第59話 悔しさを超えて、未知の遺跡へ
──朝靄が、鬼人の村を包んでいた。
遠くの山肌が淡く光り、霧の向こうで焚き火の煙がゆらゆらと昇っていく。
村を覆う静けさの中、鳥の鳴き声が一声、空気を切り裂くように響いた。
リアムは小さな家の扉を開け、外に出た。
昨日の決闘の疲労はまだ体の奥に残っていたが、意識は妙に澄んでいた。
──敗北の痛みよりも、胸の奥に残る「何か」が燃えている。
それが悔しさか、決意か、自分でも分からなかった。
家の前では、すでにレオン、セラ、アルトの三人が準備を整えていた。
朝露に濡れた地面の上、馬車の荷台には道具と食料が積まれ、旅支度は万端だ。
最初に声をかけたのはアルトだった。
「おう、リアム。昨日はお嬢に負けたらしいな」
口元を緩めながらも、どこか気遣うような声色。
リアムは苦笑して肩をすくめた。
「……見てたのか?」
「見てたというか、村中が話してるぞ。
八星が鬼燐に完敗したってな。
だが、気にすんな。お前は強い。」
軽口の奥に、確かな信頼があった。
リアムはわずかに笑い、「ありがとう、アルト。……次は負けないさ」と答えた。
そのやり取りを見ていたセラが、腕を組みながら冷静に告げる。
「リアム、あなたの荷物は昨日のうちにまとめておいたわ。
すぐに着替えて。
準備ができ次第、遺跡に向かうわよ」
「分かった」
リアムは小さく頷き、部屋の中で衣服を着替えた。
黒い旅装束に身を包み、神器・千変万化の糸を装着する。
──鏡越しに映る自分の姿が、少しだけ昨日より強く見えた。
装備を整え、外へ出たリアムを迎えたのは、レオンの穏やかな笑みだった。
「昨日の戦い、セラから聞いた。
何かを掴んだそうじゃないか。」
「……でも、勝てなかった」
「勝敗だけが全てじゃない。それは成長だ。
お前が自分の力と向き合おうとしていること──それが、何よりも価値がある」
レオンの言葉に、リアムは静かに頭を下げた。
胸の奥で、何かが少しずつ温かく灯る。
◇ ◇ ◇
村を出ようとしたその時、二人の影が彼らの前に二つの影が現れた。
村長バルガと、鬼燐だった。
「おはようございます、バルガさん」
レオンが丁寧に一礼する。
老戦士のような風格を持つバルガは、深く頷いた。
「これから遺跡を調査すると聞いてな。
あそこはもう何年も人が足を踏み入れておらん。
中に何が眠っておるか……誰にも分からん。
くれぐれも気をつけてられよ。」
「ありがとうございます。必ず無事に戻ります」
──その穏やかな空気を、冷たい声が裂いた。
「そんな足手まといを連れていくなんて、大丈夫なん?」
鬼燐の視線がリアムを射抜く。
嘲笑うでもなく、ただ淡々と、挑発するような瞳。
「あんたの魔力の質が高かろうが、使えない以上ただの宝の持ち腐れや。
昨日の戦いで、証明されたはずや。」
アルトの拳が震えた。
「テメェ、リアムを馬鹿にすんなよ!
この陰険寸胴女!」
空気が凍りつく。
鬼燐の表情がすっと消え、その瞳が鋭く光を宿す。
「……今、なんて言った?」
その声音は、氷刃のように冷たかった。
アルトがわずかに後退し、「な、なんだよ」と言い返す。
鬼燐は眉ひとつ動かさず、淡々と告げた。
「死ね。単細胞」
「なっ……!」
拳を握るアルト。
だが、その腕をリアムが後ろから掴み、止めた。
「やめろ、アルト。」
「離せよ、リアム!」
「落ち着け。」
リアムは鬼燐に視線を戻す。
その眼差しには悔しさがあったが、何よりも覚悟が宿っていた。
「……不甲斐ないのは事実です。
けど、少しでも早く鬼燐さんを越えられるように努力します。
失礼します。」
そう言って、リアムはレオンたちの後を追った。
背中を見送りながら、鬼燐は小さく呟いた。
「言葉だけなら、誰でも言えるんや。」
その声は、誰にも届かなかった。
だが、心の奥ではわずかに──興味という名の火が再び揺らめいていた。
次回:千変万化の糸、少年の手で輝く時
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