表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八星の勇者に選ばれた少年リアム  作者: TO
第2章 リアムの誓い
29/128

幕間 アークハウスの執務室にて前半

 ──旅路の途中。


 昼の陽光が斜めに差し込み、地平線を黄金色に染めていた。

 砂混じりの街道を、ゆっくりと巨大な影が進む。


 それは移動要塞アークハウス


 八星騎士団が誇る移動式の拠点にして、外見は小さな家ほどの大きさだが、内部は魔導空間によって拡張されており、寝室・訓練室・簡易研究室まで備わっている魔導構造体だ。

 地面を押しつぶすような低い駆動音が響くたび、要塞の外壁に刻まれた魔紋がかすかに光り、車輪のような魔法陣が回転していた。

 王都を発ってから、すでに四日が経過していた。


 ◇ ◇ ◇


 要塞の内部、回廊を抜けた先にある小さな部屋──そこが《執務室》と呼ばれる空間だった。

 広さは十畳ほど。

 壁際には棚と書類の束、中央には木製の机が一つ。

 机の隅には、小さな魔法陣が描かれている。

 淡く青く光るそれは、王都の行政局とつながった《転移陣》──だが、通せるのは紙や小包ほどの大きさまでだ。


「……ん?」


 リアムは、机の上に置かれた封書に目を留めた。

 王国の紋章が押されたその封蝋は、見覚えのあるものだった。


「これ……王宮からの手紙じゃないか?」


 軽く首を傾げながら封を切ると、中には整然とした筆跡の文が並んでいた。


 ◇ ◇ ◇


【至急】


 騎士団長レオン殿


 先日より未提出となっております補給費および


 活動報告書について、再三の督促を申し上げます。


 期日までに提出が確認されない場合、予算割当の


 一時凍結も検討せざるを得ません。


 王宮会計局


 ◇ ◇ ◇


 リアムはその文面を見て、眉をひそめた。


「……これって、かなりマズいんじゃないか?」


 誰もいない執務室を見回す。

 レオンは、今まさに訓練室で修業をしているはずだ。

 とはいえ、このまま放っておくのも気持ちが悪い。

 リアムは手紙を持って、重い足取りで訓練区画へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


「団長、これ……王宮から来てました」


 リアムが差し出すと、レオンは汗を拭いながら受け取った。

 金色の瞳が手紙をざっとなぞり、次の瞬間──あからさまに顔をしかめる。


「うげぇ、またか。

 あいつら催促ばっかしてくるな……」


「またって……まさか前も?」


「いやぁ、ほら。

 こういうのはセラがやってくれるんだ。

 おれ、書類仕事って苦手でさ」


 軽い調子で笑うレオン。

 リアムはその言葉に、思わず目を瞬いた。


「じゃ、じゃあ今回も……セラさんに?」


「ああ、そうそう。セラに頼んでくれ。

 おれは数字とか細けぇの無理だからな!」


 にかっと笑いながら、訓練に戻っていく背中。

 リアムは呆然とその姿を見送った。


「……団長、ちょっと無責任すぎませんか?」


 呟きは、もちろん届かない。


 ◇ ◇ ◇


 アークハウスの二階、魔導研究区画。


 扉を開けると、硝子瓶と書物の匂いが混じる独特の空気が漂ってきた。

 机の上では青い炎が揺れ、セラが何やら液体を調合している。


「セラ、今いい?」


「……何? 実験中なの、邪魔しないで」


「その……王宮から書類の催促が届いてて。

 団長がセラに頼めって……」


 その瞬間、セラの表情が硬直した。

 無表情の中に、はっきりとした「嫌そう」という感情が浮かぶ。


「……はぁ。あの人、まだそんなこと言ってるの?」


 瓶を置く音が、カチリと響く。

 セラは髪をかき上げ、長いため息を吐いた。


「前まではね。

 王宮にいるときは期限を守れだの形式を整えろだの、うるさい連中がいっぱいいたの。

 だから仕方なくやってたけど……今は旅の途中。

 小言を聞かなくて済む場所にいるのよ。

 気にする必要ないわ。」


「え、でも……送らないと予算が止まるって……!」


「止まらないわよ。きっと。……たぶんね。」


「たぶんって!?」


 リアムは思わず声を上げたが、セラは全く動じない。

 むしろ、「めんどくさい」という顔をして、肩をすくめた。


「大丈夫。

 あの手の書類なんて、出さなくても三度くらいは催促してくるから。

 三回目で出せば間に合うの。」


「そういう問題じゃ……!」


 リアムは頭を抱えた。

 憧れの二人──八星騎士団(アストレギオン)の誇り高き団長と、冷静沈着な天才魔導士。

 その実態が、こんなにも怠惰だったとは。


『これが……英雄ってやつなのか?』


 小さくため息をついたそのとき、セラの目がわずかに光った。


「……ふふ。そうだわ」


「え? なんですか、その顔……」


「いいことを思いついたの」


 セラが微笑む。

 その笑みは、悪魔的な輝きを帯びていた。

 リアムの背中に冷たい汗が流れる。


「リアム。

 あなた、私たちに恩を返したいと思わない?」


「え? えぇ、まあ……命を助けてもらったし……色々と恩はありますけど」


「なら決まりね」


「決まりって、なにが──」


「この書類の書き方、教えてあげる。

 あなた、賢いでしょ? 

 半日もあれば覚えられるわ」


「ちょ、ちょっと待って!? 

 まさか俺にやらせる気じゃ──」


「大丈夫、慣れれば楽しいから」


「ぜったい嘘だぁぁぁ!」



次回:アークハウスの執務室にて後半

読んでくださって、本当にありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と感じて下さった方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価、または【ブックマーク】をお願いします!


あなたの応援が、次の更新の一歩になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ