第19話 リアムvs教団幹部
眩い閃光が走り、地面が抉れる。
吹き飛ぶ砂塵の中で、少年の姿が弾かれた。
リアムは空中で体をひねり、片膝を地に突きながら着地する。
掌の糸が唸りを上げ、無数の光を放ちながら敵の攻撃を受け止めていた。
対するは、黒衣に身を包んだローブの男。
顔の半分を覆う仮面の奥から、淡い紅の魔力が滲み出している。
その指先から放たれる魔力の奔流が、まるで嵐のようにリアムへ襲い掛かる。
「くっ……!」
リアムは千変万化の糸を操り、幾重にも束ねて防御の膜を作る。
だが、その糸は瞬く間に焼き切られ、蒸発した。
次の瞬間、男の掌が閃光を放つ。
爆ぜた衝撃波がリアムを再び押し返す。
焼け焦げた地面の上、リアムは息を荒げた。
千変万化の糸――その名の通り、自在に形を変える万能の神器。
しかし、今のリアムには、その本領を発揮させる力をもたない。
『……糸が重い。思うように、動かせない……!』
斬られた糸を伸ばそうとするたびに、体内の魔力が急速に削られていく。
封印された状態のままでは、魔力量があまりに少ない。
糸を変化させようとしても、魔力制御が出来ず、最悪の場合はまた爆発してしまうのだ。
ローブの男が冷笑を浮かべた。
「それが八星の力か? 随分とお粗末だな。
神器を持ちながら、ただ防ぐことしか
できぬとは。」
「黙れ……!」
リアムは叫び、糸を一つに収束させて放つ。
鋼線のように鋭く伸びたそれが、男の身体を貫こうと走る。
しかし、男は手をひらりと動かし、魔力の盾を展開。まるで玩具のように弾き飛ばした。
リアムの額に汗がにじむ。
魔法と糸のせめぎ合いは完全に拮抗どころか、押され続けている。
攻め手がない。守るのが精一杯だ。
息が上がり、足元の地面がふらつく。
だが男は一歩も動かず、ただ見下ろすようにリアムを見ていた。
「どうした。糸を自在に操れるのであろう?
操れていないではないか。
その程度で世界を救うつもりか。」
挑発的な声が森に響く。
リアムは唇を噛み締める。
だが、怒りで力が湧くことはなかった。
むしろ、心のどこかで理解していた。
――自分は、まだ弱い。
『どうすればいい……。弱いのは、俺だ。
神器がどうとかじゃない。
まずは俺が変わらなくちゃ…』
胸の奥で何かが焦げ付く。
しかし、どれほど糸を操っても、現状は変わらない。
糸を変化させようとするたびに、内部の魔力が暴れ出す。
まるで自分にかけられた封印が内側からの魔力に抵抗しているようだ。
『制御できない。
形を変えようとしても、力が逆流する……!』
汗がこめかみを伝い落ちた。
それでも、諦めることだけはできない。
敵の攻撃を糸で弾きながら、リアムはほんの一瞬、空を見上げる。
そこには灰色の雲が広がり、稲妻のような魔力が蠢いていた。
――その時、脳裏に響いた声があった。
国王の声だ。
『魔力が乏しく、魔力制御が低い者が扱えば、
それは枷になると覚えておけ。
神器とは、力ある者の手にあってこそ真価を
発揮する。』
まるで、今この瞬間の自分を見透かしたような言葉。
リアムは歯を食いしばった。
「……本当に、その通りだ。」
指先が震える。
千変万化の糸は、今や自分の力ではなく、枷でしかなかった。
神器に頼ることが、かえって自分の行動を縛っている。
ローブの男が、再び手を掲げる。
「終わりだ。」
黒い魔法陣が展開される。
巨大な光弾が唸りを上げ、リアムを呑み込もうと迫る。
その瞬間――リアムは瞼を閉じ、もうひとつの声を思い出す。
レオンの低い声。
『武器がないなら、どう動くべきかを即座に考えろ。 お前の武器は、手にするものだけじゃない。
お前自身が、武器になる。』
その言葉に、リアムの中の焦りが静まり始めた。
◇ ◇ ◇
──リアムは息を整え、掌の糸を見つめた。
それは、今にも千切れそうに震えている。
自分の魔力では、もうこれ以上は無駄に神器を傷つけるだけだ。
『……俺にとって、これは今のままじゃ枷だ。』
国王の言葉、レオンの教え。
それらが、頭の中で一つに繋がっていく。
そして、心の底から確信した。
『――だったら、捨てろ。』
リアムは左手を開き、千変万化の糸を一気に収束させた。
光が収まり、空気が静まる。
糸は主を失ったように揺らめき、やがて消えた。
「ほう……?」
ローブの男が、わずかに眉を動かした。
彼にとって、これは理解不能の行動だったのだろう。
武器を手放すなど、戦場では自殺行為に等しい。
「戦う意思を捨てたか。ならば楽に終わらせて――」
言葉の途中で、男の視界からリアムの姿が消えた。
「……なに?」
風が唸り、空気が裂けた。
次の瞬間、ローブの胸元へ拳が突き上げられる。
鈍い音が響き、男の身体が一歩後ろに押し戻された。
「武器がないなら、どう動くべきかを考えろ。
……あんたに教えてもらった通りだ、レオン。」
リアムは静かに構えを取った。
両足を肩幅に開き、左腕を前へ、右腕を横に。
その姿は、剣士でも魔導士でもない。
まるで獣のように、戦場に適応する武の型だった。
◇ ◇ ◇
ローブの男が口角を上げた。
「武道……? 子供の遊びにしか見えんな。」
「なら、俺の遊びに付き合ってもらおうか。」
リアムが踏み込む。
地面が爆ぜ、砂塵が舞う。
小さな体からは想像できない速度。
男は咄嗟に魔法陣を展開し、雷の弾を放った。
だがリアムは横へ跳び、空気を切る。
光弾が頬を掠め、地面に穴を穿った。
「……ほう、避けたか。」
ローブの男が低く呟き、連続詠唱に移る。
魔法弾、氷の槍、炎の鎖――立て続けに襲い掛かる。
魔術を、リアムは滑るような動きでかわし続けた。
それは訓練で叩き込まれた、レオン式の実戦回避法。
視線を逸らさず、相手の肩と腰の動きを読む。
魔法の発動よりも早く、気配を読む動きだった。
◇ ◇ ◇
男が舌打ちを漏らす。
「この距離で、魔術を全て避けるだと……?」
リアムは応えず、踏み込んだ。
拳が閃く。
男の防御魔法が展開されるが、リアムの拳がぶつかるたびに魔力の膜が歪む。
「馬鹿な……魔力を使わず肉体で、魔力防壁を……!?」
「……セラが言ってた。
『俺の体は頑丈だ』ってな。」
拳と魔力のぶつかり合いが、金属音のように響いた。
衝撃波が空気を震わせ、枯葉が舞い上がる。
リアムは呼吸を整えながらも、一歩、また一歩と距離を詰めていく。
敵の表情に、わずかな焦りが浮かんだ。
◇ ◇ ◇
「……さっきまでの防戦一方が嘘のようだな。」
「俺の戦い方は、ここからだ。」
リアムが拳を振る。
男が剣で迎え撃つ。
火花が散る。
剣が拳を弾く。拳が剣を砕く。
互いに一歩も譲らない。
だが、力の差は明白だった。
男の剣が重く、速い。
魔力で強化された一撃を受けるたびに、リアムの腕が痺れる。
『……でも、折れない。』
リアムは、雷に焼かれ、剣に弾かれ、傷だらけになりながらも倒れなかった。
その姿を、ローブの男はじっと見つめていた。
◇ ◇ ◇
「……奇妙な子供だ。
普通なら、何度も腕が砕けている。」
「俺の体は、ちょっと頑丈なんだよ。」
リアムはわずかに笑みを浮かべ、再び突っ込む。
拳が、剣が、何度もぶつかり合う。
森全体が戦いの余波で揺れた。
そして――。
リアムの拳が、ついに男の胸元に届いた。
肉を打つ音。
魔力の防御が一瞬、割れた。
「……決まった!」
そう思った瞬間、リアムの背筋を嫌な感覚が走る。
空気が、重い。
地面に、黒い紋様が広がっていた。
男の口元に、不気味な笑みが浮かんだ。
「……解析完了。」
男の低い声が響く。
リアムの目が見開かれた。
足元に黒い魔法陣が展開する。
円環がいくつも重なり、空間そのものがねじれるように震えた。
「……これは……っ!」
「――黒雷。」
言葉と同時に、地が裂けた。
漆黒の雷光が地中から噴き上がり、リアムの全身を飲み込む。
耳を裂く轟音。
空気が焼け、世界が一瞬、白く塗りつぶされた。
「がああああああっ!!」
全身の神経が焼かれるような痛み。
視界が、音が、世界が崩れていく。
指先から力が抜け、膝が崩れ落ちた。
男はゆっくりと歩み寄り、焦げた大地に立つリアムを見下ろした。
その目は、感情を欠いた冷たい光を宿している。
◇ ◇ ◇
「……簡単な罠だ。」
低く、淡々とした声。
「お前が接近戦で決めにくるのは、戦いの流れで
わかっていた。
お前を技と焦りで追い詰め、その間に黒雷陣を
張らせてもらった。」
男の言葉に、リアムの唇がかすかに震えた。
「……罠……だと……?」
「そうだ。お前は確かに動きが鋭い。
だが――若すぎる。」
男は淡く笑い、剣を地に突き立てた。
「戦いとは、感情ではなく流れだ。
お前は焦り、力で押し切ろうとした。
その瞬間、敗北は決まっていた。」
リアムの体が震えた。
何とか立ち上がろうとするが、体が言うことをきかない。
魔力の回路が焼かれたように、全身が痺れていた。
男は続けた。
「お前が遠距離戦を嫌って接近してきた時点で、
勝負は終わっていたんだ。
お前の攻撃を受け流しながら、魔法耐性の強化を
何層も重ねていた。
……徐々にお前の速度が落ちていくのも
見えていた。」
「……く……そっ……!」
リアムは拳を握る。だが、その拳にはもう力がなかった。
男の靴音だけが、乾いた大地に響く。
「これなら、罠に嵌めるだけで倒せた。」
その瞳には、勝者の確信があった。
リアムの意識がかすむ。
空の色が滲み、音が遠ざかる。
「器の回収――完了だ。」
視界が滲む。
湖のきらめきが歪み、夜空の星が落ちていく。
地面が遠ざかる。
痛みも、恐怖も、すべてが薄れていく。
最後に、男の声だけが遠くで響いた。
「いずれ、目覚める。
そのときこそが……運命の再始動だ。」
リアムの身体が、地に沈む。
光が消え、音が消え、ただ――静寂だけが残った。
次回: 見届ける二人
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