第18話 湖畔の街アルメリア
木々のざわめきが遠ざかり、やがて一行の前に光が広がった。
長く続いた森を抜けたその先――眼下には、一面に広がる巨大な湖と、その湖面に浮かぶように佇む美しい街があった。
「……うわあ……」
リアムが思わず息を呑む。
湖畔の街――アルメリア。
白亜の石造りの家々が並び、屋根は青く、風を受けて輝く湖面に、まるで鏡のように映っていた。
水の都と呼ばれるその街は、まるで絵本の中の世界のようだった。
「ここがアルメリアか。
ずいぶん平和そうなところだな。」
レオンが腕を組み、風を受けながら言う。
「水の女神アクエリアの加護を受ける街……ね」
セラが呟いた。
「戦や災厄の影響をほとんど受けなかった、珍しい場所よ。
交易も盛んで、王国の東部では一番の活気を誇るの。」
「つまり……ここなら、久しぶりにまともな飯が食えるってことですね!」
リアムが少し笑って言うと、レオンが苦笑を浮かべた。
彼らが乗っているのは、移動要塞。
外見は小さな家ほどの大きさだが、内部は魔導空間によって拡張されており、寝室・訓練室・簡易研究室まで備わっている。
旅の仲間にとっては、まさに動く家そのものだった。
丘の上から街を見下ろす位置に、アークハウスを停める。
魔導陣が静かに光り、浮遊装置が停止した。
「補給と情報収集を済ませたら、しばらく休む。
森での修行で疲れも溜まっているだろう」
レオンの言葉に、リアムとセラは頷いた。
長い旅の途中、ようやく訪れた穏やかな時間。
リアムは胸の奥に、ほっとした温もりを感じていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
湖畔の街は朝日を受けて金色に染まり、通りには人の声と香ばしい香りが溢れていた。
漁師が取れたての魚を並べ、パン屋が焼きたての香りを漂わせる。
屋台の前では、子どもたちが元気に走り回っていた。
「すごい賑わいだな……。森の側が嘘みたいだ」
リアムが感嘆の声を漏らすと、セラが頷いた。
「人は、どんな時も日常を作るものなの。
恐れの中にも笑いがある――それが、生きるってこと」
その言葉に、リアムは静かにうなずいた。
そんな時、屋台の近くでパンを頬張る子どもたちが、リアムに気づいた。
「お兄ちゃん、旅人なの?」
「剣士? それとも王国の騎士?」
「わぁ、鎧かっこいい!」
突然の質問攻めに、リアムは苦笑しながら答えた。
「え、あ、うん……旅の修行中の身なんだ」
「じゃあ剣使えるんだ! 見せてよ!」
「お願いっ、ちょっとだけでいいから!」
子どもたちに懇願され、リアムは少し考えた末に笑って頷いた。
「じゃあ……少しだけな」
リアムは屋台の木の棒を借り、軽く構えを取る。
風を切る音が響くたび、子どもたちの瞳がまるで星のように輝いた。
最後に棒を回して納めると、拍手と歓声が起こった。
「すごい! 本当に騎士みたい!」
「ねえねえ、また明日もやって!」
リアムの胸の奥が、じんわりと温かくなった。
剣を戦うために使うのではなく、人を笑顔にすることができた瞬間。
それは、彼にとって初めての感覚だった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。
湖畔のベンチに座る二人。
リアムは昼間の出来事を話していた。
「なんだか……こういう時間が懐かしいです。
訓練ばかりの日々だと、自分がまだ子どもだって忘れそうで」
セラは微笑みながら湖を見つめる。
「あなたは真面目すぎるの。
訓練も戦いも大事。
でも――心を休めることは、それ以上に大切なのよ。
心が磨耗すれば、力も鈍るもの。
あなたは三歳で、本当に幼い子どもなのだから」
「……でも、レオンに怒られそうで」
リアムが小さく笑うと、セラはくすりと笑い返した。
「ふふっ。あの人は不器用なのよ。
あなたの成長を誰より喜んでるくせに、それを言葉にできないだけ。」
「そう……なんですかね」
リアムは少し照れくさそうに笑い、空を仰いだ。
茜色に染まる空が湖面に映り、きらきらと輝いていた。
◇ ◇ ◇
夜。
アルメリアの街は灯火に照らされ、静かな安らぎに包まれていた。
水面に映る光が揺れ、虫の声が遠くで響く。
しかし――その静寂を、黒い影が踏みにじった。
路地裏を歩く一人のローブの男。
その手には黒い紋章が刻まれ、足元から闇のような瘴気が漏れ出している。
「……八星リアム。まだ青いな。
今のうちに回収すれば、器は簡単に開かれる。」
男は不気味に笑い、手をかざした。
地面に黒い魔法陣が展開し、闇の波紋がじわりと広がっていく。
夜の街の片隅で、静かに災厄が芽吹こうとしていた。
◇ ◇ ◇
その頃、《アークハウス》の中。
リアムはベッドに横になっていたが、どうにも眠れなかった。
昼間の子どもたちの笑顔が脳裏をよぎる。
あの穏やかな時間を守りたい。
そんな気持ちを抱えながら、うとうとと眠りに落ちようとした、その時。
――悲鳴。
遠くで、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「……今の、声……?」
リアムは跳ね起きた。
外を見ると、湖の方角に小さな光が揺れている。
胸騒ぎがした。
「嫌な予感がする……!」
神器を手に取り、リアムはアークハウスを飛び出した。
◇ ◇ ◇
湖畔に着いたリアムが見たのは――。
昼間の子どもたちが、黒いローブの男の前で泣き叫んでいる姿だった。
「やめろっ!!」
リアムの叫びが夜を裂く。
男がゆっくりと振り返る。
フードの奥から覗く瞳は、獣のように赤く光っていた。
「来たか……器」
その声は、凍りつくように冷たかった。
フードの奥で、紅い瞳がゆらりと光を帯びる。
「お前は……教団の……!」
「ほう、我らを知っているとは。
だが、知るのが少し遅かったな」
男がゆっくりと片腕を持ち上げる。
次の瞬間、地面に黒い波紋が広がり、そこから無数の影の腕が蠢き出した。
その腕は生き物のようにねじれながら、泣き叫ぶ子どもたちの体を絡め取る。
「っ、やめろっ!!」
リアムの怒号が夜を裂いた。
駆け出そうとした足が止まる。
目の前の闇から感じる魔力の圧――それは、森で遭遇した魔物とは比べ物にならない。
「貴様のような未熟者が、守るだと?」
男の声が嘲るように響く。
「器であるお前は、ただの空洞。
音は響くが、中身はない……哀れな欠陥品よ。」
「……うるさいっ!」
リアムは息を吸い、神器《千変万化の糸》を展開した。
指先から淡い光の糸がいくつも浮かび上がる。
月光を反射するように揺らめくその糸は、見る者を魅了するほど美しい――。
だが今のリアムには、それを自在に操る技量がまだなかった。
彼ができるのは、ただ糸を束ね、一つの線にすることだけ。
「俺は――逃げない!」
リアムが叫んだ瞬間、男の掌から黒い弾丸が放たれた。
音を置き去りにするような速度。
反射的に、リアムは糸を一つに束ね、腕を振り抜く。
金属を弾くような鋭い音が響いた。
糸が光を放ち、黒弾を軌道ごと叩き落とす。
火花が散り、湖面が波打つ。
折れることのない神器が、闇を裂いて光を放つ。
闇の腕が焼き切れ、子どもたちが倒れ込む。
リアムは咄嗟に彼らの前に立ち、守るように糸を構えた。
「なに……!?」
ローブの男がわずかに目を細めた。
リアムの背後では、子どもたちが恐怖に震えていた。
「逃げろっ! 今のうちに!」
リアムの叫びを合図に、子どもたちは泣きながら走り出した。
だが安堵する暇もなく、再び闇がうねりを上げる。
「チッ、子どもを逃がしたか……まあいい」
男は剣を抜いた。
その刃に、黒雷が走る。
「力を持たぬ者が力を振るう――その滑稽さを教えてやる。」
雷鳴が轟く。
リアムは息を殺し、地面を蹴った。
糸を束ね、光の刃のように振り抜く。
――激突。
剣と糸がぶつかり、金属を軋ませる音が夜に響く。
糸は折れない。
だが、力の差は歴然だった。
押し返される。
腕が痺れ、足が地を滑る。
「ぐっ……!」
「やはり青いな。だが、悪くない」
男はわずかに笑った。
「流石は魔女の器。
その能力は、我らの教団が長年求めたものだ。」
「……黙れっ!」
リアムは糸を再び束ね、複数の線を一つに結び直す。
だがその操作は荒く、意識を集中させるたびに魔力が急速に消費されていく。
汗が額を伝う。心臓の鼓動が早まる。
それでも、リアムは一歩も退かない。
「俺は……沢山の、沢山の人々を救いたいんだっ!!」
叫びと同時に、足元の土を蹴り、跳躍。
束ねた光糸を振り抜き、斜めに閃光を走らせる。
黒雷と光糸が交差した。
その瞬間、眩い爆光が夜空を照らし、湖面が爆ぜた。
風が渦巻く。
リアムと組織の男が睨み合い――夜の湖畔で、光と闇がぶつかり合った。
次回:リアムvs教団幹部
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