第3話 静謐なる夢界の魔女と、少年の罪
──静かな光が、夢の底に差し込んでいた。
リアムは、まぶしさに目を細めた。
ここはどこだろう。
空は白く、足元には見たこともない花が一面に咲いている。
触れた瞬間、花びらは淡く光り、空気は水面のように揺らいだ。
「……ここ、夢……？」
声が空に溶ける。
そのとき、柔らかな声が背後から響いた。
「ええ、夢。そして、あなたの精神世界よ」
振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。
長い白金の髪を風に揺らし、淡い光を帯びた瞳がリアムを見つめている。
その存在は明らかに人間ではなかった。
けれど、なぜか懐かしい温かさがあった。
「あなたは……だれ？」
「私はメルティナ・ロゼリア。七人の魔女の一人よ。
あなたの内側に眠る記憶を見守る者。」
「ぼくの、なか……？」
「そう。あなたは今、封印という檻の中にいる。
だけど、それはあなたを壊さないためでもあるの。」
リアムは小さく首をかしげる。
メルティナは膝をつき、目線を合わせるように微笑んだ。
「リアム。あなたは覚えている？──あなたが壊れた日のことを」
「ぼくが……？」
リアムの瞳が揺れた。
その瞬間、周囲の景色がふっと歪む。
光の草原は砕け、炎と影が交錯する世界がちらついた。
──叫び声。
──嘆き声。
──祝福の声。
──赤く染まる地面。
──そして、倒れていく人々。
──狂乱する、自分自身の叫び。
ぼくが、沢山の人を無差別に殺していく。
その光景が鮮明に蘇る。
「やめて……！」
リアムは頭を押さえ、うずくまった。
心臓が痛い。
胸の奥で、何かが蠢く。
封印の紋章が淡く反応し、光の粒が彼の体を包み込んだ。
メルティナはその光景を静かに見つめながら、そっと言葉を落とした。
「それが記憶。──あなたが知るべき現実。
でもね、それは終わりじゃない。
あなたはまだ生きているの。」
「……ぼくが……？」
「そう。あなたが生きている限り、失われた命は意味を残す。
だから、どうか忘れないで。
自分を恐れないで──願って、今度こそ人を救うために生きて」
リアムは顔を上げた。
涙の跡を残したまま、ゆっくりと頷く。
その目に映るのは、もう恐怖だけではなかった。
「ぼくは……恐れない。 今度は、みんなの笑顔を守るために。
今度こそ、正しい道を選ぶ。」
「ええ、次は選べるわ。
この世界で──誰を守り、何を信じるのかを」
メルティナの姿が淡く揺れ、光の粒となって散っていく。
リアムは手を伸ばしたが、その指先はただ空を掴むだけだった。
「メルティナ……！」
その名を呼ぶ声には、言葉にならない感謝が滲んでいた。
光が弾けた瞬間、現実の空気が戻ってくる。
リアムは寝台の上で目を覚まし、額の封印が淡く光っていた。
胸の鼓動がまだ早い。
──夢ではない。
確かに、あの光を感じた。
そして胸の奥に残る、微かな声。
『自分を恐れないで──願って、今度は人を助ける為に』
リアムは小さく息を吐き、拳を握った。
窓の外では、夜明けの光がゆっくりと差し込んでくる。
それが、彼にとっての初めての光だった。
次回：魔女の正体、告白の朝
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