第25話 静寂の中の魔力訓練
──夜が、まだ街を包んでいた。
戦いの熱が冷め、湖畔の街アルメリアは静寂を取り戻している。
窓の外では霧が薄く流れ、遠くの鐘楼が、ゆっくりと夜明けを告げるように鳴った。
宿屋の一室では、青い光がかすかに瞬いていた。
その光の主は、リアム。
ベッドに背を向け、両手の中に浮かぶ小さな青い宝玉をじっと見つめている。
その宝玉──セラが手ずから作った魔道具。
魔力を一定に流し続ければ穏やかに光り、わずかに乱れると即座に消える。
単純な仕組みではあるが、制御力を磨くには最適な訓練具だ。
「……はぁ、難しいな。」
リアムは額の汗を拭い、息を吐いた。
魔力の流れを感じながら集中を続ける。
わずかでも魔力が乱れれば光が消える──それが、彼にとっての課題だった。
部屋の隅では、セラが机に向かい、設計図と工具を並べていた。
徹夜の気配を微塵も見せず、眼鏡の奥で鋭い光を宿している。
「……本当に、制御がうまくなってきたわね。」
「えへへ……ありがとう、セラ。」
リアムは疲れを隠しながら笑った。
彼の掌の中、青い光がまるで心臓の鼓動のように脈打っている。
その姿に、セラの口元がわずかに和らぐ。
「ふふ……ほんと、成長が早いわ。」
だがその瞳の奥には、微かな動揺があった。
「……さぁ、もう少しだけ頑張りなさい。」
「うん!」
青い光がまた、穏やかに灯った。
夜は静かに明けていく。
◇ ◇ ◇
朝の光が窓から差し込む頃、扉をノックする音が響いた。
「おい、起きてるか?」
低く響く声に、リアムとセラは顔を見合わせる。
ドアが開き、レオンが入ってきた。
鎧を外し、シャツの袖をまくったままの姿だ。
「まさかとは思うが……お前、寝てないのか?」
目の下に薄くクマを作ったリアムを見て、レオンは呆れたように笑う。
「ちょっとだけ、練習してただけだよ。」
リアムは誇らしげに手の中の宝玉を掲げる。
「これ、セラにもらったんだ。
魔法の制御を練習できる魔具なんだよ。」
レオンは興味深そうに覗き込み、軽く唸る。
「……いいものをもらったな。
ずいぶん安定してるじゃないか。」
そしてセラの方へ向き直り、口を開く。
「お前、また凄いのを作ったな。まるで王宮の――」
言い終える前に、セラの肩がびくりと跳ねた。
その瞬間、レオンの目に冷や汗が流れるのが映る。
「……セラ?」
「な、何でもないわ! ただの魔道具よ。
ほら……そんなに褒めるほどじゃないの!」
慌てたように笑うセラ。
しかしその声音には明らかに動揺が滲んでいる。
レオンは訝しげに眉を寄せたが、リアムが二人を心配そうに見たため、それ以上追及しなかった。
「……まあいい。リアム、少し休め。
無理して倒れたら意味がない。」
「大丈夫だよ。
ちゃんと魔力制御できるようになったし……。
ほら。」
リアムが魔道具を見せ、練習成果を披露した。
宝玉の色が青から赤へ、そしてまた青へ。
その変化は、まるで呼吸のように滑らかだった。
レオンはセラが目に冷や汗が流れた理由を理解した。
リアムはまっすぐレオンを見た。
そして静かに頭を下げる。
「レオン、昨日はありがとう。僕を助けてくれて。」
レオンは一瞬目を見開き、それから柔らかく笑った。
「気にするな。仲間を助けるのは当然だ。」
少しだけ表情を曇らせながら続ける。
「……俺のほうこそ、すぐに駆けつけられなくて悪かった。」
リアムは小さく首を振る。
「違うよ。
僕のことを信じて、見守ってくれたんだよね。」
その瞳には、まっすぐな光が宿っていた。
「ありがとう、レオン。
今度は必ず、その信頼に応えるよ。」
一瞬、沈黙。
レオンは軽く息を吐き、リアムの頭に手を置いた。
「……なら、期待してるぞ。」
笑みとともに撫でられるその手が、どこか父親のように温かかった。
セラはその光景を見て、胸の奥がじんわりと温まるのを感じていた。
次回:地図が示す深淵
読んでくださって、本当にありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と感じて下さった方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価、または【ブックマーク】をお願いします!
あなたの応援が、次の更新の一歩になります!




