第4話 魔女の素顔、告白の朝
──静寂が、沈むように落ちていた。
白い空間の中。光の草原はもうなく、代わりに広がっていたのは灰色の荒野だった。
花も風も消え、ただ無音の世界。
そこに立つのは、ひとりの女。長い白金の髪。
しかし、その瞳にはもうあの慈愛の色はなかった。
メルティナ・ロゼリア──七人の魔女の一人。
今、彼女の仮面は剥がれていた。
◇ ◇ ◇
「……人間とは、つくづく面白い。
壊しても壊しても、また立ち上がる。
愚かで、脆くて、それでも願うことをやめない。
だからこそ、研究対象として飽きないのよ」
彼女の声は、氷のように冷たい。
さっきまでリアムに向けていた優しさは微塵もない。
白い指先で、ガラスのような光球を撫でる。
そこには、眠る少年──リアムの姿が映っていた。
封印の光に包まれ、何も知らずに眠り続けている。
◇ ◇ ◇
「あなたの中にある血の継承体質。それは、とても貴重
なの。実験材料として、ね」
彼女の笑みが深くなる。先ほど夢で見せた優しい言葉は、すべて演技だった。少年を立ち上がらせるための、精巧に組み立てられた心理実験。
「私が語った救いも希望も……全部、作り物。
でも安心して。私はあなたを見捨てたりしない。
私は、あなたの中で生き続ける。
私の魂はもう、あなたの中に融けているから」
彼女は空中に浮かぶ魔法陣を指で弾く。
幾何学模様が浮かび、淡い紅の液体──血液のようなものが滴り落ちた。
◇ ◇ ◇
「さあ、見せてちょうだい。リアム、あなたという人
間が、どこまで進化できるのかを──」
その言葉には、どこか愉悦が滲む。
まるで、母が子の成長を楽しむように。
いや、研究者が被検体の反応を観察するように。
「リアム。あなたが生きる限り、私の研究は終わらな
い。次はあなたが現実で、どんな選択をするか──
楽しみにしている」
風が吹く。灰色の世界が崩れ、メルティナの姿は闇へと沈んでいった。その笑みは、残酷で、美しかった。
──正義の仮面を被った、狂気の魔女。
その真実を、少年はまだ知らない。
◇ ◇ ◇
──目を覚ますと、白い天井が見えた。見慣れない部屋。石造りの壁には魔法陣の刻印がいくつも浮かび、空気はほんのりと温かい。
身体を起こすと、隣の椅子に座っていた女性が、優しく微笑んだ。
「……起きたのね、リアム」
「……ここは……?」
「アルセリア王国の聖堂よ。
あなたは封印の間からここへ運ばれたの。
一か月間、ずっと眠っていたわ。」
柔らかな声がして、扉の方を向くと、そこには蒼い髪の女性が立っていた。
魔導士──セラ・フィオナ。
穏やかな笑みを浮かべて、リアムに歩み寄る。
「体は大丈夫?」
「……あなたは?」
リアムはゆっくりと体を起こした。
ベッドの隣には、腕を組んで立つ長身の男──
八星騎士団団長、レオン=ドラグナイト。
龍神族の血を引く彼は、鋭い金の瞳で少年を見下ろしていた。
「やっと目覚めたか。セラが言ってた通りだな。
命に別状はないようで安心した。」
リアムは戸惑いながらも、小さく頭を下げた。
「レオンさん……」
「まずは自己紹介をしましょうか。
私はセラ=フィオナ。
八星騎士団団員で魔導士よ。」
「ぼく……リアムっていいます」
「一度名乗ったが、俺はレオンだ。
……リアム、名前以外に覚えていることは?」
リアムは視線を伏せた。頭の中が白く霞んでいる。
夢の中の女性──名前を思い出そうとしたが、喉が詰まるように声が出なかった。
「……何かを、思い出した気がするんです。
でも……それが怖い。」
セラが少し眉を寄せた。
「無理に思い出さなくていいわ。あなたは封印から目
覚めたばかり。精神にも負担がかかっているはず」
リアムは首を横に振る。
「いいえ……言わなきゃいけないことがあるんです」
空気が張り詰めた。
彼は拳を握りしめ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「ぼく……人を、殺したんです」
セラの瞳が揺れ、レオンの表情がわずかに変わった。
「夢の中じゃない……記憶の中で見たんです。
ぼくは……何者かに暴走させられて、たくさんの
人を──無差別に。
その光景が、あまりにもはっきりしてて……
怖くて……」
部屋の中に沈黙が落ちた。リアムの両手は震え、目から涙が零れた。
「でも、分かるんです。あれが間違いだったって。
それでも……生きてるなら、もう一度やり直した
い。誰かを、今度は救いたいんです。」
その言葉に、レオンがゆっくりと拳を握る。
大きな手がリアムの肩に置かれた。
「罪を自覚しているなら、それで十分だ。
過去を消すことはできんが、未来は選べる。
……お前のような奴を、俺たちは見捨てない」
セラも、そっと微笑んだ。
「あなたの光は、まだ消えていない。
どんな闇を抱えていても、そこから目を背けない
限り──誰でもまた立ち上がれるわ」
リアムは顔を上げた。涙の跡を残したまま、震える声で応えた。
「ぼく……強くなりたい。もう二度と、誰かを傷つけ
ないために。」
「なら、まずは食べなさい」
セラが軽く笑い、テーブルの上にパンとスープを置く。その香りが、やけに温かく感じられた。
リアムは小さく頷き、スプーンを手に取った。
外では、朝の光が差し込み始めている。
夜明けの輝きが窓から差し込み、リアムの顔を優しく照らした。
──それは、再び世界を照らす新しい光。
その胸の奥で、誰にも聞こえない小さな声が囁く。
『……そう、それでいいの。もっと、見せて……
リアム。あなたの進化を──』
声の主は、もうこの世にいないはずの魔女。
メルティナ・ロゼリア。
彼女の魂は、確かにリアムの中で微かに息づいていた。
そして──新たな運命の歯車が、静かに回り始めた。
次回: 八星の真実、魔女イリス登場
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