これからどうしようか~ (最終話)
もはや俺にできることはない。ともに潰されてやるくらいだ。
なぁに、運がよければ日本で目覚めるさ。そんときゃもうMとナナではなく、ただの教師と生徒だが。それでいい。……それがいい。
少し寂しくはあるけれど、Mのアバターはどのゲームでももう二度と使用しない。
石の棍棒が勢いよく振り下ろされたのがわかった。
「――っ!!」
すさまじい暴風が俺の背に叩きつけられ、轟音とともに大地が激しく上下した。
……だが、それだけだ。
「何……だ?」
衝撃が来ない。潰されてもいない。俺も、俺の下敷きになっているナナも無事だ。
恐る恐る視線をあげた。
眼前に大きな足があった。禍々しい構造をした黒の足甲――いや、これは違う。甲殻のようなものだ。
徐々に視線をあげていき、やがて俺たちは同時に息をのむ。
その騎士は俺たちに背を向けて立っていたんだ。
陥没した大地に軽く沈んだ丸太のような二本の足に、すさまじいまでの広く大きな背。左腕はぶら下げたまま、右の掌で石の棍棒を受け止めている。
頭部から足先まで、すべて黒の甲殻に覆われていた。
サイクロプスの大きな単眼に、戸惑いが浮かぶ。次の瞬間にはもう、黒騎士は石の棍棒に指を立て、握りつぶすように破壊していた。
「痴れ者が」
恐ろしく低い声。地獄の底から響くような声。
ぞわり、と全身が粟立った。氷棺にいたとき以上の寒気がした。
それはサイクロプスも同様だったらしく、怯えた表情で大樹ほどもある全身を後退させる。だがその瞬間にはもう遅く、黒騎士は刀身まで暗黒に染まった大剣を抜剣し、たった一太刀で灰色の大腿部を斬り飛ばしていた。
めりめりと樹木をなぎ倒しながら、サイクロプスの巨体が背中から倒れ伏した。
黒騎士は黒の大剣を背負った鞘へと戻すと、切断された大腿部を押さえてのたうち回っているサイクロプスへと右手を伸ばす。
直後、その掌が闇を発した。影のような闇だ。否、もっと暗く、黒く。黑く。
放たれた闇は三つ首の大蛇のように分かたれ、それぞれ自在に動き、サイクロプスへと牙を立てて喰らいつく。
突き刺さった闇が、赤い血肉を悲惨させた。
――ギイイイィィィィィィーーーーーーーーーッ!!
雷轟のような悲鳴が響いた。
だがそれも一瞬のこと。闇はあっという間にサイクロプスを喰らい尽くし、黒騎士の中へと帰還した。
何だ……いまのスキルは……? 『神竜戦役』内にそんなものがあったか……?
ドグ、ドグ、と心臓がなっている。
俺は明らかに恐怖していた。全身が冷えているのに汗がとまらない。
どう足掻いても勝てない。本能がそれを自覚している。
助けられたのか。あるいは、とんでもないものに見つかってしまったのかもしれない。
黒騎士が振り返った。
ヘルムの中も闇だ。肉体が存在しているかどうかさえわからない。
やつが俺とナナの方へと一歩近づいた。強烈な威圧に思わず下がってしまいそうになるのをぐっと堪え、俺は双竜牙を構える。
でかい。無論サイクロプスほどではない。だが、人間のサイズとは思えない。少なくとも二メートルそこらの身長ではない。
殺される……。
だが次の瞬間、丸太のような膝が折れて。
「……お迎えにあがりました。魔王様」
手甲に覆われた甲殻の豪腕を差し出してきていた。
俺……ではない。
俺の背後で怯えている、ナナへだ。
「な――っ!?」
背後の結界内で、青年が息をのむのがわかった。
魔族か――! こんなやつ、『神竜戦役』でも見たことがないぞ! それにナナが魔王……!?
ナナが震えながら声を出す。
「ひ、人違い……です……」
「いいえ。あなた様こそ千年待ちわびた我ら魔族の王に相違ありませぬ」
やつの視線――正確には眼球さえ見えてはいないが、黒騎士の視線が俺へと向けられるのを感じた。
「人間、塵芥のごとき矮小なる存在よ。貴様が何者かは知らぬ。だが魔王様を約定の地より守りし功に免じ、見逃してやる。そこを退くがよい。あとは我らが引き継ごう」
約定の地。氷棺ことか。
ああ、クソ。そういうことか。俺は勇者としてこの地に、七海は魔王としてこの地に召喚されたとでもいうつもりか。まるでできの悪い物語だ。
「どうした、なぜ退かぬ。貴様が元の世界で魔王様とどのような関わりがあったかは知らぬが、魔王様の身の安全は我が約束する。この地に残せば浅ましき人間族の手により、御身を引き裂かれよう」
戦えば勝てない。せめて双竜牙ではなく、魔族特攻の双閃華を持ってきていれば。だがあいにく、この世界が『神竜戦役』通りだとするならば、それはアジトに置かれたままだ。
いや、たとえ手元に双閃華があったとて、初見でこれに勝てるとは思えない。これまでのようにトライ&エラーはもう使えないのだから。
だが、だからといってみすみす生徒を差し出すことなどできるか。俺は教師だぞ。
「いいや、こいつはこれからも俺が守るよ。人間族からも、魔族からもな。だからあんたこそ引き返せ」
「M……」
体力はとっくに尽きている。スキルは最初から使えない。特攻武器もない。これまでのように死にながら必勝法を学んでいく戦法も使えない。ないない尽くしだ。
いやもう絶望的だな。だから。
黒騎士が怪訝な声色で俺に問いかけた。このとき初めて、俺に興味を持ったかのようにだ。
「……人間、貴様。これより朽ちる身で何を笑う。奇妙なやつめ」
「さあな。そんなもん俺が聞きたいよ」
どうしようもない。どうしようもなく、楽しくなるんだよな。こういうの。
ナナの手が俺の肩にかけられる。
「だめ、M。あれと戦わないで。あいつたぶん、全快したわたしより強い。いまあるプレイヤーの力じゃ、たぶんレベルキャップを開放しなきゃ誰も勝てない。――わたしが行けば、彼らのことは見逃してくれるのよね?」
「……そのつもりであったのだが。その者は納得するまいよ」
その通り。
俺はナナの胸を押して離す。
「邪魔だ。下がってろ」
「あんたね――!」
次の瞬間にはもう、俺はまだ抜剣すらしていない黒騎士の虚を突くように躍りかかっていた。狙うは甲殻の隙間だ。
……そう思ったことまでは覚えている。
雨の音がしていた。
洞窟の壁で炎の色が微かに揺れている。外はもう暗い。
たき火の向こう側では、射手の青年が座っていた。
俺が目を開けたことに気づくと、彼はことの顛末を教えてくれた。
あの瞬間、俺は黒騎士に頭部をつかまれ、大地に叩きつけられたらしい。青年が矢を放ちながら牽制し、半死半生の俺を結界内に引きずり込んでくれたようだ。
……当然、ナナは連れ去られた。
いや、自らの意思で黒騎士についていった。自身が魔族で人間族には受け容れられそうにないから、そう言っていたらしいが、本音は違うだろう。
あまりにも惨めな気分に、俺はうなだれる。
「……あいつに助けられたか……」
「さてね」
青年が肩をすくめた。
明かりの下で見りゃ、人の好さそうな顔をしている。それに思ったより若いな。十代か。青年ではなく少年だな。
「僕には魔王の人となりなんてわからないからなんとも言えない。でもま、あんたが無事でよかったとは思うよ。勇者様が死んでたら、大聖女様に顔向けできなくなる」
「よくねーよ」
帰る方法を模索する前に、やることができちまった。
「悪かったな。恋人を守ってあげられなくて」
「恋人? んなわけねえだろ。どう見りゃそう見えんだよ」
むしろストーカー扱いされてたわ。クソが。
少年は不思議そうな顔でつぶやく。
「どう見りゃって。魔王の言動や仕草を見てれば、そうとしか見えなかったけど。あんた、相当鈍いんじゃね。あんまモテねーだろ」
「ハッ、目ん玉はふたつとも顔の前側にしっかりつけとけ」
「失礼だなー……。射手ってのは目がよくなきゃなれないんだぞ」
まずは自分のアジトだ。
レベルや装備が『神竜戦役』の反映からなっているのであれば、この世界にはMの造ったアジトが存在しているはず。そこへ向かい、魔族特攻の双閃華を手に入れる。
それから魔族領域に乗り込んで、ナナを助け出す。
んで、一緒に帰るんだ。それからのことはそれから考えればいい。
「負けたくせにすっきりした顔しているね」
「まーな。人生は楽しいだろ」
「そう? あんた、まるでおっさんみたいだな」
洞窟にふたり分の笑い声が響いた。
は~あ、やることがいっぱいだ。
でもま、せいぜいこのイカれたゲーム世界を、堪能させてもらうとするかね。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




