第二章 25
25
どれぐらい探しているのだろう。あらゆる場所を探した。床はすべて見たし、書き物机の引き出しの中や、その底の裏。クローゼットの中、布団を引き剥してベッドの中も見た。
カーテンレールの溝、棚の中や裏側、ジーナスのズボンの折り返し、壁に隠し部屋やスペースの存在も意識して、壁をさわりながら仕掛けがないか調べた。
なにもなかった。
怪しいところは、どこにも見つけられなかった。
石は――見つからない。
ネイリンはロッテを見た。彼女は無表情だった。
あせっていることだろう。リールが戻ってきたら、その時点で、石の捜索ができなくなる。少しぐらいなら引き伸ばすことはできても、あらかた調べてしまったのだ。これ以上調べるところもない。
やはり、ジーナスは――死ぬ、ということか。
今ロッテの心境はどんなものなのだろう。ネイリンは、きつく目をつむった。やっぱり、鍵なんか調べている場合じゃなかった。そんなことより、石を探す方がずっと大事だったのだ。
だが、鍵を調べず、石を探したところで見つかりはしなかったのだろうが。
あと、残された時間はどれぐらいだろう。
リールが戻ってきたら、そのときが、ジーナスが本当に死ぬときだ。
心臓の動きが徐々に速まってきた。
葬儀は、どのような段取りで進むのだろう。墓穴を掘り終わって、今日すぐに埋葬するのか。主が石の捜索を、リールが墓穴を掘り終わるまで、と決めたのは、すぐに埋葬する段取りになっているから、という気がする。
ロッテにきいてみようか――。
ネイリンは口を開きかけたが、どうしても言葉がでなかった。
今いうとしたら、そんなことではない気がする。
しかし、だからといって感傷的なことをいう気にもなれない。
父の死を目の前にしたロッテを前に、ネイリンはなにもいえなかった。
「なあ、ロッテ」ラパルクが口を開いた。
自分はなにもいえない。卑怯かもしれないが、ネイリンは黙ったままで、やりとりを眺めることにした。
「他の場所を探した方がいいんじゃないか? ここが一番怪しくはあるが、これだけ探してないんだ。石は他の場所に隠した、と考える方が自然じゃないか?」
「もう時間はありません」ロッテは無表情にうなだれていた。「わたくしも、他の場所に隠した可能性は考えていましたが、ここに賭けたんです。残された時間を、この部屋の捜索に当てようと」ロッテは自嘲気味に笑った。「負けたんですわ、賭けに。お父様って、」彼女は、毛布をかけられたジーナスを見た。微笑だった。自嘲の色は消えている。「娘のわたくしがいうのもなんですが、ああ見えて――なんていったら怒られてしまうかしら。実はすごく頭のいい方でしたの。もし本気で隠そうと思ったら、わたくしたちには見つけられないのかもしれません」
ロッテの表情は、先ほどまでのものとは違うものだった。なにかが抜け落ちたかのような表情だった。
「ううん」ラパルクは腕を組んだ。なにやら考えている。「本気で隠そうと、な」
ネイリンとロッテは、その先を待った。
ややあって、ラパルクが口を開いた。
「そういえば、ジーナスさんが――犯人だったとしてだ、その心境というものは、あまり考えていなかったな」
「……どういうこと?」ネイリンは口をはさんだ。ロッテが黙っていたからだ。
「ジーナスさんがトーナスさんを殺したとして、まあその場合、誤って、なのだろうが、どう思ったのか、そういったことだ」
「ジーナスさんがどう思ったのか?」
「ああ。自分のお兄さんを殺めてしまって、どう感じたのか。相当に動揺するんじゃないか?」
「それは、もちろん……」
「冷静に、隠し場所を考える、なんてことはできないよな?」
「どういうことでしょうか?」ロッテが不安そうにいう。情緒不安定気味なのか、表情がころころ変わる。
「いや、べつに、なにか考えがある、というんじゃないんだ。ただ、あまり、そういったことは今まで考えなかったな、と思ってな」泣き出しそうなロッテの顔を見てラパルクがうろたえる。「ま、石を盗み出そうと考えた段階で、隠し場所を考えておいたのかな。そして、とりあえずそこに隠した。そういうことか」
なんだか、歯切れが悪かった。
たぶん、兄を殺したものにしては、しっかり隠したものだな、そういいたかったが、遠慮したのではないだろうか。
少し気になった。
確かに、ジーナスの行動は、兄を殺してしまったものにしては妙――というか、冷静にすぎる。もしネイリンが――そんなこと絶対にないが――姉のセナを誤って殺してしまったら、動揺して隠すものも隠せないのではないか。それがたとえ、隠し場所を事前に用意していてもだ。
しかしジーナスは隠して見せた。それどころか、今朝、起きぬけのネイリンと、いたって普通の世間話さえしたのだ。
冷静にすぎる、という気もする。
つまり――誤って殺したのではないのかもしれない。
トーナスを殺すことも計算のうちだったのか。
ネイリンは息を一つ吐き、さらに考えた。
そもそもジーナスが石を探した理由はなんだろう。生き返り、というとんでもなく魅力ある力がある石だ。あるのならだれでも欲しがるだろう。そう考え、彼が石を欲した本当の理由をあらためて考えはしなかったが、これは真剣に考える必要がある。
生き返りの力を自分につかおうとしたのか。それとも、売ろうと考えたのか。
それは分からないが――いや、その前に、もし石をジーナスが手に入れた場合、この家での勢力図はどうなるのだろう。
この家では、家督を継ぐものが石も継ぐらしい。いや、正確にいうのなら逆なのだ。
石を手にしたものが、家督も継ぐ。
もし、力ずくで奪ったなら――。
力ずくで石を奪っても、家督はジーナスのものになるのか?
たぶんならないだろう。だが、そのとき、つまり石を手中に入れたそのとき、家督を継ぐだろうと思われていた長兄が死んでいたら――。
ガードナー家は、ジーナスのものかもしれない。
ネイリンはラパルク、ロッテ二人を見た。視線は合わなかった。
二人ともなにを考えているのだろう。……自分と同じことだろうか。
「お嬢様」
突然の声に、背筋がひやりとした。
声がして、はじめてリールが扉のところにいるのが分かった。
「用意は済みました」
彼の言葉はつまり、ジーナスへの死の宣告だった。
ネイリンは複雑な気持ちだった。
もし仮に、今考えたように、ジーナスが計算づくで兄を殺し、石を盗んだなら、同情には値しないようにも思う。だが、そうだとしても、友だちであるロッテの父親には変わりない。
「……」ロッテは無言だった。
「オイスガーデ神士様もこられているようです」答えないロッテに、リールがつづける。「お嬢様……」
「分かっています」ロッテは顔を上げた。「参りましょう、お祖父様のところへ」
諦めたのだろうか。感情的に諦められるようなことではないが――しかし石が見つからない以上、諦める他はないのだが。
ロッテは率先して部屋をでた。ネイリンも、ラパルクとともに彼女につづく。
廊下で、ルイが壁際に立っていた。視線はロッテを追っている。