第二章 7
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大広間に下りると、カーテとロイがはなしていた。
「やっぱり、下にもいなかったんですか?」ネイリンがカーテにきいた。
カーテがロイを、かるくため息をつきながらにらむ。
「お客様に、ご心配やご面倒をかけちゃいけないでしょ」
「ごめんなさい」
「あ、すいませんでした。あたしからしつこくきいたんです。ですから、ロイくんを責めないでください」ネイリンが二人にわって入る。
「ネイリンさんは、優しいわね」カーテが笑う。「厨房でお茶でも飲みましょうか。ちょっとのど渇いちゃったわ」
いって、カーテは扉に向かった。
「もういいんですか、探さなくて」ネイリンは、あとを追いながらきく。
「うん。といっても、探せるところは全部探したしねぇ。やっぱりおでかけになったになったんでしょう」
そういいながら右側の扉を開ける。ネイリンは、こちらから入るのは初めてだ。といっても、食堂側から入ったときと同じように、やはりオープンスペースにでる。というか、扉自体は、角をはさんで隣り合っているのだ。大して意味のない扉な気もするが、食堂を通らなくてもこちら側にでられることに意味があるのだろう。
そのまま厨房に向かう。ラパルクは、こちら側に入るのが初めてだから、きょろきょろしている。
厨房の中では、リールが皿洗いをしていた。もう終わりかけていて、洗ったものを拭いている段階だった。
「リール。お茶四人分ね」カーテがいって、テーブル席に座る。
「ずいぶんと上からいってくれるじゃないか。それより、どうなったんだ。トーナス様はいたのか?」猛烈な勢いで皿を拭いている。
「ううん。それがどこにもいないのよ。あ、ネイリンさんたちも、どうぞ、座って。あ、そういえば、ラパルクさんはリールと会うの初めてじゃなかったですか?」
「はい」座りかけていたラパルクは、立ち上がりリールの背中に向かっていった。「ラパルク・バナといいます。よろしく」
「ああ、よろしく。リールだ。背中越しにすいませんね。早いとこ終わらせたいんだ」
「昨日の晩飯、あれうまかったですよ」ラパルクにしては、めずらしくそんなことをいった。本来、食べ物の味についてコメントすることなどまずない。
「ありがとう」後ろ姿だが、ちょっとうれしそうだ。
皿を拭き終わり、お茶の用意をし、お湯を火にかけてからリールもテーブル席についた。
「おお、そんなごつい人だったか。声のイメージとはずいぶん違うな」リールは席につくなりいった。
「よくいわれます」ラパルクが応える。彼は、見た目とは裏腹に、声は甲高い。
「ねえねえ、そんなことより、」とカーテが口を開いた。「トーナス様、どこにいったんだろうね」その顔は、心なしかうれしそうだ。
ううん、と一同首をひねる中、彼女はこうつづけた。
「あたし思うんだけどね、ルイーザさんのとこにいったんじゃないの?」
「そうなんですか?」ネイリンが、合いの手を入れる。
「いや、根拠はないんだけど、でもそれ以外に考えられる場所もないし」
ないのかどうかは、トーナスのことをほとんど知らないネイリンには分からない。
「しかしなぁ、そんな雰囲気でもないような気がするがなあ」とリール。それは、今がどうこう、という意味ではなく、二人の関係性において、そんな雰囲気ではない気がする、という意味のようだった。
二人は十分に大人だし、ドライな関係だろう、という認識なのだろうか。
「でもさ、急に会いたくなっちゃって、雨の中だれにもいわず家をでた、なんて、なんか素敵じゃない?」
そうだろうか。ネイリンは、おじさんの意地のわるそうで、実質一辺倒、といった顔を思い出し、ぶるった。
「今まではさ、ほら、なんかルイーザ様の一方的なアプローチの末、みたいな感じがあったけど、その情熱がトーナス様の気持ちを、本当の意味で動かしたのかな、って考えたら……ねえ?」
ねえ? といわれても困る。
カーテの言葉に、だれもなにもいわなかった。ネイリンやラパルクには、コメントできるほどの立場も情報もないし、リールやロイも、そういったことについていいやすい立場にはない。ほんとは、カーテだって、雇い主の噂話などしていい立場にはないはずなのだが、そういったことを彼女は気にしている感じではなかった。
カーテのこのあけっぴろげな感じは、周囲のものをリラックスさせる効果があって、ネイリンも好感を持っているのだが、自分はそういった人になりたくないな、とも心のどこかで思っていた。
この性格が彼女特有のものならいいけど、女性が年をとったら、必ず獲得する性質だったら嫌だな、と思った。そうじゃないと信じたいが、カーテっぽい女性は、テリル村でもよく見かけはしたのだ。それも年配の女性ばかり。ネイリンは、またぶるった。
それにしても、とネイリンは思う。最初大広間で小走りのカーテを見たときは、なにか心配げだったが、今となっては心配の「し」の字もない。よくよく考えたら、心配するほどのことではないと思いなおしたのか、心配してもしょうがないと思い直したのか、ロマンチックなことを思いついて、その妄想の虜になっているのか。
おそらく最後だろう。妄想というのは楽しいし、最悪の想像をするよりかは健康的だ。かくいうネイリンの頭も、先ほどから、ある妄想に取りつかれていた。
それは、あの封印された部屋にトーナスはいるのではないか、というものだ。
カーテの妄想と同じように、大した根拠はない。ただ、その部屋だけ調べていないから、というに過ぎない。いや、そう想像した方が楽しいから、といった方が正確なのかもしれない。だから、できれば話もそっちの方に持っていきたいと考えている。だがそれは、なかなかに難しそうだった。あの部屋について、知らないことになっているのがやはり辛い。
ラパルクのいうように、知らないからこそ、純粋な表情を装って、あの部屋についてふれる、という方法もあるにはあるが、それはやはり賭けでもあるのだ。ロイとは違って、カーテもリールも大人だ。この屋敷のタブーに関わるあの部屋について部外者が口にしたとたん、今の好意的な態度を一変させる、ということも考えられる。
ネイリンがそんなことを考えている間も、場は進んでいた。カーテは、相変わらずトーナスの、そしてこの家の住人の、ほほえましい、というレベルの噂話を。リールはお茶を入れ、カーテの話に相槌を入れ、お茶請けをだし、とかいがいしく動き回っている。気づいたら、ラパルクもリラックスした様子で、ときおり会話に口をはさんだりしている。ネイリンと同じように、彼もここが気に入ったようだった。
わるい雰囲気じゃなかった。今あの部屋について口にすることは、やはり利口じゃないな。ネイリンは、あの部屋のことを忘れ、カーテの噂話に付き合うことにした。