第9話 入院した日の匠と陽菜
「んっ……」
匠が目を覚ますと、見慣れない天井が見える。
(ここは……)
隣を見ると、悦子が涙を流していた。
「匠……!」
目が覚めたことに気づいた悦子は匠に寄りかかる。
「よかった……目が覚めて……」
「母さん……」
「救急車で運ばれたって聞いて……私……」
匠は体育祭のことを思い出す。
(そうだ……確か退場する時に倒れて……水口さんが先生を呼んでくれて……)
そこからの記憶がない。気を失ったからだろう。
「先生を呼んできますね」
「お願いします」
看護師が病室を出る。
「先生から聞いたわよ。大玉転がしに出たんですって?」
「うん……」
「どうして⁉綱引きや玉入れには出てもいいって言ったけど大玉転がしはダメって言ったよね⁉」
「ごめんなさい……」
隣に立っていた父親の啓介が悦子を宥める。
「悦子。それぐらいにしよう」
「でも……」
「匠を心配する気持ちはわかるけど無事に目が覚めたんだからよかったじゃないか。今は怒るより、目が覚めたことを喜ぼう」
「わかったわ……」
両親を見て、匠は何も言うことができなかった。
「匠。明日もお見舞いに行くからね」
「嬉しいけど毎日来なくてもいいよ。母さんも忙しいだろうし」
「息子の心配より大事なことなんてないわよ。毎日行くからね」
「わかった。ありがとう」
両親は病室を出ると、廊下を歩く。
「入院期間が短くてよかったな」
「そうだけど……」
悦子は心配そうに俯いている。
「大丈夫。匠もこれから気をつけるって約束してくれたんだから」
「うん……」
病院を出ると、中に入ろうとする陽菜とすれ違う。
「匠が退院したらしっかりお祝いしてあげよう」
「そうね」
それを聞いた陽菜は後ろを振り向く。
「あの!」
陽菜の声に二人が振り返る。
「私……匠君の友達の浅田陽菜っていいます」
「あら!あなたが匠が言ってた子ね!いつも仲良くしてくれてありがとね!」
「匠のお見舞いかい?」
「それもあるんですけど……お二人にお話したいことが……」
「……?」
二人は顔を見合わせた。
病室で匠がパソコンを触っているとドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
返事すると、陽菜が入ってきた。
「陽菜!来てくれたんだ」
「うん……」
「そこに椅子あるから座って」
「ありがとう……」
陽菜が椅子に座ると頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「なんで陽菜が謝るの?陽菜のせいじゃないのに」
「ううん。私のせいだよ。私が怪我しなければ……」
「僕が悪いんだ。元々僕の我儘で出るって言ってたのに反対されて……陽菜に任せることになってしまったから……僕が出たいって言わなければ……」
匠が布団を握りしめる。
「ごめん陽菜。僕のせいで陽菜に罪悪感を抱えることになってしまって」
「そんな……匠君は……」
「僕の体が弱くなかったらこんなことにはならなかったのにね……」
匠の言葉に、陽菜は何も言うことができなかった。
病院を出た陽菜は、ゆっくりと歩道を歩きながら匠の両親との会話を思い出す。
―――「本当にすみませんでした……」
陽菜は頭を下げる。少しの間、沈黙が続いていたが悦子が口を開く。
「なんで匠が私の言葉を聞かずに出たんだろうって思っていたけど……あなたの為だったのね……」
悦子は納得したような表情をする。啓介は優しい口調で陽菜に話しかける。
「陽菜ちゃん……だったかな。私たちは陽菜ちゃんに凄く感謝しているんだ。匠はずっと家か病院で暮らしていてたからいつも暗い表情をしていたんだ。
気分転換しようにも当時はお出かけも難しかったから……でも、日本に帰国して光星学園に通い始めてから匠が明るくなってきたんだ。
学校が楽しいっていつも言っているよ。それも陽菜ちゃんが匠と仲良くしてくれているおかげだと思っている。だから陽菜ちゃんのことは怒ってないよ」
「これからも匠と仲良くしてくれると私たちも嬉しいな」
―――陽菜は、目の前の信号が赤に変わると、立ち止まる。
(匠君を危険な目に合わせた私がこれからも仲良くするなんて……できるわけないじゃん……)
陽菜は辛そうに服の胸をギュッと掴んだ。