第二章 34
34
ネイリンは帰り支度をすませ、廊下に出た。外で待っていたプライと合流する。ラパルクは少し遅れて部屋から出てきた。
「さ、行くか」ラパルクが踏ん切りをつけるようにいった。
行こうと思ってから、まだ家人には知らせていない。知らせてから支度をするのが筋だと思ったが、どうにもロッテの顔が見づらく、結局会う前に用意をしてしまった。
三人は並んで廊下を歩いた。曲がり角で、あの部屋の扉を指差した。
「プライ。これが、例の部屋。分かる?」ネイリンはプライにいった。
「はい。この部屋、窓がなくて圧迫感がありますよね」プライは肩をすくめる。「夢で見ました」
そういえば、そんな話もプライの前でしたか。
きっと彼は夢の中で、ネイリンたちと行動をともにしていたのだろう。
「ずっと夢を見てたの?」
「えっと……」プライは首をかしげる。「どうだったかな。寝てる間の記憶は、うまく説明できません」
大広間の上に出ると、下に主とロッテがいるのが見えた。同じソファに座っていた。
そのめずらしい光景に、ネイリンの足が思わず止まった。
なんとなく、主がロッテを慰めているように見えたのだ。
プライは、主に挨拶をしている。そのときに、帰る、というか旅に戻ることを知らせているのだろう。ロッテも、ネイリンたちが帰ることを知っているのかもしれない。
寂しがっているのだろうか。
やっぱり……。
「あ、ラパルク」ロッテの声がきこえた。
プライとラパルクは、立ち止まるネイリンを置いて、一足先に階段を下りていた。
ネイリンも、あわてて後を追う。
ロッテが立ち上がり近寄ってきた。
ネイリンとラパルク、ロッテにプライが、階段下で輪になった。
「行かれるんですね」ロッテがネイリンに向かっていった。「道中、お気をつけて」
寂しそうな様子ではあるが、引きとめる気はないようだった。
「うん。……近くを通ったら、またおじゃまするからね」
ネイリンがそういったとき、調理場につづく扉が開き、ルイが顔を見せた。ネイリンたちの様子を見ると、すぐに扉を閉めた。
「はい。楽しみにしております」ロッテが目だけで笑う。
「いろいろ世話になったな」ラパルクがいう。
ロッテは、ふふ、と笑った。
「こちらこそです」
彼女がそう答えたときだ、調理場につづく扉から、カーテとルイ、リールがあわてた様子で姿を現した。
「あら、お帰りになるんですか?」カーテが小走りによってくる。「きたときも急でしたが、お帰りも急なんですねぇ。あ、旅に出るんだから、お帰りじゃないのか。またいらしてくださいね。って、あたしがいっちゃいけませんよね」カーテが一人笑い、それからすぐに真顔になった。「あら、あなたがお病気だった人? んまあ、賢そうなお顔だこと」といってから、横にいたロッテと見比べた。「こりゃ、未来の旦那様かもしれませんわね」
「カーテ!」リールがたしなめる。
ネイリンは、いつもどおりのカーテの口数の多さに笑った。プライは苦笑いをしながらいった。
「いろいろとお世話になりました。寝ている間は、意識がしっかりしていませんでしたが、スープをいただいたことは覚えております。ありがとうございました」プライは頭を下げた。「きっと、あのスープのおかげで元気が出たのだと思います」
「あら、いいのよ。でも喜んでくれてよかったわ」
「作ったのはおれだ」リールがいう。
その場にいたみんなが笑った。
笑いが生まれてネイリンはほっとしていた。故郷を出るときも、姉にすら知らせず出てきたネイリンは、涙の別れが苦手だった。
一同は、だれからともなく玄関の方に移動をはじめた。
ネイリンは、みんなから外れ、少し遅れてついてきていたルイの耳元でささやいた。
「ロッテを守ってあげてね」
彼は戸惑ったように立ち止まったが、少しだけほほを赤らめながらうなづいた。
玄関を出ると、日差しが強く、まぶしいほどだった。
振り返り、屋敷を仰ぎ見る。
やはり大きい。だが、倒れたプライをつれて、始めてこの屋敷を仰ぎ見たときよりも、小さく見え、そして、外観を見るのはきたとき以来にもかかわらず、不思議なもので目に馴染んでいた。
でも、冷たくは感じた。
どんな立派な家にだって家族がいる。
どんな屋敷の中にも、暖炉の暖かさに似た、ぬくもりがある。
だが、今この屋敷の暖炉は消えている。
今度ここにくるまでに、その火は点くだろうか。
そんなことをネイリンは思った。
「おい、プライ、行くぞ」ラパルクがいった。
その声に反応し、プライを探すと、彼はみなからはなれ、主とロッテと三人でなにやらはなしていた。最初は、お礼とかをプライがいっているのかな、と思ったが、主とロッテのほうが、かしこまって頭を下げている感じだった。
「なにやってんだろ」奇異に思って声にだした。
「決まってるだろ。おれたちに、目的が一つ増えたんだよ」ラパルクがいった。「これからはトーイのほかに、イボーも探すってわけだ」
「あ!」ネイリンは思わず声をだした。
ラパルクが、ネイリンの耳元でいった。
「ジーナスさんの敵をとろうぜ」
「うん……」ネイリンはうなづいた。
でも、敵とか仕返しとかじゃない。
ロッテのためにも、終わらせるには、イボーに会う必要があるのだ。
会ってどうするかは分からないが。
プライはなにを託ったのだろう。
ネイリンは、屋敷に背中を向けた。
外の世界は、やはり広かった。