不良】という矛盾したアダ名が定着してしまう程に彼が不真面目で無いことは学校内に知れ渡っている。ただ、難点と言えば学校内での素行が悪いということだろうか。

 そして、菖蒲はそんな彼のことを嫌っていた。

何が嫌だって言ったらきっと無数に列挙できるだろうが、敢えて厳選して言うとすれば、頭が良いことや人を思いやる気持ちがあること、何だかんだ言って学校の人気者であることが気に食わなかった。

なんでそのように普通の学生生活を送ることが出来るのに、そのような格好をしているのか。

菖蒲はその性格のおかげで矛盾を嫌う。

矛盾の塊である英雄は正に、彼女が強い嫌悪感を示すのに十分な生徒であった。

「あなた成績はいいんでしょ?」

「あぁ」

「じゃあ、普通の格好したら先生の印象も良くなるんじゃないの? あなたは自分で自分の首を絞めていることがどうしてわからないのかしら?」

「一般受験だからんなこと関係無い。俺は自分の実力で大学行くんだ。教師が定める品質決めに興味なんか無い」

「……んなッ」

 菖蒲は絶句した。彼に歯に衣着せぬ物言いは、もはや暴言の粋に達していたからだ。別に、菖蒲は教師を疎むような思想に対して、それがいけないと言っているわけではない。彼女が幾ら真面目であるとは言え、時たま教師陣に対して否定的な感情を抱くことだってあるのだ。

菖蒲が問題視しているのはそこではない。

菖蒲は多くの生徒が指標とする評定を【品質決め】等と言い換えられたことに絶句したのだ。

「あなた、言っていいことと悪いことも見極めることが出来ないのかしら? そうだとすれば、愚者としか言い様が無いわね」

「愚者でもいい、別に。そう呼びたきゃ」

 頬がひくつくのが否応無く感ぜられた。自然と鞄を持っている手に力が入る。

馬鹿にされた、菖蒲はそう思った。不良なんて格好良さの見当違いをしている輩に馬鹿にされた。

言っておくが、彼女のプライドは相当高い。菖蒲は幼少の頃から蝶よ花よと育てられてきた生粋のお嬢様だ。彼女が生徒会長の役柄を受け持ったのも、それが彼女自身に相応しいと思っていたものである。

「あなたね、不良がカッコいいとでも思っているの!?」

「じゃあアンタは生徒会長が偉いとでも思ってる?」

「話をすり替えないで」

「すり替えてなんかいない。言葉は違えど、根本的なものは一緒だろ?」

「はぁ!?」

「外聞を取り繕ってる時点で一緒だろう。何処か違うんだ」

 その言葉に菖蒲は言葉を詰まらせた。

英雄の言葉は間違っているはずだ。生徒会長は偉く、不良なんてものは低俗なはずなのだ。なのに、何故言い返すことが出来ないのだろうか。

戸惑っている菖蒲を尻目に英雄はどんどんと歩みを進めていく。まるで菖蒲を路傍の石かと言わんばかりだ。

「ま、待ちなさいッ。まだ話は終わってないわよ」

「俺が納得出来る答えを言ってくれたら、ちゃんと話を聞いてやってもいい。それが出来ないんだったら金輪際話かけないでくれ」

「うっ」

 菖蒲は混乱した。目の前にいる人間はなんなのだろう、と。

菖蒲は今までの人生、余り苦を体験せずに生きてきた。それは彼女の家庭環境があまりにも恵まれていたからであり、彼女自体の運の良さでもある。

前述した通り、菖蒲は生徒会長である。菖蒲の言葉は天啓と言っても過言ではないほどに、彼女の発言は優遇されてきた。ちょっと生意気な人間がいたら注意をする。弁を弄してくる生徒には、論理的な反論をし論破する。そうすることで彼女は確固たる信用を築いてきた。

だが、彼女の目の前を淡々と進む男子学生は、菖蒲の知らない人種だった。彼女の頭の良さに加え、生徒会長という肩書を持ってさえ、支配することの出来ない人間だった。

 ……そう考えた瞬間に、菖蒲は顔を紅潮させた。自分が負けを認めた気分になったからだ。生徒会長が不良に敗北することなどあってはならない。

「お、覚えておきなさいよ」

「何をだ」

 杜撰な返事に更に腹を立てた菖蒲は、早歩きで英雄を追い越し、その速度のまま帰宅した。



「どうしたんだい? 今日は随分と不機嫌じゃないか」

 帰宅してから数時間後の食事中、菖蒲は父親からそのような指摘をされた。自分はそこまで不貞腐れているように見えるだろうか。そう思いながらも、今日あった英雄との出来事を父親に話した。

「ねぇ、酷くないかしら。私は正論を言っているはずよ」

 粗方話すと、菖蒲は父親に同意を求める。しかし、彼は以外にもうーんと唸っていた。

「え、もしかしてお父さんまで私の言葉を否定するのかしら?」

「いや、別にそうじゃないよ。湾曲した風に捉えないでくれ。菖蒲、取り敢えず冷静になるんだ」

 菖蒲は父親のどっちつかずな言葉に微かな苛立ちを感じた。

「じゃあ、何かしら。お父さんの意見をちゃんと聞かせてくれなければ、私は理解できないわ」

「あはは」

 父親は苦笑を顔に貼り付ける。

「別に私は否定も肯定もしないさ。確かに素行が悪いのはいけないことだと思うよ。素行が悪いのも直すべきだ」

「――だったら」

 父親の言葉に反論を試みようとした菖蒲だったが、父親本人の手によって言葉は遮られた。

「菖蒲、私は君に課題を出したいと思う。その男の子が言った言葉をよく考えてみるんだ。きっと、これは君にとって良い経験になるよ」

「……ぶー」

 父親も菖蒲に賛同してくれない。自分そのものを否定されたかのように感じた菖蒲は、ご飯を一気にかきこんで、己の部屋に戻った。



 ドアをいつも以上に乱雑に開き、そして思いっきり力強く閉めた。それは彼女の予想以上に大きな物音を起てた。菖蒲自身が驚いてしまった程だ。

「……はぁ。馬鹿みたい」

 菖蒲はそう呟き、ベットの上にバタンと倒れた。弾力あるマットが菖蒲を受け止め、肌触りの良い掛け布団が体を包み込む。

今、自分を受け入れてくれるのは布団だけだ、と寂しい気分になった。

 そのまま暫く布団に顔を埋めていたが、段々と怒りが収まるに連れて後悔が彼女の心を埋めていった。

菖蒲は傍らにあった抱き枕を抱き寄せ、それにしがみつく。

自分は優等生のはずだ。それなのに家長である父親に対し、かなり嫌な物言いをしてしまった。

「あぁぁぁ」

 情けない声を出しながらも、抱き枕と一緒にベットの上を転げ回る。

なんて自分は情けないんだ。

あんな男の言葉のおかげで、自分の情けなさが露出してしまった。今まで自分の完璧さを誇りにしてきた彼女からしてみれば、己の欠陥、理想像との離反は忌むべきものであった。

「はぁぁ」

 菖蒲は深い嘆息をし、英雄の言葉は過った。

『外聞を取り繕っている時点で一緒だろう』

 彼女はふと、生徒会長になる時に発表した抱負を思い出してみた。

彼女が生徒会長に選ばれるために口にした抱負は簡単なものだった。美辞麗句を駆使し聞こえの良い様に言ってみたものの、1言で言い表せば虐めをなくすということだった。

しかし、本当に彼女がそのような理想を抱いていたかと言えば、それは違った。

「外聞を装っている……か」

 その言葉に、彼女は心当たりがあった。

何故ならば、それは彼女が一番気にしていることだったからだ。

菖蒲が生徒会長になったのは、本当にいじめを撲滅したいと思ったからではない。いや、別に彼女の抱負が偽りなわけではないが、少なくとも崇高な意志の下に立候補したわけではなかった。

生徒会長になれば、自分の学校上の地位は上になる。先生や両親は自分のことをそうであると認めてくれるし、きっとこの先の人生に役立つだろうという打算的な思考だった。

 そこまで思い返して、菖蒲は天井で光っている蛍光灯をぼーっと見つめ、英雄に言い放った言葉を思い出す。

『言葉は違えど根本的なものは一緒』

 自分は不良もどきなあの男に、この浅はかな心情を見破られたとでも言うのだろうか。

「……きっと見破られていたんでしょうね」

 ポツリ、と呟く。

彼は不良という外聞を被っていると遠回しに言っていた。

菖蒲は疑問に思う。

そんな不便な服を繕って、彼は何をしたいのだろうと。


 ◆


「また来たよ」

「あなた友人と一緒に下校している姿を見ないけど、友達いるのかしら」

「……いきなり失礼な奴だな。友達はいるが、俺は1人で帰る方が好きなんだ」

「なるほど、友達がいないわけね」

「お前、俺の話をちゃんと聞いていたか?」

 怪訝な顔でそう尋ねて来る英雄に菖蒲は思わず吹き出した。その様子は昨日まで刺々しい様子とは様変わりしており、英雄は少しだけ引き気味である。

まぁ、菖蒲はこの間のお返しと言う名目でこのようなことを言っているだけで、英雄に対しての偏見は消え去っていない。

だが、彼に対する見方だけは少しだけ変わった。

「それで、この間の答えは出たのか?」

「出たわよ」

「言ってみろ」

「『全く違わない』ていうのが正解でしょ?」

 自信満々といった様に菖蒲は胸を張って答えた。

英雄はその言葉を聞き、そして吹き出した。

「はずれだ」

「え、えぇ!?」

 英雄の言葉に菖蒲は驚愕した。どれほどの驚き具合かと言えば、普段は外面用で無表情を演じている彼女だけれども、そんな彼女でさえも素で驚いてしまった程だ。

「な、なんで……じゃあ、答えはなんなのよ」

「簡単さ。考えるまでもない」

 そして一拍置き、彼は答えた。

「『人に拠る』」

「はぁ!? 何の冗談かしらそれ。全く納得いかないのだけれども」

 菖蒲は英雄に詰め寄った。昨晩、悶々と考えた答えを否定され、屁理屈みたいなものが正解とされるなんて間違っている。

菖蒲はその旨の抗議を英雄に対して行ったが、彼は取り合わなかった。

「人間の価値観なんて千差万別なんだ。だから、生徒会長が偉いんだったら、そうなんだろうよ」

「でも、あなたはまるで生徒会長と不良が同じ穴の狢みたいに言ったじゃない」

「たった一言で価値が変動する地位に何の意味があるんだ?」

 英雄は嫌らしい笑みを貼り付け、そのように言った。菖蒲は口を噤むしかなかった。

確かに、今彼女が英雄に向けて言った【答え】は彼の言葉に大きな影響を受けていた。

生徒会長が誇らしいという確固たる意志があるならば、その考えは不変なはずなのだ。

「つまり、お前の中での生徒会長という地位はその程度のものなんだ。他人の言葉に影響されて、すぐに趣旨替えをするような浅いものなんだよ。そして、俺の価値観と合わせて言わせて貰えば、そんな生徒会長と不良にどんぐらいの差があるっていうんだ」

「そ、それは……」

「ほら、またお前は考えを変えた。お前に確固たる意志なんてもんは無いんだよ。そんな奴が俺の価値観を変えたい? 寝言は寝て言うもんだぜ、生徒会長さん」

 菖蒲は今まで生徒会長という呼び名を誇らしく思ってきた。だが、今彼の口から発せられた生徒会長という言葉は皮肉でしか無い。

 彼女は俯き、拳に力を目一杯入れる。手の平に爪が喰い込む。痛覚が菖蒲に対し危険反応を発し、ようやく力を緩めることが出来たぐらいだ。

だが、菖蒲だってやられるだけの女ではない。

「……じゃあ、あなたにとって【不良】って何なのよ」

「別に、この格好をカッコ良いと思って好きだからやってるんだ。俺の今までの言い方からすれば、【カッコ良い】という意志の下に俺はこの格好をしている」

 あっさり下らない理由を言ってのけた英雄に、今度こそ菖蒲は呆気に取られ、目を見開いた。

「あなた……そんな下らないことで私に説教していたの?」

「あぁ、そうだぜ。最初から言ってるだろ。俺は一般受験だから、この格好は進学上の障壁に成り得ないと。だから、俺はこんな格好をするんだ」

 確かにそうだが、納得がいかない。あそこまで大仰なことを言っておきながら、彼の信念は小さなものであった。

「……わかったわ」

「あぁ、分かってくれたのか。いやぁ、さすが生徒会長さんだ。話がわか――」

「私も今、確固たる信念を持つことにしたわ」

「え」

 今度は英雄が唖然とする番だった。

何故ならば、菖蒲が英雄に向けて人差し指を指し、こう宣言したからだった。

「あなたがその馬鹿らしい信念を挫折させるっていう信念をね」


 この宣言から、英雄に対して執拗な程菖蒲が絡むようになるのだが、それはまた別のお話。

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