第5話:笑顔
僕は随分と長い事、空を飛んでいたみたいだ。まあ、あんまり覚えてないんだけど。けど、とにかくずぅっと海の上を飛んでいたら、新しい陸地が見えてきた。
やけに幾何学的な物がたくさんある陸地。ここはどこだろう。
とか、知らないくせに自問自答しながら、僕はそこに降り立った。
……誰もいないや。
呟いてみる。誰もいないけど。
そして、この地面の固さといったら。げしげしと足で踏んでみたけど、なんて固いんだ。前までいた所は草の生えたふかふかした地面だったのに。辺りを見回してみても、その固い何かが僕の何倍もの高さに積み上げられているというか、立っているというか。
命の匂いがしないというか。
どうしよう。ここには餌がないのかな。僕は徘徊を始めた。迷路のように仕切られた道に面倒だけれど従いながら。
そしたら、すぐに見つかった。ああ、あったあった。命の残骸。瞳から命の光を失った人間が四肢を投げ出した体勢でその固い地面の仰向けで。
ケチャップのたっぷりかかったオムレツみたいになってた。
あれ、なんでオムレツが出てきたんだろう。ま、いいか、と思いながら僕はそれをいただく。
全く、この人間を殺した奴はもったいないなあ。何でお腹しか食べてないんだか。この出っ張った手足が喉を通っていくのがいいんじゃないか……ごくり。
と。
僕がその人間をお腹に収めて、さあもう少しうろついてみようかなと身体をひるがえしたら。
そこに、小さな竜がいた。
人間の子供ぐらいの大きさ、生まれたばかりのサイズ。何でこんな所に。ここが竜の住み家じゃあるまいし。
「ぎゃうぎゃう」
その竜は、僕を見るや否や目を輝かせて近づき、僕をまじまじと見てきた。そしてそーっと近づいてきて、珍しそうに僕の絡まりあう2つの身体をそっと突いてきた。その柔らかい感触にまた目を輝かせて、今度は僕の尻尾を両手で掴んできた。
「ぎゃうぎゃう」
うーん。懐かれちゃったぞ。どうしようか。僕としては寂しさが減るからいいんだけど、面倒といったら面倒だし、何より……いつ僕が“この子を食べてしまう”のか分からない。この子はこのまま1匹でいても危険だし、僕といても危険だし。うーん。
「ぎゃうぎゃう」
「ひやっ!?」
いつの間にか僕のうなじによじ登っていたその竜は、容赦なく僕をくすぐってきた。
「あう……ちょ、ちょっと」
うなじにいたその竜をつまみあげると、身体全体で笑っていた。心の底から、笑っていた。
気づいたら、僕も笑っていた。
しばらくして、僕はこの町を後にして、更にこの陸地の先を目指す事にした。
背中に、その小さな竜を乗せて。