第92話 恋心
復興作業の現場――そこは、昨日まで戦火の跡が残っていた場所だった。
しかし今は、鬼人たちが集まり、笑い声が響く穏やかな朝を迎えていた。
木を切り出す音、瓦礫を運ぶ声、そして炊事場から漂う香ばしい匂い。
村には活気が戻りつつあった。
「おはようございます!」
リアムが声を上げると、作業をしていた鬼人たちが一斉に顔を上げた。
誰もが笑顔で彼を見つめ、深々と頭を下げる。
「おはようございます、リアム殿!」
「今日も復興の手伝い、よろしくお願いします!」
その光景にリアムは、思わず苦笑いを浮かべた。
ついこの間までは外から来た少年だった自分が、今や鬼人たちから殿と呼ばれている。
慕われるのは嬉しいが、どこかむず痒い。
背後でレオンが腕を組みながら、にやりと笑う。
セラも口元を押さえ、くすくすと笑っていた。
「……なんか、俺だけ扱いが違くない?」
「英雄様だもんな。」
アルトが肩をすくめる。
「そりゃみんな敬語にもなるさ。」
「やめてくれよ……。」
リアムは額をかきながらため息をついた。
その姿を見て、レオンたちは声を押し殺しながら笑いを堪えている。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、村長のバルガと鬼燐が現れた。
二人は大きな包みを抱え、その中には湯気を立てるおにぎりが山のように積まれている。
「おお、レオン殿、それにアルト殿、セラ殿も。
今日も復興の手伝い、よろしく頼む。」
バルガの低くも朗らかな声に、レオンが頷いた。
「任せてくれ。今日で北側の修復を仕上げたい。」
「うむ、頼もしい。」
その隣で、鬼燐が照れたように微笑みながらリアムへと歩み寄る。
両手で包むように、おにぎりを差し出した。
「リアムはん、うちが握ったおにぎりやで。
冷めへんうちに、食べてな。」
その声はどこか柔らかく、少し頬が赤らんでいる。
リアムは驚いたように瞬きをして、礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとうございます。いただきます。」
おにぎりを受け取ったリアムの手に、ほんのりと温もりが残る。
その様子を後ろで見ていたアルトの表情が、ぴくりと固まった。
『……は? お嬢が……顔を赤くしてる? まさか、あれが……!』
その考えが頭をよぎった瞬間、隣のセラが口元を押さえて笑いをこらえながら呟いた。
「ふふっ、リアムもやるじゃない。」
「な、何がだよ。」
リアムが首をかしげると、セラは意味深な笑みを浮かべたままアルトに視線を向ける。
「アルト、あんたも気づいたでしょ?
鬼燐ちゃん、あの様子。」
「……昔からの付き合いだ。
気づかない方がどうかしてる。」
アルトが肩をすくめながらぼそりと答える。
セラはニヤリと笑い、すかさず畳みかけた。
「じゃあ、アルトは嫉妬?」
「……それは無い。」
即答だった。
そのあまりの即答ぶりに、セラは一瞬まばたきし、すぐに呆れたようにため息をついた。
「つまらない。」
「おい、なんでそんな残念そうなんだよ。」
「だって面白くないじゃない。
もう少し動揺とか、見せてくれてもいいのに。」
「そういう問題か!?」
アルトがツッコミを入れると、セラは愉快そうに笑い、指を突きつける。
「なら聞くけど――アルトはどんな子が好きなの?」
「はぁ? 急に何だよ。」
「答えなさいよ。」
セラの瞳がきらりと光る。
アルトは仕方なく腕を組み、少し考える素振りを見せた。
「そうだな……取りあえず、胸があって、背が高く
て、強くて、顔が良くて、スタイルがいい女。」
その瞬間、セラの表情が凍りついた。
「…………。」
「……な、何だよその目。」
セラはゆっくりと指を立て、アルトの額を指した。
そして――「クズが。」低い声でそう呟くと、周囲に五十の魔法陣が一斉に展開した。
「ちょ、待てセラ!? 冗談だって――うわあああああっ!」
アルトの悲鳴とともに、閃光が炸裂。数秒後、彼は煙を上げながら空高く吹き飛んでいった。
その様子を見ていた村人たちは、一瞬ぽかんとし――次の瞬間、爆笑の渦に包まれた。
レオンは遠くの空に消えていくアルトを見ながら、深いため息をつく。
『……今のはお前が悪い。』
心の中でそう呟きながら、バルガと並んで現場の確認へと歩き出す。
その背中には、呆れと苦笑が入り混じっていた。
◇ ◇ ◇
昼前。
村の広場では、鬼人たちが再建中の家の梁を組み上げていた。
リアムはその手伝いをしながら、額の汗を拭い空を見上げる。
青い空。澄んだ風。
戦いの跡が残るこの地にも、少しずつ日常が戻っている。
彼の胸に、ふとあの朝の感覚がよぎる。
──シエナ。
誰だったのだろう。
記憶の底に沈んでいくその名を、リアムは何度も口の中で繰り返した。
けれど、答えはやはり見つからない。
「リアムー! そっちの板、お願い!」
セラの声が飛んできて、リアムは慌てて返事をした。
「あ、はいっ!」
彼は微笑み、再び作業へ戻った。
陽の光の中、彼の笑顔は穏やかで、どこか優しかった。
その胸の奥で、微かに囁くような声がした気がした。
――また、会いましょう。
リアムは振り返った。
だがそこには、ただ風が吹いているだけだった。
次回:村の再生
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