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第二章 24

      24


 ネイリン、ラパルク、そしてロッテの三人は、ジーナスの部屋に向かった。

 無言だった。

 ネイリンの頭に、ジーナスの死体を見つけたときのことが浮かぶ。

 音も色もなく、光景の輪郭と動きだけが、頭の中で再生される。

 ジーナスの部屋も密室状態だった。外の世界と隔絶した空間で、一人死んでいたジーナス。それを見つけ、初めてパニックを見せたロッテ。息子の死に顔を見て、窓の向こうで顔を青白くした主。

 部屋が近づくにつれ、気が重くなり、足取りも重くなる。

 ラパルクの論理では、彼は呪いによって殺されたという。

 その呪いが起こったかもしれない部屋は、意に反して一歩一歩近づき、そして目の前に。

 扉の前でロッテは立ち止まった。

「大丈夫、ロッテ?」彼女は下を向いていた。「無理しなくていいのよ。石の捜索は、あたしたちだけでもできるし」

「大丈夫ですわ」ロッテは、顔を上げて笑顔を見せた。「お父様のためにできることをしたいんです」

「うん……」

 ロッテは扉を開けた。そして今度はためらいを見せず、足を踏み出す。彼女につづいて、ネイリンも室内に足を踏み入れた。

 こちらの室内も、当然、先ほどと違いはない――ようだった。あの部屋とは違い、ジーナスが生活していた部屋だ。物も多い。ベッド。書き物机。窓。カーテン。棚。鏡。クローゼット。そして、部屋のほぼ中央に毛布にくるまれ横臥しているジーナス。見るべきものはたくさんあり、違いはない、と簡単に断言していいのかは分からないが、少なくとも一見して違いはなかった。

「まずは、どこから調べましょう。――床から調べましょうか?」ロッテがいう。ジーナスから目をそらして、あらぬほうを見ている。

「その前に、ジーナスさんの死因を、もう少し調べてみたいと思う」ラパルクがいった。

 ジーナスには、ロッテの手前あまりふれたくないと思っていたネイリンだが、やはり無視しつづけるわけにもいかないだろう。ラパルクのいうように、死因を調べることにも大事だし。ないがしろにはできない。

「分かりました。でも、ラパルクがやってください。わたくしは……」

「ああ。もちろん、お嬢さんにも手伝ってくれ、なんていいはしないさ」いってラパルクは毛布に近づいた。

 ネイリンはどうしようか瞬間迷ったが、ラパルクについていることにした。ロッテも心配だが、ラパルクが気がつかないことを自分が気づく可能性もある。

 ラパルクはジーナスにかけられていた毛布をはいだ。ジーナスが現れる。顔面が蒼白だ。表情は、驚愕、といった表情だった。

 あらためてジーナスの死体を見て、臆しそうになってネイリンだが、息をひとつ吐いて、気持ちを引き締めた。動揺している場合でも立場でもない。

 彼の胸にはナイフが刺さっている。これが死因だろう、とは思ったが、綿密に調べたわけではない。

「本当に、ナイフを刺されて亡くなったのかなぁ」弱気にならないため、ネイリンの方から口を開いた。「ナイフも刺さってるけど、他の事が直接の死因っていう可能性はないの?」

「まあ、ないだろうなぁ」とはいいつつ、ラパルクはジーナスの身体を仔細に調べ始めた。「もし他のなにかが原因で死んで、その後にナイフを刺したなら、こういった血のでかたはしないはずなんだ」

 ラパルクは、ジーナスの服をすべて脱がすようなことはしなかったが、それでもボタンをはずしたりして、あらゆるところをチェックしていた。

「とくに怪しいところはないな。ジーナスさんはナイフによって殺されている」

 といって、ラパルクはロッテを見た。ロッテは後ろを向いて耳をふさいでいた。ネイリンたちの最前からの会話には、遺体となっているものの娘として聞きたくない単語にあふれていたかもしれない。

デリカシーに欠いていたな、とネイリンは少し反省した。

「だが、ナイフによって殺されている、というのが、そもそも不自然という気もしないでもないが」ラパルクは、ロッテを見ながら小声でいった。

「ん? どういうこと?」

「だから、もしジーナスさんが呪いで殺されたなら、ナイフ、っていうのが変じゃないかっていいたいんだ」

「へん……かな」

 まあ、「呪い」のような非現実的な力なら、ナイフなどなくても心臓の動きをとめることができるかもしれない。だが、ナイフによって心臓の動きを止めてもいいような……。

 いや、やっぱりラパルクのいうように不自然な気がしてきた。

「まあ、いわれてみればおかしいかも」ネイリンは考えながらはなす。「呪いのわりにはいやに現実的な殺し方だよね」はなしていると、べつにおかしくないのか、という気もしてきた。「でもな、部屋は密室だったんだから、このナイフがひとりでに動いたってわけでしょ? そういう想像なら、呪いのイメージと矛盾しないけど」

「ああ。ジーナスさんは呪いによって殺されたのかもしれない、といったときにみんなナイフのことを疑問視しなかったのは、そういうイメージを頭の中で働かせたんだろうけど……」

「けど?」ネイリンは先をうながす。「なによ?」

「その想像を支えているのは、この部屋の密室性だ。だから、それを確認しないとな」

「まあ、そうね」

 ラパルクはジーナスの胸ポケットに手を入れた。鍵を中から取り出し、ジーナスに毛布をかけなおした。それからロッテのところに行き、依然両耳を抑えている彼女の肩をぽんと叩いた。ロッテがびくりと、小さくはねた。

「大丈夫だ。毛布もかけたし、もう調べない」そういってラパルクは、扉の方に向かった。

 ネイリンは後を追う。ロッテもついてきた。

「なんですの、ラパルク?」

「鍵を調べようと思ってな。細工を施す余地があったのかどうか、調べる必要がある」

「はあ……」ロッテはピンときていないようだった。「細工っていうのは? この部屋は、お父様が鍵をおかけになったんですよね?」

「そうだと思ってる」ラパルクは、扉を開いた状態にして、鍵穴に鍵を入れた。回すと、それにつれて扉自体から突起がでる。これが壁にある穴にはまり、鍵がかかるという構造だ。「だがもし、この鍵に何らかの細工ができるなら、ジーナスさんを殺したのは、呪いの力などではなく、第三者の犯行、という可能性もでてくる」

「第三者の犯行って……。でもラパルクは、呪いの力でお父様は殺されたのだとおっしゃったじゃありませんか」

「ああ。おれはそう思ってるけどな。トーナスさんの件や鍵のことなど、もろもろの条件からしても、そう考えるのが自然だと思うし。だが、調べる必要はある」

「そうですわね」

 そういうロッテの様子は、言葉とは裏腹に、あまり納得していない様子だった。

 さっきのあの部屋の捜索のときもそうだったが、やはり石の捜索を優先したいのだろう。石の捜索は、リールが墓穴を掘り終えるまでの間、という条件もある。

 だが、ラパルクの行動も軽視していいことではないだろう。彼は、一連の不可思議な出来事が、どのようにして起こったかを説明したが、見たわけではないのだ、それが絶対の真実というわけではない。だから、その仮説を補足するために色々調べるのは必要なことだと思う。そして、たぶん今を逃すと、立場や状況を鑑みて、以後この部屋は調べにくくなる。

 とはいえ、あせるロッテの気持ちも分かったので、ネイリンはいった。

「ロッテ。石を探したいのでしょう。なにも、三人一緒になって行動する必要もないわ。あなたは石を探してて」

「はい。そういたします。ネイリンも手伝ってくださいますわよね?」ロッテが上目づかいにいう。

「えっと、あたしは……」ネイリンはいった。「扉とか鍵をラパルクと一緒に調べたいと思う。さっきは、あまりこの部屋、調べられなかったから……」

 ロッテの気持ちも分かるが、ネイリンとロッテは立場が違う。父親を亡くした彼女のことを思いやってやらなくては、とも思うが、そんな彼女に代わって、考えたり調べなくてはならないだろう、とも考えていた。そういう仕事は、無関係で無責任な部外者が適任だし、やらなくてはならないことなのだ。

「そうですか」ロッテは、少しがっかりした様子だった。「分かりました。わたくしは、石の捜索をしています」

 そういってロッテははなれていった。

 それを見て、自分の考えは間違っているのかな、と少し自信がなくなった。

「鍵穴には、不審なところはないようだな」

 ラパルクの独り言が、うまく聞き取れなかった。

「ん?」

「いや、鍵の代わりに、なにかを入れた様子はないなっていったんだ」

「そんなの見て分かるの?」

「ああ、たぶんだけどな。へんな傷跡もないし、この鍵は、けっこう形が複雑だ。鍵の代わりになにかを入れて、これを動かすってことはできないだろう」そういってラパルクは、扉から出た突起物を指ではじいた。

「他に、なにかあるかなぁ。鍵をつかわないで、外から鍵をかける方法」

「んな方法はねえよ。だから考え方としては、もし人間がこの密室を作ったのなら、鍵をかけてから、どうやって鍵を室内に戻したかって考えた方がいいだろうな」

「どっかの隙間から、鍵を中に投げ入れるって感じ? でもだめでしょう、それも。だって、鍵はジーナスさんのポケットの中に入ってたんだよ。ちょっと、外から戻すのは無理そう」

「じゃあ、こっちじゃないのかなぁ」ラパルクがあごをこすりながら窓を見た。「この部屋は窓がずいぶんあるから、そっちに細工をした可能性のほうが強いかもな」

「細工をしたならね」ネイリンは鼻息をもらす。ラパルクの物言いは、まるで細工をした第三者がいるかのような口ぶりだ。そういったものがいないという前提で、ネイリンたちを納得させるストーリー作ったのは、他ならぬラパルクなのに。

「よし、とりあえず窓を調べよう」ラパルクは扉の隣の窓に寄った。そして上を見る。「この部屋、換気のための穴なんかはないのかな」

「なんで?」

「いや、もしあれば、そこから糸かなんかを吊り下げて、で、この鍵に引っ掛ければ、」

「見たら分かるじゃん。そんな穴なんてないよ」

 ネイリンは窓の上を見ながらいう。そこからぐるり室内の上部に目をやるが、そういった穴はなかった。

「なんだか息がつまりそうな部屋だな。これじゃあ、喚起するためには窓を開けるしかないのか。寒いときなんかは大変だな」

「そんな換気のための穴なんて常時開いていたら、それこそ寒いときには大変ですわ」

ロッテがいった。見ると彼女は、庭側の窓の下をはいつくばっていた。こちらを見てもいない。きいていたのか、とネイリンは思った。

「ねえ、ロッテ。そこで四つん這いになるのは危ないわ」

 彼女は、イボーが割った窓の下あたりにいた。ロッテのすぐそばには、割れたガラスの破片が散らばっていた。

「大丈夫ですわ。ガラスの上は通りません」そういって彼女は立ち上がると、言葉通りガラスをよけて歩いた。そしてまた四つん這いになる。

「おれたちも探すか」ラパルクがつぶやくようにいった。「あらためて見てみたら、なんか、想像もしてなかったようなものが見つかるんじゃないか、って気がしてたけど、そんなものはなさそうだしな」ラパルクはそういってしゃがみこんだ。「おれが考えたことも突飛だが、この部屋を外から鍵をかけたなんて考えるのは、もっと突飛かもしれない」

 たしかに、真剣に、けなげに石を探しているロッテを見ていると、自分たちが、なにかとんでもなく変なことを考え、変な行動をしていた気がしてくる。

 ネイリンも、ロッテやラパルクに習い、しゃがみこんだ。

 石を探す。

 人を生き返らせるという石。

 ――この行動も、現実から遊離している。

 ネイリンは、だんだん分からなくなってきた。

 ここへきてからのことが、すべてが嘘だったら、どれだけすっきりするだろう。もしすべてが嘘だったなら、元通りの日常に戻れる。ここにくる前の感覚に戻れる。

 逆にいえば、ここにきて、感覚はおかしくなった。というか、世界観が変わった。

 どう変わったのか。

 それはまだ、確定していないのだ。

 今は、なにかに向け、世界観がうごめいている状態。

 ネイリンは――ふと不安になった。


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