第90話 リアムの名を持つ者
魔女の二人が、静かに語り始めた。
「彼? リアムのこと?」
「他に誰がいるの。」
短く返すその声音に、焦燥が混じっていた。
メルティナは小さく息を吐き、静かに答える。
「彼は、私たちの器よ。」
その言葉に、シエナの瞳が細く光る。
「それくらい、もう気づいてるわ。」
「遅くない?」
メルティナが微笑みながら言う。
それはからかいでもあり、どこか懐かしさの滲む笑みだった。
シエナはその笑みを受け流し、静かに言葉を返す。
「私が、自分の血を宿した人間を見間違えるわけがない。
それでも違和感があるの。
……あの子は普通じゃない。」
メルティナは微笑みを消した。
真剣な瞳で、シエナを見つめ返す。
「何を聞きたいの?」
シエナの紅い瞳が、微かに揺れた。
「色々あるけど……まず一つ。
彼は――なぜ、生きているの?」
その問いに、メルティナは沈黙した。
そして、ゆっくりと手で額を押さえた。
「……流石ね。
そこに気づけるだけでも、やっぱりシエナだわ。」
だが、シエナは食い下がるように続ける。
「彼を生かしているのは、まさか──」
「そこまでよ。」
メルティナが、穏やかに、しかし確固たる声で遮った。
その声音には、微かな哀しみが混じっていた。
「もう、私たちの魂と能力は……リアムの体の一部。
だから私たちは何もできない。
彼が自分で歩き、前に進むのを、ただ見守るしかないの。」
シエナは眉をひそめた。
「……それで、彼がもし真実を知ったら?」
「その時こそ、彼は自分の運命を掴むでしょう。
自分がどのようにしてこの世界に来たのか。
私たちが、なぜ彼を選んだのか――その全てを。」
メルティナの声は静かだった。
しかし、その瞳は、決意に満ちていた。
シエナはその瞳を見つめ続ける。
互いの沈黙が、時間の流れを止めたかのようだった。
長い沈黙の後、シエナが息を吐いた。
「……わかったわ。あなたを信じる。」
メルティナの表情が和らぐ。
「ありがとう、シエナ。」
「……一応、聞いておくけど。
私は、彼にどう接すればいいの?」
メルティナは手を合わせ、困ったように笑った。
「もう少し、優しくしてあげて。」
シエナは露骨に顔をしかめた。
「私は静かが好きなのよ。
誰かに干渉されるのも、話しかけられるのも、全部煩わしい。」
メルティナは肩をすくめるように笑う。
「昔のあなたを思い出して。
人や動物を愛していた、あの頃のあなたを。
リアムはね、私たちを超えて、私たちが願ったささやかな願いを叶えてくれる存在よ。」
シエナは視線を落とした。
胸の奥に、わずかな痛みが走る。
昔の自分――そんな言葉を聞いたのは、何百年ぶりだろう。
「……考えておくわ。」
その言葉に、メルティナは微笑んだ。
そして、空間の奥から蒼い風が吹き抜ける。
「そろそろ、私も戻らなきゃ。
本当はもう少し話したいけど……私たちが持ち場を離れすぎると、リアムの体に影響が出ちゃうから。」
蒼い羽根が広がり、光が空間に溶けていく。
シエナは何も言わなかった。
ただ、見送るように目を細める。
メルティナは最後に、穏やかな声で言った。
「ありがとう、シエナ。
貴方が彼に少しでも優しくしてくれたら、それで十分よ。」
蒼の光が完全に消える。
再び、闇と重力だけがこの空間を支配した。
シエナは、誰もいない空を見上げ、呟いた。
「……まったく、面倒な子たちね。
でも――本当に、私のささやかな夢が叶うのなら……」
彼女は小さく笑った。
その笑みは冷たくもあり、どこか人間的でもあった。
「……せめて、静かに夢を見させて。」
闇が広がり、空間が静かに閉じていく。
彼女の瞳の奥に、ほんのわずかな光が残っていた。
次回:記憶の断片
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