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第二章 17

      17


 また、先ほどと同じ位置関係で、大広間に落ち着いた。だが空気は、よりいっそう重たいものになっていた。

 ネイリンは、口を開かずにじっとしていた。傍らには、ソファに横たわるかたちでロッテがいた。彼女は、ネイリンの手を握りたがった。ネイリンも、彼女の手を握り返していた。

「なにか、あたたかいものを持ってきてくれないか」主は、カーテにいった。

「はい。ただいま」

 カーテが頭を下げ、厨房に向かう。気詰まりなものを感じていたのか、ルイとリールも一緒になってついていった。

 三人が戻るまでは待機。そんな雰囲気があった。

 待っていると、まずイボーがやってきて、その後しばらくしてから、カーテたちが盆を手に大広間に戻ってきた。カーテとルイが二人でカップを配ってまわる。中身は、卵のスープだった。やわらかい味付けだったが、空腹だったので一口飲むと食欲が刺激されて辛かった。だが、ボリュームがそれなりにあったので、これだけで、腹はある程度満たされそうだった。

 食事時ではあるが、食事どころの事態ではない。そういうことを考慮して、リールが作ってくれたのだろう。その心遣いがありがたかった。

 みなが、半分ほど飲んだところで、主が口を開いた。

「なんといったものかな」その口調は、今までで一番弱々しいものだった。「客人を、このような状況に巻き込んでしまったことを、まずは謝らせてもらうよ」殊勝だな、そう思ったのは一瞬だった。彼はこうつづけていったのだ。「だが、今の段階で一番怪しいのは、おまえたちだ。昨日なにがここであったのか、包み隠さずきかせてもらいたい」

「どういうことだ?」けんか腰にラパルクがきく。

「あの部屋の鍵は、これしかない」といって、懐から、先ほどまでケースに入っていた鍵を取りだした。「あの部屋にトーナスがいたということは、これが使われたということだ。そして、あいつは死んでいた。つまり、これを取りだしたのは、トーナスではないということだ」

「それは客観的じゃない」ラパルクがすぐにいった。「あの部屋の鍵を閉めたのは、たしかにトーナスさんじゃない。彼は鍵を持っていなかったんだから、それは確実だ。だが、その鍵をケースから取りだし、あの部屋を開けたのも彼じゃない、とするのは早計だ」一瞬、ちらとネイリンを見てから、こうつづけた。「いや、その前に確認しておきたいんだが、あの部屋の鍵は、それ一つで間違いないのか? そうといいきってもらえないなら、話は……」

「間違いない。鍵はこれ一つきりだ」ラパルクの言葉をさえぎって、主がいった。「で、昨夜はなにがあったんだ?」

 本格的に、検証に入っていた。ネイリンは、スープを飲んで緩みかけていた気を、意識的に引き締めた。それはロッテも同じだったようだ。ネイリンの手を握る彼女の手に、少しだけ力がこもったように感じた。

「なにもないさ。ビリヤードをやっていただけだ。だが、正確にいうなら、常に起きていたわけじゃないから、誰かがきた可能性ははずせない」

 先ほどネイリンは、誰かがきたことは考えづらいと思った。人がきたら、三人のうち誰かが気づくだろうし、とくにジーナスは、気づいたら黙ってはいないはずだ。

 だが、そうなると、あやしいのは、そのときここにいた三人ということになる。ジーナスはすでに死んでいるし、主の心情からすると、怪しいのは圧倒的にネイリンたちだろう。

 そのような状況では、だれもこなかったはずだ、とはいわないほうが賢明だ。

 そこまで考えて、ネイリンは急にあせった。そうだ。自分たちは今、けっこう危ない立場にいる。ケースの近くに、後に殺される人物といた、というだけでなく、ネイリンたちは、すでに石のことを知っていて、知っていることも知られているのだ。石を奪うために、何らかの行動をとった、という疑いをもたれても仕方がない立場にいるといえるかもしれない。

 ……まずい。非常にまずい。どうしたらいいのだろう。

 とにかく、これ以上疑われないためには、もっと怪しい人物を探す、というか、もともとネイリンたちはなにもしていないのだ。倫理的な意味だけからではなく、自分たちの身を守るためにも、真犯人を探さなくてはいけない。

 だがそれだけではいけないのかもしれない。一度でも疑われれば、これからいづらくなってしまう。だから、極力疑いの目を向けられないように、議論を先導し、誘導しなくてはいけない。

 また、そういった思いは、ラパルクも持っているようだった。

 真正面から主を見据えている。

「だが、仮に寝ていたとしても、誰かがきたら起きるんじゃないか?」主はいう。

「そうとはいえない。なにせ、おれもネイリンも疲れていた。眠りは深かったろう」

「つまりおまえは、トーナスが昨夜ここにきたんじゃないか、といいたいのか?」

「あるいは、トーナスさんを殺した人間が」

「おまえたちが、その鍵を取りだしたんだとしても、きっと同じことをいうんだろうな」主が鼻で笑う。

「ちょっと待ってくれ。あんたは、鍵を取りだした人間、イコール犯人という印象を持っているんじゃないか?」

「違うとでもいうのか?」

「いや、鍵を取りだした人間が犯人である可能性もある。だが、それぞれが別人である可能性もある」

「いや、それは考え難いだろう。ケースから鍵を盗みだした人間は、なにしろ、このガードナー家が代々守り抜いてきた宝を狙っているのだ。殺人を犯すような人物として想定できるのは、そいつだけだ」主は、そこでラパルクをにらむ。「そして、その犯人として考えられるのは、おまえら二人だ」

「なにを証拠にそんなことを」

「証拠ならいくらでもある。まず、ケースの近くにいたことが一つだ。ジーナスは死んだ。ゆえに犯人とは考えられない。それに、おまえたちも犯人ではなかった場合、第三者が、三人の目を盗んでケースから鍵を盗みだしたことになる。それは考え難い」主は息をついでつづけた。「まだある。おまえたちがいなかったこれまでには起こらなかった事件が、おまえたちがきたその日に起こったこの状況こそが、その証拠だ」

「なにが証拠だ。物的証拠は一つもないし、論理的な説明ですらない」

 ラパルクは両手を広げ、ハンと息を吐いた。

 二人はしばしの間、にらみ合った。

 まずい展開になってきている。ラパルクは、疑いがこちらに向かないようにがんばっていたとは思う が、今一番疑わしい人物たちとして、ネイリンたちが疑われることになってしまった。

 だが、二人は議論に熱中しすぎて、少し冷静さに欠けていた。俯瞰して議論をきいていたネイリンが、ここで口を開いた。

「あの、二人とも、大事なことを忘れてるんじゃないか、って気がします」一瞬間をおき、注意を喚起してからつづける。「あたしたちにも、そしてトーナスさんにも、鍵は取りだせなかったんですよ。その二組を疑うのは、違うんじゃないでしょうか?」

「……その鍵を取りだせたのは、儂だけだ。つまりおまえは、儂が怪しいといいたいのか?」

「…………」ネイリンは、無言で返した。

 無言であれば、イエスと受け取ってもらえると思ったからだ。

 本心は、ノーだった。南京錠の鍵穴には、ホコリが溜まっていたから、物理的には、主にも取り出せなかったはずだ、と考えていたからだ。だが、それでは、だれにも取り出せなかったことになる。

 主は本当に取り出せなかったのか、取りにこなかったのか、境界条件をよりはっきりとさせる必要があると考え、そのためにあえて、ホコリのことは黙ったのだ。

 とはいえ、ロッテがホコリのことをはなしたら、それまでだが、彼女はなにもいわなかった。ロッテはロッテで、なにか腹積もりがあるのかもしれなかった。

「だが、儂が鍵を取りだしにここへきたら、さすがに気づくんじゃないか?」主は気をわるくしたようにいう。

 足がわるいからもたつく、とでもいいたいのだろうか?

「そうかもしれませんが……」

「それに、わしが昨日に限って、鍵を取りにくるのはなぜだ。儂は、開ける気になれば、いつでもあの部屋を開けることができるんだぞ」主はつづける。「それに、ケースの鍵を受け継いだ儂はそもそも、鍵を取りだすことを隠す必要がない唯一の人間だ。儂が取り出したなら、その場にいたおまえたちが見ていないのはおかしいだろう」

 そうか……。

 主のいわんとしたことは分かった。

 ケースから鍵は取り出されている。それは、あの部屋が開けられたことから確実だ。だが、鍵を取りだした人間は、ネイリンやラパルクは見ていない。ジーナスが見ていた場合、静かにしていた可能性は低いと思うから、つまり、鍵を取りだした人間は、三人が寝ている隙を見計らって鍵を取り出したことになる。

 だが、主だけは、そのような行動をとる必要がないのである。

 やはり、主が取りだした可能性はないのか。

「おまえたちしかいないんだ。実際に盗むタイミングを持っていた人間は」

「でも、」おまえたちしかいない、といわれ、ネイリンはむっとした。「でも、あたしたちには、物理的に鍵が取りだせなかったんですよ」

「お祖父様にも、鍵は取りだせなかったですわ。ネイリン、お忘れですか? あの南京錠の鍵穴には、ホコリが溜まっていたのですよ」いよいよロッテが口を開き始めた。

「あ、そうだった」といってネイリンは頭に手を当てた。わざとらしくなかっただろうか?

「どういうことだ、ロッテ?」主がきく。

 ロッテは、主がケースを開ける前に、南京錠を確認していたことをはなした。

「なぜそれを先にいわなかったんだ?」主の声に怒気がこもる。「それを先にいっていれば、あの部屋も開けずにすんだものを」

「開けなければ、伯父様を発見することもできませんでしたわ」

「それはそうだが……」

 なぜ開けさせた、というわりには、封印されていたあの部屋の鍵を開けっ放しで大広間に戻ってきている。主は動揺しているらしかった。

「だが、そうであるなら、儂にも、あの部屋を物理的に開けることはできなかった、ということになるのだな」

「はい。そして、だれにも開けることはできなかった、ということになります」

 そのロッテの言葉で、大広間はしんとなった。

 そう、彼女がいうように、あの部屋はだれにも開けることはできなかったはずなのだ。

 だがその部屋の中で、トーナスは死んでいた。扉が開いたことは確かなのだ。

 明らかな矛盾。

「いったん、ケースのことは棚上げにしませんか?」ロッテがいう。「お祖父様がいうように、ケースから鍵を取りだした人間は、怪しくはあります。ですが、ケースから鍵を取りだした方法が分からない現状では、これを棚上げにして、他の条件に目を向けることも必要でしょう。ラパルクのいうように、鍵を盗んだ犯人と……伯父様や、お父様を殺した犯人が、別人である可能性もあるのですし……。わたくしは、鍵のことよりも、そちらのことから優先して考えたいです」

 みなが一斉にロッテを見る。

 そうなのだ、彼女は父親と伯父を一気に亡くしたのだ。

 そのことにあらためて気がいき、ネイリンはいたたまれない気持ちになった。

「ロッテ。大丈夫? ロッテは、無理して参加しなくてもいいんだよ?」

「しないほうが、何倍も辛いですわ」

「まあ、そうかもしれないけど……」

 そうはいっても、もし自分だったらできないだろうな、と思った。どちらがいいとかいう前に、身体も頭も動かなくなってしまうような気がするのだ。

 頭がいい人っていうのは、同時に、心をコントロールする能力にも長けている、っていうことなのかな。ネイリンは、そっとロッテから手をはなそうとした。自分なんかは、ロッテにとって必要じゃないのかもしれない、とそう思ったのだ。だが、ロッテが手をはなそうとしなかった。それどころか、悲しそうな目でネイリンを見つめてきた。

「ごめん、ロッテ…・・・」

 そうだ、彼女は無理をして、気丈に振舞っているのだ。

 そんなことは、分かっていたはずなのに――。

 ネイリンは、力強く、彼女の手を握った。

「お父様と伯父様を殺した犯人は、同一人物なのでしょうか?」ロッテは、ネイリンの手を握ったままでいった。「別人だ、と考えるのも不自然、というか、信じられない気もしますが、しかし、二人も殺した人が、ここにいるっていうのも信じられないんです」

「つまり?」とラパルクが先をうながす。

「つまり……」ロッテは言葉をにごした。

「つまり……」ロッテほど、ずばずばいう娘が口ごもるということは。ネイリンは恐るおそる口にした。「どちらかが、どちらかを殺した可能性も……」

「まあ、なくはないと……」

「ロッテ、おまえは、自分の身内を疑っているのか?」主が、厳しい口調で問い詰める。

「だって……ここに、二人も殺した人がいるなんて、信じられないんですもの!」ロッテが叫んだ。

 そうか。彼女からしたら、残ったのは自分と自分の祖父。そして毎日一緒に生活しているカーテにルイに、リールにイボー。そして残った二人も、彼女が友人と認めてくれているネイリンとラパルクだ。

「一人なら、なにかの間違いで、ほんのはずみで、ということも考えられます。でも、二人殺したとなると、それは確信犯です。人殺しです。そんな人は、ここにはいません!」

「二人殺した人間なんていない。おまえはそう考えたいがために、自分の身内を疑っているのか?」

「だって……」

「あの、そんなきつくいわなくてもいいと思いますけど――」ネイリンは口をはさんだ。

「部外者は黙っていてもらおうか」

「そうはいきません」ロッテは友人だ。祖父が守ってやれないときは、自分が守ってやらないと。

「一つ確認しておきたいんだが」ラパルクがいった。「この屋敷に、第三者が入り込んだ、という可能性はないのか?」

 ラパルクの言葉には、カーテが答えた。

「考え難いかと思います。戸締りは昨夜しておりますし、今朝も扉は閉まっておりました。誰かが手引きしたというなら、話はべつですが……」

「それは、ルイーザさんのことをいっているんですか?」ラパルクがいった。

 そうか、彼女がいたんだった。ルイーザが絡んでいる可能性は考えていなかった。

 突然思い出された名前に、各人不意をつかれ、無言の時間が生まれた。

 彼女が絡んでいるなら、どんなストーリーが描ける?

「ルイーザか……」主がいって、天井を見上げた。「あいつが絡んでいるとなると、」

「あの人がお父様と手を組むことなんてありえませんわ」

「ん? てことは、トーナスさんとルイーザさんが、ジーナスさんを殺した……」とラパルク。

「はい。……あ、いえ、もしかしたらあの人が――」思いついたように、ロッテがいう。

「待て、ロッテ。ルイーザがジーナスを殺したというのか?」主の顔に、さっと赤みが差す。「リール!」

「はい!」リールが背筋を伸ばした。

「あの女を呼んでこい。今すぐにだ!」

「は、は!」リールは一語を噛んだ。


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