私の図書
どうして人は、時に過ちを犯すのだろう。
どうして人は、それを大きさに関わらず責めるのだろう。
どうして人は、過ちを犯したことを強く悔しがるのだろう。
「宝心。さあ、選べ。宝心の未来を選ぶのは宝心の任務だ。さあ、答えろ。そして応えろ。」
静かに、しかし圧のある空気の漂う図書館のような場所。
目の前にいるのは誰だ…?そして隣で逆毛を立てる猫は…。
「はぁ…!」
選択を迫られる。人は何時だって、答えを見つけないと前に進めないから。でも今は違う。
「私は、…」
大きく一つ、呼吸をする。そして、ゆっくりと口を開く…。
「はっ!?」
静かに日の光が照らす部屋で、一人目を見開く。夢を見ていたのだろうか。
まだ朝焼けのような淡いそれから、朝方なのだと確信する。
一度目が覚めるとなかなか眠れなくなってしまう。
しばらくは眠るために深呼吸をしていたが先ほどまで見ていた夢の内容が頭から離れようとしてはくれない。
でも、必然的に意識は遠のいていき20分もすればまた眠りに落ちる。
まだ高校生であり親とともに暮らしている子供にとっちゃ、そんなもんだ。
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また図書館。今度は、何処かで見覚えのある服を着ている私がいる。
制服だろうか。この白いシャツと灰色のブレザーは。
今度は、と周りを見渡す。天井まで、びっしりと図書が並び私はその少し下の方にいる。
下を覗いてみると、かなり高い。上を先に見てしまったせいで下の階のように見えたが、此方もなかなかの高さがあった。
私が今居るのは、4階くらいの場所だろうか。すぐ近くに書架の並ぶ棚があったため、覗いてみた。
「芽吹宝心…?」
表紙に書かれていた文字に、思わず手を伸ばす。
私の名前。芽吹宝心。そりゃあ自分の名前が書かれていた書架を見つけたら気になって仕方がないだろう。
「それは読んではいけない。」
「へっ…?」
今度は、眩しい光に叩き起こされたようになる。今度こそそれが来たのだろう。
目をこすり、時計を確認すれば六時半だ。
階段を下りて居間へと向かうと、すでに朝御飯が出来ていた。
なんだか釈然としないままそれを口に入れ、学校へと向かう。
「行ってきまーす…。」
さっきの本は何なのだろう。あの、果てしなく並ぶ本たちはどんな内容なのだろう。
夢の内容を此処まで考えてしまうのは、自分の記憶が正しければ今までなかったと思う。
挨拶が飛び交う校舎の前で自分も笑って手を振る。その笑顔は、何のために誰が創ろうとしたのだろう。
そうやって何かの根本を考えようとすると、果てしなく気が遠くなる。
足元がふわふわするまま教室へと駆け上がり、荷物を横にかけて一段落する。
と同時に先生が教室の扉を開いて、教卓の前でこちらに目を移す。
その口が開いた瞬間に、一気に周りの空気が硬くなるのを感じ取った。
「今日は転校生が急遽来ます。仲良くしてあげてくださいね。」
「わぁー…。」
教室が瞬く間にざわつき始め、皆の期待の声が上がる。私は興味なんてないけれど。
そして、次の瞬間に音もなく入ってきたのは一人の少女。
まるで猫か忍びの様だ。その子は冷たい顔のまま此方を向くと、また静かに口を開いた。
「雲野鏡渦です。」
「…。え、それだけ?」
クラスの子一人が思わず口をはさんでしまうほど、その自己紹介は単調なものだった。
私も、正直そう思った。でも別の見方をすれば、慣れない環境に身をしみこませたくないのも解る。
教室に沈黙の輪が広がる中、それを破ったのはチャイムの音。朝のHRの終わりを告げる合図だ。
それが響いた瞬間、先生は手を叩きこう口にした。
「さ、一時限目は家庭の生活技術だ。移動教室先の担当の先生の話をよく聞くように。移動開始。」
皆が一斉に立ち上がり、教材を持って廊下に出る。転校生とやらはそれに何の興味も示さないかのようにただその目を向けるだけ。
正直、気にする必要はないと思ったがどうしても気になってしまうのだ。
恐らく人間の本能として、出会った人すべてと仲良くなれなければ寂しいからだろう。
教科書と筆記用具を持ち出し、気にしないようにと廊下へ足を踏み入れるとどこか冷たい。
教室から技術室までは、階段を二階分登らないといけない。
おまけにどの教室からも少し離れているため、移動教室の際には皆文句を堪えながら向かうのである。
階段の踊り場まで来たところで、足の疲れを感じ立ち止まる。
後ろから、続々と追い抜かす人の波に巻き込まれる。
「あのさ。宝心。」
「へ?…って君?」
鏡のようなその目と、海月のような髪型の少女。先ほど転校生として紹介された人。
しばらく考えてから、名前を言い出す。どうでもよかったけど、頭の片隅には在ったみたいだ。
「鏡渦ちゃんだっけ?どうしたの?」
苦し紛れに出した相槌の後、自分の名前を知られていたことに気づく。
どうして、あの何の興味も示さなかった私の名前を憶えていたのだろう。
いや、今私が考えるべきことは、そんなことじゃないと思う。しばらく私を睨んでいた顔が、そっと動き始める。
「先に紹介しようかしら。今口頭で説明するより、あっちに連れて行った方が手っ取り早いと思うし。」
「え…?」
どういう意味だろうか。すぐに反応する必要性は、いつでも最優先ではないことを次の瞬間に知った。
鏡渦は手を掲げ、此方に平を見せる。次の瞬間、掲げられた手が光り反射的に目を瞑った。
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ゆっくりと、恐る恐るその目を開く。何が起きたのだろうか。此処は学校なのだろうか。
違った。今私がいるのは、果てしない書架の並ぶ場所。どこか懐かしさを覚えてしまうのは、気のせいだろうか。
それとも…。
「怖がる必要はないわ。貴方は此方の世界でこれからを生きるから。」
また不可解な発言をされる。その正体を知る術はないのだろうか。
発言について知りたい、それもあるがそれ以上に情報量が多すぎる。
「ここについて説明するのが貴方にとって一番の望みのはず。だから先に紹介してしまうね。ついてきて。」
「うん…。」
多分、今の言葉は聞こえていないと思う。確かにどうしてこんなところに連れてこられたのかを知りたい、それが私の望みだ。
手を引かれ、思わず転びそうになる。連れてこられたのは部屋の隅にある螺旋階段。
不思議そうに見つめていると、それを上り始める鏡渦がいる。
「最上階まで行くよ。此処から後四階分の階段を上るわ。」
四階分と聞いただけで、すぐに気が遠くなってしまう。それを上り終える頃には、ほとんど意識して足を動かしてはいなかった。
「此処。この扉を開けた先に、創造主がいるから。話はそれからね。」
「創造主…?」
「早くここが何なのか知りたいでしょ?行きましょう。」
鏡渦がそれに手を伸ばすと、重たい扉が開き始める。まるで宮殿のそれの様だ。
あんなに書架の並ぶこの建物に、こんな一室があったなんて。そう思えば扉の先に、何かが立っている。
それが座るのはまるで王様が座る玉座のよう。座っているのは、人ではない何か。
それは何だろうか。私は、何処へ来てしまったのだろうか。
「失礼じゃない?先に挨拶をするべきだと思うわ。あちらの世界の安寧を保ってられるのだから。」
「そう、なんだ…。」
あちらの世界だとか、安寧だとか次々と言葉が飛び交い、それを脳が処理しようとしている。
だが、多分追いついていない。恐らく何一つ今の自分は判っていない。
この世界のことも、此処が何なのかも、私が次に何をすれば正解なのかも。
「とりあえず、まずは中に入ってこの世界のことを知っておきましょう。それから、貴方がここに来た意義を教えるわ。」
言われるがまま部屋に入り、私は目の前の生き物と対面する。
近くで見れば、それは恐らく半分人間でもう半分が何かという生き物に見える。
そのとがった耳と、巨体に目を奪われそうになるが此処では何が失礼か判らない。
俯いたまま前へと進み、そっと周りに目を向けた。




