第二章 18
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リールが、ルイーザのことを呼びにいっている間にも、検討はつづいた。
「しかし、ルイーザさんがジーナスさんを殺したとなると、その動機はなんだ?」ラパルクがいった。
「動機は……」主がいいにくそうにした。
「家督争い、ということか? ああ、その辺の事情は、だいたいきいているから、気は使わなくていい。それから、お嬢さんを叱るのも後だ」
全部いわれてしまって、主は固まった。
「だが、それも不自然だろ。家督は、トーナスさんが継ぐことで、ほぼ決まってたんだろ? なんで今さらジーナスさんを殺す必要があるんだ?」
「…………」
主もロッテも、言葉はなかった。
「それに、ルイーザさんがジーナスさんを殺したとしても、なぜトーナスさんまで死ぬんだ? トーナスさんも、ルイーザさんが殺したというのか? なぜ? 彼女は、トーナスさんが死んだら、なにも手にできなくなるんだぞ」
ルイーザさんの結婚の目的を、財産と決めてかかっているような口ぶりだった。ネイリンはそう思っていたが、ラパルクは、嫌いなタイプじゃない、みたいなことをいっていたのに。
ずっと筋肉馬鹿だと思っていたが、先ほどから論理的にはなすし、いつのまにか場を仕切っている。ネイリンは、ラパルクのことを少し見直していた。
「なにか、アクシデントがあったのかも」ロッテがいう。
先ほどは、二人を殺したのは別人ではないか、といっていたロッテだが、それは、犯人がこの中にいる誰かかもしれない、と思ってのことだった。ルイーザという、彼女も嫌っていた人間が容疑者として浮上した今となっては、彼女が二人を殺したと思いたい、というのもあるのだろう。
「あの部屋でアクシデント?」ラパルクが眉を寄せる。「なら考えられるのは……」
「もしかして、石を見つけたとか?」ネイリンは思いつきいった。
「まさか!」
「なんだと!」
ロッテと主が、同時にいった。ネイリンはひるむ。
「いや、トーナスさんとルイーザさんが石を理由に争った、というのは考えづらいんじゃないか?」冷静な口調でラパルクはいった。
「どうして?」
「もし二人を殺したのがルイーザさんたちなら、昨夜中に鍵を盗んでおいて、そして昼になってからジーナスさんを殺して、そしてそのあとにあの部屋に二人は入ったということになるだろ? 石がアクシデントの原因なら、あの部屋に入った理由も石だろ? あの部屋に昨夜中に入れたのに、なぜ翌日まで待って入ったんだ?」
「あの、そもそも、鍵を盗まれたのは、昨夜だったのでしょうか?」ロッテがいう。「お父様が……殺されてから、」
「鍵を盗んだっていうのか? それはさらに考えづらいだろう。ジーナスさんは朝までは生きていたんだろう? ということは、殺されてから、まだそんなに時間が経っていない。そして、その間の時間のほとんどは、おれとネイリンが大広間にいたし、いなかった時間も、誰かが通る可能性のある時間帯なんだ。そんな時間に、ケースに近づいてなにかするか?」
――しないだろうな。
ネイリンは思った。
だが、それなら……どういうことになるだんだ?
「ルイーザさんは、絡んでないんじゃないか?」
「…………」
ラパルクの言葉に、一同は黙った。ルイーザが犯人ではないという論展開は自然なものだったと思う。犯人で欲しかった人が容疑からはずれ、少しショックだったのだ。
だれも口を開かず落ち込む中、ラパルクだけがマイペースに話を進める。
「ただな、さっきお嬢さんがいった意見には賛成なんだ。二人も殺す殺人鬼がいるとは考え難いが、一人をアクシデントで殺してしまう、ということはありえると思う」
「……どういうこと、ラパルク?」だれも合いの手を入れないので、ネイリンが口をはさんだ。
「怪しくはあるが、まだ検討していない人物がいる。おれは、その人が一人を殺していた場合、少なくとも動機面からは謎が解けるんじゃないか、と思うんだ」
「その人って――」
「もしかして、お父様ですか?」ロッテがいう。
「ああ、ジーナスさんだ。じいさんやお嬢さんは、心理的に疑い難いのかもしれないが、客観的に見ると、一番怪しいのは彼なんだ」
「でも、お父様は殺されているのですよ」
「それはトーナスさんも一緒じゃないか」
「でも、伯父様の場合は、ルイーザさんという、共犯者として考えられる人がいます。だから、殺したあとに殺された、ということも物理的に考えられますが、お父様の場合は……」
「ちょっと待ってくれ、お嬢さん。最初から検討していこう。まず、あの部屋の鍵が盗まれた時間、これは、消去法から昨日の夜中だったと思う」
昼間や朝に盗んだ、というのは考えづらい、という話がルイーザのケースのときに放した。だがなぁ、ともネイリンは思う。
――だって、昨日の夜は……あ!
「そうか。昨日の夜中、鍵が盗まれた場合、三人が寝ている時間じゃないと、ジーナスさんが黙っているはずないと思ってたけど、ジーナスさんが犯人だったら、あたしとラパルク、二人が寝てた時間を見計らうだけでいい」
「そんな……」ロッテが悲しそうな顔をする。
ネイリンははっと我に返った。これ以上ロッテを悲しませるような論展開にうなづいちゃうなんて――。ラパルクの論理に一度は納得しかけたネイリンだが、ロッテの顔を見て、この結論ではいけないと思い、反論を考えた。
「でもさ、」なにも考えずにそこまでいう。そして反論を思いついた。「……ケースが開けられないのはジーナスさんも同じじゃない。ジーナスさんは、どうやってケースを開けたと考えてるの?」
「それは分からない」ラパルクは、簡単に首を振った。「そのことに関しては、どうにかして開けたんだろう、としかいえないな」
「そんなの、」
「でも、こうも考えられるんじゃないか。だれにも開けられないケースは、だれにでも開けられる、ということでもあるんじゃないか、と」
「ん?」よく分からない。
「だからな、『一部の人にしか開けられない』、という条件なら一考に値するが、『だれにも開けられない。そして、しかし確実に開けられている』、というこの状況は不思議ではあるが、翻せば、『だれか特定の人物の容疑を否定する材料にはならない』、ということと同義じゃないか、ということだ」
つまり、考えても仕方ない現象だ、ということか。
違和感はあるが、しかし、うまく反論できないのも事実だ。というより、もしかしたら、ラパルクの考え方は、『考え方』としては正しいのかもしれない。
「でも……でも、」
「でも、やっぱり殺されたことが、納得いきませんわ」言葉に詰まったネイリンにかわって、ロッテがつづけた。「そこまでは、仮にラパルクさんの言葉が正しいとして、では、お父様はだれに殺されたとお考えなのですか?」
「分からない」またもラパルクは簡単に答えた。
「そんな不完全な論理では、お父様犯人説には納得できませんわ」ロッテが眉をしかめる。
「いや、そういう意味じゃないんだ」ラパルクはまたも首を振る。そして、形容しがたい表情をした。不可解、といった顔だった。「そういう意味じゃなく……」
「どういう意味なのですか?」
「……おれたちには、推測しがたい存在、あるいは力によるものなんじゃないか、と……」
本格的に訳の分からないことをいいだした。
「ラパルク。ぜんぜん分からないんだけど、結局なにがいいたいの?」
「だから……」そういってラパルクは、気味の悪そうな顔でケースを見た。「あのケース、鍵をつかって正しく開けない限り、呪い殺されるんだろ?」
「…………」一同はまたも黙った。
この家に代々続く石を巡る云い伝え。
曰く……この家には、伝説の勇者から与えられた宝がある。
曰く……その宝――石には、『生き返り』の力がある。
曰く……その石は、鏡の中に隠されている。
曰く……その部屋に入るための鍵は封印されており、その封印を破った人間は、死ぬ。
本当のことだった、とでもいうのか。
ロッテをふくむ三人ではなしているときは、単なる『云い伝え』に過ぎない、と考えていたことを、現実にあることなんじゃないか、という姿勢でぶり返してきた。
とっさのことで、頭が回らない。
――だって、そんなこと、
あるわけないって、最後に結論付けたのは、ほかならぬラパルクではないか。
「じゃあさ、もしそうだとしてよ、」ネイリンはいう。「その呪いが本当だった、っていうことは、石の云い伝えだって、」
「本当なのかもしれない」ラパルクはあっさりいった。
「ちょっと待って、ちょっと待って」ネイリンは集中するため、下を向き頭を抱えた。
とんでもない展開な気もするが、一向に値する見方でもある気がした。
もしそういうことなら、どうなるんだろう。
まず、ジーナスの死については、謎はないことになる。彼は密室状態の部屋で死んでいたが、その死が呪いによるものだ、ということになれば、そんな部屋の条件など関係ないことになる。
だが、その死んだ場所がおかしくはないか。鍵を盗んだことで呪い殺されたのなら、その場、つまり大広間か、もしくは、あの封印された部屋で死んでいるのが自然だと思う。だが、封印された部屋で死んでいたのはジーナスではなくトーナスなのである。これはどういうことなんだ。
ラパルクは直接いっていないし、鍵を取りだした人間、イコール犯人ではないはずだ、といってもいたが、この場合、トーナスはジーナスに殺されたとのではないか、と思っているはずだ。
仮にそうだとしてみよう。だが、なぜあの場所なんだ? あの部屋にトーナスが入っているのはおかしくないか。
ジーナスがトーナスを殺した、という前提で考えて、二人の間になにがあったと考えられるだろうか。
まずジーナスは(どのようにかして)鍵を盗んだ。そしてそのことを――トーナスに嗅ぎつけられたんだろうか。そして、一緒にあの部屋に入ったということか? 二人は石を見つけただろうか。……今となっては分からないが、呪いの話が本当なら、石の話だって本当と考えることもできる。見つけた可能性もゼロとはいえない。……いや、人が死んでいることから見て、二人は見つけたのか。そして、その石をめぐり二人は口論、その果てに――トーナスは殺された。
トーナスを殺し、石を手にしたジーナスは、鍵をかけあの部屋を再封印し、鍵を、手にしたときとは逆の手順(?)でケースに戻し、何食わぬ顔で大広間に居座った。そして、ネイリンと朝の挨拶を交わし自室に戻ったあとで、呪い殺された――。
ラパルクのいうように、云い伝えが正しい、という前提に立って思考を進めると、確かに筋が通ってしまう。
なら、やはりこういうことだったのか。
――でも、こんな結果って……。
心配になり、横にいるロッテを見た。彼女は蒼白な顔で、唇を噛みしめていた。
――彼女にも、論破できないということか……。
ロッテほどの娘が論破できないということは、ラパルクの論理の強度を、ある意味で表しているのかもしれない。
しかし、もしラパルクの今いった論理が正しいとなると――。
ネイリンは、身震いした。
そのときだった。玄関の扉が開いた。現れたのはルイーザだった。
「お義父さま! いったい……」
「帰れ!」
「ええぇ……」