第4稿
ゲートを潜って辿り付いたのは ”ザ・神殿” っぽい石作りの広間だった。異世界召喚物の定番オプションであるローブを纏った神職っぽい連中もかなりの数が見守っているし、目線を下に向ければ如何にも魔方陣という魔方陣が書いてある。何で魔方陣って基本的に丸いんだろう? と変な方向に意識が向いていた刻臣一行だがキョロキョロしすぎているせいか神官達も話しかけにくい様だった。
「とりあえずこういった場合声をかけられるのを待つべきだよな!」
「よく分かってますね刻臣君!」
「そういう物語は多いですけどただ待っているのもアレですから話しかけませんか?」
「「それは無理!」」
「はぁ、別にいいですけどね」
ファンタジーの世界に来たのであれば、やはり王道というのを体験してみたいと思うのは死んだとしても現代人では外す事の出来ない事柄だった。この場合刻臣とフランが待ち望んでいるのはこの国の王族、神殿の巫女や代表という面子を期待している。
「俺は神殿のお偉いさんだと思う。王宮魔術師とかもアリだな。新しめだとギルドの長とかかな?」
「こういう場合は勇者が呼び出されると考えて、女をエサにするのが定番ですからお姫様でしょう?」
「お偉いさんが城に連れて行くのがテンプレじゃないか?」
「王族関係者の方がスムーズですよ。いきなり王様だとインパクトが薄くなりますよ?」
「インパクトを求めるなら最終決戦の最中に召喚とかのほうがよくない?」
「召喚された時点で戦闘力がないと死亡フラグどころじゃすまないじゃないですか。定番のレベル上げ作業も必要不可欠です」
「あー確かにな。王様が用意した仲間とかは序盤で死んだりな」
「最初は役に立つんですけど、レベルが追いつくと愛着もないですから放置されて忘れられていくんですよね。あれ誰だっけ的なw」
話しかけられるまで暇だった刻臣とフランは自分の読んだ事のある、見た事のある王道ファンタジー系の導入部分で盛り上がっていた。
静乃は見ていた。
多少豪華な装いの恰幅の良い髭の男性が額に汗を掻いた神職っぽい人達に話しかけられ、そして取り巻きを連れて走り去っていくのを。刻臣とフランの話が盛り上がり始めた時点で走り去った神職っぽい人がドレスを着た女性を護衛付きで連れてこちらに戻って来ているのを。がっしりした体格の男性が説明も無しにここに連行されているのを。見るからに幹部職ですと主張している様な人が話しかけるタイミングを完全に逃してしまっているところを。この場にいる刻臣とフラン以外の全員が助けてと静乃に目で訴えかけているところを。
「お約束としては端金しか入っていないのに結構豪華な宝箱に入れてるとかか?」
「普通に手渡しの方は良いと思うんですよね。形式的には必要なのかも知れないですけど、お前には触りたくないとかって解釈したら信頼関係なんてすぐに消えちゃいますよ」
「確かにね。そんな見方をしたら一発アウトだな。でも大概王様って中盤くらいで死ぬよな?」
「死ぬ場合もありますけど最後まで生きてるのも結構ありますよ。生きてる場合だと誰だか分からなくなってる場合が多いですけど、死ぬ場合は子供が即位しますね。どういう流れだったとしても結局は最終的に誰か分からないんですけどね」
「確かにそうだわ。今までやった事のあるゲームの最初の街にいる王様とか村長とか名前付いてても覚えてないわ」
「結局は導入部分のインパクト要因ですから重要人物じゃないですし、しょうがないですよ。ここはファンタジーの世界で現実じゃない事を訴えたいだけですからね」
「よく適正があるか分からない様な若者に世界の命運を任せるよな? というか世界の危機を察知する能力で言うと序盤の王様が最高クラスの危機察知能力の持ち主じゃないか?」
「それには気が付きませんでした。そういえばそうです。なんで気が付けるのにそれ以外は抜けてるんでしょうかね?」
「ゆるキャラとかいない時代からの世襲みたいなところがあるからドジという線はないな。癒やし系であるはずもないし」
刻臣とフランは変な方向に脱線しさらに暴走気味な議論を繰り広げている。静乃は助けを求められているが行動で応えるようなアグレッシブなタイプではないのでバレバレであるが気が付かない振りをしている。補足するとお姫様らしき人物は何度か勇気を振り絞って話しかけているが刻臣とフランの声にかき消されて失敗。現在では涙目の状態でうずくまり周囲の人物に慰められているし、話しかけた勇気を称えられていたりもする。王道を誰よりも望んでいたが、もはや最初から王道に乗り損ねているがそのことには気が付かない現代人の二人だった。
「なんか喉渇いた」
「結構盛り上がっちゃいましたね。何か飲み物でも貰えないか聞いてみましょうか?」
そうやって周囲に目を向けた段階で、やっと現状に気が付いた両名であった。下手に言葉が通じるあまり完全に孤立している事が分かる。刻臣の脳裏には観光旅行で気分が上がり過ぎてガイドとはぐれてしまった老人旅行者が浮かんでいた。さらに誰もこちらと目を合わせようとしないのはどういう了見だろうか? などと思うよりも、静乃が優しい顔でこっちを見ている事もとても気になる。
刻臣とフランが盛り上がっている最中に、静乃主体で大体の事情説明を受けていたらしくあの場にいた全員で移動と相成った。軽くではあるが自己紹介も一方的(刻臣とフランについては静乃が紹介していた)にされ、目元が赤い(泣いていたので)王女様と、脂汗を流しきった様なカサカサ肌の異常なまでに腰の低い(精神干渉をキャンセルした事を静乃に聞いた為)魔術師長が先導して一際豪華な扉に辿り付く。テンプレが有効ならば王都の接見に使用されるような大広間だろう。否が応でも期待が高まる。
扉が開かれその先には裏切られるようなことはなくたくさんの人で賑わう大広間があった。舞踏会とかのイメージがそのまま当てはまる。大勢の人に紛れる形でその様子を眺めていると一段高いところに大柄な恰幅のいい髭が現れた。期待通りの王様だったが息切れしており汗も掻いている様だった。
「まずは召喚に応じてくれた事に礼を言わねばなるまい。この世界に住む全ての人間を代表して皆には礼を言う。」
まさにテンプレだが、皆? 大体想像は付くが王様よ、それは駄目だろう?
「救世主たる諸君ら、勇者千人とその仲間を合わせ五千人には感謝以外を述べる事はできんだろう」
いやいや、それは駄目だって。できんだろうじゃないだろ?
王の話は要約するとこうなる。
この世界の名前はアルカディアという。アルカディアは海と陸地で構成されていて陸地の比率は約六割程度。さらに人間の住んでいる地域は陸地の一割程度。ほかの七割程度が現在開墾している土地や魔物が出現する様な危険地帯で残りの二割が魔王の領地なのだそうだ。随分と遊ばせている土地があるのだと思ったが人間の総人口は最低でも百億程度居る様なのでこの大地が広大だという事なんだろう。
陸地はいくつかに分かれて海でへだれられているそうで国の数は五つらしい。この世界では七という数字が神聖視されておりまた忌諱されているとの事。どっちか変えれば良いのにとフランがこぼしていた。
七が神聖視されている由来は元々は七つの国があった時期が一番世界が安定したということによる。現在二つの国は魔王率いる魔物の群れにより滅んでしまったらしい。配置としては、木も録に生えていない様な高い山を中心に据えて、その周囲に七つの国は数珠繋ぎのような具合での配置になっている。その内二つがかけているのでアルファベットのCの形になっている。
忌諱されているのは七年に一度魔物がその生息地から溢れ出して人間の生活圏に攻め込んでくるということによる。
七年に一度の魔物の氾濫に付随して、七回に一度のペースで魔王が便乗してやってくるらしい。四十九年に一度しか襲ってこない魔王はかなり怠け癖があるか平和主義なのではないかと静乃は首を捻っていた。
前回魔王が来たのが三十九年前であと十年でまた魔王がやってくるとの事で、前回の氾濫の直後の四年前からよその世界から勇者候補を同意の下で集め続けていたらしい。十年以内に魔王討伐を目標に何とかして欲しいという感じだろうか。
なお、最初に召喚された勇者パーティーは四年間ひたすら暇に耐えたのだろうかと思うと同情できそうだ。
「なんで勇者が複数居るんだ!」
現実的ではないが当然の主張だろう。どこの誰かは知らないが激しく同意しよう。勇者が出てくる物語であれば多くても一桁で抑えて欲しいものだろう。
「それについては前回の氾濫の際に人口の約半分がなくなっている。さらに勇者も百人ほど居たのだが全滅している。過去には一人の勇者で挑んだ際には人口の九割が死亡している記録が残っている。君たち勇者に来て貰ったのはこちらの世界の都合だが君たちを使い捨てにする様な気は一切ない。よってこの五年間で全ての国にいる魔術師全員を挙げて召喚の儀式を行った。それでも一人の方が良かったと申すか?」
会場がやや重たい雰囲気になった中で刻臣はとても充実していた。閻魔がハードモードといっていたがいいじゃないか!このくらいでなくては楽しめないし、勇者のレパートリーが多ければそれだけ得るものが多いというものだ。まさにアルカディア。理想郷の名前に恥じない世界じゃないか!!
フランは刻臣が喜んでいるのを素直に喜んでいたし、静乃もこういう事態の国であれば仕事に困る事はないだろうと考えていた。三人ともすでに死んだ事があるので特に困るようなことはないというのが大きいが、他の勇者達は軽く絶望していた。ここまで来る最中に静乃から聞いたのだが、刻臣達が最後の勇者一行ということと、召喚されて三十分以内であれば元の世界に戻る事が出来たらしかった。刻臣とフランは本来のクーリングオフ可能時間をおしゃべりで浪費していたので今更な情報だったのだ。そんな事情を踏まえてここに居るのは危険を承知で残った連中なので誰にも文句をいうことができない状態にある。
静かになった会場で王の説明が続く。まずは三年後の氾濫を耐え凌ぎ、さらに七年後の魔王が来る氾濫までに魔王を討伐というスケジュールで動く事になった。召喚された勇者一行は、最初の一年は実地で魔術の鍛錬と戦闘技能の訓練をして問題が無ければ市民や国軍の兵士、志願兵を鍛え集団戦闘に備えるというパターンを取っている様だ。広間にいた勇者達が気落ちした表情で去って行くと、汗っかきの王様と魔術師長がのこり刻臣達との話となる。通常は召喚された後に、勇者っぽい仕事を受け入れてくれた事の礼とこの世界での生活について細かく説明とサポートと支度金などをくれるらしいのだが、最後だった為に後回しにされたのだった。
「順序が逆になったが召喚に応じた事礼を言う」
「さっきも言われたからいい。戦うのもやぶさかじゃない。そこら辺は端折ってもいいから必要な事だけ頼むわ」
「精神干渉を防いだと聞いたが?」
「必要ないだろ? 念のために聞いておくけど本来はどうやって操りたかったんだ?」
「人に害をなさないという事だけだったんだがな。過去には恐怖のあまり小規模とは言え街の住民を一人残らず斬り殺した勇者などもいたのでな。不快に思ったなら謝罪しよう」
「刻臣君、そんなにぶっきらぼうだと話が進まないよ」
「じゃあフランに任せるから適当にやってくれるか?」
「任されましょう! で、王様? 最初にやることって何? そんなに暇じゃないからパパッと終わらせたいんだけど」
「フランさん、刻臣さんの時と大差がないですよ!」
この国の国名や王様の名前すら聞かずに、説明を強要した。
召喚された勇者一行には自分の能力が数値とランクになって分かる腕輪がもれなくプレゼントされる。この腕輪はこの世界の住人であれば誰でも持っている様な安物ではあるがその性質上必要不可欠となる物なのだそうだ。召喚された者は絶対に最低のランクFからはじまり最高レベルについては達した者がいないので不明だそうな。数値に関しては生まれつきの才能の様なものがあるらしい。一般的に評価されるのはランクらしい。一般的なライフポイントが体力、攻撃力は筋力、防御力は耐久力、素早さは俊敏性、頭の良さが知力、幸運や悪運、閃きなど運が絡む類いは運となっている。この世界特有の魔法については魔力を消費して行う様で魔力というステータスも普通に備わっていた。
腕輪の受領が終り、魔術の適正を調べるとの事で壁際にあった水晶のところに移動。事前に火の基本攻撃魔法となる術式と魔力の感じ方をレクチャーされて水晶に手を置いて発動する様に言われる。水晶自体にあまり意味はないのだが初心者はこういったものがある方が成功する確率が高いらしい。一度成功すれば媒介は必要ないのだそうだ。そして火の基本攻撃魔法を壁に向って撃つというのがこのテストの形式だった。壁には魔力を拡散させる性質を持つ媒介がふんだんに使われているので最上級の攻撃魔法でも耐え凌げる一品なのだそうだ。現在では製造方法がない貴重品だった。
「この水晶越しに壁に魔法を撃てば良いんだな?」
「全力で頼む」
全力でと言われそれに頷いて、刻臣は水晶に手を置いてから術式を頭の中で展開。全ての魔力をつぎ込んで放つ。
ずぅっ
そんな音がして魔力を消費しきった。
火が出なかった事にガッカリした王様と魔術師長。いつの間にかやってきた目が赤い王女がケラケラ下品に笑っている。
刻臣は冷や汗を掻いていた。
続くフランと静乃については音も鳴らずに不発だった。刻臣の時よりもガッカリする王様と魔術師長、ケラケラがゲラゲラに変わった王女に冷や汗を掻く刻臣一行。
「君たちには魔術ではなく違う方面で期待しよう。この後は実践形式で経験を積んで貰う。城下町にギルドがあるのでそこで登録してくれ。支度金と他に必要な物も貰えるはずだ」
「酷い様ね。まったく無様ね、そんな変な音しか出せないなんて! 子供でも出来る事なのに!」
王女はとても楽しそうだったが刻臣は例のずぅっという音以降口を開こうとしない。そしてとりあえずギルドに向う為早足でこの場から去るのだった。広間を抜けた後に走ってくる衛兵らしき人物と擦れ違ったが気にもせずに城下町のギルドへとひたすらに急ぐことに専念した。
城下町と言われたが、どちらかというと飲食店が多めのベッドタウンの様な印象を受ける町並みを小走りでギルドに到着すると中がかなり騒がしかった。刻臣達は目配せしつつ中に入る。騒ぎには目もくれずに受付に直行。
「俺達は今日召喚された。事務的にテキパキ手続きを頼む」
「はぁ、かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って一度席を立った受付嬢が冊子と数枚の紙、さらに小さい巾着をお盆に載せて戻ってくる。
「まず当ギルドの活動内容と勇者一行の基本的な仕事内容が書いてありますので後ほど目を通してください。あとはこちらの用紙にお名前と出身を書いてください。文字を書けない場合は代筆も可能です」
刻臣が代表して三人分の名前と出身を<じゃぱん>と書いて提出する。さすがに霊界と書いて良いか分からなかったので嘘ではない出身地にした。さらに巾着を受け取りその巾着が財布代わりになるという説明も受ける。寝泊まりする場所について尋ねると資金を自分たちで稼いで家を買う事も可能だし、稼ぎが少ない場合は国が用意した宿に泊まれるとの説明も受ける。財布代わりの巾着(個人識別機能付き)には装備一揃えと一ヶ月分の宿代、飲食代金が入っているとの事。普通であれば過剰な金額だと突き返すところだが急ぐ必要があったので素直に頂いておく。気になる部分は質問してとりあえず大丈夫と思えたのでギルドを退出する事にする。
静乃は貰った冊子を見ているが、刻臣とフランは急ぎつつも町並みを頭に叩き込みながら城下町から出る。城と城下町を隔てていた壁よりはやや低めの壁をこえると城下町よりはグレードが落ちる建物が並んでいた。メインストリートと思われる店の並ぶ道から脇道に逸れたら住民が暮す家が多数あるのだろう。こういった部分は現世とあまり変わりない。
さらに門を潜りやっと外に出る事に成功して一息ついた。城で行われた魔術のテストから三十分後の事だった。
「魔法はどうだった?」
やっと聞けたといった感じで刻臣が聞いてみたが、
「刻臣君みたいな適正はないんだと思います」
「私も無理だと思います」
城で行われたテストで、刻臣は変な音を立てただけに見受けられたが補足する必要がある。緩衝材として魔力を拡散するという現在では生産不可能なレアものに直系一ミリの穴が開いていた。魔術は発動し貫通してどこかに行った。そして刻臣のランクが二つだが上がった。フランと静乃も自分のランクが一つ上がった事に気が付いたのでかなり焦っていた。
「ランクって何すると上がるんだ?」
「困った時は冊子を見ましょう! 霊界でもそうでした!」
「最後まで読んだのですが、冊子には魔物を討伐するとランクが上がると書いてあります。魔力を持っている生命をを殺すと上がるってことでしょうか? 人が含まれていない事を祈りますけど」
魔力を使い魔法を行使してランクが上がったということは何かを巻き込んだという事だ。魔物なのかも知れないし人だったのかも知れない。とりあえず追求されるのを回避する為にここまで来た。ギルド経由でここまで来る道のりの最中に魔王が出ただの、この世の終りだの、森が消えただのいろいろと聞いたがまったくもって冷えた心が温まる事はなかった。
とりあえず今日は野営する事にして目の前に延びている街道を歩き始めることにした。
歩き始めて十五分くらい経過して小さいが川に出たので一休みする事にした。振り返っても街はもう見えない。
冊子を読んでおこうと思って一行はきちんと読む事にした。生前説明書などは読んだ事はなかったがことがことなだけに読んでおかないと笑えない。
冊子の内容を理解していくとこの世界はアルカディアで問題ない。王様が住んでいた城のある街がサリスということも判明した。
さらに国名もサリスである事からしてあの街はこの国の首都である王都であるとも判明。王族の名前にもサリスと入っている事から間違いないだろう。
サリスの中心部には城がありわかりやすくサリス城という。その周囲には貴族の住んでいる貴族街と大きい商会が運営している商店、さらにギルドの様な公共施設がある。さらに外周には一般の住民の住む住宅街や倉庫街などがありさらに外周にも一際丈夫そうな城壁があった。サリスの治安は魔王という存在が影響しているのか犯罪行為などは極めてまれなほど治安がいい。人間同士で争う場合ではないという考え方が王から市民まで浸透している。貴族については魔物の氾濫時に先頭に立つ勇者の後に続く傾向が強いらしく死亡率が非常に高いので入れ替わりが激しいとの事。陰謀論などの対象になるのは王族の継承権が低い者達だけらしい。当然そういう人種は好まれないので人望も人気も極めて低空飛行をひた走っている様だ。
ギルドは俗に言う冒険者ギルドと違い商会の元締めもしており金銭は基本的にギルドを介して動く事になっている。野生動物や魔物を討伐すると自動的に資金が巾着に振り込まれ買い物をする際にも巾着で支払い可能。討伐には別途で羽毛や毛皮なども回収すればギルドで買い取りが可能らしい。個人間での売買も可能であるが、もめ事になった場合は自己責任と注意事項に書いてある。仕事がない場合はギルドに行くと多種多様な仕事を斡旋してくれる様で食いっぱぐれる事はなさそうだ。魔法や魔術は魔術師長が取り締まる魔術師協会というのが別途である。これは現世の警察の様な組織らしい。魔法と魔術の違いについては全く分からない。
ランクについては上がれば上がるほど閲覧できる資料が増えたり、難易度の高い魔物の討伐依頼を受ける事が可能らしい。ランクに関係なく勝手に討伐してもいいらしいのであまりうま味がない。
能力値についてはランクと数値に依存しているようで鍛えれば鍛えた分だけ上がると書いてある。勇者の特権なのか、やればやるほど延びるというのは最初はどれだけ無能扱いだったのか、非常に気になる。上限は個人によって違う様だが今のところやれば延びるのだろう。運については完全に生まれに左右されランクが上がっても能力自体の変化がない場合があるらしい。徹頭徹尾運に頼るものの様だった。
現在得られる限りの情報を整理し終わった後に今日は早めに野営しようと思っていたのだが、女性陣のお風呂に入りたい発言によりサリスに戻る事になった。外壁の門の付近には衛兵が経っておりサリスに入る際に軽いチェックをしているらしい。簡易的なボディーチェックを同姓の門番が行う様でここでのトラブルは低そうだった。よくいるお触り系のイヤラシい門番には会えないらしい。もしも居た場合は俺はこのサリスに二度とは入れないだろうなと刻臣は思った。絶対にフランが騒ぎを起こす確信があったのだ。
セオリー通りに門にほど近い場所に宿があったので本日の宿はここにすることになった。フランと静乃は部屋を取る前に部屋に風呂があるかを確認している。この国には入浴の習慣がある様で最低の宿でも風呂は完備らしい。部屋は男女別に仕様と主張したが多数決により大きい一部屋となった。ファンタジーの世界でも多数決は標準装備なんだなと刻臣はやさぐれそうになった。
格安の旅宿という分類の為に夕食もセットだった。とてもリーズナブル。夕食は食堂で食べるのではなく部屋で取る形式だったので三人だけでの夕食となった。洋食の大衆食堂の様なオムライスやカレーなどのメニューだったが、飲み物は苦かった。刻臣はそれ以降の記憶がない。
刻臣は死んだ後、生前とは違って寝起きが良くないが鈍い衝撃でで意識を取り戻した。お約束の起きたら両サイドに裸体展開ではなかったことにひとまずの安心を得たが、寒い。腹でも出して寝てしまったのかと思ったが、上着をズボンに入れられなかった。全裸は俺だった。今ステータスを確認したら刻臣には混乱のバットステータスが付いていたに違いない。
「ふぁぁぁぁぁぁ!」
床に寝転がったまま、寝起きが悪いとは思えない声を捻り出し視線を上げると別途からシーツが見える。蜘蛛の糸ってのはこういうものかと感動して引きずり下ろし腰に巻く。記憶をたぐり寄せてもオムライスにハンバーグを食べた記憶しかない。真っ先に浮かんだのが閻魔の悪戯、そしてフランの夜這いである。霊界にいる間にフランは夜這いを毎晩敢行しており対処の為に刻臣は一時不眠症の様な状態に陥ったことがある。別途のうえを確認する勇気が持てない。もしフランが裸体だった場合死んで法律から解放されているとは言え今まで日本の法律の中で育っているのだ。衝動的に飲食店に火は放ったが、それはそれ。これはこれ理論で未成年で違法行為というのには抵抗がある刻臣だ。床から見上げる別途のうえにはフランらしき腕が見えるが全裸なのかの確信が持てない。ここは腹を決めて現状を確認しなくてはと使命感を抱いたが刻臣は二度寝することにした。
次に目を覚ますとフランと静乃が目に入る。二人ともきちんと服を着ているので夢かと思ったが刻臣は依然としてシーツを身体に巻き付けたまま全裸だった。
「とりあえず聞いておきたいんだが何で俺は服を着ていないんだろうか?」
「脱いだからじゃないですか?」
「脱いだからですよ」
そんな返答は望んでいない。自然と服が脱げるはずがないんだから、脱いだか、脱がされたかしか可能性がない。犯人は俺か俺以外かだ。起きたら全裸だったことなど今までない。あまり知りたいと思わないが確認しないといけない。もう少し突っ込んだ質問をしてみよう。
「俺が、自分で脱いだ?」
「刻臣君覚えてないんですか?」
「悪いがそれは俺が望んだ回答じゃない。俺が自分で脱いだのか? 怒っている訳じゃないから素直に応えて欲しいんだが」
「(昨晩は)静乃さんが剥きました」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
静乃はいきなり叫びだした。容疑者はまだ確定していない。
「静乃さん、フランからの証言であなたに疑惑が掛かっていますがなにか反論がありますか?」
「黙秘はありですか?」
「当然ありません。裁判長は俺です。俺が法です」
「(昨日は)フランさんが脱がせました」
最悪堂々巡りになるのか? どっちが犯人だ? 両方なのか?
「フランに再び容疑が戻る訳ですが、現在の証言を信じるなら二人とも容疑者です。わかりますね?」
「「・・・初級の魔法で大爆発・・・」」
「それは今関係ないだろう。爆発したら俺は全裸か? 服が爆発したのか?」
「刻臣君? ちゃんと国語は習った?」
「習得できてるかは分からんが習ったな」
国語は好きだったがきちんと理解できているかは不明だ。特にその当時の作者の気持ちや状況が入ると全く意味が分からない。何に影響を受けたとかって作品と関係あるんだろうか? でなぜに国語?
「日本のことわざにこういうのがあります。疑わしきは罰せず」
「ことわざか? というか国語か?」
「再放送のドラマでやってました」
「国語関係ないだろ! 俺が言うならまだしも容疑が掛かった容疑者が言っていいことじゃねぇよ!」
「いいじゃない。私と刻臣来んの仲だしね」
バックレる気だ。絶対にそうだ。いつもこういう感じではぐらかされてきた刻臣だった。ここで安田が慰めの言葉をかけてきたら生前同様はぐらかされていたに違いない。しかし安田はいないのだ。今日ははぐらかされる訳にはいかない。
「そういえば俺の背中のホクロはまだあるのかな?」
「「ないですよ」」
なんで二人で応えてくれるんだろう? 神様はいないんだったか、なら問題ないな。なぁ神様俺は命を犠牲にする覚悟でフランを救おうと思ったが二人とも死んだ。でも命を呈して救おうとしたんだぞ? 俺はどこで間違った? 事実を知ろうとするのは罪か?
「とりあえず話は落ち着きましたから資金稼ぎに外に行きましょう。刻臣君には魔法の練習も必要ですからね。」
「そうですよ、刻臣さん。まだ朝ですから時間がたくさん使えます。早く上達してしまいましょう!」
容疑者に確定した二人は外出を促している。刻臣は存在しない神に自分自身を問いかけている。その日三人が外出したのはそれから一時間後だった。帰宅後の宿の部屋割りについては多数決で負けて昨晩同様大きめの一部屋だった。刻臣は哀愁を漂わせつつ並行して笑うスキルを手に入れた。
召喚されてから一週間程度してまだ魔物にも会っていない刻臣はその後の二週間をこの国にある図書館に籠もることに費やした。最初はそれとともに、図書館が閉まっている時間にギルドで戦闘訓練なんかもしたが、どうも自分には合わない様だったので結局図書館に引きこもることになった。他の連中が外で経験値を稼いでいるのは分かっているが、刻臣達はこの世界の基本コンセプトが分からない。分からない場合は当たり前だが調べなくてはわからない。その結果図書館に籠もることになった。図書館の職員からはそんな勇者は極めて珍しいが、そういう人も稀に居るとのことで目立つ様なことはなかった。
分かったことと言えばアルカディアでは下品な王女の言っていた通り初級の魔法であれば誰でも行使できる様で、炊事洗濯から土木作業、魔物へ攻撃手段まで幅広く利用されている。系統的には火や水に代表されえる四大魔法に、無属性と闇と光で合計七種類。光については回復系ではなく光を収束して打ち出すレーザーの様なものしかない。なお夜だと使えない。詳しく調べると魔法は攻撃にしか使えないのだそうだ。威力を弱めて日常生活で工夫して使うのが一般的とのこと。
当然存在するだろうと思っていた治療系統の魔法は、ないとのことなので怪我をすると大変なのだそうだ。怪我をすると回復薬が使われるが瞬間的に回復する様なことはなく、治癒力を気持ち悪いレベルで強化している。そんな回復薬だと当然ありそうな後遺症などはないが、手足の切断くらいであれば繋げることが出来るらしい。手足を失った場合は生えてくる様な強力なもあるそうだが現在では生産できない為国宝クラスのアイテムらしい。
昼食を食べに宿に戻るとフランと静乃が深刻そうにしていた。
「刻臣君、お金が尽きそうです」
要するに資金難ということだが、この安宿は平均よりも安く、長期滞在するのであればさらに割り引きが効き食事も三食出る。そして支度金は、一人が平均的な宿で外食しつつ一人一部屋で一ヶ月生活することができ、武器や防具なども一通り揃えることが可能な分を貰っている。刻臣はこちらに来てから宿代と初日の飲食代以外は使った覚えがない。着替えについてはスフィアがこちらでも使えたので生成、還元を繰り返すことにより遣り繰りしていた。イメージ通りの服が作れ、耐久力も十分ある普通の服以上となれば買う必要がない。もちろん洗濯の必要すらない。
「何買った?」
使っていないなら減らない。減ったならこの二人が使ったことになる訳で。
「下着とか買いましたよ」
「あとは女性用の日常品ですね。無駄遣いはしてませんよ」
「男女の差だな。すまん、気が付かなかった」
男の刻臣には分からなかったが、女性は日常的にお金が掛かるらしい。下着もサイズが分からないので刻臣はスフィアから作っていなかった。ノーブラ、ノーパンはさすがに女性に悪い気がしたので諦めることにした。
「男だと気が付かないよね。宿とかご飯代はそんなに高くないんですけど女性物の下着とかは高くって」
「そこら辺は当事者に何とかして貰うという方向で。あんまり男が言うジャンルの話じゃないしね」
この世界では下着は嗜好品扱いなんだろうか? 調べてみようにも女性の下着について調べるのはどうなんだろう。熱心に女性用下着の価格調査をする男っていうのは絵面が悪い様な気がする・・・ というかマズイだろうな。
「じゃあ明日は金を稼ぎに行くか? ギルドで仕事斡旋して貰うのと、独自で狩りに行くのどっちがいい?」
「斡旋されるのは能力を疑われている様で嫌。斡旋は最後の手段にしよう!」
「明日は狩りに行くということで。静乃さんもいいかい?」
「いいですよ。あと呼び捨てでいいですよ。刻臣さんは男性なんですから」
明日は狩りに行くと決まり、事前に買ってあった地図を見るが図書館で調べても魔物の出没地域についてはよく分からなかった。図書館の本には個別にグループを形成してテリトリーを確保する性質がある様だがテリトリー自体が変動する為にここに行けば必ずいると言う訳でもなく、さらに勇者一行が五千人、五つの国に均等に分散しても国には千人の勇者の軍勢が駐屯していることになる。身近な狩り場は刈り尽くされていると考えた方が良い。
「他の連中も居ることだし遠出するか?」
提案としては無難だろう。ブッキングを避ける為にも飛んで移動時間を短縮したとしても半日くらいの移動時間が欲しい。
「勇者を狩れば早いんですけどね。でも勇者だとお金にならないですね」
「・・・フランさんはアレですよね。たまに怖いことをさらっと言いますよね?」
「勇者の皆様は放置してお金になる魔物がターゲットだな。死んでる奴を発見したら装備関係をむしれば良いだけだし。遺体を回収する義務もないからさ」
「刻臣君もフランさんも殺伐としてますね。今の青少年はそんなに心を病んでいる人が多いんでしょうか? 私の時代だと世の為人の為、お国の為だったんですけど・・・」
「静乃さんの言いたいことも分かるんだけどね。俺らの暮していた時代だと世の中は俺達を守ってくれないのよ。見ず知らずの人もリスク覚悟で何かする訳じゃないし。安田には悪いけど国も守ってくれる訳じゃないしね。愛国心とか友愛の心とかは廃れて気にかける人の方が少ないんじゃないのかな?」
「そうそう。でもあんまり変わらないのかも知れないよ? 知り合いは助けるけど今と昔とじゃ知り合いの範囲が違うだけかもしれないし。現代だとたぶんめちゃくちゃ狭いと思うよ。隣の人は名実ともに他人だもの。関わりたいと思わないご時世だから」
「なんだか年をとった気がします・・・」
「結局、俺達は異物だからさ。三人でやっていこうじゃないの。ほぼ間違いなく寿命の問題で他の連中とは深く関われなだろうし」
「それはそうですけどね・・・」
静乃の暮していた時代は男尊女卑が一般的に受け入れられていた頃らしく、年齢とか身分よりも男女差というのを意識する癖がある。それに由来して刻臣にも呼び捨てをお願いしているのだが、年上の女性を呼び捨てにするのは如何なものかという時代で育ったので目上の人にはさんづけは基本だろうと呼び捨てには抵抗していた。ちなみにアルカディアでは軍人や官僚?などは男性が大半を占めている。男尊女卑ではなく真逆の発想による物だった。女性は子供を産むことが出来るということで神聖な存在として守る対象となっている。中には戦士になる女性も居るのだが、男性とパーティーを組むと異常なほど必要以上に護ってくれる展開になる為に逆にストレスになっているらしい。女性は女性でパーティーを組むというのが常識なのだそうだ。無下に扱うでもなく過保護でもなくというのはフェミニスト揃いのアルカディアでは難しい注文だった。
寿命についてはかなり頭の痛い問題になる。表現がおかしくなるが、刻臣達は死んで不老不死になった。霊体ことが本当の身体であり肉体は服や鎧に過ぎない。適度に気にかけていれば霊体に影響され、引きずられる様に変化していく肉体はメンテナンスも必要ない。不老不死である以上、周囲にばれない様にした方が良いと思う訳だ。人体実験とかモルモット扱いは困る。
静乃に人と人の温かい交流がなくなった日本について講釈して静乃がショックを受けているのを見て、明日の準備をしようと唯一目減りしていない刻臣の資金で買い出しに出かけることにした。
「よくある魔法のカバンとかないのかな?」
フランの何気ないこの一言でサリスにある商会をはしごすることになった。理論についてはこの際無視してあれば便利なのが確定しているので探すことになった。結果としてはあった。商会を探し回ってもないのでギルドに聞きに行ったら腰に括り付けていた財布の巾着を指さされた。容量は十メートル四方の立方体、重さは九割カットと高性能だった。お金とは別扱いなので混ざったりはしないそうだ。それが三つあるんだから今は全く問題ないだろう。
それに魔物を討伐した際には一パーセントをギルドに回収されるが自動的に巾着に振り込まれる仕様とのこと。布製品が一番優秀な世界という認識になってもしかたない。なお、時間経過は防げない様で物語の中の定番アイテムほど便利ではなさそうだ。
市場に出ると出店が多く定番の干し肉とチーズを買う予定だったが肌荒れを恐れた女性陣の数の暴力に所持金の半分を奪われル結果になった。刻臣は念願の干し肉とチーズ、それにパンを買って巾着に詰める。巾着は入り口が直径三十センチくらいまで広がる。必要ないが鎧とかは入れられそうにない。便利だから別に構わないんだけどな。
準備が終わって次の日の早朝にさっさと移動を開始する。宿を引き払い、街を見渡して見るも、見るものがないとこの町並みも人が多いだけで特別に感じるものもない。生まれ故郷であれば違うのだろうが・・・
門を出て街道に出てからしばらくして三人で飛び始める。街の周辺は開墾が終わっているので見晴らしが良いのだが街道からそれて五分も歩けば森というのがこの世界の一般的な光景みたいだ。森を横から見ても何も見えないので上から見ることにしたと言う訳でだ。この様子なら治安が悪いのも当然だな。森の中に何がいるか分かったものじゃない。今も何かが動いているのが見える。平野にしてしまえば見晴らしも良くて生活圏が広がるだろうにと思っても、開墾するにも金が掛かり、さらに魔物からの防波堤の役目も担っている訳でそうそう切り開けないと言う事情もあるので現状維持ということになったらしい。保守的な人はどこにでもいる。
「お約束なら弱いパーティーが囲まれて助けを求めてくると言う場面に出くわすよね?」
「物語ならフラグが立つんだろうが、その弱いパーティーも勇者だろう? 都合良く劣勢というのは難しいよ。」
「お二人ともその場合は助けるんですか?」
「俺は気分によるかな?」
「私は良い機会だから観察したいです。助けるかは未定ということで」
「世界が平和になるのはまだまだ先みたいですね・・・ 反対はしませんけど」
どこぞのお姫様や女性パーティーが、襲われているならお約束として介入してもいいが、むさい男のパーティーで下手に寄生されても困る。きっとそういうことだ。そんな雑談を交えつつ全速力で飛び続ける。
お約束の展開にありつけずに昼が過ぎ、冒険者おなじみの干し肉とチーズ、パンの食事を試してみることに。
「干し肉ってビーフジャーキーとは違って堅いだけだな。味付けもされてないし」
「チーズは臭いだけですよ刻臣君。腐っていてもわかんないです」
「あのパンは非常食ですか? ぎりぎりかみ切れるくらいの堅さですよ?」
これが冒険者定番の食料の実体だった。運搬には便利だが所詮は乾燥しきった肉。焼いても変化に乏しく樹脂を噛んでいる様な感じだった。チーズはさらに酷く、口の中の水分を根こそぎ奪いさらに臭い。刻臣達はもれなくチーズによりリバースタイムを取ることになった。パンは小麦粉だけで作っていることを自慢したいのか、雑味もうま味もなかった。乾パンよりもシンプルな味わいでとても美味しくない。そりゃで安いわな。
「グルメって訳じゃないけどこれは耐えられんわ。異世界物で料理にこだわるのはありえないと思っていたけど納得できるくらい
不味い。」
「調味料を買い忘れたって素直に認めたらいいのに」
「調味料が合ってもそもそもの味が酷いですから無駄になると思いますよ?」
「うるさいな、腹が減ったのでこれからで狩りをします。決定事項です。最初からこうしておけばよかったんだよな。動物いるんだし。ついでに魔物がいたら捕獲してみるか? 芸でも教えれば暇もつぶせるしな」
「調味料ないよ?」
「それはそれということでいいじゃないの」
そう、決して調味料を買い忘れた訳ではなく狩りをすることが目的なのだ。魔物を狩りに来たのだが野生動物も狩りとってもいいじゃないか。新鮮な肉ならこの鈍器と細菌兵器に小麦粉の塊よりは絶対に美味いだろうし。次からは調味料をきちんと買っておけば良いだけの話だ。
問題になるかもと思っていたスタッフを解禁して鳥の形に形成。調査に向わせてみる。霊界にいる時と同様に視野も共有できてとても便利だ。森の中にシロクマがいたり、真っ青なイノシシっぽい野生動物が普通に清楚憂くしている様だ。普通はここまで人間は来ない。刻臣的にはここ周辺の森は食料庫にしか見えない。動物がもしも毒持ちだったとしても死者をさらに殺せる様な毒などありはしない。美味いか美味くないかだけだろう。美味くなければ放置、美味ければランチタイムに突入だ。
「期待して待っててくれ」
そう言い残して刻臣は森の上空に向って飛び上がり獲物を見つけて森に突っ込んでいった。
スタッフを調査用から刃渡り一メートルのなたに切り替えて、森の中にいるシロクマに突っ込んでいく。生前、熊肉は癖が強いと聞いていたが食ったことはない。なら今が体験するにはちょうど良い。
落下のエネルギーをそのままにシロクマの首をロックオン。なたで斬りかかるのでなく、持ったまま固定して押さえる様に首を切断する。このなたはスタッフなので切れ味がすごく良い。それもそのはずでこのなたの厚みはほぼなく反対側が透けているというか完全に見えているくらい薄い。しかもスフィアから生成しているので硬度が金属を超える。首から上がなくなってしまったシロクマは赤い熊になってしまっていた。霊界にいた感覚で攻撃したので辺りに血のにおいが充満して来たことに驚いたが、生き物を殺めることに対して全く感じるものがなかった。こういうことで自分の本質を知るのはなかなかレアなことだと思いながらも面倒がなくていいかくらいにしか思っていない。
他に必要な肉は、今のところ要らないので足を持ってフラン達の待つところまでさっさと飛んで帰ることにした。皮を剥ぐ、血抜きするなどの知識は頭にあったが実践できず最終的に血なまぐさいブロック肉を手に入れた。
多少癖がある者の樹脂製鈍器の様な干し肉とは一線を越える味わいだった。静乃に干し肉とチーズの代金は無駄遣いだと指摘されたが食べてみたかったのだから仕方ない。
食事を終えて、再び移動を開始するが戦いたいとかという意思がこのパーティーは薄い様で飲み水の確保作業となった。湖や川を上空から見つけたのだが上流で排水として流されていてはたまらないので上流まで遡ることになる。他にすることもなかったので湧き水が出ているところを見たいという静乃のリクエストに応える為に山の頂を目指す。わき出ているところは山頂付近の岩の割れ目で特に感動を思えることもないままこの付近にベースキャンプを設置することになった。禿げ山という訳ではないのでそこらかしこに木は生えているのだが、水源を確保する以上ここ以上にいい場所はないだろうとなるのは当然だったが。
湧き水ポイントは土という寄りは岩盤という感じで都合良く洞窟などある訳もないので刻臣はひたすらに岩盤に向ってなたを振り続けた。フラン達は汗を掻いたから身体を拭くというのでその場に居場所がなくなったことにも寄るが木材を切り倒しても乾燥させる時間がないのでゆがみだが出やすい。それならいっそということで岩盤に向ってなたを振るうことになった。岩盤に対しても優性な切れ味を持っているのでスパスパ切れる。切れるからこそ作業は短時間で済む。よってフラン達の元に帰らなくてはならなくなりそうで内装に匠のこだわりを見せ始めた。道具がいいだけに作業時間を稼ぐことが出来ずに入り口付近で待機していると、
「刻臣さんが覗いてます!」
との嫌疑をかけられ、岩石ハウス作成の作業時間の倍程度の時間をかけて嫌疑を晴らすことになった。
岩盤を削ったキャンプは純粋に岩盤で出来ているので当然堅い。臀部や腰にダメージが来たら怖いのでキャンプ地周辺の森を開墾し始める。生前に腰を冷やすと腰痛になりやすく尻を冷やすと痔になると聞いたからだ。本当はどうか知らないがなったら困る。それに堅いところで寝たいとは思わない。
そんな状態を打開すべく、覚え立てだが威力の調節にも目処が立った魔法で周辺の木を伐採して、炎を出して炙り水分を飛ばして加工して木目調のフローリングと壁が完成。炙る際に変色してしまったが味わいがあって良いとそのままにした。覗きの嫌疑をかけられていた反動なのか必要以上に木を伐採していたのでベッドや机に椅子も作る。道具はスフィアから生成したものだ。生活用品を制作している最中に刻臣は自分の才能は大工なのではないかと思ったくらいだった。勘違いだと気が付いたのは椅子が微妙に傾いているのに気が付いたからだ。魔法とスフィアは便利だが制作者の力量をはっきりさせるので少々辛いものがある。
ベースキャンプが出来たのでもう宿に泊まる必要もない。しかし足りない物資が大量にあったので三人で忙しく働くことになった。ベッドはあっても布団がないので野生種の鳥類を大量に仕留めたり、日々の食料の確保にイノシシや熊を狩り、生活用のインフラ設備の作成、桶や水を貯めておく為の樽を作ってみたりと一ヶ月ほど翻弄した。当然森に出れば野生動物の他に熊と同サイズの蜘蛛がいたりもした。魔物だと気が付いたのはバラした後で刻臣が静乃から説明された時に気が付いた。
どんなに戦闘能力があっても、刻臣達は所詮は三人でしかないので生活が快適に行える様になるのには時間が掛かる。しかも誰も何かに特化した職人という訳ではない。今では便利に使っているが、水をためる為の樽を作り上げるまでに一週間以上もかけたし、刈り取った動物の血抜きをどの程度して良いのか分からずに腐らせたこともある。住環境も物が増えれば自然と必要になる、タンスや棚などの収納がないなど次々出てきた。物が増えればスペースを広げる必要も出てきて地下に個室を人数分用意することになった。作っても女性陣は室内を個人個人で飾って終りだったんだが。そんなこんなで作業に追われる毎日だがなかなか充実している異世界ライフだった。
定期的に、情報収集と資金調達の為にギルドに行く帰りに調味料など自給自足できないの物を買っていたりする。ギルドとしては住んでいるところをはっきりして欲しいらしいが、市街地にいるわけではないので森に籠もって狩りをしているということにしておいた。実際その延長であったし嘘ではない。
「ただいま」
「おかえり」
刻臣としては、同世代か見た目同世代で血縁でもなく、脳内彼女でもない異性とのこういうやり取りは多少の憧れもあり最初はドキドキしたが今では慣れてしまっていた。しかし、帰った時にタイミング悪く二人とも不在の時は寂しい思いをするので何も感じない訳ではないのだが。
「とりあえず、生活環境が整ったということにして資金をがっつり稼ぎたいと思います」
「いきなりですけど、貯蓄は大事ですね。でも調味料くらいしか買う必要な物はないですよ?」
「使い道はともかく、稼ぐあてはあるの刻臣君? もしかしてギルドのお仕事?」
ギルドで斡旋される仕事もきちんと存在しているんだがピンハネされている感じが若干見られるのであまりしたくない。ちなみに刻臣がピンハネされていると思っている部分は収入に対する税金と斡旋の手数料だ。
「今日ギルドに行って聞いてきたんだが、勇者の連中が相当な数死んでいるらしい。しかも殺されたんだとさ」
「勇者ってこの世界の平均以上の戦闘力がある訳でしょ? それなのに死ぬってある種の才能?」
「フランさん、死ぬのが才能だとその人の人生最初から詰んでますって」
「フランの言いたいこともわかるけど興味ないか? 殺したやつとアホの遺品に」
「刻臣君も男の子ですね。私は賛成しますよ」
「この流れで逆らえませんよね? 逆らっても多数決で負けてますし」
若干ノリの悪い保守的な静乃を数の暴力で押さえつつ、早速目的地をギルドで貰ってきた地図で確認する。ここから最高速度で飛んで十分くらいの場所だった。行き違いや空振りになると意味がないのでスフィアで六十インチのモニターとドローンを作って全力でドローンを投げた。
生前は百メートル程度の遠投も霊界での経験とスフィアでの強化で飛躍的に伸びた。北海道から沖縄くらいの距離であれば問題なく野球の硬球を投げられる。山なりに投げたのでしばらく時間が掛かるだろう。
「あれの現地到着までお茶でも飲んで待っていましょうか」
静乃の一言によりティータイムに突入する。
モニターを見てみると3D酔いする人なら即座に吐くだろう映像が流れているが、未だに飛行中らしい。上昇中なのか下降中なのか区別がつかなかったので、三人で無駄な議論を繰り広げた。議論となったのはこの三人が一緒に行動する様になって初めてのことだった。
ドゴッと音が鳴って全員の目線がモニターに向く。モニターは真っ赤に染まっており透けて人影が見える。全員が何か生き物に当たったんだなと思ったが特に気にする様なこともない。モニターには、スピーカーも付いており周辺の音を拾っているがどうやら、どこぞの勇者パーティーの勇者に当たった様だった。取り巻き連中の、叫び声やら鳴き声が聞き取れる。勇者パーティー連続死亡事件の調査に来ていたのだろうが不運なことだ。ドローンには搭載されているカメラ部分のレンズを自動洗浄する様な仕組みが組み込んであるのでモニターの画面はどんどん鮮明になっていく。
「ゴブリンだな」
「定番中の定番ですけど普通なら雑魚ですよね?」
小柄ながら引き締まった肉体に、身体のサイズからしたら大きいと思う様な初老一歩手前の男の顔が付いており頭巾を被って金属製の鎧を着ている。イメージだと布の服なのだがアルカディアのゴブリンは鎧を着ているらしい。両手に持ったダガーと引き締まった肉体から生み出される俊敏性で勇者パーティーの残存兵を次々と刈り取っていく。その様は一流の剣士の様だった。
「助太刀に感謝する。貴公はこの世界のものでは無いな? 相手が私よりも弱かったとしても助太刀して貰ったのだ、礼を言うことを忘れるのは良くないな」
雑魚中の雑魚の定番であり序盤の経験値稼ぎにしかならない様なゴブリンからこの国の王族よりも王族っぽい言葉遣いを聞くことになる一同だった。しかも腰を折って礼を言われるとは思っていない刻臣達からしたら勇者達よりも興味を引く存在となるのは自然のことだろう。
「捕まえてみる価値があるみたいだけど、話を聞いてみたいと思うのは俺だけ?」
捕獲については反対意見が出なかったのでドローンから捕獲用のネットを射出。こんな事態になると思っていなかったであろうゴブリンの捕獲に成功する。捉えられたゴブリンはネットを切り脱出を目論むもネットもスフィア製なのだから切れるはずがない。時間の経過と共におとなしくなったゴブリンをぶら下げ、ドローンはのんびりと刻臣達のベースキャンプに戻っていった。
「ようこそ我が家へ!」
「そなた達は礼節を勘違いしている。このように強制的に拘束され連行されて来たのだ、謝罪から入って当たり前だろうに!」
「一応、俺達も勇者という分類に属しているみたいだから念のためだ。敵対する意思がないのは理解してるだろ?」
「敵意があれば、私はもう死んでいる。理解はできるが、この状態が問題なのだ。」
ベースキャンプに戻って来たドローンは、その状態を維持したまま現在も天井付近に浮游している。当然ゴブリンはネットの中にいてドローンからぶら下がっている。この時点で自分たちの知っているゴブリンとは別物だと分かっているが伝承の通りだとゴブリンの繁殖方法は人間の女性であり、ここには女性が二人いるのだから当然の処置として拘束したままになっている。
「お前さんから事情を聞き出せるまではこのままだからきりきり知っていることを吐けよ。場合によっては解放するのもやぶさかじゃないからさ」
「選択の自由すら奪うのか!」
「今はね。俺達に危害を加えるなら人間だろうが魔物だろうが敵だしな。で俺達の知識だとお前は的な訳だ。当然の処置だろ? しかしながら話が出来るなら会話するのが平和的な解決だってのには変わりないんだけどさ。言葉を理解する生命だと思っているからこそだってのを理解して欲しいんだが? どうする?」
刻臣としては選択の自由を与える気はない。情報が手に入るなら本当に人間だろうが一切容赦なく使い潰す気でいる。刻臣としてはフランと静乃だけが自分と同じ立場だと思っているからだ。
最初は迷っていたゴブリン(仮)も話しをすることにしてくれたので繁殖方法とゴブリン(仮)の存在を答え始める。
ゴブリン(仮)は別に人間に害を与える存在ではなく森の番人という役職を与えられているらしい。らしいというのは確証がない為だ。番人は森の維持と動物の個体数の管理、侵入者の討伐と仕事が多岐にわたる。木の間伐も番人の仕事らしい。繁殖については多少躊躇っていたが、このゴブリン(仮)の種族は男性しかいないが、同姓での繁殖が一般的で人間との間で子供を作ることも出来るが、短命で弱い個体しか生まれてこないとのこと。彼らの法では現在は禁忌となっているらしい。とりあえず、女性を狙っているとは言っていないので待遇を良くしてやることにする。こいつにはもっと情報を喋って貰う必要がある為だった。
「私が言っていることを信じて良いのか?」
「敵対するなら始末することは難しくないしね。あんまり難しく考えない方がいいって。それとも敵対したいの?」
「魔力の絶対量から判断するに敵対するだけ無駄だろうな。私としては敵対する気はない。こう言っては語弊があるだろうが、出来るのであれば友好的な関係の方が好ましい」
「なら結構。じゃあ話の続きでもしようか?」
拘束を解いて、武器も還した後、椅子を勧めてティータイムの続きとする。いきなり問答無用で捕獲された方からしたら躊躇うのも仕方ない。多少の同情はするが今はこいつの持つ情報の方が価値がある。
ゴブリン(仮)だがゴブリンという種族で間違いがないらしい。さらに言うなら、ゴブリンは魔物ではなく魔族という分類だと言われた。ゴブリン(仮)の名前はユースだそうだ。番人には魔王が指名しているとのこと。刻臣の感覚だと魔王がトップで支配下にいる種族に仕事を振り分ける感じらしい。ユースはゴブリンの若頭的な存在で一族、種族を代表して番人の仕事をしているそうだ。不備があると一族の顔に泥を塗ることになりかねないのでかなり神経質になって職務に励んでいるらしい。最近の悩みの種は人間が多数番人として与えられた土地に入り込んでいることだった。なお、魔族は魔物とは全く関係がないらしい。
刻臣の方も自前の情報を多少渡して返礼とすることにした。ぶっちゃけどうでも良いことだったからだが。
「人間の情報を簡単に渡してしまって良いのか? 裏切りと受け取られても言い訳できんだろうに」
「敵対する訳じゃないし敵対されても困らないからな。まあ傍観者でも気取ってスローライフを楽しむさ」
「刻臣殿を含めた三人が変わり種なのだろうが、魔王陛下を討伐しようとしている勇者というものが分からなくなってくる。しかし、敵対する意味がない以上はこの周辺のことは貴公達にに委譲することにしよう。友好の証だと思ってくれ」
「随分と物わかりが良いな」
「最初は魔力の大きさから竜族だと思ったのだ。竜族であればこの辺り一帯は灰燼と化していたことを考えるとこの程度であれば問題にならん。刻臣殿達については私の方から魔王陛下に通達するが問題があるか?」
「敵対しない以上は問題ないよ」
「本当に剛毅だな。人間とは思えん」
この交渉によってベースキャンプから半径五キロ程度の領土の所有権を認められることになる。ユースが担当する地域についてはこちら側からは不干渉ということで話は纏まった。これは特例であり、さらには魔族との間だけのことだが。
ユースを還した後(きちんと元居た場所までドローンで運ばせた)に今後について話し合うことにした。ユースの話では、魔物の氾濫は魔族主体によるものでは無く魔物の本能に根付いた習性の様だった。魔王が便乗するのは魔物の数を減らす為であり、人間の被害は魔物討伐の余波とのことだ。脆弱すぎる人間は誤爆というか余波で死ぬらしい。勇者もたまったものでは無いな。勇者と名乗るのも馬鹿馬鹿しいし、勘違い野郎にもほどがある。刻臣としては発想力強化の為の異世界行きだったはずがスローライフが気に入ってしまったので本末転倒なのだが勇者ほどではない。余波で死ぬのは決定的に存在意義を否定されたと思っても仕方ないだろう。
ユースとの邂逅後も刻臣達はスローライフを継続している。ユースが反旗を翻して集団で襲ってきても面白かったが、そんなことは起こらなかった。逆に魔物の討伐を依頼してくらいだった。本当に友好的な状態を維持したいのだろう。形式上、勇者(笑)としてギルドに匿名で情報を流してみたが、当然の様に信じられるはずもなくふざけた話だと切り捨てられたみたいだったのでこの生活を継続するのが一番だろう。義理は果たしたという感じだ。
ユースからの魔物出現情報を元に討伐数が飛躍的に伸び生活水準も上がった。もともと戦闘要員だったフランは変わりないが、事務職であった静乃については飛躍的に戦闘について経験を積んでいった。もはや熟練という感じだろうか? スフィアの扱いやスタッフも普通に使いこなしている。女性陣は刻臣とは違い、魔力との親和性が低い様でそちらでは伸び悩んでいる様だったが。
異変が起こったのはユースと出会ってから半年ほど経った頃だった。
「ごめんくださ~い」
ドアをノックされた後にそんな間延びした女性の声が聞こえた。現在このベースキャンプを知っているのはここに住んでいる三人とユースだけなはずなので臨戦態勢で客人を迎えることになる。来客はギルド勤務の受付嬢だった。
「刻臣さんパーティーの現在値が変動していないようでしたのでこちらにお住まいかと思いこちらに出向いてきました」
受付嬢の話では巾着に制度は良くないしリアルタイムではないが現在位置を知らせる機能が付いているらしい。半年以上もここで生活しているのでここがバレた様だった。
「本来であればもっと早かったのですが、サリス王国とギルドからの共同依頼となります。受けるかどうかはそちらの判断になりますがまずは依頼内容を説明します。その前に現在の状況を説明しなくてはなりませんね」
サリスでは勇者の数は半数程度まで減ってしまったらしいことを簡単に説明された。原因はユースかと思ったが、勇者同士の意地の張り合いによるものの様で本当に勇者の存在意義が疑われた。しかも他国ではサリスよりも酷く全体の二割程度まで目減りしているとのこと。当然そんな駄目な勇者を疑問視する声は多く、その対策としてギルドは国から半分独立して五カ国の共同組織となったとのこと。依頼内容は現在の勇者の補填としてサリスに所属している国軍の鍛錬とのこと。受付嬢はここまでの道のりを刻臣達に任せようとする国軍五百と護衛の五百の兵と一緒に来たらしい。千人規模で、しかも受けるとは言っていないにも関わらず連れてきたことについては馬鹿かと思う以外ないのだが。
「受けて頂ける場合は報酬の半額を先に渡しますし、彼らの訓練期間中の食料などは国からの支援という形で支払われます。食料については、一年分をすでにギルドでは受け取っていますし、訓練の対象となる部隊長以下の幹部である小隊長、班長が携行しています。」
「何で俺達?」
「現在、勇者として召喚された方達で欠員が出ていない唯一のパーティですし、国とギルドが指定する危険地帯で半年以上も生活をしていますので妥当な人選かと思われます」
「断った場合は? 当然想定しているんだろ?」
「断る場合は、ギルドと国から要注意対象として扱われるかと思います。サリスでの物資の購入にも規制が入りますし、どの程度か分かりませんが監視も付くかと思います。私個人からしたら魔物の討伐数から監視しても無駄な犠牲が発生しそうですが・・・ 私ではなく国の意向だと思ってください。」
「面倒なことをするんだな?」
「私も同意見です」
要するに、勇者として呼ばれたんだからこれに相応しい生活をしろということなんだろう。どこでそんなフラグが立ったかは不明だが、スローライフも続けるには義務があるらしい。理想郷と思っていたアルカディアだったが、面倒事については普通に存在しているらしい。
「この周辺三キロの地点に自分たちで拠点を設けるということであれば受けても構わない。こちらには必要以上に干渉しないということが前提だがどうする? それとこの条件だと大半が死ぬと思うがどう?」
「その条件で構いません。それに、刻臣さんに鍛えて貰う兵は、以後刻臣さんの配下となります。隊長職を集めますので今後の方針を説明してください。それでは」
結局最後まで自己紹介もせずに受付嬢は随伴する五百の兵士と共に帰っていった。ゴブリンよりも礼節に劣る人間ってどうなんだろうか? 護るという感覚が一気に消えていきいっそ俺が処分しようかなどと考えてしまいそうだった。
代表者をベースキャンプないに入れると快適生活が露見するので入り口前に集めて今後の方針を決める作業に取りかかる。
面倒この上ないが決めておかないと後でいろいろ問題がありそうだった。サクッと決めたので不都合があるかも知れないが。
・不用意な干渉をしない。
・ベースキャンプより半径三キロ以内には立ち入らない。
・活動範囲はベースキャンプより三キロから5キロの範囲に限定する。
・部隊のキャンプはベースキャンプより三キロ地点で等間隔に五つ等間隔に設置する。さらに同様の仕様にする。
・指示は出すが支援はしない。
・気に触ったら独断で処分する。
という様な内容になった。方針を発表した段階で、俺達のベースキャンプで生活させろという意味不明な反対意見が出たが殴ったら静かになった。百人ごとのグループ四つに九十九人のグループに均等分けして派遣することにした。百人規模の仮住まいを作るのに、どの程度時間が掛かるかは不明だが脱走する奴らもいるだろうし、脱走する奴に関してはこちらの知らないことだ。契約上問題ない。さらには彼らの拠点が出来るまでこっちには来るなと言ってあるので時間もかなり稼げるだろう。
「暇つぶしに監視カメラでも設置してみようか?」
「こっちはテレビ番組ないからね。でも私たちをじろじろ見てきたから処分しても良いと思うよ。」
「そういう対象としてみられるのはちょっと困りますね。」
いくら女性を大切にしているとしても、体力的にピークの時期というのは、性的にも盛りの時期なので多少同情は出来るのだが、ここに集まった連中の中で少数は盛りの付いた犬の様な状態になっているらしい。人のテリトリーに勝手に入ってくる可能性もあったので監視用にスフィアを霊界解放戦の時の様に五体のサイボーグ君に各部隊ごと尾行して貰うことにした。門番に二体追加したのは多少の独占欲があったのかも知れない。
「気分を切り替えてさっさと寝るぞ。明日は種蒔きだからな」
ユースから友好の証として、短期間で栽培できる植物の種を数種類、しかもかなりの量を貰っているので、明日は種まきをする。本当は今日やる予定だったのだが、こんなことになってしまったので気分を切り替えて後日ということにした。スローライフはやはり農業もやらないといけない。
「これは想定外だ。魔法よりもファンタジーな要素があったんだな」
ユースから貰った種を蒔いてから四日後にブロック肉が育っていました。
「刻臣君、これ霜降りですよ」
「三日までは普通に植物っぽかったんですけどね。四日目でこれはちょっと」
種を蒔いて数時間で発芽して一晩経ったら七十センチ程度まで育っていた。小学校の朝顔の観察日記だったら子供が泣きそうだ。二日から三日目までで花が咲いては枯れ、四日後にブロック肉が実っていた。
仕方なく四分の一程度収穫してみたものの、穀物を期待していたのに狩りをしている時と変わらず動物性タンパク質を手に入れてしまった。
「焼いてみる?」
「それが一番早いです。というかこれは肉なの? 畑にあるブロック肉は枯れるのかな? 腐るのかな?」
「とりあえず焼くか・・・」
切ってみても切断面は霜降りの肉だった。もはや焼くしか方法がない。
結果、全員が生前食べたどんな肉よりも美味しかった。豚ではなく牛だった。
「私、一応王女だったはずなのに畑のブロック肉以下の肉しか食べてなかったんですね・・・」
「私の時代には霜降りという概念がなかったので・・・」
「美味いんだけど筋張ったところが欲しいかな。俺の舌は高級志向じゃないからさ。問題としては他にも種があるんだけど植えてみる?」
一見して同じにしか見えない種が大量にストックされている。この世界では普通なのかも分からない。魔族特有のものなのかも知れないが、刻臣は安っぽい肉や安っぽい味が欲しかった。フランと静乃は美味しければあまり煩いことを言わないのだが。
全種類を一粒ずつ植えてみた結果、栽培期間は相変わらず五日間で、サーモン、マグロなど魚介類の刺身が柵で実っていた。貝類は貝付きで、豚肉はやはりブロックで実っていた。見た目が酷いのが筋子やホルモンなどの内臓系に牛タンだった。最も最悪な実りが、猿の脳みそだろうか。これについては猿の頭部も一緒に実っていたので東部に着いている目がキョロキョロしていた。しかも頭部が開いているのでかなり悪趣味だった。衝動的にフランがスタッフを構えて焼き尽くしていた。静乃すら気が付くとスタッフを持っていたのだから余程のことだろうか。塩などの調味料も、瓶の容器に入って実っているのは疑問が尽きなかったが、猿の頭部が実るよりは余程現実的だった。瓶詰めの調味料が枯れていくのは見物だったが。
ちなみにこの植物?は平均で二週間程度が賞味期限でそれ以降は水分が抜けて萎れ、最終的に割れて中から種が大量に収穫できた。ユースには感謝して良いのかどうか微妙な感じだ。
人間は適応能力が高いせいなのか一週間もするとそんな抵抗もなくなってきて普通に栽培していた。臓物系の種はフランが念入りに焼却処分していたのでストックはない。種も順調に備蓄されていき、現状食糧事情は以前からしてみたら圧倒的に改善された。
サリスに、調味料を依存していた生活から一変して、完全に自給自足が行える様になってから一月ほどで兵士達のキャンプが完成したと報告してきた。犠牲者は多く半数程度で合計二百五十人程度が生き残った。キャンプは砦の様なものでこれ以降の犠牲者は抑えられるということだった。もともとが男女混合だったので、キャンプ作成で苦労を共にした連中の中で夫婦になるものも出ていた。部隊内では、未然に防げていたが婦女暴行未遂が行われた様で隊長格によって多少ではあるが処分されたらしい。詳しく聞くと勇者のパーティーの生き残りらしい。本当に碌なことをしない勇者達だ。召喚される必要自体が疑わしい。
刻臣には人を訓練したことなどないので、日本国立特務省附属第一中学校で日頃していたことをさせることにした。国立で、特務省という時点で、将来は護衛や特殊任務などをやらされる学校だったので目安にはなるだろう。ちなみにフランは転校してきたのだが初日の訓練の後にグラウンドの端で吐いていた。死ぬ前には平気で刻臣達と同じ内容をこなせる様になっていたのだが、普通の人には辛い訓練というかカリキュラムだったのだろう。結局のところ通っていたのは中学生なので、最初は疑問に思ったが、半年も経てば普通に狙撃訓練や対人戦闘を疑問にも思わなくなっていく。勉強したくない年齢としては実習の方が救われる部分も大きいだろう。座学については圧倒的に普通の学校以下だったと思う。
訓練内容は、自分たちの部隊のキャンプから隣のキャンプまでフル装備の仲間を背負ってのランニング。これについては、背負う方にも、背負われる方にもコツの様なものが求められる。適度に力を抜かないと背負っている方が辛いし、走り方も気をつけないと背負われてる方が辛い。負傷者が出る前提なので、仲間を救出する際には役立つし、基礎訓練としてはいい訓練になるだろうと、刻臣のテリトリーである刻臣達のベースキャンプから半径五キロの外周を走らせることにした。
ガイドラインとして自分のテリトリー周辺に魔法をぶち込んで幅五メートル、深さ不明の溝を外周に作った。現世であれば、様々な問題になっていただろうが知ったことではない。その作業風景を見ていた隊長達は口を開いて汗を掻いていたが。
一週間に一度、五人の隊長が報告に来るのだが、訓練内容については不満が出ていない様だった。「あんなの見せられたら逆らえないよね」とフランはこぼしていたが。
報告によると当日は全員が外周で地面に栄養を蒔いていた様だが、翌週になると改善が見られ始め、さらに翌週には全員がランニングをこなせる様になったらしい。負傷者も溝を作った後は出ておらず、溝のおかげで魔物の侵入ルートが限定されたのが影響しているとのこと。大規模な自然破壊も良いことがある様だ。現在ではランニングを早く終わらせて個人個人で訓練をしたり、隊列を組んでの戦闘訓練をしているらしい。サイボーグ君には勝てない程度だとしても、もはや魔物程度であれば問題にならない様で、さらに訓練メニューを追加して欲しいとまで言われる様になった。部隊の兵士の中で暇な時間を利用して外周の溝に橋を架ける連中まで発生しているのでどうにかする必要があると隊長達は言っているのだ。
「刻臣君どうします?」
「正直ネタ切れなんだけど、背負う人数を二人にしてみる?」
「戦場で二人を背負うのは両手が塞がりますし効率的ではないですね。対戦相手が必要かと思いますよ」
「ユースに頼んでみるか・・・」
「種は貰わないでね」
猿の脳みそにかなりのトラウマを植え付けられたのかフランの言動がかなり厳しい。最善策としてユースに頼むことになった。
「魔物の討伐に貢献してくれているのは礼を言うが、この一帯には現在いる魔物以上の高レベルに分類される魔物がいないぞ。それに訓練してもやり気だ。魔族の領地を狙っていると見られても弁解しようがないぞ。魔王陛下も気にかけている様だしな」
「今更だが、魔王は本当にいるんだな」
「本当に今更だな。各自が好き勝手にやっていると統治できるはずがないだろうに。人間については深く知らんが、きちんとした管理体制がないと平和に暮すことなど夢物語だろう。」
魔族は人間よりも人格者で、きちんとした管理体制を取っていると見せつけられている様で居心地が悪い。刻臣達は人間にすら迷惑をかけている勇者というグループに属しているのでさらに立場がない。
「魔王にお願いしたら駄目か?」
「陛下にか? 陛下であれば可能であろうが、鍛えてどうするというのだ? それに私が口利きしても陛下が応えてくださるととは限らんぞ?」
「とりあえず頼んでおいて」
「刻臣殿はとりあえずが多いな。心労で禿げそうだ」
そんな愚痴をこぼしながらユースは帰って行った。彼の頭部には、体毛と呼べる程度しか生えていないのだが気にしている様だった。
陛下とやらが用意してくれた訓練相手の魔物に対しても、個人で対応できる様になった男性の兵達は自らの引き締まった身体を誇らしげに過ごしている。女性の兵士からは胸筋が鍛えられすぎて胸が消えたなどのクレームもあったが無視した。訓練中なのに妊娠している兵も存在しており、キャンプの中には託児所も増設されたそうだ。フランと静乃が羨ましそうにしているが、刻臣はやぶ蛇を突いたりしない。
「依頼については達成ということで報酬の残りをお渡しします。氾濫の詳しい日付については不明ですので一ヶ月前にはサリスでの防衛に参加してください。現在国内で活動している他の勇者の皆さんも同様にサリスに集まる予定です。訓練を要らしいた兵士については事前に決められた通りに刻臣さんの配下となります。便宜上、サリス王国軍所属の刻臣軍と呼称されます。以後の部隊運営については、刻臣さんに一任されますのでよろしくお願いします。氾濫期による魔物の討伐も通常の魔物討伐と同様に規定の報酬が出ますのでご活躍ください。」
未だに名前を名乗らないギルドの受付嬢との久々の再会だったが、彼女は名乗ろうとしない。なにか拘りでもあるのだろうか?
受付嬢の話では、あと半年程度で魔物の氾濫期を迎えるサリスでは魔物の侵攻ルート上に防衛用の拠点や外壁の強化、バリスタなどの準備が急ピッチで進んでいるらしい。以前の氾濫では、推定百億を超える魔物によって国が二つ呑まれたらしいが、現在残っている五つの国では数を減らした魔物をギリギリではあったが防ぎきったらしい。新天地を用意してくれたのだから多少は貢献してやらないとと思ってはいるが、魔王にも協力して貰っている以上、そちらにも義理を立てないと後々面倒になりそうだ。よくある貴族社会で辟易している物語の主人公達の気苦労が少なからず理解できる気がした。貴族でもないのに・・・
後日、刻臣は部隊を全て集め今後についての説明をする。魔物の氾濫が近づいてきているのでサリスに一時的に戻るということ。この部隊の総責任者が自分になったということ。部隊の名称が便宜上ではあるが決まったこと。
いろいろと説明していくが、生まれたばかりの赤ちゅんの鳴き声が聞こえたり、母親らしき女性兵士のあやす声が聞こえたり、小さい子供が話をしていたり走り回っているので全く緊張感がない。もともと緊張することが好きではないので別に良いのだが、イメージとしては海外の軍隊ものの映画にある出兵前の団結式の様なものを想定してたので肩すかしな部分があった。この数年の暮らしに似合っているのだろうし、朗らかなのは良いことだった。
部隊の兵士達の代表を決める必要があったので報告会で一番細かく報告していた奴に任せることにした。役職は兵士長。ちなみに自己紹介をしたのはサリスに向う直前だった。名前をトムといい、この訓練期間中に結婚して子供を授かっている。部下からも信頼されている様で、驚いたことに他の部隊とも交流があった様だ。無難な人選だろう。元は農家の三男らしいが、口減らしで兵士に志願したとのこと。なお、嫉妬する、他人の足を引っ張る様な人間は、この部隊には存在しないので皆にすんなりと受け入れられた。原因は反乱分子は大半がすでに処分されており、さらに溝が出来上がった時に全員がパニックになりはしたが、隊長達が刻臣が片手間に魔法を放って作ったと伝えると、全ての兵士が絶対の服従を誓うことになったらしい。フランは「やっぱり」などと言っていたが、刻臣としては知らないことは知らないのでと流すことになった。
「総隊長のご指示であれば例え国王といえど討伐して見せましょう!」
などと問題発言にしかならない様なことを口走るところ以外は有能で部隊の編成や装備の点検などを指示していた。編成が終り、全員でサリスに向うことになったのだが、当然のように魔物からの襲撃があった訳だが、片手間で魔物を切り捨てていく部隊の兵達を見ながら「実際に俺がいる意味はないんじゃないか?」などと思いつつもサリスに向う刻臣だった。
道中に、
「六つの家で形成されている一族みたいですよね?」
などと静乃が言っていたが、その中の1つの家は俺達のことなんだろうかと勘ぐりながらも聞き流し刻臣達は進んでいった。
「ディフェンスタワー系のゲームだとチートレベルだな。俺の知ってるサリスじゃないなぁ」
「意味があると良いけどね」
「節操がないというか、ある物を全部設置した感じがしますね」
これが刻臣達の感想だが、サリスは巨大な要塞になっていた。防衛用の全てを詰めた様な姿を見て決して王都という形容詞が使えない様な変わり様だったからだ。
トムが言うには王族専用の部隊も展開している様で準備万端ということらしい。
「でも、あの人達トムちゃんより弱いですよね? 能力的にみても半分以下の様な気がするんだけど」
「フラン、ちゃん付けは駄目だと思うよ? 俺達より年上なんだしさ。せめて部下ということを考えても呼び捨てくらいにしてあげないと。能力的な物は野生育ちか、ハウス栽培かの違いだと思うけどね」
「ふーん、そっか。でも呼び方とかどうでもいいじゃない。部下なんだから」
「まぁトムも問題にしてないからいいけどね」
フランはトムのことをちゃん付けで呼んでいる。トムの考えとしては、刻臣が総大将というか絶対神であり、フランと静乃が副大将という認識らしく。ちゃん付けについては全く問題にしていない。どちらかというと名誉だと思っている節もある。刻臣達三人が話している最中は決して口を挟まないほどの忠犬ぶりだった。これはトム以下の全ての兵士の考え方にもなっている様だった。
トムの奥さんは兵士長の補佐という立場になっており、刻臣達の王都到着を報告しに行っている。名前はマーサだ。報告には生まれたばかりの子供を抱きかかえながらだが・・・
マーサからの報告を聞いてから自分たちの担当地域に移動する。担当はおそらくなるであろう最前線だった。報告に行ったマーサが、子供を抱きながらだったことに対して王家直属の部隊を率いる将軍が口汚く批難してきたので殴り倒したことによる配置だろうとのこと。殴った時も子供は抱いていたそうだが。
歴史ある武家の出身であり本人も武人として評価の高い将軍が子供を抱いたままの状態のマーサに一撃で殴り倒され、失神した挙げ句、失禁したことに対する配慮としては子供じみている様な気がする。予定されていた刻臣の王に対する謁見までも必要ないとのことなので刻臣からしたら万々歳だった。
念のためにフランと静乃にはスフィアを加工した軽装の防具を渡してある。おそらく必要ないだろうが万が一ということもあるので保険程度の意味合いで渡しておいた。二人とも武器はスタッフがあるので防具だけ渡したのだ。
刻臣軍は現在子供と妊婦を除いて二百三十人程度だったので五百人の定数よりも下回っている。戦力としてはサイボーグ君で不足を賄っているがオーバーキルになりそうでかなり迷ったが、新婚もいることだし、戦死させる訳にも行かないだろうとの判断によってサイボーグ君を作っておいた。
刻臣達の配置された付近には森があり、王都から一番離れているので魔物が当然出現するのだが、例レベルの魔物であればここに所属している兵士にとってはよそ見をしながらでも始末できる程度なので食料に困ることもなく、刻臣達がしていたスローライフを受け入れる兵士も増えていた。その証拠が、目の前に広がるブロック肉が実った畑だろう。
見張りを立てながらフル装備で農作業をする兵士というのはかなり目を引くものがある。周辺に仲間の部隊がいないことで全体からはあまり目立っていない様なのが救いだったが。
結局何が言いたいかというと、暇だったのだ。
「暇だな」
「暇です」
「暇ですね」
刻臣達三人はそんなことを言っているが、刻臣達の配下である兵も同様であった。遙か後方では戦々恐々としているがここは畑仕事や調理以外完全にやることが無く穏やかな時間が流れていた。
「そう言えば、俺達って結構木を切ったよね?」
「複数形にしないで欲しいな。木を切ったのは刻臣君だけですよ。刻臣君だけ。切り倒した本数は保護団体が、暗殺を依頼するくらいだと思うけど? 溝を作った時も含めると誘拐されて拷問って感じが強いかな?」
「植えれば良いんですから、あまり怖いことは言わない様にしませんか?」
「でもさ、ここにいる三人に限っては、誘拐されること自体無いと思うの。王都も刻臣君だと気分で吹き飛ばせそうだし。私たちもやろうと思えば攻め落とせるでしょ?」
「出来ますけど、それはここの文明の水準が低いからですよ。ヨーロッパの中世後期に魔法があったらきっとこんな感じだと思いますよ。私の知る限り、私達の次に強いと思うのがユースさんですからね。トムさんたちも強くなったようですけど、ユースさんと比べると可哀想になりますね。」
「それに刻臣君がやんわりと護ってくれてるのは良いと思うよ」
「女性として生を受けて良かったと思いますね」
良くない方向に話が行ってしまった。話し相手を変えよう。
「トム、俺達の切った木は結構な数になると思うが、氾濫が終わったら少し植えるか? このまま平野になるのは忍びないだろ」
「隊長は植林をしたいのですか?」
「切った元に戻さないと、勝手に生えてこないだろ?」
「隊長は召喚されたと伺いましたが?」
「確かに召喚はされたが、それが?」
「アルカディアでは大地自体が意思を持ちます。当然、力も持つとされています。大地に意思があるというのは私個人では信用するだけの確証が持てませんが、基本的にはそのように信じられています。」
「神様は大地でありましたとさ。じゃあこの世界の住人は寄生虫みたいなものか、で続きは?」
「アルカディアの民は大地が生きていると考えています。よって大地に命の源であるとされる魔力を注げばどのように伐採していても元に戻ります。」
「砂漠になったとしても?」
「注ぎ込む魔力量は多くなりますが必ず復活します。多く注ぎ込むことによって時間短縮も可能です。隊長殿であれば微々たるものかと思われます」
便利だ。この一言に全て集約できる。トムの言うことが本当であれば、刻臣はこの世界で木材だけを売って生活が可能だ。
愛すべきスローライフを送りながら、果たして金が必要かと言われると首を傾げることになるのだが。
「面倒事はさっさと終わらせて家に帰りたいな」
「そうですな。過ごした時間は短いながら我々にとっての家はあそこですので」
「終わったら住居でも作るか?」
「すでに数件建ててありますが、増設しなくては足りなくなりそうです。それと女性兵の数が少ないので募集する必要があるかと思います。」
「兵士の男女差は激しいからね。募集するのは良いんだけど、サリスでして問題にならない?」
「大きな問題になるでしょうが、国家存亡に関わるのであれば国王は許可を出すでしょう。出さない場合は侵攻すれば問題ありません」
「武力で脅して自国民を差し出せって問題しか無いな。面倒だけど終わったら王様に相談だな」
「面倒であれば私が如何様にも致しますが?」
「俺がやるから良いわ」
トムに任せると短絡的に渋った王様を切り捨てそうなので、自分で交渉しないといけないか。というかベースキャンプというか規模が小さい村だな。などと考えてしまう。