第1稿
正月に自堕落な生活を煮詰めていたらこんなものができました。
2015年、6月早朝
「では皆さんおはようございます。まずはしおりを出してください。今日から七日間にわたり私たち日本国立特務省附属第一中学校は修学旅行が始まります。分かっていると思いますが中学生に相応しい実地での学習と見学を目的に行われますので羽目を外しすぎないように注意してくださいね」
腰まである三つ編みに白いジャージ姿のわりかし綺麗と分類されるであろう女性教員がこれから始まる旅行の注意を生徒に対して行っている。ジャージには体育教師と黒の毛筆で書かれたようなプリントがされているのは生徒全員の謎でありこの第一中学の七不思議の一つにも数えられているがこの女教師は数学教師だ。体育教師は第一中学には居ないので意中の相手という訳でもない。この女教師の名前は紫苑という名前だ。この学校の先生は名字を後悔していないので下の名前で皆呼ばれている。名字を割り出せたら学校から賞金が出るという噂も存在しているが真実は謎のままだ。
「なあ、刻臣は小遣い幾ら持ってきた?」
「多く持ってくると怒られるだろ? 指定された予算に三人くらいだよ。そういうそっちは?」
「俺は小銭が多いが全部ひっくるめたら同じだな。というかこのご時世で指定額通り持ってくる奴なんていないだろ」
「安岡は委員長なんだから指定額の方が良いんじゃないのか?普通はお土産の量でバレるとかって話だぞ?」
「刻臣君はまじめだね。お土産は買った店舗で家に送って貰えば良いんだよ。予算くらいの手荷物を帰りの列車内で摘まむのが粋ってもんだ。でも二箱くらいは多く買っておかないとハイエナに襲われて大変だろうけどな」
俺の名前は紫蘇刻臣。特務省附属第一中学の三年になる。七三分けの金縁メガネは貴典安田といって小学校からの腐れ縁だ。氏名が入れ替わった様な名前だが今の時代は結構多い名前の付け方である。大抵の名前を付けてしまい終わった50年前くらいから名字っぽい名前にする親が増え始めた。キラキラした名前じゃないだけ普通なんだろうけど違和感があるのは当人達もだ。
「そこぉ、雑談をしない!」
「「はい!」」
「ではこれからクラスごとにバスに乗車して貰います。このバスで空港まで移動して千歳基地まで移動してまたバスで札幌に入ります。では各クラス委員の指示に従って乗車してください」
「ほら委員長お仕事の時間だぞ」
「刻臣副委員長、おまえは補佐しろよ」
「先生の話聞いてた? 委員長の指示に従ってっていうのは副委員長の仕事じゃないだろ。副委員長っていうのはお飾りなんだからさ」
「刻臣、あとでゆっくり二人で話をしようか?」
「男と二人きりになりたいなんて問題発言だぞ。まあ、友人としては委員長の個人的な性癖については理解しようと思うが、俺に対してその性癖を向けられても困るよ」
紫苑先生に怒られ、委員長の指示に反してバスに向って刻臣は歩いて行く。安田は歯が折れそうなほど食いしばっていそうだと思いながら刻臣は後ろ手に手をプラプラ振りながらバスに乗り込み指定された席に座る。バスの中央窓際というなかなかいい席だった。前だと先生が近いし後ろだと酔いそうだ。何事にも中庸が一番いい。
「刻臣君、窓側変わって欲しいんだけど? 駄目かな?」
「姫は飛行機でも同じこと言うつもりだろ。姫は本当に姫なんだからもう少し庶民に優しく接していただけませんか?」
「そんなこと無いと思うけど・・・ 刻臣君は最初から私に対してそんな感じだよね?みんな優しいのに」
「日本には王族を始め姫なんて居ないんだし多少無礼になっても仕方ないと思うんだ。それに他の奴みたいに腫れ物扱いした方が良いのか? 姫がお望みであれば、私刻臣は姫様に対して今までのご無礼を謝罪し今後はそのような振る舞いをしないように心がけますが?」
「敬語が変。別に特別扱いして欲しい訳じゃなくて、なんでそんな風なのか気になってるだけ」
刻臣は右手を左胸に当てて紳士っぽい振る舞いをしてみたが姫にだめ出しされて少し凹んだ。刻臣的には頑張ったつもりだったのだ。
「安田は日本のトップの息子だぞ。そいつに対して罵詈雑言を並べ立てているのに、姫に対して優しく接する必要を感じないだけ。今回のグループ分けも姫だけ余り物だったんだろ?」
「余り物の刻臣君や安田君と一緒にしないで欲しいんだけど。それに倫ちゃんと一緒だから私は余ってません」
「余ってるから男女別が基本のグループ分けで俺達と同じグループになったんじゃないか? 俺みたいに自覚した方が良いと思うよ。楽だしね」
「極悪騎士刻臣君と姫様がいつものようにじゃれ合っていますね~ 委員長として不純異性交遊は注意した方が良いのではと思ってしまいますね。どうよ性悪の刻臣?」
「安田は回りくどいね。だから幼なじみの倫ちゃんとの仲が進展しないんだぞ。それに委員長じゃなくて個人的な恨みの方が強いだろ。まったく。お前がしつこいから学年中から騎士様って馬鹿にされる身にもなれよ。へたれ委員長の安田君」
「安田君は倫ちゃんが好きなの? へぇ~倫ちゃんに言ってみようかな? なんだかスティックタイプのスナックが食べたいな~」
「この二人はマジで最悪だな。転校してきた時はあんなに素直だったのに、性悪男に毒されて国に帰ったら大変だぞ。おやじはこくさいもんだいになるんじゃないかって心配してるっていうのに。俺も心配になってきたわ。俺は将来君ら二人のせいで禿げます。一本残らずツルツルになります」
「禿げるのは良いけど俺達にお菓子を献上しないとそろそろ倫ちゃんが来るよ?」
「倫ちゃんに言いますよ~」
「本当にお前ら最悪だな。ほれ、俺のバス用のお菓子だ。これで勘弁してください。あと飲み物はないからな」
「「うむ。良きに計らえ」」
倫ちゃんという人物は俺とお菓子を渋々献上した安田の共通の友人で安田と相思相愛なのだが一切進展しない天然記念物以上の珍しい人物だ。それを言うなら安田もなのだが、フルネームは安田倫といい、安田が婿養子になれば安田安田と昔から刻臣にかわれていたのも原因かもしれない。肩までで切りそろえた黒髪が映える日本美人なのだが活発で一目惚れした連中はそのギャップで白旗を揚げる。正面から大和撫子に喧嘩を売っているような人物。多少知っている奴なら安田の存在があるから遠慮するのだが毎年チャレンジャーが惨敗している。勢いで告白してもばっさりと断られるのだから安田が嫉妬に塗れた目で見られたり、罵詈雑言の標的になっても仕方ない。
刻臣の隣に座っているのは二年前に独立した小国の本当のお姫様でフルネームがフランソ・・・、フランなんだかだったような気がする。外人の貴族の名前は長すぎて日本人には覚えられん。周囲は大抵、フラン様とか呼んでいるが刻臣と安田は残念な性格上姫と気安く呼んでいる。茶色がかった金髪で身長が百八十の刻臣より十五センチ低い百六十五センチと小柄だ。普通であれば人形と形容される顔の造形については表情がころころ変わる為に可愛いで統一されている。
「私が最後ね。姫様は今日も騎士殿と仲がよろしいようで、結構な事ね。まぁ、これから一週間よろしくね」
「結局いつもの面子だしいっそ楽じゃない?」
「安田はそれで良いかもしれないけど、この主従をみているとヤキモキするのよ」
「「「「(お前が言うなよ!!)」」」」
今クラスが一つになったような気がした。
「日本人に主従を持ち出すな。封建社会はとっくに廃止されてるよ。これだから万年補習常習犯は。それにお前が言うなよ。この旅行中に進展しなかったらガキの頃、安田の家の裏でしていた事を暴露するかなら」
突然失語症に罹患した倫と安田。それ以外のクラスメイトは家の裏で何をしていたかが気になるようで刻臣の携帯がバイブが鳴り止まなくなっている。姫はこっちを見てキラキラした瞳を向けてくるし、どうやって始末を付けたら良いか刻臣は授業では使わない脳みそをフル回転させていた。しかし俺は運命の女神にモテモテだからな。そろそろ助け船が来るはず。
「は~い。みんな席に着きましたね。それじゃ出発しますよ~」
幸運の女神は紫苑先生を遣わせたようだ。刻臣は自分の席にゆったりと座り直して足を投げ出す。空港までは一時間くらいのはずだから仮眠を取らないとこいつらの相手をするだけで体力が切れてしまう。リラックスできる体制になった時臣は安田に献上されたお菓子の事を思い出し、姫にお菓子を要求したら加えているのが最後とばかりに空き箱を渡されたので、イラッとしてしまい姫が咥えていたやつを奪取してボリボリかみ砕いてやった。姫が涙目になって刻臣を揺すってくるのでそれを見ていたクラスメイトはイラッとしながら次第に動きが激しくなったと同時に変幻自在に動く刻臣を見てバスに酔った。この後の事はあまり語りたくない。
空港に到着して異臭から解放されたクラス一同はげっそりと弱った顔をしている割合が多かったが原因となったグループは全員が元気だった。揺すられ慣れている時臣はすぐに眠り、揺すっていた姫も疲れて寝た。失語症に罹患した二人はショックから立ち直れずに眠りに就くという現実逃避をした為起きた時にバス後方から異臭がする程度で済んだ。約半数のクラスメイトは空港に到着するなりトイレに駆け込み、残りの反芻は現在バスの窓にカーテンを引き即席の更衣室としてお色直しの最中だった。どちらにも属さない刻臣達四人は消臭スプレーで問題をサクッと解決して空港内でお土産ショップを冷やかしている。
「なんで北海道に行くのに空港には北海道土産があるんだろうな?」
「国内便だけじゃないからだな。日本人には評判が良くないけど外国人の旅行客には助かるサービスなんだよ」
「安田はそういうことに詳しいな。さすがは次期総理ってところか? もう選挙なんてやらないからほぼ確定なんだろ?」
「選挙が出来なくなるほど議員が好き勝手やったからな。そりゃ無視もされるって。国民に無視される国民の代表なんてお飾りにしても酷すぎるよ。オヤジだって正式には総理じゃなくて暫定的な総理だからな。後を継ぐもの大変さ」
「倫ちゃんには嫌がられるしな?」
「それもあるが、あれは倫の実家が古すぎるんだよ。護衛官なんて今は知っているやつの方が少ないだろ? 俺は守って貰う必要なんてないと思うんだけど倫はガキの頃から言われているらしくてな。アレはほとんど洗脳の粋だと思うわ」
「俺みたいな庶民には分からない事だよ。お前が総理になったら支持はしてやっからさ」
土産を見ている女性陣を眺めながら男性陣は適当な話題で時間を潰す。土産物という物は一般的にもこの二人にも特に見て面白いものも無いのが原因だった。
倫の実家の安田家は遡ると武家の家だ。要人警護や有事の際は戦闘要員として活躍してきたらしい。倫は現在、安田の警護をしているという訳なのだが、相思相愛の二人がそういう関係だと見ている方としては目の毒であり、安田と倫の親からすれば分不相応ということになる。刻臣からしたら別に気にする必要は無いのだが、家柄というものを気にするのは由緒正しい家柄のひとの特権だとか。
「このご時世で実家がどうとかって意味は無くなってるのになんで俺はそんな事を問題にしなければならないのか・・・ 生まれだけに関して言えば刻臣がうらやましいけどな」
「そりゃどうもとでも言えばいいのか? 実際そんな事はどうでも良いけどな。子供の時みたいに駆け落ちでもしてみれば?」
「真剣に考えちゃうからやめよう。うん」
「そっちは姫とどうなのさ?」
「くっついていっても爵位も領地もないからね。バチカンよりも小さい国ってどうなんだろうって思う事は結構あるよ。姫自身が面白いから現状維持ってとこさ」
「爵位って一銭の得にもならないでしょ。でも刻臣は結構学校の男子生徒からひんしゅく買ってるよ? 見た目は可愛いし日本人にはない魅力もあるっていう話だしさ。騎士気取りのアホが出しゃばっていて邪魔くさいって言う流れは当然だと思うけどその辺どうなの?」
「言うだけなら楽だよねって感想しかないかな? 二日毎に娘に手を出していないだろうな! っていうエアメールが来るのに比べたら何でも楽に感じるよ。返事を書かないと毎日に変わるしさ。それに今も多分観察されてるし。倫ちゃんは気が付いているんじゃないのかな? だから姫のそばから離れないんだと思うよ。愛しの安田君を放置しているのも友情に厚いからだろうしね。それとも姫が渦中に巻き込まれたら安田にまで影響が出るってのを心配しているのかもね」
「俺達来年は高校生になるけど今はまだ中学生だぞって言いたい。こういうことはせめて高校か出来れば大学までは放置しておきたいんだけど」
「VIPが二人にその警備が一人、そこに巻き込まれている可哀想な一般人を優遇する法律でも作ってくれないかな。ちょっとオヤジさんに連絡してみてよ」
「時給八百円の暫定総理にあんまり無理を言うなよ。せめて千二百円程度ならって家でぼやいてるんだからさ」
「バイトより低いのはどうかと思うけど議員特権を排斥した以上仕方ないわ。安田の時は時給アップの署名でも集めてやるよ」
お土産を見ている二人を視野に収めつつ、地方の大学生よりも低い時給の国家のトップを話題に暇つぶしをしている。なお、総理や議員に対しては労働基準法が適応されないので何時間働いても問題にならない。国民としては今までいい身分だったんだから死ぬまで働けというような印象が強い。現在政権に関わっている議員はいい思いをしていないのだが議員という肩書きはそういったレッテルが張り付いているので意識改革を促しても効果が薄い。議員特権を廃止した直後に一身上の都合や病気、責任を取って辞職などが相次いだ。理由は議員特権によって不用意に支払われた金銭の回収の前に議員を辞めたいという事だったのだが、辞めたところで返金を追求される事に変わりなくさらに身分がなくなっているので誰も守ってくれないという状態で逃走前に一斉検挙され現在どこかに収監されている。回収または差し押さえた総額は国家予算数年分に当たるという事から国民が同情する余地が消えてもおかしくない。
「刻臣君、お願いがあるんですけどいいですか?」
「刻臣騎士、姫が呼んでおられますよ」
「将来時給八百円が煩いですよ。それで姫はどうしたの?」
「これがですね。欲しいんですけど」
姫は当社比五倍はくだらないだろうデフォルメされた木彫りの熊を持っている。鮭も咥えているようだが、もはや魚の形をしておらず球体に近い形状でパッチリしたお目々が付いている。熊に至ってはアホ毛や八重歯も付いており右目には眼帯が付いていた。北海道ってなんだっけ?
「欲しいのは良いとしてどうして俺に言うんだい? 後もし買ったとしてもロッカーに入れておいてくれよ。おそらく北海道にそれを持って行った瞬間にテロが起こる。もしくは日本から北海道が独立する可能性がある。それはとても危険なものだ。人の琴線に触れすぎるだろう」
「よくわかりませんが、倫ちゃんが言うには刻臣は私と違ってお小遣いを多めに持って来ているだろうから買って貰った方が良いと言われました」
「いろいろ言いたい事はあるがこの際置いておこう。買うのは構わないけどロッカーに預けてくれるか? それか自宅に送ろう。それが条件だがどうする?」
「出来れば持って行きたいんですけど?」
「選択肢はロッカーか自宅に郵送の二つだけだ。それ以外は認めないし許容できない。お薦めは郵送だな」
「仕方が無いので郵送でいいです。じゃあ買ってください」
「なんだか上から目線だよ? 俺が買うのが当然みたいな流れはいつの間に出来上がっていたんだ? あとニヤニヤしてる安田と倫ちゃんはこの旅行中に進展するように。来月には出産予定日を聞くからな!」
いつもの流れと言えばいつもの流れだろう。刻臣が姫にお強請りされるのは恒例行事だし、それに付随してツイン安田もネタにされる。ここまででは別に変なところはない。しかしながら先ほどまで刻臣は安田と多少ではあるが将来の事や男女関係の話になったのが良くなかったのか余計な一言を刻臣は口にした。
「じゃあお礼は体でよろしくね」
「はい! ・・・? ・・・! ・・・はい! よろしくお願いします」
余計は一言は冗談の類いであり、刻臣としては姫が反対するだろうと思ったがそれには根拠がなかった。こういうネタを姫に振った事がなかったのがネックになった。予定としては姫が反論してスケベとかの不名誉な称号を頂く程度のはずだったが、反射的に、そして理解してから再度了承の意思を示されたら逃げ場はなかった。空港に到着してかなりの時間が掛かっておりトイレに行ったクラスメイトも、バスを更衣室に着替えていたクラスメイトも刻臣と姫を中心とした展開された赤二割、白八割くらいの仄かなピンク色のカオスの有効範囲内にいた。
「諸君、話せば分かるぞ。我々は言語を持つ高等な知性の生命体ではないか! 物を投げる前にまず対話の道を模索するべきではないか? 戦いは何も生まない。双方に被害をもたらすだけではないか!」
刻臣は姫を抱えながら一般的な言い訳を並べていたが、刻臣が言うとおりにクラスメイトは言語を持つ高等な知性の生命体であるが故に刻臣の回避行動を先読みしつつ逃げ場を削っていく。クラスメイトも最初はイラッとしただけだったが刻臣が姫を文字通りのお姫様だっこにしたので一気に理性が切れた。涙ながらに歯を食いしばり歯茎から血を流しつつもペットボトルをオーバースローで投げてくる奴や、入手経路不明の姫の写真を見ながら壁に頭を叩き付けている女子、涙を流しながら携帯をこちらに向けて何かを発信しようとしているクラスで有名なさわやかなイケメンだったりもう、旅行に行けなくてもいいから逃げたいと思ってしまうような状態だった。特に成人のような笑顔を貼り付けたままで表情の変化が消えたクラスメイトがそのままの表情でこちらに物を投げてくるのが一番精神的に来るものがある。しかも無言だ。
飛来物からの回避が間に合いそうになくなりどうやって凌ぐかが問題になった時に新しい飛来物を見つけた。それもこれは避けられないというような物を見つけた。刻臣は多少のダメージを覚悟で振り返り姫を抱き直して周りを見るも回避できる場所はないようだった。壁の前には刻臣がおり、その周囲には包囲網を敷いたクラスメイト、その輪からかなり離れて安田と倫ちゃんが居る。刻臣は以前から人間には最後の言葉を選ぶ権利があっても良いと思っていた。変な言葉を残したら本人もそうだし遺族も不憫だ。ならきちんと最後の言葉を決めてから口にするべきだろう。長い付き合いだ。右手を入ってきた入り口に向け指を指した状態を取る。大概の事は目が会えば気が付くだろうという信頼を抱いて叫んだ刻臣の最後の言葉は次の通り。
「安田、走れ!」
最後の光景はヘタレな安田と若干病んでいる倫ちゃんが迷いもせずに走り出した後ろ姿だった。多少は振り向くのが形式的に友人を残していく者の努めだろうと思いこの光景が最後となるのはとてもではないが悔いが残りすぎると思い直す。これはさすがにマズイと下を見るとニヤニヤしながら将来設計をぶつぶつ口にしていた。今は二人目の子供の名前を考えているようだ。一人目はどんな名前なのか気になったがおそらく現実では時間が無いだろう。走馬燈を見られない事については走馬燈発言をした第一人者を恨むということにしておこう。それとも感謝するべきなんだろうか? 今の状況でなければ現状の姫は常軌を逸した人物でドン引きするところだろうが、今はそれくらいがちょうど良かったのか刻臣の顔も自然と緩んだ。それをきっかけにしたかは不明だがガラスを突き破って肩羽をなくした炎上中のジャンボジェットが突っ込んできた。
「幽霊って本当にいるんだなぁ~ なってみると実感するね」
「でね、犬は、白くて大きいのと黒くて小さいのを・・・・・・」
死んでも妄想が止まらないというのはきっとメンタルが強い証拠なんだろう。死んだと告げた際のダメージがないのは良い事だろうと刻臣は思い込もうと思った。きっと現実逃避ではないだろう。現実逃避であれば今後の事が心配になる。
突っ込んだジャンボジェットはテロや事件などではなくただの事故と発表されているので死んだ身としては運がないとしか言えない。他にもクラスメイトの奴らが死んだはずなのだがここら辺にいないということは覗きに走ったとかだろう。死後の世界自体知らないのだから死後の法律なんて知るはずもない。
刻臣としては生き死になど別に拘るような事ではないし、過去に想いを馳せる事もない。生き返れるという期待をしそうなところだが、ミンチになり何処が自分の体だったのか判別できない様の自分と姫の遺体を確認しているので、生き返ったとしたらすぐに死んでしまうというかミンチで生きていけるはずがない。
多少心残りなのは安田が助かったかどうかだが生死が関わるような事に関してはあいつはしぶとい。おそらく助かったんだろう。俺は死んでも姫のお世話か。死ぬ前の事を知られたら姫の親には殺されるかも知れんが死んでいるのである意味で助かったんだろうか。
「刻臣君はテーブルマナーとかその辺りのマナーは分かってる?」
「まったくわからん。一番端にあるやつから使えば良いんだろうくらいしか知識としてないよ。実家は親戚が少ないから結婚式とかあまり縁が無いんだ。多分最初の結婚式は安田のだと思ってたくらいだからさ。久々に話しかけてきたと思ったら何かと思えばそんな事かい・・・」
「駄目だよ。そういう努力をしないと国民が付いてこないよ。きちんと王としての役割を全うしないと! 生まれながらの王はただの暴君、王であろうと努力した人こそ本当の王なんだから!」
「俺に対して王のうんちくをするのはいいんだけど、現状把握してる?」
「刻臣君がどさくさに紛れてお前が欲しい!みたいな事を言ったからOKしたんだよ。私のところは形式張った事をしないから婿養子じゃなくても大丈夫なんだ~ ラッキーだね刻臣君!」
「言い難いんだけど、俺達アンラッキーでとっくに死んじゃってるよ!」
頑張って同じアクセントで深刻にならないように刻臣は事実を告げる。後から思えばもう少し言い方があったような気がしたが現時点ではそれが最適解だと思っていた。空中に浮いているのを理解するだけでも多少の理解は期待できそうだが・・・
「ん? 死んじゃってるの? 死んじゃったのか~ でも一緒にいるよね?」
「どういう基準で幽霊になるのかは知らないけど俺達以外には見当たらないのは確かだね」
姫が妄想から(死んでいるが)現実に復帰するまでに二日ほど掛かっており、刻臣は姫を牽引しつつ辺りの創作と情報収集をしていた。
飛行機事故に巻き込まれ死者が飛行機に乗員していた人数を抜いても四桁に達したそうだ。航空事故による死者としてはそれなりに大きな被害ということで、今日までテレビで朝から晩までよく分からないコメンテーターとやらがいろいろ言っている。生存者についてだが修学旅行に向った学生が混ざっている為、一般公開はされず遺族だけに生死が伝えられた。なので刻臣は安田と倫ちゃんの生死については分からないままだ。その中には国際レベルでのVIPが二名混ざっているんだから反論しようにも難しいだろう。
「じゃあこれからも一緒ってことでいいじゃない? 行き当たりばったりだけど改善しないなら悩んでも仕方ないしね」
「俺もそんな結論になった訳だが、俺達ってこのままなのかってのは疑問だと思うよ」
「周りに誰も居ないから? 男子とかはきっと更衣室とかに行ったんだよ。女子は気になる人の部屋とかかな?」
「男子については同感なんだけど、なんで女子は部屋なの?」
「趣味について事前調査は必要でしょ? 年上に興味が無いとか、メガネをかけている方が良いとか、ニーソが好きとかね。日記とかも読んでみたいかも? 制服に映えるニーソ、メガネのクラスメイト全集・・・」
刻臣は死ぬまで一切感じなかった寒気を死後に感じるというまれな現象に遭遇した。
「(なんで情報が漏れている?何で俺の家にあるコレクションのタイトルを暗唱できる?死後なら分かるが生前から知っているような口ぶりだぞ)」
「そんなかんじなんだよ女子は。好きになると知りたい事が増えるの。気になるだけで調べ始める人も居るくらいだからまだ可愛い方だと思うよ」
現状で口を挟めば自分の負けである事をこれほどまでに感じた事はない。言い訳をすれば悪化、誤魔化せばさらなる証拠を挙げられ悪化、認めるのも自分の性癖をさらけ出す趣味はないので悪化だろう。八方塞がりだった。運命の女神に助けを求めたいが飛行機事故を回避できなかったのだから今後は頼れそうもない。
「刻臣君? 聞いてますか? さっきから下で私たちを指さしてる人が居ますよ」
「・・・俺の事で知りたい事があったら今後は俺に聞いてくれ。嘘偽りなく話そう」
「だから下の人が指さしてますよ」
「ん? 確かにいるな。行ってみる?」
「私たちの勘違いでないなら現状が多少動くかも知れませんね。新しい仲間か道先案内人でしょうし。違ったらのんびり世間でも見ながらお話でもしていきましょう」
刻臣は曖昧な返事をしつつ件の人物が居る方へ降下していく。もちろん姫は刻臣に捕まっているので刻臣は牽引している。
「あのすいませんが整理券をお持ちですか?」
下に居たのは女性で、間違いなく刻臣達に対して話しかけているようだ。深い赤色のスーツを着ており髪の毛も赤い。顔については可も無く不可も無くというかんじだ。クラスに一人は居る平均的な顔立ち。年齢は成人して数年というところだろう。こういう女が一番異性にモテるのだがこの場合はどうでも良いことだった。
「年上であれば問題ないです。後は刻臣に任せますね~」
「まあ、任されようか。整理券については持っていないが、死んだ後に整理券なんて配るの?」
「一度にたくさん死ぬと処理が間に合わない事がありますので整理券を配って順番にお呼びしているんです。呼び出しの通し番号と死者の数が一致しないのでここまで確認に来た次第です。この度はこちらの対応が不適切で死者になられたばかりのお二人に多大な心労をおかけした事をお詫びいたします」
心底すまなそうな顔をして頭を下げられると対応に困る。
「そんな事を言われても困るんだよね。で聞きたい事があるんだけど君は俺達の今後はどうなるか答えられる存在なの?」
「それには対応できます。本来はその対応の為に私がおりますので。では付いてきていただけますか?」
姫も異論は無いようなので刻臣と一緒にこのお姉さんに付いていく事になる。確か平屋の家に入ってエレベーターに乗ったのに上に上昇していく。平屋なはずなのにどこに上にあがっていくんだろうか? 何処に上がるのかということを気になっているのはどうやら自分だけというのは寂しい。死後の事なので気にしても仕方ないんだろうが気になることは気になるのだから難儀な事だ。
刻臣が一番気になっているのは上の階層がないのに上昇するエレベーターでも、エレベーターから降りた先のホームに来た列車でもなく、今し方入った建物でもなく目の前の短髪の豊満な肉体を持つ女性の事だった。
「おう、いらっしゃい。サクッと死んで気分も良いだろう? 早速で悪いがお前らの行き先を決めさせて貰うが問題ないな? ちゃちゃっと決めて速攻で終わらせようぜ」
<え>と書かれたベレー帽を被っているがあからさまに露出が激しい服装に違和感しか感じない。
「単刀直入に聞くけどだれ?」
「そこのやつから聞いてないか? まあいいか。私が閻魔様ってやつだ。自己紹介も終わった事だしサクッと行こうぜ」
「かなりイメージと違うんだが本物?」
「お前面倒なやつだな。イメージと違うのはそんなもんだと思っておけば良いだろうに。俺らはお前らのイメージで見た目が変わるんだわ。で、お前らは何でも女にしたがるだろ? 無機物でも伝説上の生き物でも。だったら神に連なる俺らも影響されても仕方ないだろ」
一部の男の妄想が死後の世界にも影響を与えているという事については触れない方が良いんだろうなと直感的に理解できる。大半のクラスメイトはその手の話が好きだったような気がする。
「お前らは宗教にどっぷり漬かっているって訳じゃないのに舌を引っこ抜く閻魔の存在を何かにつけて子供にすり込んでるから俺みたいなのが存在している訳だ。お前らが信仰するなら死後の世界ではきちんとした存在として確立されるんだな。イエスなんてかなりの人数存在してるぞ。信仰するなら多少の違いは容認して一人にして欲しいって嘆いているくらいだしな。見てるこっちとしてはキリスト御一行のとかシュールすぎて笑えんよ。俺も活発的でって理由で短髪になってたし、メリハリ効いたスタイルになってたしな。竹を割ったような性格とか意味分からんって。数世紀前は熊みたいな外見のおっさんだったはずなんだけどな。お前らのイメージのせいでいきなり性転換だぞ。マジで日本人はおかしいって」
「なんか同輩が迷惑をかけたみたいですいませんね」
「犬の帽子を被ったロリっ娘になったアヌビスよりはマシだがね。あれだけは良い仕事だろ思うぞ。本人は涙目だったけどな」
「そういうのはいいから俺らはどうなる? 俺らの知識だと閻魔が天国行きか地獄行きを決めるんだろ?」
閻魔大王の仕事と言ったら有名なものは天国と地獄どちらに行くかの仕分け作業だろう。厳密には違うのだがそう思っている人が多いだろうと刻臣はあたりをつけたのだが、
「あ~、そういったサービスはしてないんだわ。天国行きで何もしないでまったりさせるとかって人員の無駄だろ? 地獄行きにしても現地でお前らを拷問する奴らも必要になるからな。無駄な人員は居ないんだわ。こっちの人材はお前らの妄想で生まれるか、基本的に死者だからな」
「死んだ後までそんな話聞くとは思わなかったわ。世知辛さは死後にまでついて回るのか」
「なんかめんどうだからあとはお前ら連れてきた奴に任せるわ」
「すげぇ適当だな、閻魔」
「妄想の産物にあんまり期待すんなよ。いきなり女になるとか迷惑すぎるわ」
そんな事を言って閻魔は奥の扉の仲に消えていく。残された者としては一方的な愚痴を聞かされただけなのだが多少は申し訳ない気持ちになるのは閻魔に同情したからだ。
「では説明を引き継がせていただきますね。お二人ともこちらのお部屋にどうぞ」
案内してくれた女の人にまた付いていくことになり先ほどまで居た場所の左手にある死後の世界の匂いが全くしない小会議室とプレートが掛かった部屋に案内された。椅子と机が一クラス分揃っているような見た目の小会議室で会ったが俺も姫もなんだか落ち着いた。慣れた場所の方がリラックスできるという事なんだろうな。
「最近死んだ皆さんに始めに聞いているんですが、お二人は異世界物を読んだ事、見た事がありますか?」
「小説で良いなら何冊か読んだよ」「私も読みましたよ。ツンデレという独特な日本語もそれで覚えました」
「では、わかりやすく説明できると思います。自己紹介がまだでしたね。私は岡崎静乃といいます。享年二十四で死因は病死ですね」
「死後も確かに異世界と言えば異世界だけど自己紹介に享年や死因が含まれるのか。俺は紫蘇刻臣だ。こっちはフラン。二人とも事故死だね」
「略さないで欲しいですけど愛称というなら話は別ですね。なんだかいい気分ですよ~」
「死後の世界では家名は補どんど意味を持ちませんので私の事は静乃で結構です。こちらも刻臣さんとフランさんと呼ばせていただきますね」
案内された小会議室の最前列に座って刻臣とフランの二人は静乃を待っていた。ここに案内した後必要なものがあると出て行った為だった。なかなかに愛想の良い静乃がきゅるきゅるキャスターが鳴る使い古されたホワイトボードを引っ張ってきた。もう片方の手にはダンボールを持っている。ロール状の模造紙と教材を運んでいる小学校の先生のような感じだった。小会議室に入ると静乃は二人に冊子を配った。冊子の表紙には<グッドラック死後の世界! ~あなたはもう死んでいる~>と書かれている。タイトルの下にはナンバリングされたトピックスが書かれている。
「いつもは座れずに立って説明を受ける人も居るのですが、今回は二人だけですので分からないところがありましたらその都度聞いてくださいね。冊子に合せて説明していきましょう。まず始めにお二人は変な言い方に聞こえるかも知れませんが、きちんと死んでいます。これは確定です。物語の流れでは何かの条件で生き返ったりしますが、実際は生き返ったりすることはありえません。また友人や家族の枕元に立つなどというような現世に干渉する行為は一切出来ません。どこからそういった話が出てきたのかは分かりませんが、残された人が寂しくて見た妄想の類いだと思ってください」
「随分とばっさりだね。こういうのは俺としてはオブラートに包むような表現の方が良いんだけどね」
「でも説明されてる方としてはこの方が助かるよ?」
「確かにね。テンポが良いのは確かだし」
「では冊子の一番上から生きましょう。え~<1,未練を解消する>です。お二人は残った遺族に対して未練などがありますか?自分の死後家族が、どうなったのかなど知りたい場合はこちらから情報提供するサービスを行っています。情報提供の媒体としては動画とレポートが選べます。動画を見る人の方が多いですが、お二人はどうしますか?」
「「パスで!」」
「あ~、未練が無い人も居る事には居ますからいいんですが、事故死の場合は残してきた家族が気になる人が多いんですけどね。では次に進みましょうか。<2,現在の説明>です。考え方としては生前の世界とは違う世界に召還されたと思ってください。生前の世界では肉体というものは小さな細胞単位の集合体でしたが、こちらの世界では細胞の代わりに霊素子という単一物質で肉体を構成しています。もちろん骨や筋肉、呼吸器官や消化器官など以前の肉体に備わっている機能は現在の肉体でもありますが根本的な部分が全く違います。これが現世に干渉できない原因にもなっているのですがお二人はあまり未練が無いようなので省きましょうか。加齢についてですが霊素子で構成された肉体は肉体の能力がピークになる年齢まで成長すると以後は成長が止まります。外見的には二十歳を超えて数年というところでしょうね。それと注意して欲しい事もあるのですが、現在のお二人には寿命が存在しませんが死というものは存在します。こちらの世界で死んだ場合は死後この世界の仲で循環して新しく生まれてくる事になります。多くの人が現世に転生できると思っていらっしゃるのですが、こちらの世界で輪廻の輪に入る事になります。記憶や経験などは引き継がれる事がありませんから意識する必要も無いかも知れませんね」
「刻臣君死んだら駄目だよ?」
「唐突だね。どうしてって聞いた方が良いのかな? なんとなく展開が読めるけど」
「察しないでっ!! ここはラブな感じのトークで場の空気を和ませるところだよ!」
「和ませるも何も最初からシリアスな場面なかったでしょ。動いてみた感じ身体能力も以前と変わらないみたいだしさ。細胞じゃないとか言われても自分で認識する訳じゃないから困らないよね」
刻臣としては三人しか居ないこの場面で変な空気になるのも、赤面がデフォルトで付いてくる様な恥ずかしい台詞を要求されるのも御免被りたい事だった。
「刻臣さん、多分フランさんが言いたいのはそのような事では無いと思うのですが・・・・・・、まあ次に行きましょうか。<3,天国と地獄は本当にあるの?>です。これら二カ所は実際にありますし行く事も簡単に出来ます。おそらく想像と違うと思いますけどね。天国は精神集中、地獄は肉体の鍛錬の場です。天国は座禅寺、地獄はジムだと思って貰えると理解しやすいと思います。これについては必要があれば後で触れますから次に行きますね。<4,今後について>で最後になりますね。こちらの世界でも働かないと給料が発生しません。お金がないと餓死してしまいますから私の様にこちらの世界に来た者は働いている訳です。物を買うにもお金が必要になりますしとにかく仕事をしないと生きていけません。生前の世界では無理でしたが、こちらには職業適性をきちんと判断する事が出来ますので過剰なストレスに晒される事なく働く事が出来ます。給料については出来高なので必要な分を稼いだらしばらく休養を取る人も多いですね。ひたすらに働き続ける人も居ますけどこれについてはお好きになさってください。これで一通り説明をしたと思います。この周辺の地理などは冊子の最後に説明があります。今までの説明でなにか分からないところがありましたか?」
「特にないですね。あとは職業適性次第といったとこなんでしょ?」
「出産は出来ますか?」
「可能ですよ。戸建ての家を買う事も可能ですし、ロードヒーティング付きのマンションなんかもあります。あとは必要以上に狭いアパートなんかもありますよ。多分フランさんが聞きたいのはこういうことじゃないかと思うんですけどどうですか?」
「死後の世界はバラエティー豊かですね。刻臣君、なんだかワクワクしてきましたね」
「姫は変わらずにポジティブだね。でもしかめっ面や仏頂面されるよりはポジティブな方が良いよね。俺にとって予定外なのは生前は働く年齢になる前に死んだ訳だけど、まさか死んだ後に働くとは思わなかったっていう事くらいかな? でも働くのは良い勉強になると思うよね。出来れば事務職よりは接客とかの方が良いかな? お金の概念があるならお店もきちんとあるだろうし」
「商店街にショッピングモールもありますから後は資金の問題だけですね。支度金としてお二人の生前の貯蓄額をそのままお渡しすることになっていますから最初の内はそれで生活してください。香典代や保険金なども加算されますから資金不足になるとこは無いと思います。今後は職業に対応した職員がお二人の担当となりますので新しい担当に詳しい話を聞く事になります。私は現在担当している部署はその職に合う人が居ませんので私でも構いませんよ。今回も暇をしているくらいなら働けということでお二人の捜索と説明を任されていますから」
死後の世界からは現実世界を観察できる為に現実にあったものは簡単に入手できる様になっている。タイムラグとしては一ヶ月程度なので不便もない。どちらかというと死後の世界の方が物資に技術に関しては上を行っている。しかしながら生前に愛用していた物の後継機などは死後の世界でも人気が高く量産しない事には顧客が満足しないという事態が発生する。その為に現実世界の監視業務が必要になっている。
「ではお二人とも職業適性について確認してしまいましょう。適正を判定する機材は閻魔様のところにありますのでご足労願います」
「「は~い」」
刻臣としては閻魔とは関わり合いになりたいと思っていない。静乃の上司という話は聞いたが、あんな適当な上司では部下が大変そうというのがもっぱらの理由だ。上司があんな性格だから部下がしっかりしているのかも知れないが、静乃がまじめな性格だからかも知れない。確証が得られない事には触らぬが仏の精神を貫いてきたのだが、どうしてもそう上手くはいかない様だった。
一行が小会議室から退出し、最初に閻魔とエンカウントしたロビーに戻る。閻魔が消えていった奥の扉をくぐると長い廊下に出た。廊下の左右には半透明のガラスの扉が複数有り、扉に掛かっているプレートには総務部、経理部、企画部など会社の様なイメージを受ける。透けて見える範囲ではかなりの人数が働いている様だった。奥に進んでいくと金属製の扉があり掛かっているプレートには<閻魔のお部屋>とあった。刻臣は微妙な顔つきだったが静乃は慣れているのか気にせずノックする。
「閻魔様、説明が終わりましたのでご案内しました。入ってもよろしいですか?」
「あいよ~、入っておいで」
「閻魔様からの許可も出ましたし、お二人とも行きましょう」
「気にしても仕方ないことっていうのは何処の世界にもきっとあるんだよね」
刻臣の感想に静乃は首を傾げているが扉を開く事を辞めたりはしない様だ。職務に忠実なのは良い事だが感情の機微には疎いらしい。扉の仲には業務用のスチールの机、そして革張りの椅子に座っている閻魔の姿があった。一見すると事務所の様に見える。
「お疲れさん。ざっくり説明を受けただろ? 普通に説明すると面倒な事が多くて必要な事だけにしてるんだわ。ここに来たなら説明が終わって職業適性を判定しに来たんだろ?さっさと終わらせようか」
閻魔はこちらの反応を待たずに席を立ち、当たり前の様に後ろの棚から人間の頭くらいの大きさの壺と棒を持って来た。壺を机の上に置き棒を差し入れ刻臣の顔を見る。
「見当外れかも知れないがその棒を引けってことか?」
「察しが良いじゃないか。正解だから早く引けよ」
「棒を?」
「棒を」
「俺が?」
「お前が」
「閻魔様、話が進みませんから説明した方がよろしいのでは?」
「面倒だな。察する事が出来るならさっさと引けばそれで終りなのに・・・ 一度しか言わないからな? この棒の先に待機中の霊素子が集まって身分証になるんだわ。キャッシュカードみたいな大きさのやつな。それに職業も明記されているからそれを見れば分かるってことだ。ついでに身分証も手に入るから手間も省けるしな。わかったな? じゃあ引け」
「という事で刻臣さんどうぞ!」
いろいろ言いたい事がある時臣だが話が進まないという事も痛いほど理解しているので素直に引く事にする。念のために壺の中で棒をくるくる回してみるが何かが付いている様な手応えがない。引いた直後に「ばーかっ! 騙されてやんのw」的な展開が待っている様な気がするが仕方なく棒を引き抜く。引き抜いた棒の先には釣り糸の様な細い糸にくっついてカードが吊されている。
「おっ! 本当にくっついてる」
「あのよ、お前を騙してなんか得になんの? なんねえだろ?」
「・・・疑ってすまんね。あんたならやりそうだったからさ」
「刻臣さん、閻魔様がそのような悪ふざけをしていたのは去年までですから安心してください」
「(前科持ちだった。閻魔はやはり見た目通りのやつだ。俺の人?を見る目は衰えてはいない様だな。)」
静乃に向って余計な事を言うな、という顔をしている閻魔を無視して身分証と言われていたものを見る。本当にキャッシュカードくらいの大きさでプラスチックっぽい材質だった。氏名も職業も記入されている。
「おっほん! 細かい事は今はどうでも良いだろ? で、お前の職業は?」
「黙秘はありかな?」
「無いに決まってるだろ。死んでんだから人権もないぞ。もうすぐ再放送の連ドラやる時間だから早くしろや!」
「俺のプライバシーより連ドラの方が優先順位上なんだ。しかも再放送ってリアルタイムで見ろよな」
「で職業は?」
「退魔師だ」
「声が小さいなぁ~ もっと大きな声で言えないのかぁ~」
普通の音量で答えたはずなのに閻魔は聞こえないと主張する。あからさまに刻臣をからかっているという事がわかる。閻魔の表情が原因なのは言う必要も無いかも知れないが。
「退魔師ですか? 退魔官ではなく?」
「ちっ!」
やはり刻臣の声は周囲に聞こえている様で静乃が食いついてきた。食いつき方が今までの人柄から遠い物だった為に刻臣は距離を取ろうと後ろに下がるが静乃はさらに前に出て確認しようとしてくる。結局刻臣は壁まで下がり逃げ道がなくなるまで逃亡を図ったが先に静乃に捕まった。
「退魔師ですよ。このカードに記入されているのは」
「私の担当部署に初めて人が来るとはっ! 退魔師担当になってからもう五年近く誰もその職業に就かなかったんですよ」
「不人気な職業かよ。ハズレを引いたかぁ~」
「誤解しているようですがいいですか、刻臣さん。不人気ではなくて必要な条件をクリアできない人が多かったから今まで空席になっていた職業なんです。決して不人気ではありませんよ」
「そんなに熱く語らなくても。すいませんでした。わかりましたから.。やった~! 退魔師だぁ~」
半ば投げやりに全身でうれしさを表現しているが刻臣に役者になる才能は無かった。動きは機敏だが台詞が棒読み。日常生活でも突っ込み以外の言葉は感情がこもっていないと安田に散々言われてきているので、早い内に気が付いていたが自分でも気が付くほどに才能がないということには今気が付いた。
「静乃とそこの新米退魔師。んな事はどうでも良いからこれどう思う?」
閻魔から声をかけられ助かった気分の刻臣と、自分が担当する職を不人気と侮辱された静乃はそれぞれ別の顔で閻魔に顔を向けた。笑顔と残酷なまでに冷たい表情だった。
閻魔が声をかけた理由はフランが引いた職業の様だ。棒の先に先ほどの刻臣と同じように棒から垂れた糸にカードが吊されており頼りなく揺れている。フランが職業適性を診断する事には問題が無い。ということは問題は職業という事なのだがそれが珍しい職業だったのだろう。フロンも興奮しているのか顔がいつもより赤かった。
「閻魔、フロンの職業は?」
「様を付けろよ退魔師。まあ別に気にもならないんだけどさ。この子の職業が気になるのか?」
「話を振っておいて気になるかどうか聞くなよ。あと閻魔なんだからニヤニヤするな」
「まあ冗談はこれくらいにしておいて、この娘の職業な。お前と一緒」
「退魔師ってことか? レアなんだろ退魔師って?」
「確かにレアと言えばレアだがそこまでじゃない。この娘の方がレアだ。今まで見た事がないからな。この娘は正確には退魔師じゃない。だがお前と一緒だ」
「はぁ?」
静乃は自分の担当する人数がゼロからいきなり二人になった事でヘブン状態になっている。恍惚とした表情は異性であれば思うところがあるのだが、今気にする事ではない。刻臣はプラプラ揺れているフランの身分証を引き千切って見てみると職業の項目には<紫蘇刻臣と一緒>と明記されている。閻魔のニヤニヤ顔も、フランの赤い顔もストンと納得がいった。
「閻魔さぁ、これって有効なの?」
「有効に決まってるだろ。無効にするだけの理由がないしな。この娘も静乃は嬉しそうだからいいんじゃないか? 賛成多数で有効ってことだ。納得できないなら、閻魔の強権で決定したってことにしとけ」
「別に良いけどさ。どうせ何になっても結果的には同じだろうしね」
「ってわけで引き続きまた静乃に任せるわ。終わったんだから出て行けよ。静乃もきちんと連れて行け」
満開の桜に引けを取らない笑顔のフランに続いて、疲れた顔の刻臣、刻臣に手を引かれながらエロい顔をした静乃の順番で閻魔の部屋という地獄から生還したものの、現在も地獄は続いている様な感じだった。道すがらに偶然擦れ違った職員から静乃を隠しながら退魔師担当の部屋の場所を聞いて辿り付いても未だ静乃はエロい顔のままだった。フランがエロい顔に気が付いてから慌てる様は面白かったが、刻臣の顔を見るなり機嫌が悪くなった様で、静乃の顔真似をしようと必死だがただの変顔になっている。変顔を見て笑ったりしたら現状が悪化する事を察して刻臣は部屋にあった道具と設備を使用してお茶を淹れて設置してあるテレビを見ていた。テレビ番組はお笑いで何年か前に死んだお笑いタレントが出ていた。さずがは死後の世界だけの事はあると刻臣は納得していた。
「ぶふっ、フランさんなんなんですかその顔はっ!」
「静乃さんの顔をマネていただけです。人の顔について言う前に、女性でぶふっは無いと思います」
「それについてはフランが正しいかも知れないね。静乃さんの意識が戻ってきたから退魔師の話でも聞きたいと思うんだけど?」
「そうですね。では、退魔師用の部屋へ行きましょうか。お二人とも案内しますよ」
「ここ以外に別の部屋があるんですか?」
「ここは閻魔様のお部屋ですから・・・ ? なんでここに居るんでしょう?」
「きっと俺が連れてきたからですね。とりあえずここで良いなら早速話をしましょうか。仕事をしないといけないようですからね」
死後の世界についていろいろ思うところがある時臣だが、死後の世界で出会った人に対して人並み以上の不安感を抱く事になった。得に自分に関わる様な立場の人はどうも性格に難がある様に感じる。気のせいであればと祈るだけの神も居ないということに気が付いた時に人生ってやつは碌な物じゃないと思ったのは仕方の無い事だった。
「退魔師は読んで字のごとく間に属する者を退治する人の事を指します。イメージする前世だと悪霊退治という感じですがここは死後の世界ですので、悪霊はこちらだと実体を持ちますからただの怪物ということになります。お二人の仕事内容は実際は化け物の討伐というですね」
「わかりやすい説明なんだけどエクソシストとか除霊の才能は皆無だと思うよ。俺達幽霊とかも信じてなかったし」
「私の国では死後のことについて考える様な風習は何もなかったですから刻臣君と同じです。才能があるとか言われてもピンときません」
「それらについてはこちらで対策できますから問題ありません。俗に言う霊的な資質など必要ないですし、実体を持った怪物ですから極端な話ですが肉弾戦でも問題ありません。効率の事を考えて道具もありますから大丈夫です」
「ってことは俺にとってもフランにとっても危険が無いと思っても良いの?」
「危険はありますよ。さっきの肉弾戦が通じるという話ですがこちらの攻撃が有効で相手の攻撃が無効というのは理屈にあわないでしょう? 悪霊については後ほど説明するとして、戦闘に関する資質は今からでも追加できます」
静乃は部屋の物置らしき引き戸を開けて中から縁日などでクジ引きの入っている様な大きさの箱と机に置いてあったバインダーを持って来たと思ったらいきなり語り出した。
「さあ、これから戦いの場に立つ諸君には当局が選りすぐった資質を授けようではないか。さあ勇敢な者達よその箱から自分が相応しい資質を取り出すが良い!」
「あからさまに読んでます、みたいな感じでそんな事言われてもね。リアクション取れないって」
「今までのキャラとのギャップがあってもこれじゃ残念な人です」
「辛口のコメントを頂きましたが、私は公務員的な立場なのでマニュアル通りにやらないと怒られるんですよ。私もあまり乗り気じゃないですからいいんですけど。話を戻しますね。この箱の中には戦うのに必要なお二人が将来獲得しうる才能の芽を取り出す事が出来ます」
「スキル的なもの?」
「そう考えて貰っても問題ないです。生前に発揮できなかった才能はパッケージ化されて今のお二人に格納されているはずですのでそれを取り出すと考えてください」
生きていれば本来発揮できたスペックをお手軽に入手できるのは楽だが魔法的なスキルなんてのは無いのかと刻臣もフランも揃って肩を落とす。
「そう言えば戦う際に必要な知識をまだ教えていませんでしたね。必要な事ですから先に説明しましょうか。ファンタジー小説の引用をする方がわかりやすいんでしたよね? では説明しますね。体力と魔力の概念ですが普通にこちらでもあります。体力が減少すれば疲れますし、無くなると死んでしまいます。魔力が減少すれば集中できなくなり、無くなると死んでしまいます。どちらも枯渇すると死ぬんでしまうんですね。体力と魔力がこちらでは霊圧と霊力と呼ばれています。物理攻撃されると双方減りますが霊圧の方が大きく減ります。精神攻撃されると霊力の方が大きく減ります。回復する手段は主に飲食と睡眠になります。ゼロになる寸前まで両方を使っても一晩休養すると完全に回復します。なお、他の人から融通して貰う事も可能です。あまり勧めませんが悪霊から奪うのも可能ですね。退魔師の適正がないと精神汚染がありますが刻臣さんは適正がありますから問題ありません。フランさんも大丈夫だと思います。閻魔様に会っても普段通りでしたから。それで悪霊の霊力か霊圧を削りきったら悪霊は消滅する事になります。遺留品は回収してください。遺留品がお二人の収入源になります。攻撃手段や装備については後ほど支給しますね」
「閻魔って駄目人間の見本みたいな奴だったしね。見た目はモデルを超えてるかも知れないけど、中身がおっさん過ぎるし」
「あんな風になると刻臣君に見放されそうです。というか自分で自分が許せないと思います」
「お二人ともいろいろ思うところがあるかも知れませんけど、私の上司ですから・・・」
「閻魔の事はいいや。とりあえず俺とフランは才能の補填をすればいいわけね?」
「そうですね。そうして貰えると助かります。箱から引いたら身分証の上にかざしてください。それで吸収出来ます。それとですね。才能にも格というものがありますので・・・ 才能をレアリティ順に格付けして三段階としましょうか、最上位の才能を一つでも引き当てた時点で終了です。いつまでも引き続けるというのも他の人から批判されますので。それと才能には必ずプラスの効果とマイナスの効果が存在します。例えば接近戦が得意な才能の場合は遠距離戦が苦手になるという感じです。例としては極端ですが即戦力になったり効果の高いものほどペナルティーも跳ね上がります。あまり効果がないものについてはマイナス要素がない場合もあります。マイナスのみの才能もありますけどその場合は吸収しなければ良いだけですね。必要ないものだと思った場合は箱に戻してください。吸収したとしてもオンとオフを切り替えられますからオフにしておけば問題になりません。それと才能は同じような効果のものは重複してさらに効果が上がります。才能自体は手に取ればどんなものか理解できるはずです。こちらには現実世界にはなかった魔法っぽいものもありますから頑張ってください」
本来発揮できるはずだった才能をこんな簡単に取り出せたら暴動が起きてもおかしくないと刻臣は思ったが、だったら全員が全ての才能を引き出して仕事に当たれば問題ないのではとも思う。人間は死んでも一番の難関は人間関係という事なのかも知れない。二人居れば対立関係になる事が出来るんだから本当にお手軽だろう。フランとの関係ももしかしたらと思うと自分は恵まれていると実感できる。実感できるが少々アピールが強いとも思う。
フランの事と男心をくすぐる魔法という響きについて想いを馳せながら刻臣は静乃にストップを言われるまで才能の芽を引き続ける。才能の芽というよりはピンポン球という感じだった。静乃にストップを言われるまで延々引き続ける。途中から暇だったフランも参加して延々と引き続ける事になった。
刻臣とフランは所属する学校では有名な二人だった。本物のお姫様と騎士もどきという感じで認識されて同学年で有名になったのだが、商店街のクジ引きでハズレのみを全て引き当てた事で学校のみならず周辺地域で有名にもなっていた。要するにこの二人は酷くクジ運が悪い。悪いというよりは皆無という方が本質に近い。そんな二人がクジを引いている訳だからそんな簡単に終わる事ではない。
「悪霊ってのはモンスターと思って問題ないんだよね?」
「そうですね・・・」
「モンスターは強いと思って良いのかな?」
「強さにいろいろと差はありますが普通の人間よりは強いというのは常識です」
「で今まで引いた才能で勝てるのかな?園芸の才能とか、料理の才能とかでさ」
「・・・戦闘にはあまり役立つ事はないかと思います。植物系の悪霊も存在していますから・・・もしかしたら・・・」
刻臣とフランの引いた才能は数が膨大になった。クジ引き大会の場にいる三名はもう引き当てた全ての才能を覚えていられないほど引き続けた。刻臣の場合は一番最初に引いた才能は、畑仕事で作物を作る事が達人レベルになるが鉢植えだと素人以下になるという変な才能を引き当てた。料理の場合は煮物以外が得意料理になった。薬の調合の場合は作った薬は必ず重度の依存性が発生する様になり、大工仕事をする際は建造した建物が必ず一度傾く。一番マシなものが、剣技の才能でどこの誰よりも上達できるそうだが、上昇する為には常人の二十倍程度修練が必要になるらしい。剣技については学校で習いはしたが実践レベルではない刻臣とフランが同じように剣技を習うとすれば始めてから一年後のフランに追いつく為には刻臣は二十年掛かるということになる。最大値が誰よりも大きいと言われても嬉しいはずがない。ちなみにフランも似たり寄ったりの才能を引き当てている。
「静乃さん、これって誰かが選んだって言ってたよね?」
「そうですね。選りすぐりと聞いています」
「閻魔が選んだ?」
「ええ、閻魔様が選びました。必要なものはきちんと入っていると言われました」
「閻魔が選んでいないバージョンもあるの?」
「ありますけど、ペナルティーが大きすぎるものも含まれていますから」
「あのですね静乃さん。刻臣君とこのまま引き続けるのは良いんですけど終りが見えないんです。それならどちらでも同じだと思います。あと閻魔さんが選んだと言いましたけど私たち用じゃないですよね? 刻臣君は大抵の事は器用にこなしますから戦闘以外の才能は必要ないと思いますし。私も普通の人と同じ程度には大概の事が出来ますから趣味でしか使えない様な才能は必要ないんです」
「長期間どこかに行くとかなら料理する必要とかあるかも知れないけど、俺達二人とも料理できるからね。火も起こせるし、小屋も作れるよ。罠でも仕掛けておけば小動物も捕まえられるし捌く事も出来るよ。フランはあんまり血を見るのが好きじゃないけどそれでも平均は超えてると思うよ。ただ、二人ともその分野に秀でている奴には絶対に勝てないけどね」
「お二人とも多才ですね。それなら一切制限のない才能でもいけるのかもしれません。試しに引いてみますかただし、プラスが大きい分マイナスも大きいですよ。吸収しなければ問題にならないのは確かですけど」
器用貧乏発言が功を奏したのか渋っていた静乃も了承してくれた。昔から今に至るまで、一芸に秀でた人間はその分野においては他者の追随を許さないほどの才能を発揮する。それは物語に出てくるチートと呼ばれるものにも引けを取る事はない。得意な分野以外では駄目な子なのだが秀でている部分があるだけ、平均的な才能しかないものよりは救いがある。
渋っていたくせに静乃が持って来た新しい箱は以前の箱とあまり大差が無い。刻臣とフランがリアクション芸人だったらリストラされそうなほど酷似している。
「さっきのやつと違いがあるの?」
「中身は別物です。それにここに<制限無し>って書いてあります」
箱の上部の隅に小さい文字で書いてあるが誰がそんなものに気が付くのか。
「ではさっきと同じ要領で引いて下さい。吸収する際には気をつけてくださいね。これには最高のレアリティも混ざっています。さっきの段階に上に二つ追加されたと思ってください。最高ランクであれば吸収したら最後オフに出来ないものもあります」
物騒な注意事項を聞きながら先ほどの作業に戻る。どんなものでも破壊可能、どんな相手でも殺害可能、ただし自分も死ぬなど物騒な才能を再開直後に引き当てた刻臣は物怖じしない性格だがあまりの酷さに冷や汗が出た。フランも同様に顔色が悪い。半径十キロ圏内の全てを灰燼に還す(自分も含む)など内容が酷い才能が多い。もはやこれは才能ではないのではないのかとも思ったがここはあの世なので納得する以外無いんだろう。
その後も相変わらずクジ運の無さを噛みしめながらクジ引き作業が続く。終わったのは八時間後だった。
ここに入ってきた時とは正反対のぐったりした顔の静乃が才能を吸収し終わった二人に向って握り拳と同じような大きさの水晶玉を手渡す。
「これはスフィアと言います。こちらの世界特有の資源です。悪霊から回収できる遺留品の一つです。この中には悪霊になる前の個人の魂が入っていました。死んだ後に憎悪など負の感情の比率が高いと生き物は悪霊となります。生き物の精神は負の感情だけで構成されている訳ではありませんが良心や魂などは悪霊にとっては異物となります。その異物を悪霊はスフィアに閉じ込める性質があります。そして負の感情を増殖させて悪霊は肉体を構成している訳です。魂自体は転生できる様にすでに解放されていますので中身はありません。事務局では・・・ まだ言ってませんでしたが、ここは死後事務局日本支部です。事務局と私を含め皆さん呼んでいます。事務局ではこの空になったスフィアを資源として運用しています。負の感情と良心を隔てる事が出来るほどの硬度を持っていますので現実世界の金属という扱いが一番近いですね。空になると持っている人の精神に感応して形も変えられますから大変便利です」
「これを武器にするってこと?」
「そうですね。使いやすい、才能に見合った武器を想像してください」
簡単に言ってくれるが碌な才能が無かった。自分で言っていて悲しくなるが本当に碌な才能が無かった。才能は除外して武器を想像する事にする。
「終わったみたいですね。あと先に行っておきますが変に光ったりしませんから。変化の途中で光ったら自分で確認できないじゃないですか」
全く夢もへったくれもない言い方だったが言われてみれば確かにと思うところもある。過剰演出は使い手には得にならないという事だろう。
「剣をイメージしたんだけど柄だけ?」
「私はきちんと出来ました! 刻臣君は想像力が足りないんですよ」
刻臣の手には剣の柄だけでフランは星のステッキを持っている。想像力が足りないと指定されたがフランのは想像ではなく妄想の域に入っている様な気がする。
「武器も出来ましたし、お二人とも地獄に行きましょう!」
そんな近所に買い物に誘う様に言われても困る名称が含まれているが、先の説明でジム扱いと聞いているので少し時間をおいてから二人は静乃に対して頷く事にした。
地獄というのは阿鼻叫喚の世界だと思っていたのだが実際は歓声が鳴り響いていた。血の池地獄に針の山、磔にされ炙られる。確かにその通りなんだろうが日本語は難しいという事を理解しないといけない。
「血の池地獄が四十五度くらいなのはいいのか? あと針の山に向って槍を投げているのはどうなんだ? 何であの十字架は地面に寝せておいてある?」
「五十度以上だと皮膚に火傷を負うからです。また、効能は霊力と霊圧の上昇、さらに美肌効果と冷え性です。あと針の山に向って投げているのは槍じゃなくて針です。槍だと槍の山になります。よく見てください。後ろのところに穴が開いてるじゃないですか。十字架が寝ているのは磔にしてもいい事がないからです。厳密にアレは十字架ではないんですけどね」
刻臣はハーフパンツで赤い色の温泉に漬かりながらボヤいていると静乃がきちんと回答してきた。静乃とフランは身体のラインが出にくい水着を着ている。おそらくビキニタイプなんだろうがフリフリが付いているのできちんと判断できない。むろん興味があるがはっきり言うといろいろマズイ感じがするので自粛しているだけだ。
「いいじゃないですか刻臣君。これで霊力と霊圧が上がるらしいですから。熱血ものの修行だったら私はリタイアしてましたよ」
「これは一般向けの施設ですから上がり方も微々たるものですがきちんと上昇します。刻臣さんはフランさんと違って神経質なタイプなんですか?」
「別に神経質じゃないけど地獄にもイメージってやつがあるだろ?」
「イメージがあるからこんな感じになっているんですよ。本来であればもっと機能的に設計していますから。この周りの岩も足の裏に刺さらずにツボを刺激する様に角度を考えならが最大限ごつい外観を保ったままにしているんです。針山なんて針を引き抜くのは人力なんですよ? 針の穴にフックを引っかけて浮游しながら引き抜くんです。あまりにも非合理的過ぎます。イメージ戦略がなければもっとコストを削減できるはずなんです。磔台なんてオブジェですよ。オブジェ。ベンチの代わりにすらならないのに、ベンチの方がどれほど効果があると思っているでしょうね」
さっきまで軽いノリで話をしていたはずなのに、いきなり中間管理職の様な話し方になってしまった。やっぱりアレの下で働くということにストレスを感じているのかも知れない。愚痴を吐ける時は吐いた方が良いと誰かが言っていた様な気がするので刻臣は自分の身分証をおでこにくっつけて自分の状態を再確認した。身分証は所持者がおでこにくっつけると情報が流れてくる仕組みになっているらしい。インディアンポーカーみたいだが実際にやってみたらステータスっぽいものも見えるんだから仕方ない。霊圧も霊力も最大値が上昇中。温泉の効果なんだろうけど上がり方が微妙。温泉に漬かっているだけで上がるのだから酷くお手軽なのは事実だが。才能という呼び名は回りくどいので三人の中ではスキルという呼び方にした。これはフランが言い出したのだが反対意見は出なかった。静乃が言うには死んでこちらに来た人の中には融通するのがいいとのこと。慣れたら一般的な名称に直して貰えば良いと言っていた。
刻臣が選んだ効果の高いスキルは、制限無しの拡散と収束。それと肉体の損壊に関する全耐性に、加工技術と全距離戦闘。ペナルティーが痛覚七万倍、回復系統のスキル使用不可、霊圧と霊力の消耗加算。自分で選んだ事だが割と無難なものを選んだつもりだ。最後の消耗加算の対策として温泉に入っている訳だが、実際に漬かっても居ない者なのでどの程度あれば良いのか皆目見当が付かない。
「静乃さん、ここ以上に霊圧と霊力が上昇するところってあるの?」
「ここは温泉地ですから高温になればなるほど上昇率も上がりますよ。そのぶん火傷に気をつけないといけませんけど医療関係は充実してますから四肢が溶け落ちるくらいであれば再生可能です。頭と身体が別々になるとさすがに死んでしまいますから注意してくださいね」
良い情報と最悪な情報を同時に放ってくるのは彼女なりの抗議のつもりなんだろうか。とうとう温泉地と認めたと現地も取れたが刻臣にとっては利にならないのでスルーすることにした。あと静乃はこういう発言でストレス解消のガス抜きをしている可能性もある。そっとしておくのが誰にとっても幸せな事だろう。とりあえず上昇率の高い温泉に行く事にした。地獄なのに通路脇に露店がいくつも営業していた。冷えた牛乳各種に丼物、焼き串に酒まで置いてある。プール付きのレジャーランドの風呂版の様なイメージでおおよそ間違いない。
「ここが一番上昇率の高い温泉になります。現在の活用方法としては温泉卵を作るくらいですね。ここの効能は火傷に爛れなど外傷を負うという事でしょうか」
「それは効能じゃなくて結果じゃないのかな?」
「高温のお湯で火傷しただけですよね?」
「そのような事もあるかもしれませんが・・・ 十中八九そうなんでしょうが、そこの看板に書いてありますから私のせいじゃないですよ。入るなら卵をどけて貰いますけどどうしますか?」
「来たんだから入るでしょ」
「じゃあ卵はどけますね。この温泉の漬かっていられた時間ですが、現在のベストレコードは閻魔様の七秒です。頑張ってください」
「あいつはもういいや。突っ込んだら負けな気がするし」
「刻臣君私も入りますよ~」
「火傷に注意してください。閻魔様曰く七秒でも格段に上昇するそうですから。砕いた氷の山は横のタライに入っていますからよろしければどうぞ」
タライの出現により芸人御用達にしか見えなくなってしまった最高温度の温泉のレコードを時間単位で引き延ばしてこの日は終了となる。退魔師の社員寮があるのでこっちに来てから初日の宿は社員寮となった。4LDKなのは独身寮ではなく家族寮ということらしい。
「お約束と言ってしまえば一言で終わるんだろうけど、なんで同室?」
「若い男と女がいれば同室なのは当然ですよ。お互いに未成年ですが死んでいますから問題ありません。もちろん同じ布団でもベッドでも大丈夫です。もう法律の括りから解放されてますからね」
「問題はあると思うよ。せめてあと五年くらいは問題になると思う。それにまだ俺は稼ぎとかもないからさ。将来に不安とかあると思うんだよ。きっとね。うん。部屋数は多いからとりあえず自分の部屋を決めようか?」
膝下まで氷点下に達する水の中に入っているときのような悪寒がする。脳内の回転灯は激しく回転し警告音も鳴り響いている。全身全霊でマズイという事だけ理解できる。このままではマズイ。全力で回避しないと終着駅までノンストップの特急で進んでしまう。男としては誘惑されるというのもわかる。見た目的にもスタイルもフランは一級品と言ってもいい。しかし人生の墓場まで直行しても良いかと言われると刻臣には判断しきれない。
「私は刻臣君のご両親の趣味を知っているんですよ。刻臣君が安田君の近くにいるからご両親は刻臣君に生命保険をかけまくっているという事情も知っています。それも趣味の域にまで達しているそうじゃないですか。今頃はご両親揃って一攫千金で笑っていらっしゃると思いますよ。総額は宝くじより多いでしょうし確実に事故死ですからすぐに支払われるでしょう。航空会社からも多額の保険金が出ているでしょうし。私の方もそれなりの額になると思いますよ。お金の心配も無い訳ですから、ね」
「確かにその通りなんだろうけどまだ貰ってないじゃない? こっちにあるか分からないけど税金とかあるかも知れないしさ。物価も分からないじゃない? まずは貯蓄でしょ。それに稼がないと目減りするだけだしね」
「あ゛あああああああああああ」
「閻魔様~」
「寝るか」
「そうですね」
聞き覚えのある閻魔の阿鼻叫喚の叫び声と静乃の叫び声とともに二人ともどうでもよくなって寝る事にする。もちろん寝室は別なのでゆっくり休めそうだった。二人の部屋は二階で向かい合わせの部屋だった。
「刻臣さん、フランさんもう朝ですから起きてください」
静乃が声をかけてくる。もう少し寝ていたいのだが起きないといけない。原因は布団の中にあるぬくもりのせいだ。
「なんでこうなるのかな? 姫はなんでここでねてるわけ?」
「それは何で生きているのか聞いているのと一緒ですよ、刻臣君。あとフランって呼ばないんですか?」
「そんな哲学的なものじゃないでしょ? 二人だけなら姫でも良いと思うんだけど」
「あだ名と名前は違いますよ。刻臣君はこれ以降フランって呼んでくださいね。ほら静乃さんが呼んでますから起きますよ」
なんだかフランに上手く言いくるめられた様な、勢いで流された様な気がする刻臣だが後腐れ無いなら別に問題ない。自分を見下ろしてみるけれど下手なことはしていないようだし・・・ 確かに寒かったから人肌恋しいのは事実だが理性が試される様な自体にはならないで欲しい。
「起きているのであれば朝食の用意が調っていますから降りてきてくださいね~」
下に降りてみるとリビングには食事の用意が調っていたので先に食べながら静乃から昨日の夜中にあった一件の話を聞いた。レコードが塗り替えられた事により閻魔が温泉にダイブ。全身に火傷を負いゆで卵も付着して現在は病院で集中治療中とのこと。あまりにもあまりな閻魔に引きながらも朝食を終える。閻魔の話の途中にフランも降りてきて一緒に朝食を終えている。食事を終えて気になっている事をまとめて聞く事にした。静乃には少々厳しい質問も込みで。
「退魔師ってなんで俺達以外にいないの?」
「過去の資料によると、死後にこちらに来て退魔師の適性が出た人は適性が出た当日に現場に出る人が多くて皆さん殉職されている様なんです。スキルも武器も持たずにレクチャーさえ受けずに現場に出て行けば誰でも殉職すると思うんですけどね。殉職された方達はファンタジー小説と同じようなノリで特攻する気質が強いみたいなんです。傾向としては十代から三十代の人までが顕著ですね。年配な方だとそもそも集中力が切れ気味ですから戦闘要素のある退魔師は難しいんですけどね」
「何となく分かる様な気がするわ。殉職した連中はハーレム願望が強そうだし」
「死んでも治らないというのは本当だったみたいですね~」
「確かに閻魔様に言い寄った剛の者も居たそうですけど、袖にされてその後に特攻した人も居ますね。もう殉職してますけどね」
本題に入ろうか。
「退魔師の必要性は? 今までその職に対して適任がいなかった。で、すんでいるのはなぜ?」
「退魔師の仕事は間に属する者の討伐ということは説明しましたが、スフィアの回収が重要になります。お二人の収入源というだけではなくこの世界においてスフィアは一種の資源です。資源がない事には発展もありません。現在スフィアは周辺勢力より通貨により購入していますが財政にも限りがあります。独自でスフィアを収集しない事には現状のままとなります。緩やかな破綻が待っているだけになりますね」
「他にはないの? 死活問題になるなら適正がなくても誰かが当たるべきだと思うんだけど」
「聞きたいのであればお話ししますが、お二人は日本で死にましたよね。死後の世界では国境が酷く曖昧です。思想に重点を置くからなんですが。ここは現実では北海道と呼ばれる場所です。もちろん日本という国に属しています。こちらでは国としては認識されませんけど。地理的には現実世界と変わりありません。死活問題になるのは財政と生活圏になります。現在、日本国の領土の内、死者が住める場所がここしかないからです。それも日々縮小しています。間に属する魂、便宜上魔族としましょうか。魔族の侵攻によって生活圏が押されているのが現状です。対抗しない限り生活すら出来なくなります。適正がないものが魔族に触れられると魔族になります。怨念は強い感情ですから魂がそちらに引かれます。今は結界で押さえていますが結界内で魔族が発生した場合相当な被害が出ます。そうやって被害を出し続けた結果生存権が今の状態まで縮小しました。後数年でここで暮す人の食糧事情にも影響が出始めると思います。スフィアの購入も現在の量を維持できなくなると思います」
「それじゃあその情報を伏せていた理由は?」
「崖っぷちだという事を説明してやってくれる人が今までいなかったということが理由です。普通は嫌がられますからね。お二人の他にも適正がある人も居ますけど退魔師は嫌だという方が多いので。実際に魔族を見てみるとそう思う方がかなりの数いるんです」
「知らずに特攻した連中の事もあるしって感じかな? そいつらは自業自得だろうけどね。俺に関係ないならどうでも良いよ。ただし俺は正確な情報が欲しいね。嘘と配慮とかは要らないからさ。じゃあ戦い方でも教えて貰うかな。結構切羽詰まってるみたいだし遊んでいるのも悪いからね」
「遊んでばかりいると飽きちゃいますからね。刻臣君は飽きっぽいので飽きさせない様にしないといけません。それに将来性がないなら私も子供も埋めませんよ。新しい家族を迎え入れることが出来る程度には復帰して貰わないといけません」
「子供は飛躍しすぎだと思うけど、のんびり出来ないのは問題だね。子供はまだ早いと思うし、子供がどうのこうのとかいう段階じゃないでしょ? 俺達は」
「では本日は戦闘についての基礎知識に重点を置きましょうか。お二人を他の者と一括りにしていた事はお詫びします。ただ、辞めたりしないで欲しいのですけど。それと出産する場合はきちんと届け出を出してくださいね」
とりあえず最低限の信頼関係は結べたと思いたいけど、実際に魔族とやらと会った事がないので何とも言いがたい。あと出産について否定して欲しい。子供云々はスルーするとしても他にも気になる事がある。日本での年間の死者数は年間で百万人を超えていたはず。一日だと二千七百人くらいだ。世界で言うと一日で十六万人くらいが死んでいるはずなんだがそんなに人口が増えている様な気がしない。日本に限ってもそんなに増加したらパンクするだろう。事務局で到底処理できる人数ではない。全てを見て回った訳じゃないので断言できないのが辛いところだが一日三千人処理するなら事務局で働くのは公務員レベルの技能じゃ無理なのではないだろうか・・・
いろいろと考える事があるんだろうけれどこの世界の勝手が分からない。一個人で世界平和について考える様なものだろう。閻魔がいるようにキリストもいるらしい。イメージとのギャップが激しそうだがゼウスとかもいるんだろうし民間伝承での神様や英雄なんかもいるんだろう。宗教が枝分かれしているなら開祖の人物は複数いるらしいし。で現状で閻魔は危機的な状況を打開する素振りがないってことはこいつらは救世主たり得ない立場、守護者ではないと想像が付く。ただの管理役としてのキャラクターだと思った方が良い。RPGの王様とかだな。根拠はないがこいつらは危機的な状況に陥っても多分問題ないんだろう。そのくらいは刻臣でも理解できる。刻臣は自分で思っているほど馬鹿ではない。馬鹿であれば安田と連んでいられなかったという理由もある。
「自分に対して不動の付加価値を付けるのはこの世界でも有効みたいだけどフランはどうする?」
「私の立場は生前から変わりませんよ。どこかに行くなら私も当然行きます。危機的な状況は吊り橋効果も期待できそうです。将来の為の布石ですね。やっぱり呼ばれるなら名前の方が良いですねぇ~ 新鮮です」
「せめて建前だけにして欲しいけど、本音がダダ漏れだなぁ。こんな状態で戦闘訓練か・・・ 静乃さん今日で戦闘関係について終わる様によろしく」
「今日だけでですか、かなり駆け足気味になりますけど希望に添う様にしますね」
後悔先に立たずと言うか、駆け足どころかロケットスタートの様な気がする。結界周辺で初対面の六人が円陣を組んで話し込んでいた。各種専門分野のエキスパートらしいのだが、独特の雰囲気という感じがして関わり合いになりたくない。学校のクラスでグループに分かれる事は多々ある事だろうが、卒業するまで関わらないグループという感じの雰囲気を纏っている。単純な話が面倒事にしかならないタイプのグループだ。しかも構成員が全員面倒事を起こすタイプ。
「紹介しますね。近距離戦の第一人者のヨネさん享年八十七歳、死因は爆死です」
外見は二十歳くらいの平均的な顔立ちの女性だが顔から苦労が滲み出ているせいで近寄りがたい。服装がもんぺに提灯ブルマなのはいつの人なんだろう? 印象的なのが竹槍を複数所持している事だ。
「遠距離戦の専門家の武文さん享年十三歳で死因は爆死です。五キロから十五キロまでの遠距離が得意分野です」
教科書に載っている様な旧日本軍の軍服を着ている。五分刈りの頭がトレードマークなんだろうか。こっちに来て以来の男性だ。精悍な顔つきなんだろが悲哀が強すぎる印象を受ける。
「製造関連のエキスパートの凌子さんです。享年二十歳で死因は衰弱死ですね。スフィア関係で一番詳しい方です。天才肌というやつですね」
白衣を着て挑発の知的な顔をしているが顔色が酷く悪い。咳をしたら血が混じりそうだ。笑顔が酷くぎこちない。
「魔族に関して造詣が深い知香さんです。享年七歳で死因は病死です。魔族に関しては彼女に聞くのが一番の近道でしょう」
顔は成人してる女性の顔だが身体の凹凸がほとんど無い。真っ平らだ。成人女性の外見をしているのに半袖に短パンは辞めて貰いたい。あと下着を着けて欲しい。おそらくパンツは履いているんだろうが上は半袖のTシャツ一枚だろう。
「事務局管理課の小牧さんです。享年二十八で死因が刺殺です。私と同期なんですよ」
あからさまにストーカー被害に遭いそうな人だ。死因はストーカーに刺されたんだろう。クラスに最低一人いるなぜか男受けが良い女性っぽい匂いがする。スタイルが良いのもきっと一枚噛んでいるんだろう。
「こちらのお二人は先ほどお話しした事故死の刻臣さんとフランさんです。今日はこの二人にいろいろ教えてあげてください」
紹介された人物は美形と言ってもいいんだろうが特徴的な部分で美形から離れた様な印象がある。残念な美形と言ったほうがいいんだろうか。正直に言うとこの面子と関わり合いになりたくないと理性が警鐘を鳴らしているのだが手っ取り早く話を進める為にはこの面子と絡むしかなさそうだ。
「今回君たちの指導役として今紹介された凌子だ。まず私から基礎知識を最初に教えるからその後は実践しながら説明していこう。私以外説明するのが苦手なんだ。見て覚えろという年代と、説明する事自体が下手な奴らだからな」
「よろしく」
「よろしくお願いしますね~」
「まず君たちはスフィアから武器を作ったね? それは我々にはスタッフと呼ばれる。全国共通だ。イメージ的には魔法使いの杖だと思えば良い。今の形にあまり意味は無い。これは個人の霊力、霊圧に感応して形が変わるからだ。スタッフにはスロットが最初から設定されている。数はランダムだが多ければ多様性のある戦略が可能になるし、少ないのであれば火力重視だ。多い奴は器用貧乏で少ない奴は脳筋だと思えば良い。平均で十個から十五個、記録に残っている最多が二十個だったかな? スロットには攻撃可能距離と攻撃の系統の札を刺す事が出来る。札と言っても紙じゃないがね。SDカードサイズだ。携帯しやすいだろ? 札は制限が厳しいほど威力が高い。オールレンジよりもショートレンジやロングレンジと制限されているほうが高威力になる。スロットの数と同じだな。これがスタッフの基礎知識になる。以上で分からないところは?」
「説明が簡潔なんで質問しようがないのが本音ですかね。強いて言うなら札の原料はスフィアってオチ?」
「そういうオチだ。というか当然そうなる。スタッフに用いる物は全てスフィアから精製されるんだ。私の研究の為には多くのスフィアが必要になるという事にもなるな。だから片っ端から集めてこい。事務局より高値で買い取ってやろう。見た目では分からんだろうが私は金ならあるぞ」
単純明快な説明は自分の欲求に繋がるのか。「君の為になるから」とか言われるよりは信頼できるだろう。お互いにメリットがある以上共存可能だ。寄生してきたら注意しないといけないがそんな人には見えない。
「札は俺達で作らないと駄目なのか?」
「札の規格は統一されているから流用可能だ。もちろん自分たちでも作れる。自分に合った札が既存の品の中にない場合は自分で作る事になる。イメージできる事であれば大概作る事が出来るからいろいろやってみると良い。とりあえず二人にはショート、ミドル、ロングレンジの三種類と攻撃系統の五種類を支給しよう」
「攻撃系統って言うと火とか水とか?」
「あながち間違いではないがファンタジー小説の読み過ぎだな。今では一般教養扱いだったか。炎を生み出すのは便利で良いだろうな。換装しきったところでは水があるとそれもまた便利だ。君らの知識では水がないところで水を扱えると思うか? たとえ魔法が実在したとしての話になるがね。どうやって生成する? 魔力とやらで生成するのか? 日本的に表現するなら法力とか巫力とかになるのかな。そう考えるのが自然で合理的だ。だから火から始まり水、風、土に光と闇か聖とかの方が好みかな? それにいくつか追加しても良いが一纏めにすると生成という現象に行き着く。生み出す力だな、だから一つ目は生成。二つ目は変化だ。水を生み出して氷にする場合は対象の温度を下げる。高温の水蒸気にしたい場合は温度を上げれば良い。最初から氷を生成すれば良いと思うだろうが変化になれておくと微調整ができる様になる。何もないところを指定して温度を限界まで上げると爆発するし便利だぞ。派手だしな。三つ目は移動だ。生み出し変化させた物を飛ばす訳だ。生成する場所をいちいち攻撃目標に設定するのは面倒だし効率が悪い。そんな事をしていたらあっという間に死んじまうよ。相手との距離を稼ぎたいって理由で飛ばすんだな。イメージするならスタッフから撃ち出すって考えれば良い。四つ目は切断。自分と的の間を切取れば防御になるし、的を切れば当然攻撃になる。接近戦タイプはこの切断を好む傾向が強いな。最後は転送。移動に属すると思うかも知れないが緊急避難用と考えれば良い。条件を付けて条件を満たしたら自動で転移する。例を出すと片腕がもげたりした場合というのを条件に設定すると片腕をどのような状況であろうが失ったら転移する。転移先の設定も自由に設定できる。スフィアが出現した場合有効範囲内であれば自動で回収するのもこれの応用だな。遺留品も回収可能だ。条件については制限がないので保険だと思え。ただしこの札は絶対にスロットに差せ。退魔師の脂質はそれくらい重要になる。質問は?」
「スフィアは破壊できるのか? 広範囲の攻撃とかで巻き込んじゃった場合とか」
「スフィアは破壊できないと思って良い。正常な魂の避難場所だ。通常の方法では破壊できない。絶対ではないがね」
「じゃあ実践あるのみかな?」
「なら結界の端に行こう。最前線は結界の縁だと思って良いからな。魔族についてはレクチャーされたか?」
「俺らにとっては有害としか説明されてないな。種類とかあるなら全く分からん」
変に知ったかぶりをするのも良くないだろうし、実際知らない。
「静乃は何をしていたんだか。知香の代わりに説明するが、お前ら生前は肉を食っていたか? ベジタリアンでも野菜は食っていただろう? どちらにしろそれは突き詰めれば生き物だよな? ただ人間に食われる為に増やされた生き物の恨みって考えた事あるか? 見たら分かるがアレは酷い。恨まれて当然だな。あと犯罪行為に走って恨みを抱えたまま死んだりしたら魔族化する。犯罪行為に手を出さなくても恨みのレベルによっては魔族化する。魔族になった人間の場合は大抵が八つ当たりなんだがね。レアなケースとしては罪悪感に潰された魂かな? 別に罪を犯してもいないし恨みもないのに魔族化する。しかもたちが悪い事に救いがない分他よりも相当強力になる」
「なんか戦いにくくなったんだけど・・・」
「気持ちは分からなくもないがスフィアを取り出して解放してやるしかないのも事実なんだよ。罪を重ねるほどに凶悪化していくからな。最終的に自分のコアになっているスフィアを取り込んでしまったら手が付けられん。ここを守っている結界なんて吹けば飛ばせる様な強大な魔族になる。さっさとけりを付けてやらないとお互いに魂ごと無かった事になってしまうからな。安心しろファンタジー小説でよくある最後のボスは最初の味方陣営にいたとかっていう結末だけはない事は保証してやるよ。神様とかも私が知る限り閻魔レベルだしな」
「保証されてもどうしようもないんだけど、閻魔を引き合いに出されると、やるしか無いってのは伝わってくるな。土産はスフィアで良いんだな?」
「それ以外を土産にした段階で、そういった行為が私の怒りを買うということをお前の魂に刻んでやるよ」
「なら任されようかね。フランもいいね?」
「私の肩書きは退魔師なんですかね? 出来れば退魔師補佐とかにして欲しいんですけど」
「補佐? 退魔師でいいじゃない、何か違いがあるの?」
「刻臣君を私が補佐してあげる的なニュアンスの方が私としては戦意というかモチベーションを維持できそうなんで・・・」
頭が痛い。安田という緩衝材が消えてしまった事をこんなに悔やむ事になるだなんて・・・
「静乃さんどうなの?」
「格を上げるのは問題ありますが、落とす分には問題ないです。今日の作業が終わったら補佐ということにしましょう。でも名称が変わるだけで実質今と変わりませんがよろしいですか?」
「だそうだよ?」
「目指せ記録更新です!」
「閻魔じゃあるまいし生活できるなら別に記録にこだわる必要は無いんだけどね」
全身火傷の閻魔にはなりたくない。知り合いも閻魔の様になるなら距離を取りたい。いくら大王でも、信仰されいたとしてもアレと同列で数えられたくない。民間伝承で舌を引っこ抜く云々で出現している様などうしようもない奴だ。誰だってああなりたいと思わないだろう。
静乃に率いられて結界の縁に行く最中に凌子以外と刻臣は話をする事が出来た。刻臣以外ではこの一行の中で唯一の男性である遠距離担当の武文だ。戦争での犠牲者だった。ろくに戦う事が出来ずに沈んだ船に乗っていたならまだ良かったのだが、大和に付ける主砲の炸薬実験の際に彼のミスによって爆死したらしい。刻臣としては遠距離の専門家というのはその絡みだと思っていたのだが、単純に彼個人の趣味らしい。遠距離攻撃を好み、大艦巨砲主義を貫かんとするその精神は一見崇高な様な気がするが、彼の死因は不注意による自滅的な爆死だ。他に指導役の候補はいなかったのだろうか? さらに自爆的な彼の得意の距離での戦闘は俺の視力では攻撃対象が見えない。というか地面が惑星として球体なら十キロ先は視認できないだろう。アドバイスを貰おうと聞いてみたら「直感に従え」と簡潔に言われた。直感とかって言えばいい様に聞こえるが実際は当てずっぽうだった。前世では自爆で死にはしたが、死後に運が良くなっただけだった。
武文以外は口数が少なく知香はどうやら人見知りが激しい様で会話に至る事が出来なかった。生前では一度も体験した事のないことだったので刻臣としては新鮮だが信頼関係の構築には時間が掛かりそうだ。小牧は事務局で管理する物資の先細りが気になる様でぶつぶつ独り言を言っているので会話は飽きられる事となった。会話が可能なのは静乃と凌子、武文とフランの四人だけだった。
一行は弾まない会話を内包して外縁部へ進んでいく。
さらっと誤字については流して欲しいかなと・・・