第44話 鬼人の村、炎と咆哮の夜
鬼人の村の内部は、生きた要塞だった。
木と岩を組み合わせた家々はすべて武骨で、傷だらけだが一切の無駄がない。
どの家にも武器が立て掛けられ、通りを歩く子どもでさえ木剣を振っている。
老人は岩を担ぎ、女たちは火を操って鍋を煮ていた。
「……全員、鍛えすぎじゃない?」
セラの呆れと感心が混じった声。
アルトは笑いながら答える。
「これが鬼人族だ。
生まれた瞬間から戦って、生き延びて、強くなる。
弱けりゃ死ぬだけだ。」
レオンはその言葉に一瞬だけ沈黙した。
『……ここにいる全員が戦士。
戦うことが生活であり誇りなんだ。』
道の先、ひときわ大きな建物が目に入る。
屋根には巨大な魔物の頭蓋骨が飾られ、入り口には屈強な鬼人たちが腕を組んで立っていた。
「ここが村長の家だ。」
アルトの言葉に、リアムは思わず息を呑む。
屋敷――というより、闘技場の心臓だった。
床は打ち固められた岩。
鍛えられた戦士たちが組み合い、拳をぶつけ、気迫をぶつけ合っている。
その音だけで空気が震え、筋肉の熱が伝わってくる。
『……こいつら全員、ただの戦士じゃない。』
レオンの目が鋭くなる。
セラも感覚を研ぎ澄ませる。
「魔力の流れが……異常ね。全員が武の本能そのもの。」
リアムは胸の奥に熱を感じていた。
『この人たちと……戦ってみたい。』
戦士としての血が静かに騒ぎ始める。
◇ ◇ ◇
やがて、アルトに導かれ、彼らは奥の間へ。
そこに、一人の老鬼人がいた。
岩のような体、鋼のような眼。
白髪を後ろで束ね、左目には深い傷跡。
その存在だけで、部屋の空気が変わる。
「……久しいな、アルト。」
その声は低く、しかし山鳴りのように響いた。
「親父さん!」
アルトが笑って駆け寄る。
「今回はすごい連中を連れてきたぞ!」
老鬼人はゆっくりと三人へ視線を向ける。
その眼は鋭く、魂を透かすようだった。
「……なるほど。」
短い一言に、リアムの背筋が伸びる。
「そなたら、異種族か。」
レオンが一歩進み出て答えた。
「はい。我々は旅の途中、アルト殿と出会い共に魔物討伐しました。」
「ふむ……。」
老鬼人は目を細め、鼻で息を吸い――僅かに笑った。
「なるほど、この匂い……。
そこのお嬢さんはハーフ、銀髪の少年は……人間に見えるが少し違うな。
だが知らぬ種族だ。」
セラとリアムが息を呑む。
まるで魂の奥を嗅ぎ取られたような感覚だった。
「名を聞こう。」
「リアムです。」
「レオン・ドラグナイト。」
「セラ・フィオネ。」
老鬼人は重々しく頷き、静かに笑んだ。
「いい名だ。どれも戦士に相応しい。」
レオンが一歩前に出た。
「私たちは八星を探しています。」
老鬼人の眼光が一瞬、鋭く光った。
「やはり……来たか。」
「やはり?」とレオンが問う。
「この村の奥、山を越えた先に古い遺跡がある。
そこには八星の伝承が刻まれている。
だが今は影狼の群れが巣食っておる。
容易には近づけん。」
セラの唇が弧を描く。
「遺跡……面白いじゃない。」
リアムたちはセラの笑顔を見て、全員が同時に思った。
『笑顔、こえぇ……。』
老鬼人は立ち上がり、巨体を軋ませて伸びをした。
「アルト。久方ぶりに宴を開け。
そして客人にも杯を振る舞え。
外の世界を知る者の話を聞くのも悪くない。」
アルトは嬉しそうに笑い、リアムの肩を叩いた。
「だってよ! 今日は宴だ! 食って、飲んで、騒げ!」
セラはため息をつく。
「また吠えるのね……。」
レオンは苦笑して肩をすくめた。
「まぁ、たまには悪くないだろう。」
リアムは小さく笑った。
「……こういうの、嫌いじゃないかも。」
◇ ◇ ◇
その瞬間、再び村中に轟く咆哮。
「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
空が震え、大地が唸る。
炎が灯り、肉が焼け、香ばしい匂いが風に乗った。
鬼人たちは焚き火を囲み、笑い、拳をぶつけ合い、酒を酌み交わす。
その中に混ざるように、リアムたち三人も輪に加わった。
レオンは炎を見つめ、微笑んだ。
『こうして笑っている顔を見ていると……戦う理由を見失いそうだな。』
セラは杯を傾け、静かに目を細める。
『……この村にも、温もりがあるのね。』
リアムは焚き火を見ながら呟いた。
「……戦うために生きてるのか、生きるために戦ってるのか……。」
誰も答えなかった。
だがその夜、炎と笑いに包まれた空の下で、確かにひとつの絆が芽吹いていた。
◇ ◇ ◇
だが、その笑いが夜空に溶けていくその頃。
遠い山の向こう――黒き祈りが再び響いていた。
魔女教団のアジト。
闇に沈む祭壇で、黒衣の司祭が呟く。
「……器が、鬼人の村に入った。」
冷たい声が、夜風に溶けた。
焔と歌、笑いと祈り。
それらが交差する世界の中心で――運命は、静かに動き始めていた。
次回:白き夢に揺れる再会
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