第23話 魔女セレナ登場
──黒雷が、世界を貫いた。
閃光。
轟音。
全身を裂く痛み。
意識が、どこかへ落ちていく感覚。
重い……体が動かない。
耳鳴りが遠ざかり、周囲の音が消える。
あれほどまでに喧しかった戦場の残響も、もう聞こえなかった。
リアムのまぶたの裏には、淡い光が揺れている。
風の音も、波の音もない。
ただ、静寂だけが広がる――そんな場所だった。
やがて、薄明るい光が差し込み、リアムはゆっくりと瞼を開けた。
「……ここは……?」
そこは、見知らぬ空間。
空は淡い金色に染まり、地面は柔らかな白い花々に覆われている。
風が吹くたびに花弁が舞い、まるで星の光のように周囲を漂っていた。
身体を起こそうとした瞬間――全身を襲う激痛が、リアムの動きを止める。
「……っ、ぐ……!」
胸の奥が焼けるように痛い。
右腕には焦げたような痕が残っている。
現実の傷が、そのまま夢の中にも反映されているかのようだった。
息を整えようとしたとき――背後から、柔らかな声が響いた。
「リアムお兄ちゃん……大丈夫?」
その声は、不思議なほど温かかった。
リアムは驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女。
白と群青を基調にした軽やかなドレスをまとい、肩まで届く青髪が風に揺れている。
身長もほぼ同じ――小柄で、どこか儚げな印象を与える。
だが右目は深い白。
夜空のように静かで、吸い込まれそうなほどの透明感を放つ。
左目は金色に輝き、まるで太陽の欠片のように光を返していた。
そのコントラストは、美しさよりも不気味なほど超常的だった。
――魔眼使い。
リアムは、即座に理解した。
「……お前、魔女か。」
少女は一瞬だけ目を丸くし、すぐに柔らかく笑った。
「うん、やっぱり気づかれちゃうんだね。」
リアムの警戒心が一気に高まる。
立ち上がろうとしたが、傷が再び疼き、膝をつく。
それを見た少女は慌てて駆け寄る。
「ちょ、ちょっと! 無理しないで!
リアムお兄ちゃん!」
お兄ちゃん――聞き慣れない呼び方に、リアムは一瞬戸惑う。
けれど、次の瞬間、思わず反射的に少女を突き飛ばしていた。
「……何が目的だ。近寄るな。」
少女は床に倒れこみ、驚いた表情でリアムを見上げた。
その瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「リアムお兄ちゃんが、心配だっただけなのに
……なんで……突き飛ばすの……」
震える声。
小さな肩がかすかに揺れる。
そして――ぽろり、と涙がこぼれた。
リアムは息を詰まらせた。
これまで出会った魔女たちは、冷たく、計算高く、どこか残酷だった。
だが、この少女からは……それが感じられない。
代わりに、子どものような純粋さと、どこか寂しげな気配が漂っていた。
「……泣くな。」
そう言いかけた瞬間――セレナの瞳が、突如として淡く輝きだした。
「――っ!」
リアムの身体が即座に反応する。
魔力の波動。
無意識のうちに防御態勢を取ろうとするが――何も起こらなかった。
ただ、光はすぐに収まり、少女は両手で涙を拭っていた。
周囲の花々も、風も、何も変化していない。
「……なんだ、今のは……」
「え? あ、光っちゃった?
ごめんね……感情が暴走すると、勝手に
出ちゃうんだ。」
セレナは小さく笑いながら、袖で涙を拭いた。
リアムは混乱したまま、少女を見つめる。
「……本当に、魔女なのか?」
「うん。セレナ・ヴァルティア。
七人の魔女のひとりだよ。
でもね……私は、誰も傷つけたくないの。」
リアムは眉を寄せた。
魔女という存在に、そんな言葉が似合うはずがない。
けれど、彼女の声には偽りがなかった。
リアムは警戒を解かずに、周囲を見渡した。
だがこの場所には、他の気配がまるで存在しない。
音もなく、ただ二人だけの世界のように閉ざされている。
「ここは……お前が作った空間か?」
「ううん。ここは夢の中。
リアムお兄ちゃんが他の魔女達と出会った
同じ場所だよ。
リアムお兄ちゃんが心を休ませるための場所
なんだよ。」
「俺の……心を?」
「そう。今、現実ではお兄ちゃんは、眠ってる。
戦いのあと、体も心もボロボロになってたから。」
セレナは花の中に腰を下ろし、手招きした。
「ほら、無理しないで座って。
立ってるの、つらいでしょ?」
リアムは少し迷った末、彼女の隣に腰を下ろす。
痛みはまだ残っているが、不思議と呼吸は楽だった。
まるでこの空間が、彼を癒しているかのようだった。
それでも、リアムは疑いを隠さない。
「……お前の目的は何だ? 俺を操るつもりか?」
セレナはきょとんとした顔をして、首を傾げた。
「違うよ。
私は……リアムお兄ちゃんと仲良くしたいだけ。」
「……仲良く?」
「うん。お話したり、笑ったり、一緒に花を見たり。 私、今まで誰ともちゃんと話したことがないの。」
その言葉に、リアムは少し息を呑んだ。
この少女の目に宿る孤独は、嘘ではなかった。
誰にも理解されず、長い時間を一人で過ごしてきた者の瞳。
リアムは、ふとアルメリアの街で出会った子どもたちの笑顔を思い出した。
あの時は、楽しさを思い出したが、魔女を信じきれず素直に笑えなかった。
けれど――それでも、誰かと笑う温かさを、大切さを感じた。
「……お前、本当に俺のことを心配してるのか?」
「本当だよ。信じてくれる?」
リアムは少しの沈黙ののち、静かに息を吐いた。
「……信じてみる。」
その瞬間、セレナの表情がぱっと明るくなった。
まるで、春の光が差し込んだように。
◇ ◇ ◇
「ねえ、リアムお兄ちゃん。
どんな戦いをしてたの?」
「戦い……か。」
リアムは少し考え込み、そしてゆっくりと話し始めた。
「今回の戦いは、俺にとっては大きな試練だった。
相手は、教団のローブを着た男。名前は知らない。 正直、勝てる相手じゃなかった。」
「負けちゃったの……?」
「ああ。 でも、俺は後悔してない。
あの戦いで、今の自分の限界を知ったし……自分の 戦い方を見つけられた。」
「戦い方?」
「そう。力押しじゃなくて、相手の気配を読んで、
動きを考えて。
実戦の戦い方も、体の動かし方も、全部自分で
掴んだんだ。
結果は負けだったけど、俺にとっては
……百点に近い戦いだったと思う。」
「次があるなら必ず勝つ。」
リアムの声には、確かな誇りがあった。
それは敗北の中に見つけた希望のようなものだった。
セレナはきらきらとした目で、彼の話を聞いていた。
「なんか、よくわかんないけど……すごいね。
リアムお兄ちゃん、楽しそうに話すんだもん。」
リアムは思わず笑った。
「楽しそう、か。そうかもしれないな。」
戦いを語ることが、これほど穏やかな気持ちになるとは思わなかった。
セレナの前では、不思議と心の壁が溶けていく気がした。
「ねえ、他にも教えて。
異世界って、どんなところ?
レオンってどんな人?
セラって誰?」
リアムは笑って、ぽつりぽつりと語り始めた。
王都での出会い。
セラという魔導士との最初の会話。
そして、五人の八星を探す旅路のこと。
セレナはそのすべてに、子どものように目を輝かせて聞いていた。
「……不思議だな。
お前、魔女なのに人間みたいだ。」
「へへ、ありがとう。
でもね、私たち魔女も、元来は人だよ。
ただ……少し強すぎる力を持って歩いただけ。」
◇ ◇ ◇
どれほどの時間が経ったのだろう。
夢の空はゆっくりと夕焼けに染まり、風が柔らかく流れ始めた。
セレナが立ち上がり、リアムの顔をのぞき込む。
「そろそろ……時間だね。」
「時間?」
「うん。リアムお兄ちゃん、最近は寝ないで
無理してたでしょ?寝ないとダメだよ。
現実のお兄ちゃんの体が、もうすぐ
目を覚ますの。」
リアムは少し驚いた。
この穏やかな時間が、終わりを迎えようとしていることが、なぜか惜しかった。
「……そうか。じゃあ、もう行くのか。」
セレナは静かに頷いた。
そして、リアムの手をそっと握る。
「リアムお兄ちゃん。魔女が嫌いかもしれないけど、 私たち魔女は、絶対にリアムお兄ちゃんを
裏切らないよ。
嫌われても、怖がられても、絶対に――助ける
から。」
その言葉に、リアムは目を見開いた。
だが何かを言うよりも早く、彼の意識が急速に遠のいていく。
「……セレナ……」
「またね、リアムお兄ちゃん。」
最後に見えたのは、少女の笑顔。
穏やかで、まっすぐな光。
◇ ◇ ◇
まぶたの裏に、光が差し込む。
「……う……ん……?」
リアムは重い瞼を開いた。
見慣れた天井。
包帯の巻かれた腕。
そして、セラの心配そうな声。
「リアム! よかった……目が覚めたのね!」
セラが笑顔を見せて喜ぶ。
リアムは少し戸惑いながらも、かすかに笑った。
「……俺、寝てたのか……」
「三日間もね。ずっと意識が戻らなかったのよ。」
「……そうか。」
リアムはぼんやりと天井を見上げた。
心の奥に、何か大切なことがあったような気がする。
けれど――思い出せない。
何か、誰かに……優しく声をかけられたような。
小さな手に触れられたような。
だがその記憶は、霧のように消えていた。
「……不思議な夢を見てた気がする。」
リアムはぽつりと呟いた。
けれど、その内容はもう思い出せなかった。
ただ――胸の奥が、不思議と温かかった。
次回: 誓い、新たな修行
読んでくださって、本当にありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と感じて下さった方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価、または【ブックマーク】をお願いします!
あなたの応援が、次の更新の一歩になります!




