第3話 かぁ~
「アルバム以外にも私たちの記録があるって言ったら、静流君はどうする?」
ミチルのその言葉に思わず胸がチクリとした。
さっきの『もう漫画は描かないの?』発言といい、もしかしてミチルのやつ……。
「い、いきなりどうしたんだよ。アルバム以外に俺たちの記録なんてあるわけないだろ」
「そ、そうだよね。私ってばいきなり何を言って――」
「まあ、おばさんみたいな創作活動をしてれば別だけどな」
俺の言葉にほんの一瞬、ミチルの体が硬直した。
表情は笑顔のまま、不自然なレベルで固まっていたんだ。
でもすぐに動きを取り戻して。
「な、何を言ってるのさ~。それよりもサンドイッチだったよね。すぐ作って来るね」
子供でも分かるほどの下手過ぎる作り笑い。
間違いない、ミチルのやつ気づいてやがる。
……俺が漫画になったことに。
「どうすんだよ~」
ミチルが厨房の方へ行ったことを確認した後、俺は絞り出すように小さな声を漏らす。さらにわかりやすく頭も抱えていて。頭の中は『なぜバレた』の単語ばかりが埋め尽くしていた。
「ミチルにバレた。間違いなくバレた。だってアルバム以外の記録って間違いなく、俺の漫画のことじゃん。おばさんの漫画の話を振った途端、気まずそうにサンドイッチを作りに行ったもん。完全に俺が漫画家ってバレたんだよ」
中学一年生の頃からミチルだけにひた隠しにしていた俺の秘密。
それが唐突にバレたことを知り、俺の頭の中はパンク寸前だ。
それにしてもさっきの態度。あれは間違いなく、『や、やっぱり。あの痛々しい漫画の作者って静流君だったんだ。うわ~気持ち悪い。さっさとお昼ご飯食べて帰ってもらおう。後であの席に盛り塩もしないと』とか思われてたはずだ。
次、どうやってミチルと顔を合わせればいいんだよ‼
「チクショウ。漫画的には滅茶苦茶面白い展開なのに」
予定では俺が漫画家だとバラすのは、ミチルにプロポーズする時だった。
年数にしておよそ十年後の予定。それまでは『漫画家くんと幼馴染ちゃん』を描くつもりでいたんだ。まあ……十年も一つのラブコメを描き続けるなんて、あまりにも現実味に欠けた話だと思うけどさ。それでも俺はやるつもりだったんだ。
それなのに今日――
「この流れは前倒しした方がいいのかな、プロポーズ」
既にミチルには俺が漫画家だとバレている。
それもミチルからすれば、ストーカーチックな内容の漫画を。
だったらもういっそ、早々にプロポーズするべきだと思うんだ。
……それもそれで俺に気が無かったら、単純に気持ち悪がられるだけだけど。
慰謝料とか言われるのかな……いやいや、ミチルはそんな女の子じゃないはずだ。
優しくて。ほんわかしてて。それでいて芯が強い。そんなとにかく可愛い女の子。
正直俺、ミチル以外の女の子とかただの人類にしか見えてないんだよね。
ミチル以外の美少女の全裸と、ミチルのパンチラなら俺は絶対に後者を選ぶ。
それぐらい俺はミチルのことが好きだ。……自分でもわかるほど変態的な好意だけど。
「……さて。どうしたものか?」
「静流君が悩んでるなんて珍しいね」
俺が腕を組んで頭を捻っていると。
いつの間にかカウンターに、サンドイッチセットを手にしたミチルが立っていた。
右手の上に乗せて立つ姿。相変わらずうっかり見惚れてしまいそうになる立ち姿だ。
それに――
「……そうだな。いつまで悩んでても埒が明かない」
「静流君?」
「ミチルに大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」
俺は好きな女の子を前にして覚悟を決める。
告白じゃなくて、プロポーズするための覚悟を。
……振られたら、連載打ち切りだな。
まあそれもこれもミチルが聞いてくれるか次第だけど。
「いいよ。ちょうど私も静流君に話したいことがあったから」
真っ直ぐな目で答えてきたミチル。
彼女はカウンターを回って、ホールへとやってくる。
そのまま俺が座っていたカウンター席へ鎮座した。
それも何故か、俺から一つ間を開けた左隣りへと。
「なんで離れて座ってるんだよ?」
「話の内容次第だと、これぐらい離れてないとその……」
ミチルが俺から顔を背けてゴニョゴニョと口にしている。
間違いない。話の内容次第で、振られた俺が暴れると思ってるからだ。
もしくは俺が強引にキスを迫って来ると思っているのかもしれない。
ミチルにここまで警戒されたのは初めてだ。
間違いなく、次のネームに影響を及ぼすな。
こうなったら早くプロポーズをしないと。
その前にまずは俺の口から漫画のことを話すんだ。
二人の間を沈黙が支配する間、俺は脳内で話す内容を整理した。
漫画の話と告白。そしてプロポーズ。よし、完璧だ。
それにしてもミチルが俺に話したいことって――
「実はね‼」
俺が話すことを思案したのち、ミチルのことを考えていた時だ。
迷い続けている俺よりも先に、彼女の方が先に口を開いていた。
それもさっきまで顔を逸らしていたはずなのに、今はカウンター席の回転椅子を使い、体をこちらに向けて。さらに顔を耳まで真っ赤にした状態で。とても興奮した様子で話してくる。絶対に俺の顔から視線を逸らすことなく。
「実は私、今度小説家としてデビューすることになったの‼」
は、はい?
今、小説家って言った?
「それでコミカライズ化も決まってて、出来ればその作画をお母さんの弟子だった静流君にお願いしたいな~って。それとその……子供の頃からずっと、静流君のことが大好きでした‼」
強烈な告白のオンパレードだった。
まずミチルが小説家デビュー。
次に俺がミチルの小説のコミカライズ担当。
最後に俺のことが好きだと……なるほど。
「仕事のし過ぎで疲れてるんだな。これは夢だ。俺としたことが寝落ちするとは」
軽く額を抑えて、恐らく眠っているだろう現実の自分の覚醒を促す。
これが漫画の展開とかなら、恐らく読者の大半がげんなりするはずだ。
いくら話を引き延ばすためとはいえ、夢落ちなんて最低だ。
まあ正当な理由があるならいいけど。
「とりあえず今日はもう帰って寝るか。いや、ここが夢の中なら帰る必要も――」
「夢じゃないよ‼ ちゃんと静流君は起きてるよ‼ それに私、本当に静流君のことが大好きなの‼ それも今すぐにでも結婚したいぐらい大大大好き‼」
「バカ言うな‼ 俺の方がミチルのこと大好きだ‼ 好きの数を一億倍にしても足りないぐらい大好きだ‼」
ここが夢の世界なら、盛大に告白しても問題ないはずだ。
目の前にいるのは夢の中のミチル。確かにドキドキはするけど、好きの大きさに関してだけは現実のミチルだろうと。夢の中のミチルだろうと譲つもりは一切ない。俺の好きの方が間違いなく大きいはずだ。
俺は鼻息を荒くして、夢ミチルの返事を待ち――
「……静流君のバカ」
夢ミチルの手が膝の上で振るえていた。
それも顔はさらに赤くなり、体からは熱気を感じる。
「おい、どうした……あちぃ⁉」
夢ミチルの態度に違和感を覚え、近づこうと立ち上がろうとした時。
膝がカウンターにぶつかり、その衝撃でコーヒーが入ったカップが倒れた。
そして中に入っていた熱々のコーヒーは俺の足の上へ。
でも今はそんなことよりも……熱いだと?
だとするとコレ、夢じゃないの?
つまり俺は今、現実のミチルに大声で――
『俺の方がミチルのこと大好きだ‼ 好きの数を一億倍にしても足りないぐらい大好きだ‼』
は、恥ずかしい。
俺はなんて告白をしてるんだよ。
本当はもっと格好いい告白するつもりだったのに。
「……ミチル。いえ、ミチルさん、今の告白はその……聞かなかったことに――」
「そんなことより静流君。早くズボンを脱いで!」
「え? でもいきなりそんなこと……それにここ、喫茶店の中だし。いや、今の中だしは別に変な意味じゃなくてですね」
「も、もう‼ 静流君は何を勘違いしてるのかな‼ 火傷しちゃったかもしれないから。ズボンを脱いで、お風呂で冷やして来てって話だよ‼」
怒りと照れが混ざった表情で怒られた。
怒った姿も相変わらず可愛いな、ウチの幼馴染は。
流石、連載開始から人気投票連続一位のヒロインだ。
誰もが認める可愛さと優しさの塊。
あんなことの直後なのに、俺を心配するなんて――
「それと……聞かなかったことになんてできないよ」
椅子から立ち上がったミチルが、俺に背を向けて小さく呟いた。
たぶんその時、思わず抑えていた俺の顔は、今迄にないほど赤くなっていたと思う。
そしてきっとラブコメ漫画家としての性だろう。
俺のすぐ近くから「かぁ~」という擬音が聞こえていた。