第9話:密室と蝋燭と見えざる毒
火を灯せば祈りが届くと信じられてきた祈祷小屋――
だが、そこで次々と人が倒れ始めた。
呪いか、それとも見えざる毒か。
今回、慧が立ち向かうのは“空気の罠”。
現代では当然の「換気」の知識が、密閉された異世界の祈祷儀式に切り込む。
蝋燭、線香、密室。そして、酸素と二酸化炭素のバランス。
目に見えない空気の中に潜む脅威を、慧はどのように解き明かすのか――
ソラノ村北部にある、古びた祈祷小屋。
ここで、またひとつの異変が起きていた。
「中で祈っていた巫女たちが、意識を失った…?」
慧は村人からの報告を聞いて、現場へと駆けつけた。
倒れていたのは巫女リアを含む3人。幸い命に別状はなかったが、全員「目眩」「頭痛」「息苦しさ」を訴えていた。
慧はすぐにその小屋の構造を調べる。
「この建物、換気口がひとつもない…窓も完全に閉じられてる」
中に入ると、線香と蝋燭の匂いがむせるように残っていた。
リアがかすれた声で言う。
「…祈祷のあいだ、火を絶やしてはならぬとされて…ずっと灯していました…」
慧の目が鋭くなる。
「その蝋燭と線香が、酸素を奪って二酸化炭素を溜めたんだ」
慧はチョークで地面に図を描きながら、村人たちに説明する。
「狭い部屋に火を灯し続けると、酸素は減る。代わりに二酸化炭素が増えて、やがて呼吸困難になる。
とくに密閉空間では、火を消さなくても“酸欠”で人が倒れることがある」
さらに慧は、村の子供たちを集めて“簡単な実験”を見せる。
2つの瓶に小さな蝋燭を灯し、それぞれに蓋をして時間の違いを比べる。
早く消える瓶の中、酸素が奪われている証拠だ。
「これは“密室の毒”だよ。目に見えないけど、空気は流れていないと生きられない」
村人たちは息を呑む。
「では祈祷は、もう…できないのでしょうか」
リアの問いに、慧は笑って答える。
「できるさ。換気扇があればね。魔導風車を使った“送風筒”を設置しよう。空気の流れを生むのが大事なんだ」
慧の設計により、祈祷小屋には自然対流を利用した「煙抜き塔」と「魔導風送管」が設置された。
音もなく、穏やかに風が流れる密室が完成した。
そして慧の元に、また一通の紙が届く。
『火、水、空気と来て…次は、“音”だ。
聞こえぬはずの音が、人を狂わせる。対処できるか?』
慧は小さく笑った。
「超音波か、低周波か…異世界で“ノイズキャンセリング”を試すのも悪くないな」
今回は「密室の酸欠」という、現代では身近ながらも軽視されがちなテーマを異世界に落とし込みました。
火が奪うのは空気、見えない毒は日常の中にひっそりと潜んでいます。
特別な道具がなくとも、“流れ”をつくれば人は生きられる。
異世界でも活きる現代の知恵、次は“音”へ。
次回「囁く魔物と沈黙の耳栓」では、人の心に忍び寄る音の魔物と、慧の静かな逆転劇をお届けします。
どうぞご期待ください!