第3稿
さて、皆様は現世においてお化けという概念はご存じだろうが、実際には遭遇した事がないだろう。幽霊の存在を科学的に証明できない科学力では当然だが、実際には人間という生物についても大まかにしか理解できていないのが現在の科学水準の限界であり遺伝子配列を調べたとしても同じ個体を複製できない次点で底が見えている。クローンでも性格が変わってしまえばそれは別の個体という解釈になる。物質の同位体の様な物だろう。
幽霊や地縛霊など視界に捉えられない様な存在は無理だとしても実際に目に出来る様な化け物に遭遇した場合の対処は排除か物理的な封印、隔離となるのは自然の流れだ。誰に解説しているのかは不明だが刻臣はそんな事を考えていた。
ここまでの状況を簡単に説明すると刻臣とフラン、急遽同行者となった静乃は霊体の状態で現世にやってきた。この状態では現世の人間には第六感を含め感覚的にはその存在を把握できない。これを幸いと閻魔に渡された情報を頼りにまずは刻臣とフランの骨とミンチを回収する事にした。刻臣、フランの両名の遺体はすべて安田によって厳重に管理されているらしい。場所は国家代表を親に持つということも影響しているのか職権乱用だと思うが国会議事堂だった。地下にこんな施設があるのかと思う様なラボやシェルターを無断で見学してラボに保存されている骨格を回収した時点で警報が鳴り響いた。
対人センサーというのは動いたら作動する。霊体であればセンサーには当然、反応はないが骨格を回収した段階で動きがある事になる。当然無人のラボで動きがあれば不法侵入ということになる。しかもここは国会議事堂の一般公開されていない地区である。本当にここは日本国であるのかというような重装備の警備隊が出動しラボの入り口にスタンバっている。そしてさらに不幸な事にここにはミンチになった肉体は保存されていない。当然骨格だけとなるが端から見ればファンタジーや怪談話でのレギュラー要員となるスケルトンのような見た目だ。ようなと付ける必要は無いと思うが生きている人間から見ればスケルトンであり、それは現状を見れば怪物と同じ扱いになる様だ。二体のスケルトンが出現しセンサーが反応、警備室の管理カメラに写った時点でパニックが起こり、総理による許可の元に銃を携えた警備隊の登場まで五分程度の時間だった。さらに不幸は重なる。平和的な解決を求めようにも骨だけなので声が出せない。声を出すには声帯が必要になるがそれは肉の部分なので現在実装されていない。フランと静乃に関しては意思疎通が出来るがどうやら現世の人とのコミュニケーションは声が出せないと駄目な様だった。当たり前の事ではあるのだが。筆談も考えたのだがペンも紙もない。パソコンは置いてあったが電源を入れてもパスワードが分からない。
警備隊が駆けつけてから今までの間に銃撃の回数は二桁に上る。弾数で言うとどのくらいになるのかは分からないが、鉛玉程度ではこの骨に対してダメージを与えられないらしい。しかしコミュニケーションが取れない以上こちらは敵であり、さらにお話に出てくる様な怪物扱いで投降を求められる様な状態ではなかった。最初の銃撃の際には何も言われずにいきなり銃撃が始まっている。警備隊が発した言葉は、この火力では有効打を与えられないとか言う言葉だけで時間の経過と共に拳銃から軽機関銃、機関銃へと変化を遂げている。施設への影響を考えてなのか、ロケットランチャーや手榴弾の類いは使用されてはいない。
もうスケルトンとして退治される以外無いのではないかと若干詰んだ感があったが警備隊の後ろに多少見覚えのある顔が合った。刻臣の友人の安田だったが、さすがに骨格を見て個人を特定するだけの技能を求めるのは難しい事は刻臣にもフランにも理解できた。
安田は焦っていた。古くからの友人である紫蘇刻臣の遺体を保管してあったラボに侵入者が入ったという情報が入った時点で侵入者はフランの母国の工作員の可能性が高かったがラボに向う最中に監視カメラの映像を見たら二体のスケルトンが記録されていた。最初は疲れているのかと思ったが安田に随行する隊員も同じ供述をしている事で自分の脳に異常がない事の裏付けを取る事が出来た。ということは見たままスケルトンということになる。この際スケルトンの存在はどうでもいい。刻臣と姫の遺骨の方が心配だった。監視カメラの映像では遺骨が収納されたカートからスケルトンが出現しているのであのスケルトンは友人二人の物となる。物語に出てくるスケルトンだとしても友人の遺骨である以上無事に回収しなくてはならない。とりあえず身柄を拘束して胡散臭くてもお祓いなどに頼るほかないと覚悟を決めて現場に到着し幾度かの発砲を繰り返している警備隊の隊長に発砲を控える様に口頭で命令した。警備隊員は全員が携行している武器にセーフティーをかけたのを見てとりあえず遺骨の無事が確保され一息ついた時に目の前で異変が起こった。
刻臣の遺骨と思われるスケルトンが通路から見える位置に移動して変な動きをし出した。隊員は今までに攻撃してもてごたえを感じていないということもあり挑発されているのかとセーフティーの掛かったまま銃口をスケルトンに向けて発砲許可を求めているが、安田は確実に今まで以上の焦燥感を感じていた。隊長が安田の事を心配するほどに安田の顔色は悪い。隊長は心配になり声をかけるが安田からの返答はなくどんどん顔色が悪くなっている。
「ぼっちゃん、下がっていただけませんか? あれは坊ちゃんにとって良くない物です。ここは我々に任せて引いてください」
普通であれば保護対象である安田を後ろに下げる選択は最善だが安田にとっては絶対に受け入れられない選択だった。あのスケルトンの動きは安田の通う学校の教員、そして警護に当たる警備隊の隊員にすら解読されていないブロックサインだった。ブロックサインの内容は「お前の性癖を世間に暴露する。秘蔵の宝を解放する。二人で話したい」という内容だった。安田自身自分の性癖が世間に受け入れられないどころか、間違いなく迫害される要因になる様な性癖を持っていると自覚している。知っているのは刻臣のみ、しかも安田が暴露した訳ではなく、秘蔵のエロ本の隠し場所(通称:サンクチュアリ)に向っている最中に刻臣にストーキングされ露見したというものだ。そのときの刻臣はなぜか優しい目をして自分を諭そうとしてきた。あのときですら絶望して号泣しながら内緒にしてくれと懇願したというのに。親が職を失うのはこの際どうでも良い。性癖が露見するのは生死に関わる。もはや安田に選択肢はない。
「隊長、この施設の全てのドアと隔壁を開放した後に照明と空調設備以外の電源を落とせ。五分以内に全てだ。監視カメラやセンサーも全て使用不能にしろ。最優先事項だ。」
「しかしぼっちゃん」
「余計な発言はいらん。隊長、復唱しろ!」
「全ての隔壁とドアを開放した後に証明と空調設備以外の全ての電源を落とします」
「行け!」
安田はいつもはもっと優しい口調だが今回の事には自分の今後(生死)が関わっているためにきっちりと命令口調だった。隊員が走って去って行くのを確認してから手元の端末を親の敵の様に睨み付けている。端末から監視カメラの映像が
サハラ砂漠になるのを確認した後に安田もスケルトンと向き合いながら奇妙な動きをする。安田が動いている最中は刻臣は止っており、刻臣が動けば安田が止っている。しかも動きがストレートに表現すると気持ち悪い。それが十分程度繰り広げられた後に安田の顔からは厳しさが消え笑顔を浮かべた。フランと静乃からすると真顔で気持ち悪い動きをした後に笑顔になる人物は、精神に現代の医学ではどうしようもないほどの重度の疾患を抱えているような患者でありドン引きする対象としては十分だった。なおフランと静乃は同様の動きをしていた刻臣に対しては好感度の差からあまり気にしてはいない。一方的に安田の株が下がりきっただけだった。
「とりあえず、刻臣なんだな? で姫もいると?」
刻臣は声が出せないので頷いた。
「その状態だと声が出せないのか。当たり前だな。で肉の方が必要なんだな? イエスなら右手を挙げてくれ、ノーなら左手で。」
刻臣は迷う事なく右手を挙げる。
「何がどうなっているのかは知らないが約束は守れよ?」
右手が挙がるのを確認して安田はやっと自分が生きている実感を感じる事が出来た。骨を保管していた場所から隔壁を二つほど抜けた先に肉体の保管庫があるということで安田先導でスケルトン二体と霊体の静乃が付いて行く。返事が出来ない時臣とフランに対して一方的にしか会話が出来ない安田はあまりに生産性がないので口を閉じたまま先導する事に徹していたが刻臣とフラン、そして静乃は普通に話をしながら歩いていた。
「刻臣さん、さっきの変な動きはなんだったのでしょうか?」
「あれは緊急時のブロックサインだ。子供の頃に仲の良い同士で暗号とか作るだろ? あれの派生だな。俺と安田しか知らないからちょうど良かった」
「ふーん、刻臣君アレはどういう意味だったの?」
「お前の秘密を暴露されたくないなら無関係な奴らに退場して貰えって感じだ」
「秘密って?」
「それを教えたら秘密じゃないだろ」
「私にも秘密?」
「男の友情ってやつだと思って納得してくれ。バラしたら多分安田は自殺すると思うしな。頼むよ」
「貸し一つね?」
「まぁ、それくらいならいいよ。無理な事は駄目だからな」
「それなら納得いかないけど納得してあげる」
「お優しい事で助かるわ」
もしこの会話が安田に聞こえていたらきっと安田は死ぬ決意をするだろうなと刻臣は確信していた。なにか事をなす偉人の血統は基本的に変態が多い。安田の家系は変態の集まりと言う事を刻臣は知っていた。八割方の性癖は一般公開した時点でアウトになる。刻臣が知っている中でも安田の性癖は特に酷い。なお、安田の性癖については安田も刻臣も口外しなかった為に後の歴史には残されていない。
肉体の保管庫は冷蔵庫の様な室温だった。ギリギリ凍り付かない程度の温度で固定されていた様だ。
「二人の骨以外はここにストックしてある。血液に関してはかなり失ったがそれ以外はきちんと回収したはずだ。ただ、分別するのは不可能だと思う。専門家にも何度か検査して貰ったが分別は無理だということだった。悪いな」
大きな容器に密封されて刻臣とフランの肉体は保存されていた。毛髪も混ぜ込まれているのでかなりカオスな感じがする。刻臣としても分別は無理だと思っていたので謝られても困るのだが持つべきものは友人という事だろうか。申し訳なく思ってくれている様だ。
「静乃さん、肉体を回収するのはどうするんだ?」
「普通は遺体に触れて戻れと思うと戻れるんですけど、二人の場合はミンチですからね。あの中に手を入れて戻れと思って貰うくらいしか方法がないと思いますよ?」
「じゃあやってみるか」
「待って、ちょっとストップ。戻れたとして私たち裸になると思うんだけど」
「そうだな。俺は良いとしてもまずいな。スフィアで服とか作れないのかね?」
「骨の状態で触れるのかな? 多分だけど霊体寄りだよね?」
「お二人の心配は分かりますけど大丈夫ですよ。肉体を回収するとしてもベースは霊体ですから。復活する訳じゃないので問題ないんです。多少足りなくても増殖するので心配要りませんよ」
「そうなの?」
「そうなんです」
とりあえず心配事がなくなったので安田には後ろを向いて貰ってから刻臣とフランは両手をミンチに差し込む。差し込んだ時の感覚はあまりいいものでは無いので表現を割愛する。戻れと思うとミンチが振動し始めて両腕を這い上がってきた。這い上がり始めてからきっかり二十秒で筋繊維から神経、内臓に皮膚に毛髪まできちんと再生した。その様子を見ていた静乃はあまりの状況だったので霊体のままうずくまって吐いていた。静乃に後ろを向いて貰うのを忘れていたが見ていた静乃が悪いと刻臣は思う。横を見るとフランが居るはずなんだがなんだか記憶と違う。茶色が買った金髪だったのに黒髪に近い。可愛いと思っていたのにどちらかというと綺麗と表現する方が適切になっている。違和感があるのだが表情や顔の作りはフランだと認識できる。違和感の元が分からないので見つめる刻臣だったがフランが恥ずかしがってスフィアを取り出した時点でフランが裸だと気が付いた。慌てて顔をそらすのもどうかと思いそのまま見ているとフランはスフィアで服を作り出してテキパキ身につけ始めた。顔は赤くなっているが動きは俊敏だった。
「刻臣君も服を作らないと裸族になるよ? あと責任とってね、ずっと見てたでしょ?」
「悪いな。視線を外すタイミングが取れなくてさ」
「いいから服を着て!」
フランに怒鳴られたのでスフィアを取り出そうとするが上手くいかない。
「どうやってスフィア出したの?」
「出そうと思えば出てきたよ?」
そう言われてやってみると本当に取り出せたし、触る事も出来た。出来たのだからさっさと服を作って着替えを済ませよう。と思っているとフランがこっちを見ている。
「着替えるんであっち向いていて欲しいんだけど?」
「私は見られた。一部始終見られた。」
「ですよね。ハムラビ法典は絶対ですからね」
刻臣は諦めつつ着替えを済ませることにした。お互いがお互いの裸を見た訳だがあまり色気のある話ではなかった。なによりも違和感の元が分からない。髪の毛の色だけではない様な気がするが話をしてみても確実にフランだと言い切れるが違和感が消えない。
「イチャイチャしている最中に割って入る様で悪いんだが、そろそろそっちを向いてもいいか? 話し声が聞こえるってことはもう大丈夫なんだろ?」
「ああ、大丈夫だ。なんか違和感があるけどな。」
違和感の正体が分からないまま安田に振り返っても大丈夫だと返答する。もしかしたら安田なら違和感の正体が分かるかもという期待も十二分に含まれている。振り返った安田は口を開けたまま絵に描いた様にアホ面を晒した。その後で絞り出す様に口にしたのが、
「誰?」
「安田もいろいろあったみたいだしな。痴呆が始まったのかね?心配させ過ぎたかな?」
「いやいやいやいや、なんで金髪?っていうか顔つき違うじゃん」
「はぁ?」
「鏡、ってここに鏡はないか、ちょっと待ってろ」
そう言って安田は走って消えていった。金髪ってことは俺の事なんだろうなと刻臣は思ったが嫌な感じがする。想像通りだと結論は一つ。混ざった?
「静乃さん? 俺ってどうなってる?」
「顔の事なら五割増しくらいでしょうか? 髪の毛は赤みがかった金髪ですね。さらに言うならホクロやシミなどは回収できなかったようですね。単純に異物扱いだったんでしょうけど。」
「俺の顔つきが良くなったなら何でフランも良くなってるの? っていうか根本的に混ざってない?」
「微量ながら混ざったんだと思いますよ? 混ざっても問題ない程度ですけど。もしかしたらフランさんの家系は男性の場合かなり見た目がいい家系なのかもしれませんね。そして刻臣さんの家系の場合は女性が見た目が良いのかもしれませんね」
「はぁぁぁぁ!」
「なに?」
「胸が大きくなってるよ、刻臣君!」
「いや、そういうパーツ的な問題じゃなくてさ。混ざったらやばいんじゃないの? って事を言いたいんだけど」
「フランさん良かったですね、刻臣さん終わった事を気にしても仕方ないですよ? もう死んでますから拒絶反応とかもないですし、ベースはお互い自分の肉体ですから混ざったとしても誤差ですよ。お二人ともプラスになった訳ですからお得だったな! でいいと思いますよ? それに子供を作った場合には影響しませんから。」
「確かに混ざるもんね。静乃は良い事言うね。問題ないね刻臣君!」
「まぁそれでいいならいいや。次は静乃さんの肉体を回収するんだっけ。さっさと回収しに行こう。なんか無駄に疲れたよ。肉体を手に入れたからだと思いたいね。」
「安田君はいいの?」
「あいつは普通に生きてるからね。死んだ俺らとあまり関わるのはなんか駄目でしょ?綺麗に死んで再会できる事に期待したいね」
刻臣は考え方が古いというか、変なところはきっちりしているので死んでも復活もどきをして生前の友人と会うのはズルをしている様な気がするのだ。さらに生前の自分の顔には愛着があったのでどうなったかは自分では分からないが大切な物を失った様な気がする。人生は死んでからも上手い具合に進まないなと思う刻臣であった。
結局のところこのラボというか地下施設は一本道なので途中で安田と合流して出口に向う最中に死んでからの事をいろいろ話した。安田としてはあまり興味がない様で「へぇ」とか「ほぉ」とか言うばかりだった。安田が取りに戻った鏡を見る限りパーツは変わっていないが配置が変わったという感じだろうか。実際には髪の色と配置の変化程度で済んでいるのでがっかり間は緩和された。というか同じパーツで配置が違うだけで顔の評価が静乃曰く五割増しってさらっと酷いのではないかと今更ながら思う。救いとしてはここに居る女性陣は顔の善し悪しで対応を変えるようなことがない事なのだろうがわざわざ言う必要もないだろうと思っていた。そんな事を言えばフランが図に乗るのが目に見えていた。安田は顔つきが良くなった事についてひたすら文句を垂れていた。もう少し死後の世界に興味を持って貰いたい。
出口まで戻ると当たり前だが警備隊が入り口周辺を厳重に警備していた。安田は監視システムの復旧を指示すると数人は施設内に走って行った。スケルトンの存在について説明を求める隊長には刻臣とフランの悪戯ということで安田は押し切った。無理があった様な気がするが、命令には従わなければならない様で宮仕えというのもサラリーマンなんだなと静乃が漏らしていた。宮仕えの意味が違う様な気がしたが、結局はサラリーマンには違いないだろうし実情を知らないのだから何とも言えない。閻魔からの依頼やお願いは断る事も出来た事から、上司?の人格を抜きに考えれば恵まれていたんだとも言えるかも知れない。
「じゃあ、安田またな」
「おう」
そんなやり取りで安田と別れて静乃の遺体に向って進んでいく。刻臣とフランは肉体を回収したので現世の人から視認できる様になっていたために徒歩だ。霊体がベースなために跳ぶ事も出来るのだが久しぶりの現世をブラブラしたくなったし、騒ぎを起こすのも安田に悪い気がしたが、そんな自制はは最初の一時間程度だった。駅に着いたが金がない。霊界での通貨なら唸るほどあるのだが諭吉先生も樋口さんも野口くんも持っていない。仕方なく徒歩で進んでいくとコンビニやファミレスを見かけるが支払い能力がないので当然入る事も出来ない。水だけを頼むのは客ではない。日が傾き始め日没まで後もう少しという夕飯時に飲食店に入れないというのはさすがにイラッとしたが、死んでから無銭飲食の罪を犯すのもばからしいと思った。しかしながら飲食店から除く客の顔は皆幸福そうであり、満足感が漂っている。なぜ彼らは幸せそうで自分たちは金がないのか? 次第に刻臣とフランはイライラが募り、その内に限界に達したが歩みを止める事はしなかった。二人ともふざける事はあるが理性が強い部類に分けられる。結果からしてファミレスが四店舗、牛丼屋が二店舗、ファーストフード店が十七店舗炎上した程度で済んだ。死者がゼロである事はただの幸運か避難誘導が優れていた為だろう。刻臣もフランも生まれて初めてここまで強い憎しみを抱いた事はなかった。
炎上した事で騒ぎになった飲食店を背に騒ぎになったところで知った事ではないと開き直り空の旅に出る。静乃は刻臣とフランに対して苦情や説教を口にしてもいい立場と思われるが牛丼屋二店舗を炎上させたのは静乃なので三人仲良くすっきりした顔のまま空の旅を満喫する。どんな聖人君子でも空腹時に美味そうな匂いをさせて飯を食っている人間に対しては殺意を抱いても仕方がない。なら聖人君子じゃない人間なら尚更だし、さらには死んでる訳でと自分たちを納得させながら一行は市街地からほど近い森の中に入っていく。
刻臣としては墓にでも行くのかと思っていたが森の中という時点で嫌な予感しかしない。まだ病院のラボとかの方が健全だろう。森の中に遺体があるということは死体遺棄ということに繋がる。死因は病死のはずだが?
「私が療養していたのはこの先の療養所なんですけど、どうやら潰れてしばらく経っているようですね。患者さんの数も少なかったですし仕方ないのかも知れませんけど寂しいと思えますね」
そんな重い事を言われても返答に困るんだよ。フランに助けを求める様に目線を向けるときっちりとこっちのことは無視している様だ。
「そうですか」
「そうですよね。返事に困りますね。」
「はぁ」
そんな当たり障りのない返答をしたら脇腹にフランの肘が突き刺さった。俺が悪いのか? と刻臣はフランに目を向けるがやはり目線を合わせようとしない。どうやら理不尽な事についてはすべて自分のせいになるんだなと変な悟りを開きつつある時臣だった。
「もうすぐ見えますね。私の記憶では病院への林道があったはずなんですけど随分昔の事ですからもう面影もないですね。」
お願いしますからそういう返答に困る事を言わないで欲しいんですけど。静乃さん出来ればイエスかノーで返事が出来るような会話が今は欲しいです。などと刻臣は真摯に願ったが神がいない世界ではそのような事を叶えてくれる存在は居なかった。
辿り付いたのは病院ではなく、病院の跡地というのが相応しいところだった。廃墟という表現すら生やさしい。見た目では建物の基礎部分すら風化し始めているようだった。静乃の遺体の安置場所は地下にあるということで跡地に被っている土砂や苔などをスタッフで吹き飛ばすと綺麗に基礎部分が露出した。地下への階段は腐った木によって阻まれて隠されていたらしい。地下に入って程なくしてケースに入っている静乃の遺体を発見したのだが、やたらとテカテカしており人形の様に見える。一見すると人間の遺体には見えない。
「これってプラスティネーションですか?」
どうやらフランにはこの遺体についての理解がある様だが刻臣にはテカテカしている遺体にしか見えない。
「どちらかというとエンバーミングでしょうかね。私が生きていた時代にはプラスティネーション技術はありませんでしたから」
「だから必要以上にテカテカしてるんですね。やり過ぎ感がありますねぇ」
「どんな処理をされていても良いんですけど、心配なのはこれを回収してもこのテカリは治るんでしょうか? この状態のまま動いたらホラーですよね?」
「というかテカリからして堅そうですよね。動いたら折れるんじゃないんですかね?」
女性の肉体ということで口出ししにくかった為にフランに任せるにしたが、刻臣としても動いたら折れると思ったし、テカリ的になやり気になる。比較対象を上げるなら禿げ上がったおっさんの頭皮よりも光り輝いているが鏡の反射以下という感じだろうか。
「とりあえず肉体の回収をしてしまいましょうか。じゃあやってしまいますね。動けない場合はそのまま閻魔様のところまでお手数ですが持ち帰って貰えると助かります。」
「そんな場合になったら俺とフランで持って帰るから安心するといい」
「変なところに触らない様に私が監督するので大丈夫ですよ」
刻臣は肩を落とした。
そんなに信用がないのだろうか? 動けないテカリのある女性に対して不埒なマネをすると思っているんだろうか? 緊張感を緩和するのであれば目配せの一つもあって良いのではないだろうか?
刻臣は落ち込んだ経験から引っかかりがあると自分の責任なのかと考える傾向になってしまっていた。
「刻臣さんが落ち込んでますけど良いんでしょうか?」
「少し落ち込んでるくらいだと私が近寄っても怒らないし、遠ざける事もしませんからたまには良いんです」
「私はダシですか。仲が良いのはよろしいかと思いますが、もう少し正攻法の方がよろしいかと思いますよ」
「好意は伝えているんですけど、受け入れてくれるまで時間が掛かりそうですから。身分が違うのは問題じゃないと思うんですよ、もう死んでますから法律関係も関係ないでしょうし、他に方法もないので落ち込んでいる時に距離を縮めておこうかと思いまして」
「そういうものなんでしょうかね? とりあえずテカっている私の肉体に触っても回収できないんですけどこの身体ごと霊界に戻ってもいいでしょうか?」
「やっぱり駄目っぽいの?」
「ミンチでも再生できたんですからいけるかと思ったんですけど、どうやら無理なようですね。確かに私の遺体なんですけどね。まぁ閻魔様に聞いてみたら解決するのかもしれませんね」
「じゃあゲート開くね」
「フランさんも出来るんですね」
「刻臣君が出来る事なら大抵は出来ると思うよ。応用力は刻臣君には負けるけどね」
刻臣が効いたら落ち込みモードから復帰する可能性があるのでフランは小声で静乃に告げてからゲートを開いた。静乃は自分の遺体を抱えながら、フランは口からブツブツ聞き取れない言葉を囁き続ける刻臣と腕を組んでの凱旋となる。静乃は苦笑していたがフランはいい笑顔だった。もちろん刻臣は無気力な顔つきだった。
「静乃のスペックが足りないんだわ。それでなんで刻臣はまたダウナーな感じになってるの?」
閻魔のところに帰った一行が静乃の遺体に回収が上手くいかない事を説明した時の閻魔の返答がこれだった。
要するに、静乃の霊力と霊圧が変質した肉体を回収できるほどに高くないという至ってシンプルな原因だった。刻臣とフランについては熱湯温泉効果により現状では不必要なほどの霊力と霊圧を備えているが事務仕事の静乃は基本ラインの性能だったというだけの話だ。ではどうしたらと良いのかと言う事については。
「刻臣の眷属になれば問題ないだろ? どうせこの後はお前ら三人は一緒なんだし」
「フランさんじゃ駄目な理由はあるんでしょうか?」
「そりゃフランは刻臣に精神的に依存しているからな。もう寄生していると言ってもいいレベルだ。寄生されている本人は凹んでいる最中みたいだけどな」
「閻魔様、それは理由になっていない様な気がします」
「他人に依存しているようじゃ眷属を持つなんて無理なの。自分の拠り所をいくら惚れてると言っても他人に求めている時点で誰かを受け入れるような余裕ある訳ないでしょ? 眷属にするってことは自分の権能を一割程度は貸し出す事になるんだから多少余裕が必要になってくるってことなの。わかる? それにフランあんた刻臣と温泉に入っているけど入ってる感じはどう?」
「どうって言われてもちょっと熱いけど死ぬ訳じゃないし」
「それが問題なのよ。あれは霊体でも四肢が溶けるほどの温度なんだよ。静乃クラスだと五分経たずに消滅する位なんだって。俺ですら確認する為にはいって大火傷したんだから。ってことはフランは普通じゃないってことになるんだわ。どういう方向で普通じゃないのかってことになるんだけど刻臣の才能は戦闘不能になる様な怪我を負わないが代わりに痛覚が過敏になるってやつだろ? なんでその恩恵をフランが受けてる? 答えはフランは刻臣の眷属になってるってことだな。」
「私は家族が良いんだけど」
「フランよ。それは今後頑張ってくれ。俺の関与する部分じゃないしな。最低でもあそこで精神を病んでいる様な見た目の刻臣は、精神を病んでいる様な状態でもフランを受け入れているってことだな。でそこに静乃も混ぜて貰うってことで良いと思うぞ」
「あのですね刻臣さんがこの状態のままで話を進めるのは良くないと思うんですけど」
「閻魔、じゃあ静乃は刻臣君の眷属の二人目ってことになるの?」
「だな。まぁあんまり気にするようなことじゃないし、フランの目的に反する訳でもないだろうからいいだろう?」
「静乃の事は嫌いじゃないから良いけど眷属が増えるのはあんまり良い気分じゃないかな」
「女だからか?」
「男の方がもっと嫌かも。刻臣君が眷属にするなら女の方がまだマシ」
「二人とも私の意見は無視なんですねぁ。刻臣さんに拒絶されたら残留したうえにリストラ確定ですか・・・」
フランとしては刻臣の周りに居る男である安田には好感を抱いていなかった。刻臣の事を自分よりも知っている人間は基本的に好きではない。女であるなら勝負できる可能性があるが、男友達に対しては立場が違うので戦う事さえ出来ないという男らしい理由なのだが、フラン本人はその部分は乙女心と自分自身に主張している。刻臣は落ち込んでいる状態で閻魔との会話開始後すぐに床でふて寝を決め込んでいたため会話内容について一切関与していない。
刻臣は首が壁から突き出ている(突き刺さっている)状態で意識を取り戻した。当然ながらこの状態は自然ではない。揺すっても起きなかった為にフランが投げたら突き刺さったという状態だが刻臣が分かるはずもない。
「なぁ、なぜ俺はこんな状態なんだ? というか部屋にいた様な気がしたんだが廊下が見えているんだろう?」
「通りがかりの私にいきなり話しかけられても困るんですけど・・・ とりあえず刺さってますから抜いたらどうですか?」
「確かになぁ」
通りがかりの事務員っぽい職員の意見を尊重して首を引き抜くと、笑顔の閻魔とフランに微妙に引きつっている表情の静乃が居た。犯人は笑顔の二人の内のどちらかだろうなと判断したが別に害がある訳ではないのでスルーする事にした。
「でどうなった? っていうかいつの間にこっちに戻って来たんだ?」
「刻臣君が落ち込んでる最中に戻って来たんだよ。あんまり落ち込むのは良くないよ」
落ち込んだ原因を作った本人にそんな事を言われても困るんだが、落ち込み始めた時点で記憶がおぼろげだった為に刻臣は気が付かない。フランにとってはとても好都合な体質を手に入れた刻臣だった。
「すまんな。で静乃さんは元に戻るのか?」
「刻臣君の眷属になるってことで解決っぽいよ?」
全く話が摑めなかった為にフランと閻魔から詳細を聞く。当事者の静乃は放置で良いのだろうかと思ったがこの話のメインは自分だと思ったのでとりあえず放置を決め込む。
静乃の基本スペックが足りないので肉体を回収する際に復元できないということを理解したのでさくっと閻魔の指示に従って静乃の遺体に処置を施す。静乃の遺体は水分が綺麗に抜かれている状態なのでスフィアで補填しつつ骨格から細胞、毛髪まできっちりと復元する事になった。実質作業時間は一時間かかっていないが神経質な作業となった為に軽い疲労感がある。肉体を回収する事に成功した静乃はいろいろ動かして身体の調子を確かめている。良い事をしたという実感は現在の静乃の表情から受け取る事が出来た。
スフィアの使い道について用途が広がったので無駄に在庫になっているスフィアを使って自分の肉体にもいろいろ施してみる。何があっても対処できる様に骨格と筋繊維の強化、神経の拡張を行ってみたが特に変化が見られない。実際に必要にならないと実感できない部類だったのでさっくり諦めたが、肉体とスフィアの融合は霊界にとっては御法度であるのだが誰にも気が付かれていないので問題にされる事はなかった。では静乃の遺体についてはという事になるのだが、スフィアを媒介に肉体の復元作業をしただけなのでスフィアと融合した訳ではない。足りない要素をスフィアを介して補填しただけなのが融合とは異なる部分だった。
「三人の肉体も回収できたところでどんなところに行きたいんだ? ファンタジーからSFまでかなり取りそろえてあるんだが」
「実質違いは?」
「全ての要素を含んでいるところもあるんだが、世界自体が安定してないな。カオスだ。気が付く前に消滅する可能性すらある程度の安定性ってところだ。世界自体が消滅した場合はこっちに転送されるから心配は要らないんだがお薦めできないな。有り体に、魔王と戦いながら異星人の侵略に宇宙に出る様なものだし。ある程度の安定した世界を希望するなら要素としては何かに特化した世界が良いと思うぞ?」
「おすすめは?」
「刻臣の目的に沿った世界はファンタジーじゃないのか? SFだといきなり技術水準が上がりすぎるしな。新しく得る様な要素はほぼないだろう。ここと同程度の技術水準でファンタジーな感じがお薦めだな」
刻臣としてはファンタジーというと王道からハーレム物までいろいろと知識はあるんだが大概は強くなってやる事がなくなる系のイメージがある。念のために確認する事もあるので軽い気持ちで閻魔に聞いてみる事にした。
「ファンタジーというと、最初にどこかの国の王様に最低限の装備を揃えると使い切る様な端金を貰って魔王をとかってやつか?」
「かなり偏見が混じっている様だが、随分と王道だな。確かにそんな世界もある事はあるが嫌だったか?」
「嫌いではないが、そんな世界にいる魔王って俺より強いの?」
「多分殴れば消滅させられると思うぞ」
「その程度で俺が何か得るものがあるのか?」
「名声程度? イージーモードが嫌ならハードモードもあるぞ?」
「随分とゲームっぽいな」
「結局は妄想の産物だからな。現世とここの世知辛さとは無縁の世界だ。底に住む住人にとっては死活問題だろうけどな。イメージとしては現世とここの中間に位置する様な感じだ。これから以降とする世界に共通するのは死んだら霊界に行くのは絶対だからな。魔族になるにせよ、生前の記憶と経験を維持するにせよ死んだらこっちに送られるんだよ」
「現世の別バージョンって認識で良いのか?」
「かなりアバウトだが間違いじゃないな。現世やここにはない要素が含まれる程度だな。まあ試しにきつめなとこに行ってみるか?」
「ちょろいよりは、やり応えがある方が好みだから頼むわ」
「二人もそれでいいか?」
「特に希望もないし、ここにいてもやることないからね。刻臣君の希望に添うなら賛成」
「確実に失業するよりは、未知数でも希望のある新天地の方がいいです」
意見の一致を得たので早速閻魔が不良在庫になりつつあるスフィアでゲートを作成。ゲートをくぐろうとした段階で刻臣の視界に文字列が表示される。
<アルカディアからの召喚要請の受諾><アルカディアで使用される全ての言語の習得><魔力の才能の習得><精神支配の了承>
「閻魔、なんか文字が見えるんだがなんだ?」
見えたメッセージを閻魔に伝えると、
「召喚云々は、新天地の誰かが呼び出そうとしたってことだ。王道だな。それに新天地に行くんだから根源は同じでも言語体系はこことは違う発展を遂げるのは当たり前だ。魔力という言葉があるんだからそこには魔力って概念があるんだろ? 精神支配ってのは用途がなくなった助っ人が好き勝手を始めると都合が悪いってことだろ。それに呼ばれていきなり国を救ってくれとか言われても普通は拒否するだろ?」
説明を受けると納得なのだが誰かの思惑に乗っかるのは気持ちがいいものでは無い。自由意思が失われれば自分では居られないだろうし。ただそういった物も面白いと思う自分も確かに居る事は認めなければいけないのだろうけど。
「それよりもそんな文字が見えるのか?」
「見えるな。じゃなければとっくにあっちに行ってる」
「適正があるんだろうな。俺には関係ないからどうでも良いんだが」
確かに閻魔には関係がないだろうが、どのくらいの期間かは不明だが部下だった静乃も居るんだしもう少し興味を持ってくれても良いと思う。その証拠に静乃はあまり浮かない顔をしているし。
未だに浮かんだまま放置されている文字列に意識を向けると項目ごとにイエスとノーを選択できる様だ。最後の以外はイエスと思った時点で最後の項目が反転してグレー表示になる。ゲーム感覚は慣れたものだが実際に体験すると現実感が失われて微妙に寂しい気持ちになる。最後の精神的な干渉を弾く事が出来た事を伝えてさっさと新天地を目指す事にする。
「世話になったな」
「こっちも世話になったな。刻臣とフランには助けて貰ったから何かあったら連絡しろ。可能なら多少のサポートはしてやるよ」
「気軽に連絡取れるかも分からんからな。可能なら暇になったら連絡するわ」
そんなこんなで、いざ新天地へ。