第二章 19
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主に一喝され、ルイーザは、不承不承帰っていった。
多少、かわいそうな扱いだなとは思ったが、ネイリンはなにもいわなかった。
正直、ルイーザにかまっていられる事態ではなくなってしまっている。
彼女の疑いがうすくなったというのもある。しかし、うすくさせた、新しい可能性のインパクトの大きさが、ルイーザの存在をかすめてしまった、という方が正確だろう。
なにせ、彼女にかわって容疑者として浮上したのは、主の次男であり、ロッテの父親であるジーナスだったのだ。そして彼は、他でもない、実の兄を手にかけた容疑で疑われているのである。
ロッテの心境に思いをはせるなら、それだけでも大変なことだが、しかしそれだけじゃない。というか、こうなっては、もはやそれすらかすんでしまうような可能性が浮上してきたのである。
つまり、再命の石をふくむ、言い伝えが本当なのかもしれない、という可能性――。
この話について、ラパルクとロッテは、信じていなかった。ジーナスも信じていなかったらしかったし、トーナスもそうなのだろう、と予測された。ただ、ネイリンだけは半信半疑、といった感じだったが、それは、彼女の「面白がり」の性格が期待を込めて思っていただけで、心のすみでは、「残念だが、現実の世界では、そんな面白いことはないんだろうなぁ」と考えていた。
もし信じているとしたら、一般的にも、昔から伝わる話を信じたい傾向にあるらしい、老人である主だけだったが、ラパルクの考えでは、それも、子供たちの勉強に対するモチベーションを上げさせるための演技であり、言い伝えそのものが、それを目的としたものなのではないか、とのことだった。
ラパルクの考えは、夢も希望もなく、つまらないものではあるが、それだけに信憑性のあるもので、なかば、面白がりのネイリンですら納得しかけていたのだが――。
それがここへきて、ひっくり返った。
それも、一番論理的に言い伝えの信憑性を否定したラパルクの論理によって、である。
それだけにネイリンの受けた衝撃は大きなものだった。
なにせ、もし石の存在が確かなどということになれば、世界観が根底からひっくり返る。
ショックを受けているのは、ネイリンだけではなかった。
つまり、使用人を含め、ここにいるものは、ラパルクの考えを受け入れたらしかった。
――次男は、家督を継ぐはずだった長兄を殺した。
――信憑性を増し、存在感を増してきた再命の石。
どちらも、すんなり受け入れられるほど小さなことではない。
使用人を含め、家人には、前者もどう受け止めていいか、戸惑ってしまう話だろう。
目に見えない、混乱した感情が、大広間を渦巻いている気がした。気がするだけだが、ここにいる人間が、物を考えるにあたって、適していない感情のなかにいることは確かだろう。ネイリンはとにかく、みんなの、そして、自分の感情の高ぶりが治まるのを待った。
残っていたスープを口に運ぶ。冷たい液体が、舌を驚かす。冷えてしまったスープは、まろやかだったその味を、いくらか強いものにしていた。味が口中隅々まで一気にいきわたり、ほほの内側をくすぐった。
スープを飲み込み、他人にきこえないように、そっと息を吐いたときだった。ロッテが口を開いた。
「お祖父様に、あらためておききしたいことがございます」彼女は、まっすぐに主を見ていった。「この家に伝わる、再命の石をふくむ言い伝えの数々。それを、お祖父様は、本心から信じておられるのですか?」
「きくまでもないことだ」答える主の顔には疲労がへばりついていた。「わしが信じていないとでも思っていたのか?」
「その言い伝え、子供たちの勉強に対するモチベーションを上げさせるための、家に伝わる方法なのではないのですか?」
「どういうことだ?」怪訝そうな顔をしている。
「まず子供がよろこびそうな話をし、そして勉強をすれば、その話におまえ自身が関わることができるのだ、といえば、子供も勉強に対して興味を持つだろう。そう思っての、言い伝えなのではないのですか? 子供の心から実際ははなれている、そういった浅はかな策略は、大人の方々がよく考えられることですわ」
「はん、バカバカしい」主は鼻息をもらす。「そんなこと、あるわけはないだろう」
「では少なくとも、お祖父様は、本心から信じておられるのですね?」
「くどい。さっきから、いや、おまえが生まれたときから、何度もそういっているだろう」
「分かりました」うなづいて、ロッテは目を瞑り下を向いた。しかしすぐに顔を上げると、口を開いた。「この家に伝わる言い伝え、それは本当のことなのかもしれませんわね」
みんな、口をはさまずロッテを見つめた。
「今日出会った二つの不可解な事件に、理屈を通そうとしたら、ラパルクのいうように、言い伝えを前提にしなくてはいけなさそうですし」ロッテは主を見つめた。「でも、そういうことなら、考えなくてはならないことが、また増えてきました」
「まさか――」主は息をのむ。
「そうです。再命の石があるかもしれない。そしてそれは、人が亡くなるほどの事態が起こっているのです、すでに、人の目にふれている可能性があるといえるでしょう」
先ほどネイリンも考えたことだ。
石を隠した部屋でトーナスが死んでいた。殺したのはジーナスだと考えられる。その殺害の動機として考えられるのは、場所や状況からかんがみて石だが、観念としての石ではないだろう。人死にがでているのだ。あるかどうか分からない状況におかれている「再命の石」ではなく、目の前に現れている「再命の石」の可能性が高い。
「もし石が鏡からでているのなら――」
ここまでいって、ロッテがなにを考えているか、やっと分かった。
ロッテはいった。
「その石を探しましょう。そして、その石で、お父様を生き返らせるのです」