第6話 白い花畑で消えた少女の名
──深い闇の底で、風だけが揺れていた。
意識のどこか遠くで、誰かがそっと囁く。
「……痛かったでしょう。もう大丈夫。すぐに楽になるわ。」
リアムの瞼が静かに開いた。
目の前には、白い花が果てしなく広がる世界。
風は優しく、光はまぶしすぎるほど柔らかい。
けれど、それが現実でないことは直感で分かった。
「ここ……どこだ?」
花に触れた指先に、淡い光がじんわりと染み込む。
その瞬間、背後から足音もなく声がした。
「……あなたが、リアム?」
振り返ると、金色の髪と青い瞳を持つ少女が立っていた。
彼女の微笑みは春の光のように暖かい──しかし、その魔力の気配は確かに“魔女”だった。
「私はアリア・コルネリア。七人の魔女のひとりよ。」
リアムの全身が反射的に強張る。
「……俺はお前たち魔女のことなんて……信じない。」
アリアはリアムに歩み寄り、ただ静かに微笑んだ。
「信じなくてもいいわ。
でも私は……あなたを助けたかった。」
その手がそっと伸びてきた瞬間、リアムは弾かれたように払った。
「やめろ……! 俺に触れるな!」
拒絶されたのに、少女の瞳は揺れなかった。
「あなたが傷つくのを見ているほうが……ずっと辛いの。」
リアムは言葉を失った。
その目は、恐れでも憎しみでもない。
ただ、心の奥に届くような──静かな優しさだった。
「……君、メルティナに……少し似てる。」
アリアは肩をすくめると、控えめに笑った。
「メルティナ? それは遠回りな嫌味?」
「なんでそんな風に思ったんだ。
メルティナは良いやつだろ。」
「メルティナ、うまく立ち回ってる。
──あいかわらず腹黒い。」
緊張がほんのわずかにほどけたその時、アリアがリアムにそっと手をかざす。
「まずは……傷を治すね。無理しすぎたでしょ?」
白い光がリアムの体を包み、痛みが引いていく。
──だが、その光の気配が突然震え出した。
「……あ、れ……魔力が……暴れて……!」
「待て……やめろ! もういい!」
リアムが手を伸ばした瞬間──
白い閃光が花畑を飲み込んだ
「ごめんなさい……ただあなたを癒したかっただけなのに──」
その声が消えていく。
「アリア──!」
手を伸ばしたが、彼女の姿は光の中に溶けていった。
白い世界が崩れる。
リアムの胸に、名前のない痛みだけが残った。
「……もう信じない。
メルティナ以外の魔女なんて……」
意識は闇に沈み、音も光も消えた。
◇ ◇ ◇
「……リアム! おい、リアム!」
鋭い声が耳を揺らし、リアムははっと目を開けた。
そこは聖堂の医務室。
窓から差し込む朝の光、白い天井。
ベッドの横にはレオンとセラが心配そうに立っていた。
「やっと目が覚めたな。」
レオンとセラが胸に手を当て、安堵の息を吐いた。
「……ここは?」
「聖堂の医務室よ。三日間も眠ってたのよ。」
三日──。
リアムはぼんやりと天井を見つめる。
──白い花。
──金の髪の少女。
──優しい光。
けれど、その名前が思い出せない。
「……変な夢を、見てた気がするんだ。」
「どんな夢?」 セラが尋ねる。
リアムはしばらく考えたが、結局首を振った。
「覚えてない。でも……誰かが俺を……助けてくれてた。」
セラは静かに微笑んだ。
「きっと、それはあなたの心が呼んだ誰かね。」
レオンが腕を組みながら真顔に戻る。
「それよりも体の方だ。
お前、自分の体が爆発したのに全く傷を負っていない。」
「どういうこと?」
質問すると、セラはリアムの腕にそっと触れ、真剣な声で言った。
「いろいろあるけど、まずあなたが傷を負わなかったのには二つ理由があるわ。
一つ目は、体が頑丈だから。
普通の物理攻撃や自分の攻撃では、まず傷を負わないの。」
「二つ目は、あなたの魔力の質があまりに高すぎるの。
魔力を循環させて身体を強化すれば、肉体の硬度も上がる。
でも、あなたの魔力が桁外れなの。
それでも、普通なら内側からの爆発で大けがになるところよ。」
「普通の魔導士が持つ魔力量は、おおよそ千から千五百。
けれど今のあなたの魔力量は封印中で約一万──単純計算で十倍以上よ。
それだけの爆発が起きても傷ひとつつかないほど、あなたの魔力の質は圧倒的に高いの。」
リアムの目が見開かれる。
「一万……!? そんなに……?」
「ええ。でも問題はそこじゃないの。」
セラの瞳が真剣な色に変わる。
「その質の高さが、逆に魔力制御を困難にしている。
一度に使うだけで、自分の魔力量を直ぐに消費してしまうほどの濃度……。」
「だからこそ、治癒魔法なんて絶対に使っちゃダメ。
治す前に相手の身体が“魔力の濃度”に耐えられず……爆ぜるわ。」
リアムの胸がズキリと痛む。
理由も分からぬまま、どこかで似た現象を味わった──そんな感覚が心を掠めた。
「……じゃあ、俺がもし誰かを助けようとしても……」
「そう。今のあなたでは、殺してしまう。」
セラの声が静かに響く。
「あなたの魔力は、祝福であり呪いでもあるの。」
レオンが口を開く。
「つまり、無理に使えば自滅する。
身体強化に使っても、せいぜい5秒あたりが限界だ。
それに血の継承体質は今は使えない。
今のお前じゃ、まだ危うい。」
リアムは唇を噛み、拳を握った。
「……じゃあ、俺はどうすればいい。」
レオンが話し続ける。
「体術や剣術、まずはそっちから鍛えるしかない。
焦るな。力に飲まれれば終わりだ。」
リアムは拳を握り、顔を上げた。
「僕の魔力がそんなに強いなら、いずれ抑えられるようになるはずだよね。」
レオンは満足げに微笑み、リアムの肩を叩いた。
「その意気でいい。
だが、力を扱える者になるまでは時間がかかる。
力に飲まれるなよ。
強くなるってのは、我慢と鍛錬の積み重ねだ。」
リアムは静かに頷いた。
「……わかりました。 焦らず、一歩ずつ。」
セラが微笑みながら言葉を添える。
「そう、それがあなたに必要なこと。
せいぜい、奥の手程度に考えることね。」
窓の外、朝の光が差し込む。
リアムはその光をじっと見つめた。
──あの白い花の光に似ている。
思い出せない少女の笑顔が、胸の奥で柔らかく揺れた。
「……俺、強くなります。」
その小さな誓いは、静かに、しかし確かに世界を震わせた。
こうして──
少年リアムの運命は、また一歩前へと動き出す。
次回:旧都市を消し飛ばした力の正体
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