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第二章 22

      22


 一同は、黙って階段を上り、あの部屋に向かった。

 部屋の前まできて、またラパルクが口を開いた。

「ロッテ。確認したいことがあるんだ。その鍵は、本当に違うものなのか? ケースを開ける鍵で、この部屋も開いたりしないだろうな」

「一応確かめてみましょう」

 そういってロッテは、ケース用のものだろう鍵から、鍵穴に入れた。しかしまわるどころか入りさえしない。

「よろしいですか?」ロッテはラパルクを見上げる。

「ああ」ラパルクは扉を見た。そしてノブに手をかける。「入ろう」

 鍵はかけられていない。少し前までは厳重に封印されていた扉は、簡単に開いた。

 部屋の中は、当然、先ほどとなにも変わってはいなかった。ロッテは、無言で部屋に入った。

 先ほど入ったときは、トーナスの死体を見つけた、ということもあり、あまり調べられなかった。今度は主もいないし、心行くまで、気になり続けていたこの部屋を調べられる。しかも今度は、かなり現実的になってきた石の存在を意識しつつの探索だ。ネイリンは、少しばかり気負って中に入った。

 ラパルクも後につづく。リールとイボー、ルイは部屋の前にとどまった。

 ネイリンは部屋に入ってまず、人型に膨らんだ毛布を見た。この中にトーナスがいる。生前は傲岸不遜な態度で、感じわるく思ったりもしたが、殺され、一人こんな部屋で毛布をかけられているところを見ると、目頭が熱くなってしまう。

 かわいそう、という感情とも違うのだが。

 ラパルクは、まっすぐに彼に向かうと、躊躇なく毛布をめくった。とっさのことで目をそらせなかった。虚空をにらみつけるような表情のトーナスの顔が現れ、彼とばっちり目が合ってしまった。

「ちょっと、ラパルク。なにしてんのよ」

「確認だ」そういって、トーナスの頭を横に向けた。後頭部を見ている。「角のあるもので打たれているな。凶器の捜索も、いずれしなくちゃな。ところで、リールさん、いつ運ぶんですか?」ラパルクが室外に向かっていった。

「ジーナス様は、墓穴を掘り次第、お迎えに上がろうと思いますが、この部屋はジーナス様の部屋とは違い、封印しなくてはなりません。ですので、皆さんの捜索が終わり次第、トーナス様を運び出そうと思います」

「リール、イボー、入ってきて」そのときロッテがいった。見ると彼女は、あの文字盤が反対になった時計の下で、それを見上げている。「この時計を調べます。下に下ろしてください」

 この部屋にあやしいところはあまりない。というか、窓すらないなにもない部屋なのだ。鏡と文字盤が反対の時計。あとは、念のため、抜け道がないかどうか壁を調べるぐらいか。それぐらいだ。だから、遅かれ早かれ時計も調べることにはなるのだが、順番としては、まずは鏡を調べたかった。

「はい。イボー」リールはイボーを伴って部屋に入ってきた。呼ばれてはいないが、ルイも控えめな態度で入ってきた。「イボー、四つんばいになってくれ。私が時計を下ろす」

 イボーは、なにもいわず入ってくると、やはりなにもいわず四つんばいになった。リールはその背中に、やはり無言でのった。靴は履いたままだった。

 彼は一度時計を持ち上げるようにして止め具から時計をはずすと、それを腕に抱えた。

「リールさん」ルイがイボーの横で手を上にあげる。

 しかしリールは、手伝おうとしているルイを無視して、時計を抱えたままイボーから下りた。

「リール、それを床において。うつぶせにね」

 いわれたとおり、リールが時計を置いた。そっと、赤子を寝かせるような手つきだった。

「とりあえずこれを開けたいんだけど、工具が必要ですわね。ルイ」

 呼ばれた彼は、ハイ、といって背筋を伸ばした。

「工具を持ってきて。大急ぎでね」

「はい」やっと仕事が与えられたルイは答えるや否や、部屋から飛び出していった。

「時計になにかある、と考えているの?」ネイリンはきいた。

「この部屋になにかあることは確実です。そして、調べられるところは時計だけです」

「鏡もあるじゃない。というか、鏡の方が怪しい、というか重要だと思うんだけど」

「確かに。石が入れられている、といわれている鏡は無視できません。しかし、現実問題、鏡に石など入っていたわけはないですから。ならば、鏡に入っている、というのは一種の比喩と考えるのが妥当だと思うんです」

「比喩」

「はい。石が本当にあるかもしれない、という結論に導いたラパルクさんのお話をきいているときから、考えていたんです」そういってロッテは振り返り鏡を見た。「鏡に入っている、というのは鏡に移っている、ということではないのか。そして、鏡に移っているのは石ではなく時計」ロッテは時計を見下ろし、そしてネイリンを見た。「時計に石が入っている。いえ。入っていた、と考えることはできないでしょうか」

 それは考えていなかった。時計について疑問に持ったのは、なぜ文字盤が反対なのか。それだけだ。

 鏡に移ったものの中に石を隠す。だがそれだけだとすぐにばれそうだから、その隠した物自体に、意味深な細工を凝らした。そういうことなのだろうか。

「そうかもしれないな」ラパルクがいった、「どうして気づかなかったんだろう。その可能性はあるぞ。少なくとも、鏡に封印した可能性よりはずっとある」

 確かに。いわれているうちに、ネイリンもだんだんそんな気がしてきた。だが、それだと、あまりに簡単過ぎないだろうか。分からなかった立場でいうのもなんだが、もしそうだとするなら拍子抜けだ。

 これが盲点というやつなのだろうか。

「石はないだろうが、この中に、石を隠すだけのスペースがあるかどうかを確認するだけでも、意義はあるな」ラパルクがいう。

「ええ。石を隠すだけのスペースを認められたら、やはり石をめぐっての殺人だと考えることができます」

 そしてその場合の犯人は、ジーナスだ。

 そのような結論になったら、ロッテとしては辛いだろうが、やはり石はあるのだ、という証拠が見つかれば、父親の蘇りも現実的なものになる。

 いたしかゆしではある。

 それにしても――。

 とネイリンは思う。死んだものを蘇らせる石、などというものが、時計の中に隠されている、ということが納得できない。

 現実的に、「時計の中に隠された」石などに、非現実的な生き返りの力などないように思うのだ。非現実的に、「鏡の中に入っていた」石になら、そんな非現実的な力もありそうにも思うが……。

 ルイが戻ってきた。彼から工具箱を受け取ると、リールが時計の裏板をはずしにかかった。価値のあるものなのかどうかは知らないが、彼の手つきはことさらに慎重だった。

 裏板を止めていたねじをすべて取り終えると、リールはロッテを見た。彼女に開けさせようということらしかった。ロッテは、ちらとネイリンを見てから、裏板を持ち上げた。時計の内部は……。

 いたってふつうだった。ふつうの時計の中身などことさら注意深く見たことはないが、予想外のものはなにもなく、歯車や糸、滑車などで密集しているそこには、石を隠していたようなスペースも認められなかった。

 それでもロッテは、食い入るように見ていた。動かなくなる可能性もあるから、どこにもふれなかったが、どんな手がかりも見落とすまいというように、いろんな角度から内部を覗き込んだ。

「どう、ロッテ? なにか入ってたっぽい?」

 ネイリンの問いに、ロッテは黙って首を振った。

 やはりここじゃなかったようだ。

「でも隠すとしたら、ここしか考えられないんです」ロッテはつぶやく。「石とは、思いのほか、小さいものなのでしょうか?」

「ううん」ラパルクが首をひねる。「おれはなんとなくこぶし大のものを想像してたけど、べつに大きさについての言及なんかは、あのケースの文言にもなかったしな、その可能性はあるけど……」

「この中に入ってたなら、相当に小さそうですね」リールがいう。

「ええ。石がある可能性が一番高いお父様の部屋を捜索するときには、相当注意深く探さなくてはいけませんね」

「うん。この部屋も、一応床の隅々まで探しておいた方がいいかも」ネイリンもいう。

「いや、その前に」とラパルクがいった。「時計の正面を、もう一度よく確認してみよう。もしかしたら、文字盤に埋め込まれている、ということがあるかもしれない」

 これにはなるほど、と思った。

 石は鏡に入っている、といわれている。鏡に移っているということか、とも思ったが、鏡には時計しか移っていないから違う、と今までは考えていた。だが、その鏡に移っている時計の表面に石が埋め込まれているなら、話は矛盾しない。

「それなら、鏡にも移りますわね」わずかな興奮は、ロッテにもあった。「……見てみましょう」

 すぐにでも時計の正面を見たかったが、このまま時計を起こせば内部の部品が床に落ちてしまう。じれったくはあるが、裏板を戻さなければ。

 ロッテはあわてた様子で裏板を時計の裏側に載せた。リールが手早くねじを嵌めていく。すべて閉め終えてから、リールが時計を抱きかかえるようにして起こした。ネイリンは、ラパルクやロッテと先を争って、正面に回りこんだ。

「ぱっと見は……おかしなところはないな」ラパルクがいう。

 少なくとも、石をはずした後のような不自然さは、その前面になかった。

「この、中心にあるのはどうでしょう。石……のようにも見えますが」ロッテが、針の根元を板に固定している物体を指差す。

「石っぽくも見えるけど、でもそれなら、この時刻を示すこの点だって、なにかそれっぽいものが埋め込まれているよ」ネイリンはいった。「こっちの方が十二個もあって目隠しになるから、怪しいような気がするけど」

「でも、もしこのうちのどれかが石なら、どれがそうなのかわからないですわ」

 確かに、目隠しすぎる。

「もしかして、十二個全部石だったりして」

「それは……」

「どうやら違うようだな」絶句したロッテをよそに、ラパルクがいった。「どっちにしろ、これのどれかが石なら、まだ石は取り出されていないってことにならないか? だが、状況から考えて、石は取り出されている可能性が強いんだ。だから、取り出されていないってことから、これらは違うっていえると思うんだが」

「そうかな」ネイリンは、ふと思いいった。「可能性としては、見つけたけれども、取り出せなくていったん諦めた、っていうこともあるかなって思うんだけど」

「いや、ここで人が死んでるんだ。そんな中途半端な状況じゃないと思うが」

「じゃ、偽物と入れ替えたのかも」とネイリン。

「それも考え難いと思うぞ。もし仮にそうだとしてもだ……そもそもこのガラス、開くのか」いってラパルクは、表面のガラスを指先でつついた。

「えっと、どうでしょう……」いってロッテは、ガラスを調べた。四隅四側面で端に爪を当てている。「開くようにはできていませんわ。内側から入れて、はめ込んでいるみたい」

「なら、もし石を入れ替えたなら、まず裏板を開け、じゃまな内部をすべて取り出す、という工程を踏まなくてはならないな」

「これも違うんでしょうか?」気落ちしたようにロッテがいう。

「たぶんな。時計の表面に石が埋め込まれるのを知っていたものが、その石の偽物を作ったうえで忍び込み、時計の内部を取り出して石を交換し、またちゃんと時計が動くように、正しく中身を戻した、と考えるのは不自然だろうな」

 殺人の起きた部屋で、そんな悠長なことはしないと思う。

「でもそれなら……」ロッテは振り返り、鏡を見た。

 やはり鏡の中だろうか――。

 生き返りの力があるような非現実的な石の隠し場所には、鏡の中などという非現実的な場所がお似合いだと思ったネイリンだが、本当に鏡の中に入れられていた場合は、その取り出し方が見当もつかない。

 どうやって入れたのか。そもそも入るものなのか。

 だが現状、石が取り出されているように考えられている。その石が入っていたのが鏡なら、それを確認する術は思いもつかない。

 鏡に関しては、はっきりいってどこから手をつけていいか、どう考えたらいいか見当もつかない。

「とりあえず、」とネイリンは口を開いた。「床を探してみましょう。この時計に入るぐらいの小さなものなら、何かの拍子に落ちたまま、ということもなくはないかも」

「ですわね」ロッテもうなづく。

 そしてだれからともなく、四つんばいになって床を這い回り始めた。

 六人が散らばる。ネイリンは床を見ながら、もし見つけたとして、それを黙って隠したとしても、そんな小さなものならばれないだろうなと思った。

 ネイリンは石を探す振りをしながら、さりげなく他のものを観察した。

 しかし、とくに怪しい動きをする人物はいなかった。みんな、一心不乱に石を探しているように見える。

 しばらくの後、ロッテが床にぺたりと座り込んだ。

「ありませんわ、こんなところになど」唇をかんで、下を向いている。

「でもロッテ。いま探さないと、もうこの部屋には入れないのよ」

「もう十分に探しましたわ」ロッテは周りを見回す。「みなさんも、探したのでしょう? それで見つからないのですから、床にはありませんわ」いってロッテは立ち上がった。「お父様の部屋に参りましょう。もともと、石があるとしたら、そちらが一番可能性があると思っていましたの」

「まあ、おれもそうは思うけど……」ラパルクも立ち上がりながらいう。「床はもういいとして、この部屋を出るのはもう少し後にしたほうがいいと思うぞ。まず、抜け道などがないか、壁を調べる必要があるし、鏡だって、もう少し調べてみないと」

「抜け道などありませんわ。わたくしは、生まれてからずっとこの家に住んでいるから分かります。抜け道はスペース的に、ありえないのです」

「それは私もそう思います」おずおず、といった様子でリールがいった。「この部屋は真下の旦那様の部屋と間取りが同じようでございますが、広さとしても……同じように思います。少なくとも、人一人分が入れるようなスペースが壁の向こう側にあるようには思いません」

「まあなぁ。そもそも壁に切れ目みたいなものがないし、それを隠す家具もないから、おれもそれはないとは思ってたんだが……。じゃあ、抜け道はいいとして、鏡はどうする?」

「調べてもいいですが、率直にいって時間の無駄だと思います」ロッテは首を振る。「石がもし鏡の中にあったのだとしたら、確かめようがございませんもの」

「そりゃ確かにそうだけどよ、しかしあんたの親父さんは、そこから石を取りだした可能性が高いんだぜ。だったら、」

「どうします?」ロッテがきく。

「どうするって……」

「鏡の中の石をどうすれば取り出すことができるのか。それはもう現実的な話じゃありません。だから、現実的に、今時計を調べたようにしたところで、しょうがない話なのだと思います」

「なら、どうすれば……」

「考えるか、あるいは――」ロッテは鼻息をもらした。「考えないか」

「考えないってのはつまりあれか、ジーナスさんがどうやってケースから鍵を取り出したか考えても仕方ないって理屈と同じように、これも考えても仕方ないってことか?」

「はい。方法は見当もつきません。しかしわたくしたちは、石が取り出されていると考え、それを探そうとしています。今大事なことは、石を見つけることで、石の取り出し方ではありません」

 確かに、石の取り出し方を思いついたところで、いいことは何もないのだ。しいていうなら、すっきりするぐらいで。

「しかしなぁ、石の取り出し方が分かったら、やはり石は現実にある可能性が強い、ということはそれを理由に殺人が起こった可能性が強いんだな、と理解することができると思うんだが」

「石を実際に見つけてしまえば同じことです」

「まあ……」

「参りましょう。お父様の部屋に」そういってロッテは率先して部屋を出た。「時間がないんです」

 石の捜索には、墓穴を掘り終わるまでという条件が課せられている。だが、その穴を掘るリールたちは今ここにいる、だから今時間がない、といっているのは、仮に石を見つけた後のことを心配しているのだろう。石を見つけ、そのつかい方が分かったとしても、ジーナスの腐敗が進んでしまっていては効果がない可能性もある。

 そこまで、おそらくラパルクも考えたのだろう。なにもいえなくなってしまった。

「リール、伯父様をお運びして」

「は。では」といってリールが、イボーに目配せした。

「なんだ?」

「……トーナス様の足を持て。わたしは、頭を持つ」

「分かった」イボーはトーナスの足を、毛布の上からつかみ持ち上げた。

 リールと二人、トーナスの亡骸を室外に運び出した。ルイも、トーナスのお尻のあたりに手をやり、支えた。

 彼らにつづき、ネイリンとラパルクが部屋を出た。ネイリンは、部屋を出た後振り返り、室内全体に目をやった。見忘れたものはないだろうか。

 なにもないように思った。なにも。仕掛けようがないほど、シンプルな部屋なのだ。見るべきところもない。

 結局なにも分からず、見つけられなかった。

 せっかく封印が解かれたのに。

 いったいこの部屋は、どういった部屋だったのだろう。

 ロッテが扉を閉め、鍵をかける。

 また部屋は、封印された。


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