第一話:異世界転移と“呪いの病”
現代の普通のコンビニ店長――篠原慧は、ある日突然、店舗ごと異世界に転移してしまった。
そこは魔法と剣の世界。だが彼には魔力も武勇もない。持っているのは、深夜のコンビニに並ぶ日用品と、現代の科学的知識だけ。
「魔法? 剣? 俺には“レジ”と“知識”がある」
この物語は、そんな男が、常識と理屈で異世界の難題を解決していく記録である。
冷たい床の感触と、どこかで聞こえる電子音に、篠原慧はゆっくりと目を開けた。
「……また、床で寝落ちか……?」
頭を抱えながら身を起こす。が、すぐに違和感に気づく。
店内の空気がやけに澄んでいる。湿気が少ない。
自動ドアの向こう、見慣れたアスファルトではなく、草原の風景が広がっていた。
「…………は?」
彼の立っていた場所は、勤務先のコンビニの店内そのものだった。レジも、商品棚も、アイスケースも。だが、ドアの外には見知らぬ空と地平線。街の明かりも、自販機もない。
これは、夢か、それとも──
「お客様……?」
レジの前に、ボロ布のような服をまとった少女が立っていた。肩を震わせ、泥だらけの足で床に立ち尽くしている。
「あなたが……“聖なる賢者”様ですか……?」
慧は無言でレジカウンターの下を開け、ポリ袋を取り出すと、静かに言った。
「土足禁止でお願いします。床、モップかけたばかりなので」
⸻
◆
「……なるほど、“呪いの病”ね」
慧は少女の案内で、村の集会所のような建物にいた。
少女――名前はリアというらしい――は、説明の途中何度も泣きそうになっていた。
この一週間、村では突然倒れる者が相次ぎ、既に一人が死亡。原因は不明。
共通する症状は、手足のしびれ、吐き気、けいれん、最後に心停止。
司祭は「神の怒りによる呪い」と断じ、人々に祈祷料を要求していた。
「昨日……兄が死にました。おかしいと思うのは、最後に……“味がしない”って言ってたんです。
それが……どうしても気になって……」
慧は、腕を組んでうつむいた。
「しびれ、吐き気、味覚障害、そして死……呪い、ね。なるほど。
……でもそれ、“呪い”じゃなくて──ボツリヌス中毒っぽいな」
⸻
◆
慧はリアに案内されて、死亡した兄の家を訪れた。
木造の質素な建物。その棚には、干し肉が並べられていた。
その中の一束にだけ、色味の違うものがある。
慧はポケットから携帯用UVライトを取り出した。コンビニの万引きチェック用に使っていた代物だ。
干し肉に光を当てると、緑色の斑点がうっすらと発光する。
「やっぱりな……これはボツリヌス菌の毒素だ。
封を開けたら匂いに違和感があったろうけど、味覚障害が先に来てたなら、もう気づけなかった」
リアは震えた声で尋ねた。
「……それって、どうすれば助けられたんですか?」
「初期ならワンチャンある。毒素の吸収を抑えて、排出促進すればな」
⸻
◆
慧は店に戻ると、商品棚からいくつかのアイテムを取り出した。
•スポーツドリンク(ポカリ系)
•活性炭入りサプリメント
•整腸剤
「電解質と活性炭で腸内毒素の吸収を抑えつつ、排出を促進する。あとは脱水症状を防ぐだけ。
これ、試してみる価値はある」
「その……青い水は?」
「“神の水”ってことにしておけば、信じてもらえるだろ」
⸻
◆
その日、慧は村中を回り、軽症の患者に薬を与え、解毒の仕組みを説明した。
だがその説明は、村人にはほとんど理解されなかった。
それでも、数日後。倒れていた数人が立ち上がり、普通に食事を取れるようになった。
司祭は沈黙し、村から姿を消した。
そして村人たちは、慧をこう呼び始めた。
> 「蒼き神の水を持つ賢者様……!」
慧は、気だるげに自販機の横に座り、煙草をくわえながら呟いた。
「呪いも毒も、結局は説明できる。
……大抵の問題は、“店にあるものでなんとかなる”んだよな、これが」
今回の問題は、“呪い”と恐れられていた食中毒だった。
魔法でも奇跡でもなく、科学的に証明された知識と、それを活かす道具。
異世界の人々にとっては魔法だが、慧にとっては“いつもの仕事の延長”にすぎない。
彼が店でいつも使っているUVライトやポカリスエットが、この世界の救世主になるとは、誰が想像しただろうか。
これからも、慧は異世界でコンビニの力と理屈を武器に、数々の謎を解き明かしていく。
次回もお楽しみに。