プロローグ① 漫画家な俺は幼馴染だけに隠し事をしている。
「【短編版】漫画家な俺は大好きな幼馴染だけに隠し事をしている。」の連載版です。
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病室中に充満したインクと消毒液の匂い。
俺が絵を描いているのは段ボール箱の上。
白いベッドでは一人の女性が漫画を描いている。
「そろそろ六時よ。帰らなくてもいいの?」
「あともう少しだけ。このコマを書き終わったら帰るよ」
「ダメよ。面会時間は六時まで。今すぐ帰りなさい。でないと……」
ベッドの上の女性がナースコールを手にする。
今すぐ帰らないと看護師さんを呼ぶ。
そういうわかりやすい脅しだ。
「わかったよ‼ もう‼ あと少しで漫画が描き終わるところだったのに」
「もう漫画なんて描き始めてたの? おばさんの弟子になってまだ三カ月でしょ?」
「弟子はいつか師匠を追い抜くものでしょ。それに俺、本気でミチルのこと好きだもん」
「本当、静流君ってあの子以外には素直なのね。いわゆるツンデレさん?」
「人を漫画のキャラみたいに言うな」
俺、月影静流は小学校へ通いながら漫画家を目指してる。
漫画家としての師匠は俺の幼馴染――日向ミチルの母親、日向雫だ。
おばさんは現在、入院しながらも連載作家として活動を続けている。
おばさん曰く、おばさんは入院しているのがデフォルトらしい。
だから病室こそ、使い慣れた仕事場なのだとか。
弟子入りした頃から本当によくわからないおばさんだ。
まあそんな人に弟子入りした俺もよくわからないやつだ。
なにせ俺が漫画家を目指した理由は――
「ミチルが私を尊敬してるからって。何も静流君が漫画家になることないのに。そのままの静流君でもミチルは好きになってくれるはずよ」
「ダメだね。あいつに好かれるためには漫画家にならないと」
俺が漫画家になった理由。それは幼馴染のミチルに好かれるため。
つまり俺は特定の女の子にモテたくて、漫画家を目指してるんだ。
本当、傍から見たら何してるんだろうって感じだろうな。
「というわけでおばさんが教えてくれた最終回の内容。例えおばさんが完成できなくても安心していいよ。俺が現実でも漫画でも実現してあげるからさ。だから安心して死んでいいよ。まあおばさんなら、その頃までひょっこり漫画を描いてそうだけどさ」
俺が自分の覚悟を口にすると、おばさんが微かに笑った気がした。
それも「嬉しい」というよりも「幸せ」という感じの笑みを浮かべて。
***
「あれ? おばさん?」
気づいた時、体の節々が悲鳴を上げていた。
原因にはすぐ気づいた。座ったまま寝てたからだ。
そもそももうおばさん――日向雫はいない。
五年前。俺が小学五年生の頃に病気でこの世を去っている。
つまり今まで見ていたのは完全な夢だ。
そして眠りから目覚めた俺に迫るのは――
「……仕事が全然進んでないだと……」
デスクに置かれた白紙の原稿。
締め切りは先とはいえ、昨晩のウチに下書きだけはしたかったのに。
今年から高校二年生になる俺、月影静流には子供の頃から大好きな幼馴染。彼女だけに隠している秘密がある。
それは他の誰にバレても構わないが、幼馴染の日向ミチルには絶対に隠しておかなければいけない秘密だ。
俺の秘密――それは俺の仕事が漫画家だということ。
それも少年漫画家と幼馴染の女の子のラブコメを描く。ラブコメ漫画家ということだ。
モデルはもちろん、俺とミチル。
だからバレたくないんだ。
だって言えないだろ? 初恋を拗らせて、そんな漫画を描いてるなんて。
ミチルにバレたら間違いなく――
「嫌われる‼ 幼馴染の縁を切られる‼ 将来結婚なんて絶望的だ‼」
俺の将来の夢は漫画家で一生食べて行くこと。
さらに漫画家として世界で一番になること。
そして一番大事な夢は――
「……こんなことで俺、将来ミチルと結婚できるのかな?」
それが漫画家よりも先にある俺の子供の頃から続く夢だ。