なぜか頼りにされてるっぽい
「ぬあああぁぁぁぁもおおおおおおお!」
「ああぁぁぁぁ~~~~~~~~~ん……」
森を駆ける。倒木を飛び越え、草木を踏み潰し、枯れ葉を跳ね上げながら。
背後から剣呑な気配と獣臭と咆吼と足音が聞こえている。
妖刀を覆っちまえば大丈夫だろうと高をくくっていた。貸したローブは何の意味もなく、森に入ってわずか三分で魔物に襲われた。斧を担いだとびきりでけえ二足歩行の豚、『神竜戦役』内ではオークと呼ばれる品種ならぬ獣人種だ。
「走れ走れ走れ走れ!」
「ひぃぃん……」
最初こそ戦ってすべて倒していたが、んもぉぉぉぉう、やってられん!
一体倒す間に別の魔物が現れる。今度は岩石の棍棒を担いだオーガだ。顔面がこええ。そいつもどうにか倒したら、またオークが現れた。それも三体だ。そいつらを始末する頃には四足獣のサーベルタイガーが現れた。
こいつにはナナのスキルぶっぱが通用しなかった。動きが素早く、ことごとくを躱しやがる。だから俺が囮になって戦い、意識をそらせたところでナナがスキルを命中させた。そしたらその死骸を踏み潰し、巨大な人面犬だか人面ライオンみてえなマンティコアが出てきた。
休ませろと。
「マ……ジかよ……」
「さすがにもう許してぇ……」
――ガアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
そいつを必死こいて殺したあたりで、揺れる木々だかオブジェクトだかを見て悟ったね。
これ、キリがねえタイプのイベントだ。たぶん。
そして身を翻して逃走し、今に至る。
「人間族の集落って現実距離で何キロくらいよぉぉ!?」
「心配っ、するなっ、せいぜいっ、十キロ程度だぁぁーーはあぁぁぁッ!?」
眼前から現れた黒い猿のようなゴブリンの首を、すれ違いざまに斬って走る。背後でぐしゃりとその死骸を踏み潰す音が聞こえた。
血を払って背中の鞘へと戻す。もちろん足はフル稼働させながらだ。一瞬でもとまれば、ゴブリンの死骸同様、俺たちも即肉片にされてしまう。
泣きたい。
「……いやぁ……も~……」
正直、俺の体力はもう尽きそうだ。
ナナはレベルを上げていたからかっ、あるいは若さからかっ、まだ走れそうだがっ、俺はもっ、限、界、だぁぁぁーーーーーっ!?
瞬間、足が空転した。唐突に下半身の感覚が消えた気がしたんだ。
そのまま足をもつれさせ、スーパーマンのように飛ぶ。
あ、終わったわ……。
「ちょ――!?」
ここは俺に任せろ。俺が最高級の豪華ランチにされている間に、おまえは先に行け。
微笑み、視線を向けた――瞬間、転びかけた俺をナナが片腕で支えながら立て直してくれた。
「しっかりしてよっ!?」
「ぅぅ……俺の下半身、まだついてる……?」
「こんなときに下ネタやめて! 品性疑うわ!」
言ってねえ……。
肩を組んで走り続ける。
もう二人三脚なら世界一だ。障害物も何のその。
息ぴったりに、小川を飛び越える。
「つか、行きはどうやって来たんだ!? さすがにこれはソロじゃ無理だろ!?」
「血桜ちゃんに聖水をふりかけたら、しばらくおとなしくなるのぉーー!」
「その聖水は?」
ナナが至近距離でこちらを向いて、泣きそうな顔をした。
うわ、かわい。
「ひぃぃん、たぶん雪の下ぁ……」
「終わったわ……」
氷棺か。俺の火酒や松明と同じだな。
側方から飛びかかってきたオーガをナナが血桜で引き裂き、人型土塊のゴレムを俺が勢いそのままけり崩して走る。
やばい、限界だ。ナナはともかく俺はもう。
彼女の肩にかける自身の重さが増していくのを自覚する。
情けない。
「す……まん……」
「何がっ!?」
ナナは俺の腕を押し上げるように肩を入れ、引きずるように走った。
「先に行けとか言わないでよね! こんなところでひとりにしないで! あんたがあきらめたら、わたしも足を止めるから!」
「……」
若さ、ではないようだ。そもそもMの肉体は九鬼のそれより遙かに若いし、それは肉体を動かす際の軽さでも自覚できた。若返ってはいる。
だとするなら、やはりレベル差だ。
ああ、俺はつくづくアホだ。初期値縛りなんてしていないで、ちゃんとレベルをあげておくべきだったのだ。体力値もスタミナ値も低すぎる。
……足手まといは俺だ。
「言っとくけど本気だからね」
「俺と心中なんて嫌だろ……?」
わざと拒否感の出そうな言葉で釣ろうとしたのだが、ナナは眉根を寄せて困ったような表情で笑った。そうして戯けながら言うんだ。
「何も知らない、誰も知らない世界で生きていけるほど、わたしは強くはないので~。これでも結構、Mのこと頼りにしてるんだから……」
地響きにも似た足音が迫ってきている。先ほどまで俺たちを追ってきていた魔物ではないようだ。振り返らずとも体躯の違いが容易に想像できる。樹木の折れる音が、断続的に聞こえているのだから。森をかき分けながら進んできている。
だとしたら相当な巨体だ。サイクロプスなんかの巨人種だろうか。あるいはトロールか。どちらにしても、いまは遭遇したくない魔物だ。
「だからバカなこと考えないでよ。それに血桜がこっちにある限り、あんたを無視してわたしの方に来る可能性だってあるんだからね。女の子を放り出すなんて無責任よ」
目の前の獲物をまたいで素通りはさすがにないだろうが、俺がやられたら次は彼女の番。それだけは確かだ。
「……ごもっとも」
「わかったら頑張って。隠れ里まで十キロならもう半分以上は来てるはず」
ここが仮想ではなく異世界だというのなら、数値がすべてではない。こっから先は命を燃やし、根性で走り続けるしかない。昭和の部活動かよ。
轟と風が鳴いた。
背筋に悪寒が走った俺は視線を跳ね上げる。大量の木の葉や木枝が暴風に散って、周囲に降り注ぐ。その隙間から見えたのは、巨大な口を広げて俺たちを同時に丸呑みしようとする、空飛ぶ竜種の鋭い刃と真っ赤な舌だった。
「ワイバ――!?」
息をのむ。
回避も攻撃も間に合わない。
――瞬歩!
ナナが俺の肩を支えたまま、側方へとスキルの瞬歩で移動する。ざぁと枯れ葉を舞い上げ、足甲で大地をひっかきながら。
「……ッ」
すさまじい重力が肉体にかかり、俺たちはワイバーンの口内から逃れることができた――が、次の瞬間、ナナの腕から力が抜けてうずくまり、胃酸を吐く。
「げぁ……っ」
無理をさせすぎたか。スキル値が枯渇したんだ。『神竜戦役』ではスキル値を0になるまで使い切ると自動的に気絶し、戦闘不能となる。
ナナがすべての力を失って、顔面からうつ伏せに崩れ落ちた。
「おい!」
――ガアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
「~~くっ!?」
後方から迫った大木のような灰色の巨大な腕から逃れるため、俺はナナの全身を抱えて飛ぶ。ふたりして頭から地面に落ちて転がった。
膝を立てて双竜牙を抜く。抜きはしたものの。
後方からワイバーンが、前方からはサイクロプスが――。
「はは、こりゃもう……」
どちらか片方でも道連れにすれば、ナナだけは助けられるだろうか。
ここが仮想であることを祈るしかない。俺にできることなど、もうその程度だ。
そんなことを考えた瞬間だった。
――アローレイン!
俺たちの周囲に数十、数百もの矢が、豪雨のように降り注いだのは。
「うおっ!?」
それは前のめりに襲い来ていたサイクロプスの背中と、ワイバーンの翼を貫き、両者の動きをその場に縫い止める。
声がした。若い男の声だ。
「こちらです! 急いで!」
森の暗さで顔はよく見えない……が、人間だ。
俺はとっさにナナを背負い、見知らぬ彼にあとについて走り出した。
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