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第1.5話 ベテラン小説編集

 四月一日の私の誕生日を控えた三月下旬。

 私はお父さんが経営する喫茶店で、小説の打ち合わせをしていた。

 一緒にテーブル席に座る女の人の名前は、編沢小子さん。

 漫画家だった私のお母さんの担当編集をしてた人だ。

 そして今は小説家デビューが決まった私の担当さん。

 小子さんとはお母さんが亡くなった後も、よく二人でお出掛けをしたりした。

 私とは歳の離れたお友達みたいな間柄。


「やっぱりダメですよね」

「いくらミチルちゃんの頼みでもちょっとね……」


 既に小説に関する打ち合わせは終わり、今はコミカライズに関しての打ち合わせ。

 それも内容はコミカライズの作画担当についての打ち合わせだった。

 私はまだ「素人さんを使いたいんです」としか言ってないけど、小子さんは少し困り顔で。私としても一切ここで引くつもりはない。だって私が書いたあの小説、アレを最初に絵にして欲しい人は決まってるから。


「でも一応聞かせてちょうだ。ミチルちゃんは誰に頼むつもりだったの?」

「し、静流君なんてどうかな~って……」


 私は照れ隠しのため、あからさまに小子さんから視線を逸らす。

 たぶん今、私の顔は火が出そうなくらい真っ赤なはず。

 相手が私の事情を知っている小子さんなら尚更だ。

 小子さんは、私が書いている小説の元ネタを知っている。

 主人公のヒロインが私で、ヒーローが静流君。

 内容は実際に私と静流君が体験した出来事。

 それらを全部知ったうえで、私の担当を申し出てくれたらしい。

 でもここで静流君の話を出したら間違いなく――


「ミチルちゃんは本当に静流君のことが好きね」

「……ちょ、直球で言うのはダメです‼ その……静流君のことは大好きですけど、人から言われるのはまだ恥ずかしいので」

「初々しいわね。でも静流君って鈍感でしょ? 告白までの道のりは相当長いんじゃない?」

「そこは心配しないでください。私はこれからずっと静流君といるつもりなので。チャンスならまだまだあります。それにいざとなったら、私の小説を渡せば……そんなことができるなら、こんな小説書いてませんよね」


 私は苦笑いで答えた。

 テーブルの上には完成した改稿原稿。

 そこには私と静流君の甘い――幼馴染以上恋人未満の日常が綴られていて。

 これが近々書店に並ぶと考えると……。


「これって一種の羞恥プレイですよね?」

「作家なんて大体そうよ。雫さんの漫画なんて最後はエッセイ子育て漫画だもの。たぶん、自分の全部を曝け出したはずよ。だからミチルちゃんも大人しく、静流君への思いを小説の上に吐き出しちゃいなさい。その方がスッキリするわよ」


 小子さんが暖かい目で私のことを見ていた。

 昔からそうだけど、私にとって小子さんはお姉ちゃんみたいでもあって。

 いつも私と静流君のことを暖かい目で見守ってくれた。


「でも静流君か~……確かにあの子ならできるかもしれないけど……」


 作画担当として、小子さんが静流君のことを真剣に考える。

 一方で私は、小子さんの組んだ腕の上に乗る大きな胸と、自分の小さな薄いまな板みたいな胸を比べて軽くショックを受ける。服の上から胸に触っても、パシュッと空気が抜ける音がするだけ。お母さんはあんなに胸が大きかったのに、これってお父さんの遺伝かな。……静流君、間違いなく胸の大きな女の人が好きなのに。


「ど、どうしたの? 今にも泣き出しそうな顔してるけど?」

「……何でもありません。それよりもやっぱり静流君は無理ですか?」

「一応、私の中でも候補としてはアリなんだけど。断られる可能性が大かしら」


 それはそうだよね。

 だって静流君、ウチのお母さんが死んで以来漫画は描いてないんだから。

 いつも家では漫画ばかり読んでるって言ってたけど、それで漫画が描けるわけでもないし。やっぱり大人しく、静流君以外の人に描いてもらうしかないのかな。


「いきなり我儘を言ってすいませんでした。静流君以外の人でも大丈夫です。そもそも何年も漫画を描いてない人を推したのが間違ってたんですよね。静流君なんて漫画を描くのを辞めて以来、ご飯を食べる時ぐらいしかウチに来ないんですよ。本当に白状だと思いませんか? 私なんてもっとたくさん静流君とお話したいのに」


 思わず私の中から溢れ出す静流君への不満。

 でも本当に静流君はお母さんが死んで以来、ウチへ遊びに来なくなった。

 一人暮らしをする静流君はいつも、ウチの店でご飯を食べて私と少ない雑談を交わして帰る。それが今では彼のルーティーン。今も昔も静流君のことは大好きだよ。でも会えない時間ばかりが増えると、やっぱり少し寂しく感じちゃうんだよね。


「あ~あ~。静流君がもっと漫画家活動を頑張ってたらな。そうしたら、小子さんもちゃんと検討してくれたのに」

「い、いえ。別に静流君の漫画が下手だからダメというわけではなくて。だって彼の場合――なんでもないわ」


 何かを言い掛けた小子さんだったけど、慌てて自分の口を両手で塞いで見せた。

 しかも塞いだすぐ後に佇まいを直して、すぐに自分の言葉を訂正してみせる。

 なんだろう。今の小子さん、すごく怪しかったような気がする。

 もしかして、私が知らない静流君の秘密を知ってるとか?

 ……そんなことあるわけないよね‼


 だって世界で静流君に一番詳しいのは私だもん。

 親同士がお友達で、赤ちゃんの頃からずっと一緒。

 私が静流君のことで知らないことなんてないよ。

 静流君の方は、私が小説家を目指してたことなんて知らないと思うけど。

 そもそも漫画家に憧れたことも、知らないと思うんだよね。

 そうじゃなかったら、子供の頃に絵が下手な私の前で漫画の練習なんてしないもん。

 静流君はいつも、変なところで人に気を使う男の子だからね。


 ――静流君のことを考えてたら、会いたくなっちゃたな。

 まだお昼には少し早いけど、そろそろ来てくれないかな。

 私はチラリとお店の時計を確認する。

 今の時間は10時30分過ぎ。

 いつもはお昼時の11時過ぎぐらいにならないと来ない。

 まあウチのお店、いつでも空いてるからピーク時でも問題ないんだけどね。


「というわけで。静流君以外の作画さんのことも考えて置いて――」


 カランコロン。

 私と小子さんが話している間だった。

 今日二回目のWELCOMEベルが鳴った。

 入ってきたのは――


「ミチル、昼飯食いに来たぞ」


 黒髪のツンツン頭の男の子。

 私が子供の頃からよく知っている男の子で。

 私が子供の頃からすごく大好きな男の子だった。


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