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第一章 8

      8


 食堂には、すでにロッテのおじいさんと、ロッテのお父さん――ジーナスがいた。食堂の真ん中に細長いテーブルがあり、向かって正面の上座におじいさん、その左にジーナスが座っていた。ジーナスはすでに琥珀色の液体を飲んでいた。

 ロッテのおじさんは、何もいうことなく、だまっておじいさんの右隣に座った。ルイーザは、おじいさんのところにまっすぐに向かった。

「ガードナー様、ご無沙汰しております。お元気そうでなによりですわ」ルイーザは、中腰になっておじいさんにはなしかけた。

「そんなによくもないわ」おじいさんは、仏頂面で返す。「最近、雨が降ると膝が痛む。座ったままで失礼するよ」

「いいんですの。楽になさって」ルイーザが微笑む。

 二人の関係はどうなのだろう、とネイリンは思った。おじいさんは、むすっとした顔をしているが、もしかしたら、この顔がデフォルト、あるいはすべてという可能性もある。

 彼女がきたとき、出迎えなかったが、それは主のいうとおり、足がわるいせいなのだろう。だから、まあ、仲がいいともわるいとも判断がつかなかった。

 ルイーザは、つづいてジーナスにもはなしかけた。彼もまた彼女を出迎えはしなかったが、ルイーザの婚約者である兄とともに出迎えるのも決まりわるいものがあるだろう。今も、当たり障りのない会話をしていて、やはり仲がいいともわるいとも判断つかなかった。

 大人の関係性は、分かりづらい。

 ルイーザはおじさんの隣に座った。ロッテはジーナスの隣に座り、さっそくテーブルナプキンを膝の上に広げた。ここでもまた、ネイリンとラパルクは、所在なげにたたずむことになった。

 大人ならこういうとき、主やジーナスなどにおべんちゃらの一つもいって、なんとなくのまま適当な席に座るのかもしれないが、あいにくネイリンもラパルクも、そういった芸当はできなかった。

 おじさんとルイーザは、あえてネイリンたちを無視しているような雰囲気。主は、そもそもネイリンたちが目に入っていないようなそぶり。ジーナスは、困惑するネイリンたちを面白そうに眺めているだけで、助け舟を出す気配はまったくなかった。

 息苦しくなった辺りで、ロッテの声が聞こえた。

「ネイリン、ここに座って」ロッテが、笑顔で隣のイスをぽんぽんと叩いた。「ラパルクはあちらね」

 そうだ、ロッテがいたんだった。ほっとしたネイリンは、うん、といって彼女の隣に座った。ロッテの隣に座って、やっと人心地ついた。

 ふと見るとラパルクが、ものいいたげな表情でネイリンの顔を見ていた。たぶん、というか絶対、ルイーザの隣がいやなんだと思う。

 今彼女の隣に座るのは、さぞかし気まずいだろうな、とは思ったが、ネイリンの立場としてはどうしようもない。ネイリンはラパルクの視線に、鼻の頭に皺を寄せることで返した。とくに意味はない。

 ラパルクはネイリンを一睨みすると、ぎこちない動きで、ルイーザの隣に座った。落ち着かないのか、もぞもぞとお尻を動かしたかと思うと、最終的には下を向いた。

 ラパルクはここにきてから、終始ぎこちない。しかしそれもしょうがないだろう。村にいるときは、乱暴者が集まる剣技館が彼にとって世界のすべてだったのだ。こんな場所では、どうしてよいか分からないのだろう。彼にしては、がんばっているほうだと思う。

 ネイリンが、隣のロッテを真似して、ナプキンを膝の上に広げていると、後ろで扉の開く音がした。反射的に振り返ると、カーテがワゴンを押してくるところだった。その向こうが厨房なのだろう。

 入ってきたカーテは、ネイリンと目が合うと、合図のように目をつぶった。ネイリンも微笑みで返した。会って間もないが、この人だけは、まるで生まれたときから見守ってくれている近所のおばさんのように感じる。

 食堂に入ってきたのは、カーテだけではなかった。後ろから、パンの載った大盆を手にした少年が入ってくる。誰だろう。なんとなくカーテに顔が似ている気がする。息子だろうか。

 カーテとその少年は、手分けしてスープとパンを配って歩いた。ネイリンは、どうしてよいか分からず、その間ただじっとしていた。ラパルクは、置かれた瞬間にパンを食べようとして、周囲の無言の圧力を受けた。また何かいいたそうにネイリンを見たが、彼女が無視すると、肩をおろしてそっぽを向いた。

 カーテと少年が食堂を出てから、おじいさんが口を開いた。

「今日はいつもと違いゲストがいるが、いつもどおり祈りの言葉を述べたいと思う」そういうと神仕様のような口調で、「神の使いである勇者に、今日も日々の糧を与えたもうことを感謝いたします」といった。

 ほかのものも繰り返す。こういった言葉は、絵本の中だけのものかと思っていた。なんとなく気恥ずかしくて、ネイリンはいったふりですませた。

 それぞれがパンの一切れも口に入れたころを見はからって、ジーナスが口を開いた。

「いや、今日は大勢での食事でめでたいな。四人での食事は辛気臭いったらないからな」

 めでたくはないが、まあ、少人数で食べるよりかはいいだろう。そう思ってから、四人、という言葉が引っかかった。

 四人とは、ロッテに彼女のお父さん・ジーナス、おじいさんにおじさんのことだろう。……ロッテのお母さんはどうしたのだろう。

 気にはなったが、もちろんこんなタイミングでは聞けない。

「せっかく旅人がいるんだ。酒のつまみにここまでの武勇伝でも聞きたいと思うが、どうだろう」

 ジーナスは、周りを見回すようにいったが、誰も答えない。しょうがなく、ネイリンがそれに応えた。

「おはなしできるほどの武勇伝はないかもです」ネイリンは精一杯愛想よくいった。「モンスターに出会っても逃げてばかりでしたし」

 お愛想程度でも、ここで笑いが起きるはずだった。だが起きない。それどころか、なぜジーナスの言葉に反応したのかという雰囲気すらある。食事中に会話するのを、基本的には好まない家なのだろうか。

 空気を読み損なったジーナスに巻き込まれている格好だった。だが、そのジーナスはどこ吹く風でしゃべり続ける。

「いや、モンスターから逃げるのだって、立派な武勇伝だ。おれ……私たちは、そのような体験とは縁遠いからね」

「はあ……」ネイリンは、どこまで付き合っていいのか計りかねていた。

「おじょうさんも、戦ったりするのかい?」

「まさか!?」これまで黙っていたルイーザが、たまりかねたようにふきだした。「ジーナスさんたらおかしいわ。こんな……」といって、ネイリンの顔をすまなそうに見た。「ごめんなさい。まだお名前聞いていなかったわね」

 ロッテとの会話でショックを受けたらしい彼女も、様子を見るにつけ、復活したらしかった。第一印象の、いいとこのご令嬢、といったオーラがいつの間にか再出している。

 ただネイリンの名前は、名乗ってはいなかったが先ほどの会話の中にでてきていたはずである。あの一件はなかったことにして、もう一度立場・関係性を、再確認・再構築しようとしているのかもしれない。

「ネイリン・パークエムといいます」冷静に考えて、気まずい関係にして得になることなどない。ネイリンも友好的に構えた。「はじめまして」

「よろしく。ルイーザよ。ネイリンって呼んでいいかしら」ルイーザが微笑みいう。

 ロッテがかすかに動く。ロッテは、友達になってからネイリンと呼んだ。そういった、ぎこちないともいえる手順を踏んだロッテからしたら、ルイーザの物言いは面白くないのかもしれない。

 だがこの立場・関係性からして、呼び捨てでよいかとルイーザのほうから聞くのは、やさしさともいえた。これをきっかけに近づければ、この家での立場も、居心地のいいものにかわるかもしれない。

「ええ、もちろん」ネイリンは間髪入れずに応えた。すぐ応えたのは、ロッテの動きを制したかったのもあった。

「ネイリンみたいにかわいらしいおじょうさんが、モンスターとの戦闘に加わるはずないわよね」

「えっと……」一瞬口ごもってしまった。ネイリンも腕に覚えはあったし、実際この旅では幾度となくモンスターと戦っている。どう答えたらいいものか。

「こいつは戦いますよ」ラパルクがパンを口に入れたままいった。「この街にくるまでに、何度もモンスターと戦ったが、こいつも参加した。だいたい、そもそもは一人で旅に出ようとしてたぐらいだ。それなりの自信はあるんでしょう」パンを飲み込みいった。「実際強い」

 ルイーザが、突然はなしはじめたラパルクを見て、ちょっと怖そうな顔をした。

 そのまま顔をネイリンに向ける。おびえた表情は残ったままだった。

「あ……」ルイーザの反応を見て、あわててネイリンはいった。「大げさにいってるんです。たしなむ程度に槍をやりますが、そんな、実際モンスターと戦ったりなどは……」

 思いっきりしてはいたのだが……。

「ネイリン、ほんとはどっちなの?」スープを飲み終えたロッテが、スプーンを置いてネイリンを見た。この話題に興味を持っているようだ。

「えっと……」迷ったが、どうせ嘘をついてもこの娘にはばれる、そう思って正直に答えた。「まあ、多少はやったかな。……やっぱり一緒に旅してるんだし、知らないふりしてるわけにもいかないしね」

「すごい!」ロッテが目を輝かせて、口の前で手を合わせた。「女の子なのにモンスターと戦えちゃうなんて、かっこいいわ。そんなお友達はじめてよ」

「そんな、大したことないわよ」

 謙遜しながらも、褒められているのだろうか、と内心首をかしげた。

 見ると、ルイーザは思いっきり引いてるし。

 おじさんやおじいさんも、まあ引いてる。

「は!」ジーナスが、愉快そうに息を吐き出した。「こりゃいい。じゃ、お嬢さんも武勇伝の塊みたいなものなんじゃないか」

「そんなことはないです」

 なんとなく、この話題をつづけたくなくなってきた。話題を探そうかと何気なく周りを見回したときだった。目の端に、なにか動くものを捕らえた。窓の外にそれはあった。注視すると、それはイボーだった。小雨の振る中、麦藁帽子をかぶったイボーが、鍬を肩に歩いている。

 彼に気を取られたのを、その場にいたみなが気づいた。

「イボーか。あいつ、あんなところでなにやってるんだ?」おじさんが、食堂に入ってからはじめて口を開いた。

「花壇の石をどかすように、先ほどいいつけましたの」ロッテが答える。

「勝手なまねはするな。イボーはお前の召使いじゃない」不機嫌そうにいった。

「でも、お祖父様がじゃまだといっていた石をとりのぞいてと、わたくしはいったのです」

「親父がいったのならかまわん。だが、お前がいっていいことじゃない。子供が命令なんかするな。いったい何様のつもりなんだ?」

 突然険悪な雰囲気になり、ネイリンは胸が苦しくなった。

「かまわん」おじいさんが、落ち着いた声で二人の会話に割って入った。「イボーはこの家の使用人だ。ロッテはこの家の娘だ。指示する資格はある」

「しかし、いずれは……」そういって、おじさんは口ごもった。

 おじさんの右腕の服がわずかに動いた。ルイーザが、さりげなく引っ張ったような動き方だった。

 ――なんだ、今の?

 おじさんの言い分もおじいさんの言い分も、どちらもうなづけるものだった。気になったのは、会話の終わり方――おじさんの、いずれは、という言葉だった。

 ロッテはこの家の娘だ、といったおじいさんの言葉に対しての『しかし、いずれは』。

 いずれは嫁ぐ、そういった趣旨の発言なのだろうか。

 ――いずれは嫁いでこの家との縁は切れる、いずれ外部のものになる人間が、この家の使用人に命令するな――。

 いや、結婚したって縁は切れないだろう、とネイリンは思う。

 ……そういうことではないのか。

 この家は特殊だ。ルールがある。

 ――賢いものが鍵とともに、結局は家督も継ぐ。

 ロッテの父と伯父は、今、継承権利を争っている。そして、父はそれに負けそうだという。負ければ家督は継げない。家を出て行かなければいけない。そのときロッテは……やはり一緒に出て行くのだろう。

 ……だが、出て行ったからといって、この家との関係性が絶たれるわけでは――いや、絶たれるのか?

 ネイリンは、酒場で、この家の宝の話を聞いていたことを思い出した。

 石の情報は、簡単に外部の人間に知ることができないものであるにもかかわらず、そして、この家の人間は、基本的に石についての情報を流したくないと思っているにもかかわらず、石の情報は外部に流れていたのである。

 それができる人間の条件は、かつて内部の人間だったこと。そして、現在内部の人間ではなくなっていることだ。

 なぜ情報を流した人物は、内部の人間でなくなったのか。

 継承競争に負けたゆえ、というのが、一番可能性が高いだろう。

 情報を流したのが、具体的に誰かは分からない。おじいさんに負けたものかもしれないし、その先代に負けたものかもしれない。

 とにかく石を守るものとして認められなかったものが、腹いせに情報を流したというのが、蓋然性に高そうだった。

 つまり、石の情報が外部に流れていることが、継承競争に敗れれば、この家との関係性を絶たれることを裏付けている、と考えられる。

 もうジーナスの負けは決定的なのだから、ロッテも『いずれ』は、外部の人間に『なる』のだ、とおじさんはいいたかったのだ。

 それなのに、万が一の可能性を考えてなのか、ロッテはそんな状況なのに毎日そうとう時間勉強させられているのだ。

 ロッテの置かれている状況は、家の状況を知れば知るほど苦しい。

 なんとかしてあげたいと思ったが、通りすがりのネイリンにできることなどないだろう。いえることすらないかもしれない。

 パンを手にネイリンが固まっていたときだ。またカーテたちが入ってきた。前菜を配る。

 カーテとともに前菜を配っていた少年に、おじいさんがいった。

「ルイ。ここの仕事はいい。外にでて、イボーを手伝って上げなさい」

 少年はルイというらしい。

「イボー、ですか?」少年が、声変わり前の声で訊いた。

「ああ。今外で、花壇の中にあった石を取り除いている。力仕事はしなくていい。庭の景観を損なわないところへ持っていくように、案内してやってくれ」

「はい。かしこまりました」そうルイは答えると、機敏にワゴンを押してでていった。

 ルイは見たところ、まだロッテやプライとそうかわらない年齢に見えた。この家では、そんな年端のいかない子供でも、立場によってはこき使われるらしい。

 ネイリンは、なんとなく落ち着かなかった。客とはいえ、通りすがっただけの人間だ。カーテたちだけに働かせて、命令しているガードナー家のものと一緒に食事をしているのが申し訳なく感じたのだ。

 先ほどロッテには反対されたが、やはり食事のあとには、後片付けぐらいは手伝おうと思った。


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