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エピローグ1-3

 ネイリンは、あのときのことを思い出す。

 一刻も早く部屋に入りたかった。入る必要があると思った。こちら側の扉と窓は閉まっていた。だから、向こうはどうだろう、と目を細めて――。

 錠を注視したのだ。

 当然あるはずだと思っている窓は、注視して見てはいなかった。

 窓ガラスは透明だ。

 錠よりも見づらい、だからより注視しなくてはいけなかったのに。

 ネイリンは首を振った。

「見てない。窓なんて、窓なんて、ガラスが当然はまってるものだと思ってるし……」

 だが、プライの話で、不自然に思っていたことが一つ解決するのだ。

 桟ごと窓ガラスを壊したイボー。

 それは、一枚ガラスがはまっていなかったことを隠すために、他のガラスも割る必要があったからなのだ。

「そんな簡単なトリックだったのか? 窓ガラスが一枚抜けてたっていう、それだけの……」ラパルクが、動揺したようにいう。「なら犯人は、イボーだけじゃない。じいさんも共犯だ……」

 中腰になっていたネイリンは、思わず座り込んでしまった。

 目の前の地面に描かれている扉のトリックを、ぼんやりとながめる。

 犯人は……イボーだけじゃなかった。

 まさか、主まで。

 でも主は、被害者二人の父親なのに。

 ロッテのおじいさんなのに……。

 ロッテは、自分の父親を、祖父に……。

 ロッテ……。

「いやだ、こんなの……」ネイリンはつぶやいた。「絶対やだ」

「しかし、これ以外に考えられないんです」プライの声が、やけに冷たくきこえる。

「だが、ロッテのいった、イボーの鍵のすりかえが否定されたわけじゃない」ラパルクがいった。「動機の面から考えて、イボーとじいさんが手を組むってのは考え難い。イボー単独犯の方が、自然じゃないか?」

「そうですね、もしご主人のいったイボーさんの過去が本当なら、そちらの方が自然かもしれません」プライは首を振る。「ですがそれは、ご主人がいっているにすぎません」

「しかしなぁ……」ラパルクは納得できない様子だ。「じゃ仮にだ、じいさんのいったイボーの過去が嘘だったなら、彼らは、屋敷の主人と使用人という立場だ。手を組むなんてありえないんじゃねぇか?」

「手を組む必要なんてありません。ラパルクさんがおっしゃったように、二人の立場はうんと違うんです。だから、」プライは平坦な口調でいう。「命令でいいんです」

 命令――?

 それじゃまるで――。

 それじゃあ、まるで――。

 使用人を従わせた主の単独犯のようではないか。

「プライ……」

「たぶんご主人は、イボーさんに、窓の桟にスコップを打ち付けて壊せ、とだけいったんじゃないでしょうか。話に聞くイボーさんのイメージだと、それで疑ったりせず、いうとおりにしそうですけど」

「それは……じいさんが犯人だと認識した上での協力なのか?」ラパルクが訊く。

「いえ。おそらく、ご主人が犯人だとは、まったく思ってはいなかったでしょう」

「でもおかしいと思うだろ? そんな、錠をあけるなら、窓ガラス一枚割ればすむ話なんだから」

「おかしいとは思わない人なのかも」

「だが、窓ガラスが一枚ないことはどうだ? ふつう、おかしいと思うだろ?」

「思わなかったか、黙っていろと命令されたか、主がそのことにふれなかったため気づいていても気のせいだと思い直したか、指摘しても相手にされなかったので忘れることにしたか」

「しかしそれは、確認できない事柄だよな」

「はい。単なる推測です。しかし他のことと合わせて考えると、イボーさんは共犯ではない。そして、ご主人の犯行であるということが考えられるんです」

「他のこと?」

「はい。まず、トーナスさんの殺害です。もしイボーさんも共犯なら、彼もこの事件に関わっていていいはずですが、その形跡が見えません」

「だが、じいさんが、トーナスさん殺しの犯人という証拠もないよな?」

「状況証拠ならあります。まず、あの部屋を開ける鍵が入ったケースは、手が出しにくい状況でした。そして、あの部屋が鍵なしで開くなら、その仕掛け知っている人物が犯人である可能性が高いといえます。そしてその仕掛けは、先ほどもいったように、外からは気づきにくいものなんです」

「それは、最初に動くブロックが、廊下側に動くからか」

「そうです。逆にいうなら、部屋の中からは気づきやすいんです。例えば扉を拭いたりするだけで、気づく恐れがあります」

 偶然引っ張ることはなくとも、偶然押してしまうことはあるということか。

 そして、偶然押してしまう可能性があるなら、唯一部屋に入れた主しかいない。

 石はある、と断言していた主の姿を思い出す。彼はあることを知っていたのだ。

 状況から見て、主が犯人で間違いなさそうだった。

 そうは思っても、頭がついていかない。いまだイメージの中では、イボーが犯人だ。だが違うのだ。犯人は……。

「ここからは、想像の話です。あの日、なにが起こったか」プライは小さく息をひとつ吐いてからはなしはじめた。「まず、何らかの理由でトーナスさんを殺したいと思ったご主人が、トーナスさんをあの部屋に呼び出した。そして、仕掛けを動かして扉を開け、石が見えるようにしました。ふつうなら、ご主人に、体格のいいトーナスさんを殺すことはできないと思います。しかし、というか、だからこそ、あの部屋に呼び出して石を見せたんです」

「油断させるためか?」

「そうです。石を見て、動揺しているトーナスさんの隙を見て、後頭部を何かで打ちつけました」

「密室にするのは、楽な部屋だよな」ラパルクはかるく笑う。

「はい。扉を閉め、ブロックを二つ動かすだけで密室になります。時間は、ふつうに鍵をかけるよりも短いかもしれません」

「密室には、死体がすぐに見つからないように密室にしたんだよな? だがな、」とラパルクは疑問顔で訊く。「今から考えると、その方法であの部屋をあけたり閉めたりしたことが、犯人の特定につながったな。じいさんは、ケースの鍵をつかった方がよかったんじゃないか? その方が、だれが殺したのかわかりにくい。じいさんなら、簡単にケースを開けられたわけだしな」

「しかし、ケースの前には宵っ張りがいたんです」プライが小さく笑う。「それに、いなくても、実はその方法はよくないんです。あの部屋を密室にしたのは、死体の発見を遅らせるためです。ですが、もしケースから鍵がなくなっていたら、ジーナスさんが警戒する可能性があります」

「そっか。ケースから鍵を盗み、ジーナスさんの死体が見つかるまで鍵がないのを気づかれないのがベストだが、それはリスキーすぎるな」ラパルクはため息をつきながら首を振る。「なんだか、プライとはなしていると、すべてが簡単なことに思えてくるよ」

「でも、どうしてトーナスさんを殺したの?」ネイリンは訊いた。そのことが一番不思議なのだ。

「動機はおいておきましょう」プライは、唇をひきしめる。

「じゃあ、あの日だったのはどうして? なんであたしたちがいる日に、そういうことしたの? あたしたちのせいなの?」ネイリンは一気にいった。頭だけではなく、感情まで混乱している感じだった。

「そのことが、一番のヒントだったんです」プライは答えた。「わたしにも、ずっと不思議に思っていることがありました。それは、どうしてわたしたちを疑わないのか? ふつう、家族が殺された日に、どこの馬の骨とも知れない人物がいたら、絶対に疑うでしょう?」

「疑われはしたさ」ラパルクが自慢げにいった。「それを避けるために、おれは頭をつかったんだ。おれが考えて、議論を仕切ってなかったら、たぶん疑われてたぞ」

「いえ、それにしたって疑われなさすぎなんです」

 プライの言葉に、自慢げに高揚していたラパルクの顔が、一気にいつものものにかわった。

「なんだよ、おれの推理があんまり意味ないみたいじゃないか」

「あまり意味ありません」

「外れた上にないのかよ!」

「だって考えてみてください。ご主人たちからすると、まず家族が殺されているのを発見します。で、たまたまやってきた外部の人間がいる。ふつうは疑います。しかも、その外部の人間は、殺したのも身内だという。もう噴飯ものでしょう。まず、理屈抜きに、おまえたちこそが怪しいだろう、といって、ラパルクさんの話すら聞かないのではないでしょうか」

「まあ。理性的だってことなのかな、って思ってたけど」

「理性的ではあるんです。石を守る人間として選ばれたご主人に、頭のいいロッテさん。しかし、それにしたって、と思ったわけです。で、考え方を変えました。頭がいいからこその反応なのかな、と」

「どういうことだ?」

「つまり、わたしたちを疑わないのには、理由がある。わたしたちがいる日にわざわざ殺人を起こしたこととも合わせて考えると、わたしたちには、なにか役割があるんじゃないか、って」

「ねえ、話聞いてて思ったんだけど、あたしたちがいる日に殺人を犯した理由として一番可能性のあるのは、あたしたちに罪を押し付けるってのが考えられるよね?」ネイリンはぞっとしていった。理性的な主が犯人なら、そういうことだって考えられたのだ。「でも、実際は、逆なんだよねぇ」プライがいうように、立場からは考えられないぐらい、疑われていないのだ。

「なんなんだ、おれたちの役割って?」

「日常性の回復を期待されたんです」

「え、日常性……?」プライのいったことの意味がよく分からなかった。

「はい。殺人だけなら、いつでも起こせました。今回のように、イボーさんに押し付けることも、べつに今じゃなくてもできます。でも殺人は、普段に起こしちゃだめなんです」

「普段はだめってどういうことだ? いつでもだめだろ」ラパルクが突っ込む。

「まあ、倫理的にはそうです。わたしがいってるのはそういうことじゃなくて」

「どういうことだよ」

「普段、日常の感覚のときに殺人が起きれば、そこから非日常の世界に突入します。犯人特定されれば、そこからはまがいなりにも日常が再開しますが、日常性は完全には回復しません。そこで、わたしたちがきた日に起こしたんです」

「あたしたちがきた日……?」ネイリンは首をひねりながらいう。

「はい。不意の客人の到来は、小さな非日常です。感覚は、心理的なものだけじゃなく、身体的なものも、少しだけかわると思います。そんなときに、殺人を起こすんです」

「どういうことだ? 徐々に非日常の世界に引きずり込もうっていうのか? 殺そうとしたもの以外の精神衛生を考えて?」はっ、といってラパルクが笑う。「そんなわけないだろう?」

「もしかして、ロッテのことを心配して?」

「違います。期待しているのは、帰るときなんです」プライはつづける。「殺人によって発生した霧のような非日常感は、事件が解決しても、犯人が特定されても消えません。そこで、残った霧を、客人に持っていってもらうんです」

 客はくるときに小さな非日常感を持ってくる。帰るときには持っていく。ついでに、もう少し持っていってもらおうということか?

「そんなふうに、うまくいくかな……?」ネイリンは訊いた。絶対違うとも思わないが、そう簡単なものかな、とも思う。

「やらないよりは、ましでしょう。わたしは、他に殺人事件なんて知りませんが、もし外部の人間がたまたまやってきたときに殺人が起き、犯人がその家のものだったら、そういった効果を期待してのものじゃないでしょうか。そういう意味で、こういう事件は、外部の人間がいるときにこそ、より多く起きると予想します」

「じゃあ、今のガードナー家は……」

「殺人が、それも二件も起こった家にしては、割合落ち着いているんじゃないでしょうか。もちろん完全に、いつもどおりというわけにはいかないでしょうが」

「犯人は、じいさんで間違いないのか?」ラパルクは、怒ったようにいった。

「はい」

「じゃ、じいさんは、息子二人を殺すつもりで今まで過ごしてきた、ってことか? その動機はなんなんだ?」ラパルクはつづけざまにいう。「それは、あの部屋の仕掛けに気づいたことと関係しているのか?」

「え、どういう意味?」ネイリンは、意味が分からず訊いた。「仕掛けに気づいたから殺すって、そんなことある?」

「分かんねぇけどよ、でもあの仕掛けは、あの家では大きな意味を持つだろ? つまり、解いた人間が、先祖から待ち望んだ人間なんだから。それを主が解いちゃったんだぞ。ここに、なにか意味は発生しないか?」

「それは、あまり関係ないと思います」プライは首を振った。「中からだってブロックを動かせば仕掛けは作動し、石が出てきますが、石を出すことそのものに意味があるというわけじゃないんです。外から仕掛けを解くことに意味があるんです、少なくともガードナー家では。だからご主人は、仕掛けを発見して動揺こそはしたでしょうが、それ以上の思いはなかったんじゃないでしょうか」

 ガードナー家は、外からあの仕掛けを解く、プライのような人間を待ちつづけていたのだ。偶然石を見つけたところで、意味はないかもしれない。

「そうはいってもなぁ、生き返りの力がある石だぞ。じいさんも、つかっちゃおうとか思ったかも」ラパルクはいう。

「先祖が守り通した石です。自分が見つけたからといって、つかってしまうのは抵抗があるはずです」プライは付け足す。「あのご主人なら、特に」

 ネイリンは、ガードナー家に伝わる話を、ロッテがネイリンたちにはなしたことを知ったとき、主が激しく怒ったことを思い出した。

「じゃ、石は動機とは関係ない、ということか?」

「それもまた、考え難いと思います」プライはいう。

「どういうことだよ?」ラパルクは頭をかきむしる。「今、石は関係ないといっただろ」

「石の出し方を、ご主人が偶然知ってしまったことは関係ないという意味です」プライはマイペースにはなす。「石は、代々継がれていきます。このままいったら、次に石を継ぐのはトーナスさんだったでしょう」

「それが嫌だった、ということか?」

「はい」

 ネイリンは動揺した。

 動機はそんなことなのか。

「でも、どうして?」ネイリンは訊く。「トーナスさんが嫌なら、ジーナスさんにすればいいじゃない」

「しかし、石、もしくは家督は、知性のあるものに譲る、というのが、ガードナー家の決まりです。今の状況でジーナスさんに継がせるのは、無理があるでしょう。それに、そもそも、ジーナスさんには、もっと継がせたくはなかったんです」

「だから、殺した?」意図せず、ネイリンの声は震えていた。「殺してどうなるの? 二人とも殺しちゃったら、石はだれが守る……」

 ――ロッテが守るのか。

「ロッテに継がせたかったということか?」ラパルクがいう。「いや、ロッテに継がせたいんでも、べつにトーナスさんたちを殺す必要はねぇだろ」

「でも、ジーナスさんに継がせるという選択肢は、現状ありえないんです」

 だらしなく酔っ払っているジーナスの姿を思い出す。

「なら、いったん、トーナスさんに継がせて、その次をロッテにすればいい」

「違うんです」プライは首を振る。「ジーナスさんやトーナスさんに継がせたくないのは、継いだ時点で、彼らが石をつかってしまうことを恐れているんです」

 あの部屋に入る資格を得たものは、主の例で分かるように、仕掛けを偶然に解いてしまう可能性がある。だから、解いてしまっても、つかってしまわないだけの知性が、あの家の家長には必要とされる。

 トーナスもジーナスも、不十分と判断されたわけか。

「それに、トーナスさんに継がせた場合、ロッテさんには回ってきません」

「え、どうして?」ネイリンは訊く。

「家督争いに敗れたものは、この家と断絶させられるんだ」ネイリンの問いに、思い出したようにラパルクが答えた。「イボーが実は息子だとじいさんがいったとき、いっていた。それは、」

「本当です」プライが答える。「家督争いに勝てば、石も守らなくてはいけない。それはつまり、石のある家も持ち、その家を存続させるために、経済的な基盤も受け継ぐことを意味します。逆にいうなら、負けたものはすべてを奪われ、外に放り出されるんです。遺恨が残らないわけありません」

「だから、間を飛ばしてロッテに継がせようと、息子たちを殺した……」ネイリンはつぶやく。

 父と伯父を殺された被害者であるロッテは、動機の面でも当事者だったのだ。

「重過ぎるよ、そんなの……」ロッテの顔を思い出して、胸が苦しくなった。

「そういう事件、だったんだな……」ラパルクは、物憂げにいう。「石に翻弄され、石をめぐっての殺人なんて皮肉な話だと思っていたが、」ラパルクはプライを見ていう。「皮肉なんてもんじゃないな。石を守るため、守る体制を整えるために殺人まで犯したのに、その最中に、言い伝えの智者が家にやってきているんだから」

「わたしは、そんなんじゃありません」プライは首を振る。

「じゃあさ、」ネイリンは謙遜するプライを無視していった。「もしプライが元気だったら、殺人はそもそも起こらなかったっていうわけ?」

 ネイリンは考える。

 もしそうなら、ジーナスたちは無駄死にだったということになる。

 やりきれない。

 しかし、

「プライが元気じゃなかったから、あの家に行くことになったんだよね」

「なんて事件だよ」ラパルクが深く息を吐き、首を振った。「運命としか思えないな……」彼は髪をかるくかきまわしてから、プライにいった。「プライ。それはそうと、さっきの話で、一つ疑問になったことがあるんだが」

「はい。なぜ、家督争いに負けた人間を疑わなかったか、ということですね?」

「なんで分かった?」ラパルクは、口をあんぐりと開けた。「考えていることまで分かるのか?」

「いえ」プライは鼻息をもらす。「今その話が出たから、きっとそう思うだろうな、と推測したんです」

「はあ……」らパルは両手を挙げる。「こりゃ勝てないわ」

「勝てないのは当たり前じゃないの」ネイリンはいった。「そういえば、プライ、起きてはじめていったこともそのことだったよね」

「ええ。そのことも、この事件の理解をしやすくしたんです」プライはつづける。「わたしが気になったのは、二点。なぜわたしたちを疑わないのか、というのと、これでした」

 ネイリンとラパルクは、無言で先をうながす。

「まず、先ほどもいったように、まずはわたしたちを疑うべきなんです。なぜ疑わないのか。なにか役割を期待されてるんじゃないか、と考えたと同時に、こうも考えました。それは、他に疑っている人物がいるからじゃないのか。そう思い、周りを見回すと、怪しい人物としては、主に家督争いに負けた人物が浮かび上がります。ですが、主は彼、もしくは彼女の存在を指摘しません。自分の次男が犯人だといわれているのに、です」

 ラパルクは気持ち、肩をなでおろす。

「しかし思い出さないはずはないんです。わたしたちも怪しいかもしれませんが、わたしたち以上にはっきりとした動機があるんですから」つばを飲み込みつづける。「いわない理由として考えられるのは、彼、もしくは彼女が亡くなっているのを知っているか、もしくは、後でいおうとしているか」

「後で……?」ネイリンは聞き返す。なぜわざわざ後でいうのか。

「その前に、前者の可能性を消して起きましょう。家督争いに負けたものが仮に亡くなっているのだとしても、後々ラパルクさんたちが、その可能性に気づく可能性があります。だから、前もって一応いっておくべきなんです。でもいわなかった。そこで、後者ではないかと思ったんです」

「後者っていうのは、後で指摘する、っていうものだよな?」

「はい。まずはジーナスさんを犯人ということにしておく。でも、後になって、いや、真犯人はあいつだ、といった方が衝撃から、納得しやすい」

 そして、ジーナスを最初に疑う結果になったということは、ラパルクが議論を先導していたかに見えたが、実際は議論を誘導されていたということか。

 ネイリンもラパルクも、犯人の手のひらの上で踊らされていたのだ。

 今頃になって、その知性に寒気を覚えた。

「そう計算する可能性はあると思いました」プライはつづける「そしてそう計算する立場は、犯人でしかありえません」

「そうか……。そう考えて、プライはおじいさんを疑いだしたのね」

「同時にいろんなことを考えていますから、どこからの考えで、その結論に気づいたかは、正直分からないんですが」

 そういえば、トーナスが死んでいた部屋は密室だったが、そのトリックを解くと、犯人として主の姿が浮かんでくるんだった。

 同時多方向に思考を飛ばして、それらが主に収束したイメージが頭に浮かんだ。

 プライは、たぶんそのように考えているのだろう。

「でも、いわなかったよね」ネイリンはいった。彼女の思考は、シーケンシャルで、自分でもじれったかった。「それはどうして?」

「それは、イボーさんのほうが、犯人としての条件を備えている、と判断したからです」

 ああ、そういえばイボーのことを忘れていた。

「条件って……」ネイリンはつぶやく。

「思いついたんです。ジーナスさんの部屋に行ったイボーさんの行動は、密室を作った証拠を隠すための行動に仕立て上げることができる、ということに」

 イボーは、ジーナスの密室を作るときだけじゃなく、ここでも利用されたのか。

 その臨機応変さに、ネイリンは驚いた。

 主は、だてに知性があると先代に認められたわけじゃないな、と思った。

「しかしそのために、不自然になってしまいました。つまり、タイミングを逃したことで、家督争いに負けたものを一度も疑うことができなかったんです」

「それは、不自然……か?」ラパルクが首をひねる。「おれは、家督争いに負けたやつのことなんか、一度も考えなかったぞ」

「ふつうは、考えるんです」

 ラパルク息をふっ、と吸い込んだが、結局そのまま飲み込んだ。

「状況証拠は、たくさんあるんだね」ネイリンはいった。

 できることなら、反論したかった。ロッテのためにも論破したかった。

 でも、できないようだ。

「で、イボー……さんはどうなったんだ?」ラパルクも、やっと心から主犯人説に納得した様子だった。

「暇を出したんだそうです」プライは何気なくいった。「二人家人がへった。これからは家の仕事もへるだろう。だから、おまえに暇を出す。金は出すから、お母さんを探しに行ったらどうだ? そういったんだそうです」

 そういったんだそうです――?

 その言い方って……。

「おい、プライ。なんだよ、それ。おまえもしかして、そのこともじいさんとはなしたのか?」ラパルクがあわてた様子でいう。

「ええ。そのことだけは確認しました。お母さんがいて、失踪したのは本当なんだそうです。イボーさんは、喜んで探しに行ったそうです」

「そうですって、それだけか? え? そういう話をしたっていうことは、じいさんが犯人だということを、プライが気づいているっていうことを、じいさんも知っているってことか?」

「はい。石を持っていったときに、イボーさんの所在を訊いたんですが、イボーさんの所在を訊くこと自体が、ご主人が犯人だと知っていることを意味しますからね」

「で、じいさんはなていってたんだ? なにか、いいわけとか、してたのか?」

「いえ、なにも。わたしも、その辺のことははなしていません」

「つまり、告発はしないということか?」

「ラパルクさんだって、市には報告しないおつもりだったんでしょ?」

「いや、そうだけどよ……」

「しなくていいよ」ネイリンはいった。「そういうのがいいのかどうか分からないけど、もしそのことをばらしたら……」ロッテの心はもたない。「いいよ」

「はあ……」ラパルクはため息をついた。「ま、いいけどよ。……それにしても、じいさん、イメージとは違ったな。人は見かけによらないな」

「うん」ネイリンもうなづく。「そんなことする人だとは思わなかった」

「いや、それもそうだけどよ、それ以上に、これだけ頭が回る人だとは思わなかった。だってよ、もしプライがいなかったら、おれは未だに、爺さんの目論見通りイボーさんが犯人だと思ってたぜ」

「確かに、すごい頭いいよね」といってからネイリンは、ふと思った。「でも運がいい面もあったんじゃないかな?」

「どういうことだ?」

「だってプライのいうとおりならさ、おじいさんはトーナスさんとジーナスさんの死体を、あたしたちがいるうちに発見させたかったわけだよね」

「そう……なるか?」

「うん。事件を終わらせて、ちょっと残った非日常感をあたしたちに持っていってもらいたかった、っていうことになると、ジーナスさんだけじゃなく、トーナスさんの死体も一緒に発見して、一緒に解決する必要があったじゃない?」

「ああ、そうか」

「でも、あの部屋を開けてみましょう、っていったのは、偶然じゃない?」

「だれがいいだしたんだっけ?」

「あたし」ネイリンは自分の顔を指差した。「あれ、あたしがいいだしてなかったら、どうしてたんだろ?」

「自分から、いってたんじゃないか?」

「そうかな。でも、おじいさんが、自分からあの部屋を開けてみよう、なんていいだしたら、おかしくない? だって、これまで、ずっとあの部屋を守ってきた張本人だよ」

「でも、開けたからといって、石を取られたりするわけじゃない。トーナスさんの件も一緒に解決したかったわけだし、実際開けることになったんだから……」

「そうじゃなくて」ネイリンがラパルクの言葉をさえぎっていう。「周りには、なにがあったって、あの部屋を自分からは開けないようなイメージで見られてたはずだと思うのよ。そんな人からいいだすのは無理がない? ってこと」

「でも、開ける必要はあったわけだろ?」

「そう。もし、あたしがいいだしてなかったら……」

 口が止まった。

 突然動かなくなったのだ。

 もし、ネイリンがいいだしていなかったら、主はどうしてたんだ?

 絶対にいいだすと予測していたのか?

 そして、ネイリンは、実際にいいだしている。

 計算の内――?

 ありえない。絶対にありえない。なぜなら、

 ネイリンがあの部屋を開けようといいだしたのは、あの部屋自体に対する興味が大きかったからだ。

 もちろん、トーナスがいないか確認したかったこともある。だが――。

 それ以上に、不謹慎ではあるが、どうしようもなく、あの部屋に入ってみたかったのだ。

 あの部屋のことを知っていたから。

 あの家の秘密を知っていたから。

 石が入っているという鏡があるのを知っていたから。

 でもそれは、主は知らないはずなのに――。

 ネイリンが知っていることを知らないはずなのに。

 計算されつくした事件だと思っていた。

 主の能力を低く評価していた、と。

 違うのだ。

 主が描いた画じゃないんだ。

「プライ、どうしよう……」ネイリンはプライを見た。泣きそうだった。「あたし、どうしよう……」


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