安楽死
防御服を着込んだ作業員たちが、街のいたるところに散らばる遺体の回収作業を行っていた。
地球はもう人間が普通に暮らせる環境では無くなっている。
地球温暖化によりまだ夏になっていないのにもかかわらず、外気温は5〜60度かそれ以上になっていた。
暑さの為に頼みの綱であるエアコンなどの冷房機器も、電力網や発電所自体が暑さでダウンし停電が発生して稼働してる時間が限られているのだ。
人々は少しでも風に当たろうと屋外に出て来て、そこで次々と死を迎えていた。
遺体の回収作業を行っていた作業員の1人が声を上げる。
「アレ? 此の遺体なんかおかしくないか?」
「え? どうした? 遺体は遺体だろ」
「顔だよ顔」
最初に声を上げた同僚の顔だよって言葉で、一緒に作業を行っていた男も遺体の顔を見た。
「え?」
「な、おかしいだろ、他の遺体は皆んな生きたまま茹で上がる所為で苦痛で歪んだ顔をしているのに、此の遺体だけは笑顔なんだよ」
此れは最初に報告された事例だった。
世界各地で同じように笑顔で亡くなっている遺体が次々と見つかる。
笑顔で亡くなっていた者たちの共通点は直ぐ判明した。
全員、氷が溶けた所為で露出した南極大陸に各国政府が建設を急いでいる、地球温暖化が収まるまでの退避所を建設する作業に従事していた作業員であったり、その家族や友人たちであったりしたのだ。
世界各国の研究者たちは遺体から笑顔で亡くなった原因である細菌の特定はできた。
此の多分南極の氷の下から溶け出した未知の細菌は人間だけに死をもたらす。
実験動物のモルモット、マウス、ラット、ウサギ、カニクイザル、アカゲザル、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、馬、牛、豚、犬、猫、ニワトリなど用意できた全ての動物に感染させてもマッタク発病しないのだ。
何故か人間だけが感染すると発病して死ぬ。
だが人間以外には感染させても発病しない為に、何故笑顔になって亡くなるのかということが不明なのだった。
そんな中、感染する動物が見つからない事に業を煮やしたある研究者が、隔離室に入り自身の身体に細菌を注入するという行動に出る。
彼は隔離室のマイクを使って操作室の同僚に身体の変化を伝えた。
「寒い、頼む、隔離室の温度を上げてくれ、ガチガチガチ」
操作室で見守る同僚たちの耳に隔離室に閉じこもっている男の歯の鳴る音が響く。
『ガチガチガチガチガチガチ』
温度を人間が耐えられる温度まで上げても男の歯の音は止まない。
『ガチガチガチガチガチガチ』
「駄目だ、もっともっと上げてくれ、寒い、寒いんだ」
操作室の同僚が警告する。
「今43度だ、此れ以上は駄目だ身体が持たないぞ」
その警告に対して返事は返って来ない、隔離室の男の意識は混濁し意味不明のうわ言を口にし始めていた。
だが男の身体に付けられていたセンサーは、男の身体の中で起きてる変化を刻一刻と伝えている。
男の体温は時間と共にドンドン高まって行く。
42度を突破して外気温と同じ50度、51度、52度、53度と高まって行き突然心電図が上下に大きく動く、そして56度を超えたところでモニターの心電図がフラットになった。
男の心臓の鼓動が止まったのだ。
だが男の顔は笑顔にはほど遠い物で、寒さを訴えていた時のまま変わって無い。
その時、操作室にいた研究者の1人がなにかに気が付き声を上げた。
「あ! もしかして」
彼は亡くなった同僚がいる隔離室に入って行き、操作室の同僚たちに指示する。
「次は俺の番だ、感染した後で寒さを訴えたら、隔離室の中の温度を外気温並に上げてくれ。
俺の考えが正しければ俺は彼と違って笑顔で死ぬ筈だからな」
「どういう事だ?」
「感染すると脳のリミットが外れるんだと思う、だから体温が42度前後で止まらずドンドン高まって行く、そのリミットは多分だが外気温と同じ5〜60度だと思うのだよ」
隔離室に入った男は注射器で細菌を身体に注入した。
前の男が寒さを訴え始めた時と同じくらいの時間が経った頃、彼も寒さを訴え始める。
「寒い! 寒い! 隔離室の温度を上げてくれガチガチガチガチ」
『ガチガチガチガチガチガチ』
同僚の歯がなる音を聞きながら操作室の同僚は隔離室の温度を上げていく。
隔離室の中で寒さを訴えている男の体温が42度を超えた辺りで男の意識も混濁したのだろう、うわ言を口にするようになった。
隔離室の中の男の体温が49度、50度、51度、52度と上がるに合わせて、同僚は隔離室の温度も同じように上げて行く、53度、54度、55度を超えた辺りで心電図が上下に大きく動き出す。
56度、57度。
男の体温が57度になった時にモニターの心電図がフラットになる。
男の顔は笑顔になっていた。
此の未知の細菌に感染すると人間は100パーセント死ぬ、だが脳のリミッターが外れ体温が5〜60度まで上がる為に外気温とイコールになり、死んで行く者たちには丁度良い温度になる。
その為に顔に笑顔が浮かび安楽死のような感じになるのだった。




