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第二章 15

      15


 扉が開いた瞬間は、分からなかった。主の姿がじゃまで、中が見えなかったのだ。だが、中を見て動きを止めた主の背中で、中に何かがある、あるいはいるのだろう、ということは分かった。だから、押しのけるようにして見たのである。はしたない行動だったと思う。だが、我慢はできなかった。なにがあるのか、あるいはいるのか、自分の目で確かめずにはおれなかったのである。

 中では、やはりジーナスのときと同様に、部屋の真ん中付近で、トーナスが倒れていた。腹ばいになって倒れている彼の後頭部からは、赤黒い液体が流れていた。

 ――どうして、こんなことになっているんだろう。

 頭の中で、クエスチョン・マークばかりが浮かぶ。

 まだこの部屋は探していなかった。だから、トーナスはどこだという前に、中を検めてみるべきだろう。最初にそういったのはネイリンだった。だが、中にトーナスがいる可能性はないことが分かった。

 何しろ、この部屋は完璧な密室だった。それは、ケースの南京錠にホコリが溜まっていることで明らかだった。だから、この部屋には、トーナスばかりではなく、誰も入ることができなかったはずなのだ。

 なのに――。

 何か怪しいところはなかっただろうか。

 ネイリンは、先ほどからの出来事を思い返した。

 この扉は主が開けた。最初から、鍵はかかってなかったのではないか。

 いや、それはない。なぜなら、主が鍵を開ける前、ラパルクが、当然のような顔をして、ノブを回して見せたのだ。ノブはあまり回らなかった。そして、どちらに回しても引いても、扉は開かなかった。

 この部屋の鍵はかかっていた。

 そして、この部屋の鍵をしまっていたケースの鍵もかかっていた。

 ということは――。

 何らかのトリックで、この部屋の鍵を開け、そして閉めたか。

 あるいは、何らかのトリックで、あのケースを開け、そして閉めたか。

 どちらも無理だと思うが――。

 その前に、本当にトーナスは死んでいるのだろうか。

 この部屋に、抜け道の類はないのだろうか。

 それを確認しなくては、考えることもできない。

 ラパルクと先を争うようにして、部屋の中にネイリンは入った。

 気になっていた、封印された部屋の中に、ついに入った。部屋の様子にも興味はあったが、その前にまずは、トーナスが死んでいるかどうかを確認することが先だ。

 とはいえ、死体に近づくのは怖い。ネイリンはラパルクを見た。彼は、ネイリンを見ることもなく、まっすぐトーナスに近づくと、脈を取った。そして振り返り、主に向かって首を振った。

 それを見た主は、一瞬ふらつき、横にいたリールに支えられた。ロッテの姿は見えない。

 ネイリンは、扉のところに戻って、鍵をあらためた。ジーナスの部屋のものと同じように、鍵穴が開いていた。それを確認してから、ネイリンはいった。

「ラパルク。トーナスさん、鍵は持ってる?」

 鍵は、今主が持っている、ケースに今まで入っていたもののほかにはないはずであるが、あの鍵が使われていない状況から察すると、他にも鍵はあり、そしてそれを、部屋の中にいるトーナスが持っているはずなのだ。

いや、そうではないのか。持っていないのなら――。

 ラパルクは、トーナスの身体を検めた。そして首を振る。鍵は持っていない。

 ということは、少なくとも、彼がこの部屋の鍵を閉めたわけではない。誰か、第三者が閉めたのだ。 そのことから、彼が誰かに殺されたことが確定した。まあ、事故死だとは最初から思ってはいないが。

 とはいえ、鍵が他にもある、ということは、まだ確定したわけではない。それを誤解してはいけないし、あとで確認してみる必要があるな、と思った。

 そこまで考えてから、ネイリンは、やっと部屋の中を見回した。

 シンプルな部屋だった。姿見ぐらいの鏡と、その向かいの壁に、左右反対の時計が飾られているだけの部屋だった。

 どちらも気になるが。

 やはり、こちらの方が先だろう。

 ネイリンは、鏡に近づいた。

 鏡は、嵌め殺しのように、壁の中に埋まっていた。もしこれが、ふつうに壁に立てかけられたりしていたら、その裏側に抜け穴のようなものがあるのではないか、と考えることもできたが、これでは無理だ。

 この向こうには抜け穴はない。そして、

 ――つまり、石もない。

 ネイリンは、鏡面にそっと手を当て、それから、鏡面を隅々まで見た。鏡面を見ているネイリンが「移って」いるだけで、石の姿はなかった。

 ネイリンのほかにも、移っているものはあった。左右正しい、壁掛け時計。

 ネイリンは振り返る。ロッテにきいたときから、気になっていた、左右反対の時計。

 だが実際に見てみると、そのもの自体に怪しいところはなさそうだった。

 左右が反対なのが、怪しいといえば怪しいが。

 左右が反対なのは、鏡に移したときに、正しく見えるようにとの理由によるが、そもそも、鏡に映さなくてはならない理由がないはずなのだ。

 それともあるのか――。

「怪しいところがないな」ラパルクが、つぶやくようにいう。

 確かにない。窓もないし、抜け穴もなさそうだし、扉は――。

 ネイリンは、入り口に戻り、扉を調べる。扉表面は外と同じで、鍵穴も、ごくありきたりなものに見える。シンプルなだけに、トリックは仕掛けられそうになかったが、そう考えるのは早計か。

「戻ろう」主が力ない声でいった。「イボー、トーナスになにかかけてやってくれ」

 彼の様子は、ジーナスを発見したときよりも憔悴しているようだった。二人目だからか。それとも、実質この家を取り仕切っていた長兄が死んだことがショックだったのか。

 彼はいいおくと、そのまま大広間に向かってなのだろう、戻っていった。

 部屋は閉めない気らしい。

 それも、驚きといえば驚きだった。

「どうする、ラパルク?」ネイリンはいった。

「どうするもこうするもないだろう。戻るぞ」彼は不機嫌そうに答えた。

「ちょっと。なに怒ってるのよ」

「べつに。怒ってはいないさ」言葉とは裏腹な表情でいう。「ただ、なんだかイラつくんだよ。なんなんだ、この状況は? なんで、彼は殺された? というか、どうやって殺されたんだ? ここは封印された部屋なんだろ? トーナスさんはどうやって入った? この部屋の鍵はかかってたんだ。トーナスさんを殺しやつは、どうやってこの部屋をでた? ジーナスさんも同じだ。なんで、どうやって殺された? なにも分かんねぇ。それがイラつく」ラパルクは、そこまで一気にいったかと思うと、ため息をついた。「わるいな。おまえにいったってしょうがないよな」

「いいよ。気持ちは分かるし。あたしもおんなじ気持ちだよ」

「うん」ラパルクはうなづいて、「ところで、お嬢さんはどうしてる? 大丈夫か?」

 いわれて、ロッテのことを思い出した。

 そうだ、彼女は――。

 ネイリンはあわてて部屋をでた。ロッテは、カーテとルイに付き添われて、やはりリールに付き添われて歩く主の横を歩いていた。二人とも、背中が小さく見える。

「あたしたちががんばらないとね」ネイリンは気づくといっていた。

「犯人を見つけるってことか? おまえ忘れてないか?」

「なにを?」ネイリンはきく。

「犯人な、あの中の誰かって可能性が高いんだぞ」

 背筋に冷たいものが走った。

「そういう、ことになるの?」

「まだ分からないがな。外から誰かが入ることができた条件だったかどうか、これから調べてみなくちゃいけない。こんな密室からでてった犯人だ。そんな条件は不要かもしれないがな。だが、物理的な理由だけじゃなく、動機的なことも考えるなら、」

 ――あの中にいる可能性が高いんだろう。

 ラパルクがそういったときだった。突然背中にぶつかるものがあり、ネイリンは思わず悲鳴を上げた。

「じゃま。どいてくれ」

 見るとイボーだった。毛布を手にしている。

「え、イボー、さん。どこからきたの?」

 彼は答えず、部屋の中に入っていった。そして、トーナスに頭から毛布をかける。

 イボーがきたのは、

「きくまでもないだろう? イボーは、向こうの階段から上ってきたんだ」

 ラパルクが、大広間に続く階段のある方向とは逆を指差した。つまり、ネイリンたちの部屋につながる扉が並ぶ廊下の先だ。

「え、向こうに階段があるの?」

「知らなかったのか?」呆れたように彼がいう。「よくそれで平気でいられるな。おれは、最低でも、家の構造ぐらいは知っておかないと不安になるぞ」

「あんたは、肝っ玉が小さいからねぇ」

「おまえは心臓に毛が生えてるからな」

といって、ラパルクは鼻を鳴らした。

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