第5話 挑戦を決めた日の自分
朝、陽菜が登校すると、席に座っていた匠を見つけて声をかけた。
「匠君!おはよう!」
「おはよう陽菜」
「今日もいい天気だね!」
「そうだね」
二人が話していると女子生徒が陽菜に話しかける。
「陽菜。昨日のノート貸してくれてありがとう」
「どういたしまして」
陽菜が女子生徒からノートを受け取る。
「匠君。紹介するね。この子は水口由香。私の友達だよ」
「よろしく」
「よろしく」
「相田君だっけ?昨日から来たばかりなのにもう陽菜と仲良くなったのね」
「うん。とてもよくしてくれてるよ」
「陽菜はフレンドリーだからね。本当凄いわ」
「そうかな?」
陽菜は照れくさそうに喜ぶ。
「ところで陽菜。体育祭の出場種目、何するか決めたの?」
「えっ?あれ今日決めるの?」
「今日ホームルームあるでしょ」
「忘れてた」
由香は呆れてため息を吐く。
「体育祭があるの?」
「うん。二週間後ぐらいだったかな?」
「相田君は運動得意?」
「運動は……」
「実は匠君、体が弱いから運動することが難しいの」
「大変だね。先生は知ってるの?」
「うん。転校前に学校に伝えたから」
「そっか……」
「でも、綱引きとかには参加できるから」
「そう」
匠は少し悔しそうに下を向く。それを見た陽菜が匠を元気づける。
「匠君!一緒に頑張ろうよ!そして優勝を願って応援してよ!」
「うん。全力で応援するよ」
ホームルームの時間。クラスで体育祭の出場種目を決めていた。
「……よし。ほとんど決まったな」
担任が種目とそれに出場するメンバーを確認する。
「誰か大玉転がしに出たい人はいないか?」
誰も手を上げない。
「困ったな。あと一人足りないんだが……」
「あの……」
匠が手を上げる。
「僕が出場してもいいですか?」
「いいけど……大丈夫か?」
「はい。大玉転がしなら速く走らなくてもよさそうなので」
「なら相田で決定でいいな?」
確認すると、担任は出場メンバーに匠の名前を書いた。
放課後、陽菜は匠に話しかけた。
「ねぇ。本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「体育祭。無理して出場しなくてもいいんだよ?」
「でもやってみたいんだ。今まで参加したことなかったから」
真剣な表情をする匠を見た陽菜は心配そうな表情から笑顔に切り替えた。
「しんどくなったら言ってね。私が代わりに出るから」
「ありがとう」
陽菜と別れた匠は、部室へと向かう。
「やぁ相田君」
「こんにちは」
「丁度よかった。君に話したいことがあったんだ」
「……?なんでしょう?」
「10月の文化祭……相田君が脚本を書いてみないかい?」
「……!僕が?」
「実は僕、今年受験生だから演劇コンクールで脚本担当から降りる予定なんだ。しかし、我々演劇部は文化祭で舞台を披露するのが恒例なんだ。
脚本担当は僕と相田君しかいない。そうなると必然的に相田君しか脚本を書くことができないんだ」
「でも僕……脚本を書いた経験はあっても、演劇の知識なんてないですよ?」
「舞台脚本の書き方は僕が教える。顧問の先生にも聞けば教えてくれるはずだ」
梓馬が匠の肩に手を置く。
「頼む。君だけが頼りなんだ」
「……!」
初めてだ。自分が頼られるなんて……
今までは自分が人を頼ることが多かったのに……
「わかりました。書きます」
「よかった!よろしく頼む!」
梓馬の嬉しそうな表情を見て、自分も嬉しくなった。
「ただいま」
匠が帰宅すると母親の悦子が出迎える。
「おかえり。ご飯できてるわよ」
「ありがとう」
匠は椅子に座り、用意されたご飯を食べ始める。
「新しい学校はどう?」
「楽しいよ。友達もできたし、部活でも文化祭の舞台脚本を担当することになった」
「すごいじゃない!脚本家への第一歩ね!」
悦子は自分のことのように喜ぶ。
「匠が楽しそうでよかったわ」
「あと体育祭で大玉転がしに出場することにしたんだ」
それを聞いて洗い物をしていた悦子の手が止まる。
「……ダメよ」
「えっ?」
悦子がキッチンをバン!と叩く。
「ダメよ!そんなこと私は許しません!」
「どうして……」
「匠。あなたは自分の体のことを分かって言ってるの⁉運動したら匠が危険な状態になるって……」
「それは激しい運動の場合でしょ?大玉転がしだから大丈夫だって」
「いいえ!出場は認めません!明日先生に言いなさいよ!」
「そんな……」
匠は悦子の言葉にショックを受けた。