ストーカー扱いのままかぁ
ナナが心外だとばかりに左手で腰の妖刀を撫でる。
「ええ、血桜ちゃん、すごくいい武器なのにな。使いやすいしね。人も魔物もよく斬れるよ」
誤解を招く言い方を……。
や、ゲーム内だからいいんだけどさあ。
「まあ丸一日も血を吸わせないと、持ち主の状態が貧血になって体力ゲージが減ってくんだけど」
「おまえも吸われてんじゃねえか」
妖刀血桜っていうんだ。酒みたいな名前にも聞こえるが、やっぱアウトだな。
ほんとなんで装備しちゃったんだか。
「どっちにしてもいらんよ。そんなでっけえ太刀、どうせ俺には重くて装備できない」
「そっか。レベル初期値なんだっけ」
ナナの手の中にある双竜牙の紅を指さす。
「それに、装備できないのは双竜牙も同じだろ。持ち逃げしても使えねえし、売り飛ばしても二束三文だ」
双竜牙はレベル初期値のアバターにしか装備できない仕様だ。レベルカンストのナナには鞘から抜くことさえできないだろう。……まあ、それもゲーム世界でのルールだが。
「カイロとしては使えるから盗むかもしんないよ?」
「面倒くせえなぁ。いらないなら返してくれ」
「つ、使うってば! ……ありがと。ちゃんと洗って返す」
「鼻水かんだハンカチみたいな言い方やめろ」
鼻を鳴らして俺は歩き出した。ナナが後ろをついてくる。
大腿部のあたりにまで纏わりつく雪が重い。後ろからついてくるナナは俺が掻いて造った道を辿ることができるが、こっちは必死だ。
だが気づかれていないとはいえ、教師と生徒。間違っても生徒にこのような役割はさせられん。教師である限り生徒は守るべき対象だ。お給料と、自分の安穏としたゲーム生活のために。
ズブズブと沈む雪面を、俺たちはひたすら進む。
すんげえしんどい。足が重い。足の指も手の指もすでに感覚がない。見れば指先が青黒くなってきている。凍傷寸前だ。
「ねえ、回復魔術をかけてみよっか? 実際にできるかわかんないけど」
「いや、できたとしても、HPもMPもギリギリまで温存しておいた方がいい。倒れちまったり洞窟についたらやってくれ。『神竜戦役』の設定では凍傷になっていても治せるだろ」
「うん。あ、でも倒れるまで頑張らないでよ」
「……うおお……珍しく優しい言葉……」
「勘違いしないでよね!」
治せると言っても、ここが仮想世界ならだ。もしリアルだとするなら、そんな便利な魔術はない。ヘタをすれば切断せねばならなくなる。そうなれば教師は引退だろう。当然ゲームにかけるお金も稼げなくなる。楽しみのない人生なんて。
ふいに俺に追いついたナナが、双竜牙の紅を俺の手に握らせてきた。
「ねえ、やっぱりこれ返す。雪かきに使って。ごめん、わたしばっかり楽してる。それに、凍傷を治せる保証もないし」
「そうか」
「あと、さっきはごめん。助けてもらったのに叩いちゃって。寝ぼけててリアルだと思っていたから平手だったけど、仮想だってわかってたら斬ってたかも」
「勘弁してくれぇ……」
顔を見合わせ、数秒後に同時に噴き出した。
少し砕けた気がする。
俺はローブを片手で持ち上げて、彼女の頭から被せた。
「わっ、ちょ――」
前が大きく開いて風雪が吹き込んでくる分、彼女のぬくもりを側面で感じられる。といっても、ふたりとももうすっかり冷え切ってしまっているのだけれど。
「双竜牙の代わりだ。俺のことは嫌いなんだろうが、死ぬよりはマシだろ。洞窟までは我慢してくれ」
「どさくさで変なとこ触ったりしないなら。あ、一応言っとくけど、映画とかアニメみたいにこんなんで恋愛に発展したりはしないからね。わたし好きな人いるし。そういう期待はナシ。状況が状況だから一緒にいるだけなんだから。わかった?」
そうかあ。
俺はまだストーカー扱いのままかあ。
……いいぞ、もっと恐れろ。
「めちゃくちゃ言うな、おまえ」
ガキの分際でいい女ぶってるのが滑稽だ。
まあ、子供と大人のちょうど中間にあたる年頃ってのはこういうものだ。自分では立派な大人だと思っているのだろう。
やがて俺たちの行く手を阻むように、絶壁が現れた。
ひとつのローブにふたり。寄り添いながら、そそり立つ絶壁の空を一緒に見上げる。
「別に迷ったわけじゃないぞ。予定通りだ。ここから円周に沿って歩く。ここがレイゼリアの氷棺だとするなら、いずれはエメリオの洞窟に辿りつくはずだ」
「じゃあ残り一キロ半ってとこね。それくらいなら平気。歩ける」
ゲームばかりしているのに頭は回る。
それから程なくして、俺たちはぽっかりと口を開けた洞窟の入り口へと辿りつくことができた。
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