第二章 10
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待ちかねたように、ラパルクが扉を開けた。躊躇なく中に入る。ネイリンは、胸の中のロッテに意識を向ける。彼女はまだ震えていた。
ネイリンは、口元に手を当て蒼白になっているカーテに目を向け、ロッテを――といった。
カーテは、ネイリンからロッテを受け取ると、大丈夫ですよ、大丈夫。そういって、抱きしめながら頭を撫でた。その横にいたルイが、おそるおそる、といった感じでロッテの背中を撫でた。
ロッテは友だちだ。そうネイリンは、言葉にして確認した。許せない。彼女に恐怖を与え、悲しみを与えた人間を。そう考えた。
そして、ロッテを抱きしめ、少しでも安心を与え、守ってやりたい、とは考えていない自分を認識した。
いくばくかの自己嫌悪とともに、ネイリンは、自分の本質的な人格が、オフェンシブなものであることを再認識した。
ネイリンは一度頭を振り、室内に足を踏み入れた。
部屋の中は、生臭いようなにおいがした気がした。気のせいかもしれない。
ジーナスが、部屋のほぼ真ん中で横臥している。胸から、ナイフの柄が生えている。赤黒い染みがそこを中心に広がっている。ネイリンは、ちらりとそこに目をやってから、すぐに目を逸らした。
彼の傍らには、主が力なく、といった感じで座り込んでいた。ジーナスを抱きかかえている。されるがままのジーナスの胸ポケットから、なにかがでていた。棒状の木だ。なんだろう、そう思ったときだ。ラパルクが、隣で腰を下ろし、手を伸ばしてそれを取った。
棒の先に鍵がついていた。
――この部屋の? …………?
「さわるな!」主の横にいたイボーが、激しい口調でいいながら、ラパルクの手を叩いた。鍵が落ちる。「ジーナスのこと、おまえ、なにも分かっていない!」
主はなにもいわなかった。
険しい顔に見えたが、近くで見ると、茫然自失といった感じの表情にも見える。
そんな主のかわりに、ジーナスを守らなくてはいけない、そう思っての、イボーの言動だったようだ。
「わるかったよ」そういって、ラパルクは気まずそうな顔をしながら、鍵を元の場所に戻した。
見るともなしに、彼らのやり取りを見ていたネイリンだったが、なにか違和感を感じていた。胸騒ぎ、といいかえてもいい。
ざわつく。胸の内で。頭の中で。
その正体を見極めようとすると、今ジーナスを取り巻く環境の条件が、頭に浮かんだ。
扉の鍵はかかっていた。こちら側の窓もまた鍵がかかっていた。向こう側の窓も同様だった。そして鍵は、部屋の中で死んでいたものが持っていた。
ならば、どうやって彼を殺したのだ?
殺した人間は、どうやってここからでていったんだ?
理屈に合わない。そもそも、殺人ではないのか。――いや、今朝のジーナスの様子から、自殺はないと思うが……。
ネイリンは、ラパルクをみた。彼は瞬間彼女と目を合わすと、目を逸らし、部屋を見回した。そして、主たちが入ってきた窓枠に近づく。
部屋に入ってきたものの、ネイリンは、なにもすることがなかった。
なにをしていいかが分からなかった。
ただ、頭だけは、混沌としながらも、一人でに猛烈な勢いで回転していた。